| 大学審議会 |
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| 2000/2 議事録 |
| 大学審議会 基本問題検討部会 ((第1回)議事要旨) |
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大学審議会基本問題検討部会(第1回)議事要旨 1 日 時 平成12年2月2日(水)10時30分〜13時00分 2 場 所 霞が関東京會舘シルバースタールーム 3 出席者 (委 員)鳥居泰彦(部会長),井村裕夫(部会長代理),青山佳世,阿部充夫, 天野郁夫,川口順子,黒田玲子,小出忠孝,小林陽太郎,島田あき子, 志村尚子,蓮實重彦,平澤貞昭,山崎正和の各委員 (特別委員)青木利晴,鮎川恭三,ウィリアム・カリー,荻上紘一,木村 孟, 清水康敬,田村哲夫の各特別委員 (文 部 省)佐々木高等教育局長,工藤学術国際局長,本間総務審議官, 遠藤高等教育局審議官,石川私学部長,木谷企画課長,合田大学課長, 布村医学教育課長,高塩学生課長,村田私学行政課長, 和氣学校法人調査課長,山根私学助成課長,木曽国際企画課長, 芝田留学生課長,中岡大学審議会室長 他 4 議 事 (1)遠藤高等教育局担当審議官から挨拶があった。 (2)事務局から,基本問題検討部会の委員及び特別委員の紹介があった。 (3)事務局から,部会長及び部会長代理の選出について,基本問題検討部会は総会の構成委員全員が当部会に属することから,部会長は鳥居会長に,部会長代理は井村副会長にそれぞれお願いしてはどうかという提案があり,了承された。 (4)鳥居部会長から諮問及びこれまでの総会における審議の経緯等について説明があった。 (5)グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について次のような意見交換が行われた。 ○ 失業率が高まる中,大学・短期大学の受験動向を見ると資格取得ができる学部等に人気が偏りつつあるように思う。若者は21世紀は流動性の高い資格社会になると予感しているのではないか。21世紀の日本社会の安定のためには,高等教育が社会との往復型の生涯学習システムをきちんと提供するとともに,奨学金を充実するなどして,人々が少なくとも2年間は教養教育及び新しい社会のニーズに応える技能の習得を含めた専門教育を受けられるように保証することが大事なのではないか。こういうことを教育政策として打ち出すことが必要。 ○ 生涯学習審議会の答申では,様々な生涯学習の成果を証明するキャリア・パスポートの導入を提案しているが,このようなことについて大学審でも考えることが必要。 ○ キャリア・パスポートに関し,各大学が具体的に何ができるかといえば,卒業証書以外の様々な資格を大学から出せるような新しい仕組みを考えることなのではないか。 ○ アメリカで作られた生涯学習の評価手段であるCEU(Continuing Education Unit)について、世界的に統一規格で導入してはどうかという動きがあるが、日本においても、各大学が正規課程外の学習の成果について、各々の基準で評価・認定するのではなく、統一的な基準を設けて評価・認定を行うことが必要なのではないか。 ○ CEUの導入は国際的スタンダードへの接近という観点からも非常に重要。類似の日本的なものを作り,それを今後国際的なスタンダードに接近させ,CEUとの互換が可能になるような方策を考えたらどうか。 ○ 大学が卒業証書に加えて、大学で行われる様々な学習の成果を国際的に通用するような形で証明することは意味がある。実施にあたっては、大学の立場だけでなく、専門学校や民間企業等の動向、法律で定められている資格などを広く考慮に入れ、効率的な在り方を考えなければならない。 ○ インターネット等の発展により、産業構造の変化への対応をはじめ、新たな社会のニーズが出てきており、これらに応えられる能力が必要とされている。単に情報通信技術を活用できるようになるという視点だけではなく、情報通信技術の発展がもたらす新しい社会のニーズにどう応えていくか、というもう一段上の視点で、情報通信技術を教育の中に位置づけることが必要。 ○ 日本の大学は,職業的な知識や技術の習得に関し,曖昧な形で様々なサービスを提供することを強いられていることが問題。アメリカでは大学院と学部の役割がはっきりと別れており,大学院が主として専門職業教育の受け皿になる。