==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
京都大学総合人間学部教授会決議 [reform:2565] より転載

京都大学総合人間学部教授会決議

京都大学総合人間学部1月20日の定例教授会において3 分の 2 以上の賛成要件の下に無記名投票を実施し、賛成 78、反対 2、白票 10 により可決した。
               2000年1月20日

国立大学の独立行政法人化に対する見解

京都大学総合人間学部教授会 1.はじめに 「独立行政法人通則法」が国会で成立したことを受けて、国立大学の独立行 政法人化に向けた動きはいっそう加速されようとしている。昨年9月20日の 国立大学長会議にさいして、文部省は、「平成12年度のできるだけ早い時期 までには結論を得たい」という意向を示し、11月18日の国立大学長懇談会 における高等教育局長の説明でも、このスケジュールがあらためて確認された。 「制度の詳細については、十分に時間をかけて慎重に検討していく必要がある」 と述べられているものの、文部省が国立大学の独立行政法人化を不可避として いることは疑いない。 現在の国立大学に、改善し是正しなければならない点が少なくないことを、 われわれは決して否定するものではない。外部からの批判を謙虚に受けとめ、 改めるべきものを改める努力が不可欠であって、大幅な組織改編や機構改革も 必要であることを、われわれも認識している。しかしながら、「独立行政法人 通則法」にもとづく今回の国立大学「改革」案は、大学改革のあるべき姿とは ほど遠いことを、われわれは憂慮をもって指摘せざるをえないのである。 2.独立行政法人化への疑問 国立大学の独立行政法人化の法的根拠となる「独立行政法人通則法」は、そ もそも、行政機構の業務の効率性の向上を目的として立案されたものであって、 この目的は、国立大学協会その他によっても指摘されてきたように、大学の任 務たる教育・研究の目的とは根本から相容れない。 こうした当然の異論に対して文部省は、通則法を大学にそのまま適用するの ではなく、特例措置等によって大学の特殊性に即した運用のありかたを検討す る方針を明らかにしている(1999年9月20日付、「国立大学の独立行政 法人化の検討の方向」)。 けれども、全72条からなる通則法の条項のうち、給与、勤務時間などに関 するごく一部の規定を除く大多数の項目について、文部省が特例措置等の検討 方針を表明していること自体、国立大学の教育研究がこの「独立行政法人通則 法」の趣旨とは根本的に馴染まないものであることを、如実に物語っているの である。しかも、特例措置等を検討するという文部省の意向が、どの程度実現 されるかに関してさえ、確たる保障はないのが実情であり、通則法の規定がほ とんどそのまま国立大学に適用されることになった場合に生じる事態について、 われわれは深い危惧の念を抱かないわけにはいかない。 大学が、社会と人類の未来、さらには宇宙の未来とさえかかわる教育研究を 任務とする機関であるとすれば、まず、このような任務をもっとも適切かつ効 果的に遂行しうるための改善・是正がなされなければならない。そのために法 的措置が必要であるとすれば、まさにこの目的にもっともふさわしい立法がな されるべきであり、こうした立法措置を目指して、国立大学協会、大学審議会 など、それにふさわしい組織に依拠した広範かつ徹底的な議論と立案がなされ なければならない。国立大学協会会長の11月18日の談話でも述べられてい るとおり、「いま必要とされているのは、次世代の国民への責任を踏まえての、 私立を含めた高等教育総体の大胆な変革にほかならない」のだが、「そのため の設計図はいまだ描かれてさえおらず、真の問題は、まさにそこにあるといわ ざるをえない」のである。 3.なされるべき大学改革−−われわれは、こう考える これから描かれるべきそのような設計図にとって、もっとも重要かつ不可欠 の眼目は何か?−−われわれは、われわれ自身の教育研究の実践とそのなかで 直面してきた諸問題にもとづき、以下の諸点を強調したいと考える。 1)大学の任務たる教育研究の業務は、その本質上、短期間で目に見える直接 的効果とは必ずしも結びつかない種類の、息の長い積み重ねや迂遠な試行錯誤 を不可欠とするものである。また、大学の社会的役割が時代の要請に応じて変 化すべきことは当然であるとしても、その社会的役割は、あらゆる科学の進歩 発展にとって不可欠の自由かつ批判的な発想と研究課題および研究方法の多様 性にもとづいてこそ、果されうるのである。国の大学政策・大学行政は、この ことを基本として行なわれなければならない。少なくとも、効率性の向上を目 的として現在検討されている独立行政法人化は、こうした基本姿勢と真っ向か ら背反するものである。 