大学は公開講座を担当する組織を持っており,そこで様々な資格取得に関わる職業教育を行っている。また,コミュニティカレッジでは,もう少し低いレベルの職業スキルの習得のための教育を行っており,この上に資格社会が成り立っている。日本の場合は大学院が未発達であり,また,大学の公開講座が独立した組織になっていない。アメリカのコミュニティカレッジが担当している教育は日本では専修学校が大幅に担っているが,専修学校は公的な性格を持っていない。 ○ 高等教育システム全体として職業的なニーズにどう対応するのか,また,そのコストを誰が負担するかについて議論が必要。アメリカではコミュニティカレッジはほとんど公立であり,大学の公開講座も多くは州立大学が行っているが,学習者もコストを負担をしており,企業も一部を負担している場合がある。現在,日本の私立大学では様々な公開講座が行われているが,ほとんどのコストは大学が負担している。コストを誰が負担するかをはっきりさせた上で職業的なニーズへの対応を考えていかなければ単なる理想論になってしまう。 ○ 日本の平均的な大学が出している卒業証書は国際的な大学卒業者のレベルを保証していないため,実質的なレベルを担保するために卒業試験が必要といった意見もある。大学で国際的に通用するような資格が出されれば経済界としては歓迎すると思う。コストについては,学習者自らの市場価値が上がるのだから原則として学習者が負担するのが当然であるが,大学側として資格試験その他の条件を整備することが大学自身の市場価値を上げることになるならば,大学側と学習者とで負担しても良いと思う。資格に意味や市場価値があるならば,学習者は自ら費用を負担してでも取得したいと当然思うだろう。 ○ グローバル化時代の高等教育において社会貢献は重要な要素。 ○ 初等中等教育と高等教育の接続に関して,日本では高校卒業後社会に出ることなく大学へ進学するのがスタンダードと考えられている傾向が強いが,高等教育段階で課題探求能力を身につけるに当たって必ずしも良い方法とはいえないのではないか。高校卒業後すぐとは言わないまでも,高等教育の最初の1年〜2年位が修了した段階で,自分の社会意識が高等教育で学ぼうとしているものと合致しているのかを確認できるような時間を持つことが必要ではないのか。そのため,高等教育の中に社会との接点を持てるようなプログラムをある程度義務づけてはどうか。そのような経験を経ることが課題探求能力を向上させ,ひいては社会貢献ができる人材を高等教育が生むことになるのではないか。 ○ 新しい高等教育システムが確立され十分に機能していると想定した中での平均的な高等教育修了者に、知力、体力、技術力等についてどういうレベルであることを期待するのか、グローバルスタンダードというものがあるならばその視点も含めて、期待される具体的な人物像を明らかにし、これと、現在の平均的高等教育修了者との比較を行えば、どのような能力の育成のためにどのような教育システムの改善・充実が必要なのか、という点が非常にわかりやすくなり、また、これに基づいて議論もしやすくなるのではないか。 ○ 終身雇用が一般的な日本社会で,一旦社会に出た者がもう一度大学に戻って勉強するのは困難を伴う。また,修士など一定の資格を取得しても,社会において必ずしもそれに対応する待遇の改善が期待できないため,インセンティブがきわめて少ない。大学審としては,社会に対し一定の資格を取得した者の待遇ができるだけ改善されるよう要望していくべき。 ○ アメリカのように1〜2年間社会に出てから問題意識を持って大学に入るのがよい。日本では,入学の際に学部のみならず学科まで決める大学も多いため,実際に入ってからミスマッチを感じる学生が非常に多い。京都大学の理学部は4年次に初めて専門に分けるようしたところ,以前は希望者が多くはなかった生物の専攻を希望する学生が急速に増えた。大学は,学生の選抜の方法をもう一度考え直し,学生に余裕を与えて,自分で選択できる機会を多くしたり,学部間の異動を容易にするなどの努力をすることが必要。 ○ 学部の卒業証書は、国際的にあまり認められていないのが現状。先日経済会の方から、従来企業は、学生が卒業証書さえ有していれば採用していたが、今後はどのような能力を身につけているかを重視して採用するので、大学はこれを念頭に置いて欲しいという忠告を受けた。これからは、少子化により、入学は非常に楽なってくると考えられることから、大学は今まで以上に出口管理をしっかりして、一定の付加価値を身につけた学生しか卒業させないというように大学教育の基本を変えていく必要がある。