2)科学技術研究の成果が日進月歩の度を加えれば加えるほど、大学における 基礎科学領域の研究および教育が重要度を増すことは、多くの分野の専門家に よって指摘されているところである。基礎科学領域の教育研究は、可視的な成 果と直接には結びつきにくいものであり、注目を浴びることも少ない。けれど も、もしもこの領域の充実がおろそかにされるとすれば、それは将来の科学技 術の発展にとって致命的な結果をもたらすであろう。社会の未来を見据えた長 期的な展望のもとに実行されるべき大学改革は、こうした基礎科学領域の研究 教育の面で大学が果たすべき重要な任務に、深く配慮しなければならない。 3)いわゆる理工系の基礎科学の場合にもまして、文系の研究教育の少なから ぬ部門は、およそ5年なり10年なりの期間で目に見える実効的成果を上げる というものではない。例えば、東西の古典文化に関するきわめて精緻な研究、 少数言語や埋もれた思想・表現を根気よく掘り起こしていく研究などは、しば しば研究者が生涯の大半を費やしてようやく成果を示しうる種類のものである。 しかも、このような研究とそのための教育のうちには、重点的な予算配分によっ て促進される大型研究プロジェクトには適さないような形態をとるものもあり、 効率や定量的成果とは別の基準をもってこれらを評価する余地が保障されなけ ればならない。直接的効率とはつながりにくいこのような人文・社会科学系の 研究教育の充実、ひいてはまたこの分野での世界に誇りうる成果の達成が、自 然科学系・技術系の分野の将来にとっても資するものであることは、多くの自 然・技術系研究者・教育者が認識しているところである。 4)基礎科学領域等、効率性とはただちにつながらない教育研究と並んで、と くに重視されなければならないのは、大学における高度教養教育の充実と、そ の基盤となる研究活動の拡充である。大学入学者の基礎学力の著しい低下が問 題となっている現在、急激な社会的変動と予測困難な未来とに創意と意欲をもっ て立ち向かうことのできる社会人を養成することは、大学の果たすべき重要な 任務であり、そのためには、ますます先鋭化する専門分野の知見・技術だけで なく、広い視野と柔軟な判断力を身につけるための高度な教養教育が不可欠と なる。大学改革にあたっては、とくにこの点の認識が不可欠であろう。 5)以上のような大学の基本的任務を効果的に果たすための前提は、これらの 任務の遂行を可能ならしめるような制度であり、制度運用のための実質的裏付 けである。それが具体的にどのような制度であるべきか、その円滑な運用がい かにあるべきかについての検討が、まず当事者によってなされなければならな い。そのさい、大学外からの批判や提言が不可欠であることは言を待たないに せよ、まったく性格と目的を異にする他の国立諸機関と同一の枠をはめるので はなく、改革主体の自主性・自律性にもとづく立案と実行が最大限に尊重され る必要がある。これは、現状に安住せんがための主張ではなく、上述のような 大学の教育・研究が担う固有の任務のゆえである。 4.おわりに 京都大学をはじめとする国立大学の多くが深刻な問題を抱えていること、そ してそれに対するきびしい批判があることを、われわれは真摯に受けとめなけ ればならない。 これを共通の認識としたうえで、しかしわれわれは、独立行政法人化という 方策による国立大学改編の方針には、上述のような疑問と危惧を抱かざるをえ ない。しかも、自己点検・評価、さらには第三者評価という新しい試みによっ て、各国立大学が自己改革の方向を探り、あるべき未来の設計図を描く作業に 着手した矢先に、この作業の成果を待つことなく「独立行政法人化」という政 治方針が下されることは、まことに理解に苦しむところである。 われわれは、大学改革が焦眉の課題であることを、あらためて自覚している。 そのうえで、国立大学の独立行政法人化という今般の施策が大学総体の将来を 規定するものとなることを、憂慮せざるをえない。この施策によって、今後、 国家補助のさらなる削減や重点的配分等の措置をも伴いつつ、研究教育におけ る財政的効率性がすべての大学の基本原理となり、ひいてはまた大学独自の社 会的役割がゆがめられる結果になることを、憂慮せざるをえない。 以上のような認識のもとに、われわれは、ともに研究教育の営みを続けてい る京都大学の構成員とあいたずさえて、当面する大学改革をめぐり、いっそう 密接かつ真剣な討論を行ないたいと望んでいる。あわせて、学長をはじめ評議 会、将来構想検討委員会等、大学運営と改革に責任をもつ機関が、この課題と 積極的に取り組むよう要望するとともに、われわれのこの見解を全国諸大学の 構成員諸氏のまえに明らかにし、批判と叱正を仰ぐものである。