これに加えて職業資格を身につけさせることが必要なのだと思う。 ○ 生涯学習を積極的にやっている大学に対しては補助金を増やし,これを通じて学習者の経費負担を減らせば社会人も学びやすくなるのではないか。 ○ 高等教育にはいろいろな理念や特色等を有するものが存在し,各々が各々の役割を果たしていけばよい。グローバル化への対応を図るためすべての高等教育機関が同じような目標を掲げて努力していくのでは,多様化をねらいながら実際は画一化してきているのではないかという気がする。 ○ 21世紀においても国,民族,あるいは宗教としてのアイデンティティは大事にされるものであると思う。大学においてグローバル化への対応を図ることは大事なことであるが,高校以下についてはグローバル化を強調するのではなく,インターナショナルな能力を身につけること程度を目指すべきではないか。 ○ 現在,大学は収容定員から見ただけでも多様である。大規模な大学はいろいろな学問分野に専門特化され,相当研ぎ澄まされた分野を持っているのに対して,小規模な大学は全く違う教育の理念を持ってやっていかなければならないと思う。何を持ってグローバルスタンダードとするかそれ自体が多様。 ○ 東南アジアは英語圏ということもあり、留学生はまず欧米の大学を目指し、欧米に行けない残りのものが日本の大学に来る。また、現地で見ていると、海外に出ていく者は必ずしも学力の優れた者だけではなく、そのために、様々な学力レベルの者が日本の大学に入ってくるということを考える必要がある。すべての大学が画一的に国際化への対応を考えるのは間違いだと思うが、日本の大学で学んだ外国人は日本を意識して行動するものであり,日本の大学が海外から様々な学生を受け入れるという役割を果たし、多くの外国人に日本を意識してもらうようにならないと、将来の日本経済は成り立たないと思う。国際化は、方法は多様でも、流れとしてはすべての大学が考えていかなければならないのではないか。 ○ グローバル化への対応とは世界で活躍できる人材を育成すること,あるいは世界に通用する質を求めることと言われるが,この二つは区別して考えるべき。前者については初等中等教育を含め誰もがそういう将来を送る可能性があるということを前提に教育を進める必要はないと思う。また,世界で活躍するといっても欧米とアフリカではその状況は大違いであり,むしろ,「国外でもきちんと仕事のできる」というような質実な言い方をした方がいいのではないか。高等教育におけるグローバル化への対応とは,主として国際的に通用するレベルに達していないならばそういうレベルに達する,国際的に通用するやり方をしていないならそういうやり方を導入するという世界に通用する質を求めることなのではないか。海外に広く目を向け,どういう教育がなされているかを見て,その中からいいものを選んで行うのがグローバル化ではないか。 ○ 文部大臣が諮問した検討事項について考えるのが我々の任務であるが,まずその諮問が検討に値するかを考えるべきであり,示されている検討事項はすべて技術的に解決できる問題だと思う。私たちがここで考えなければいけないのは,この検討事項の中に,あるいはその背後に,今後日本がたとえば経済的に発展しうる基礎ができるかとか,あるいは制度的にもっと柔軟な社会づくりをすることができるかというような,日本社会の今後の発展に繋がるものがあるか,ということである。 ○ グローバル化への対応について,教養教育においては,自国を知ることを通じて他国を知り,多様な国への理解を深めるということが一番重要なのではないか。大学院においては,欧米からもエリートが入ってくるようになるなど,世界から求められるようになるという方向でのグローバル化もある。また,教育を通してアジアなどの国々へのサポート,友好関係などができていかなければ日本の将来はないと思うが,例えば,アジアについて非常に理解があり,スタッフの中にもその国の出身がいるというように特化した大学があってもよい。グローバル化への対応とはいろいろな意味があるので一言でまとめないようにしなければならない。 ○ 答申を出すと画一的に受け止められてしまいがち。グローバル化への対応についてとりまとめるときもその点は気をつけなければならないと思う。 ○ 今回の諮問を通じて日本の大学の現状を洗い直し、変えるべきところは変えていく必要がある。「21世紀の大学像と今後の改革方策について(平成10年10月26日)」の答申で、大学の在り方全般について一応まとめはしたが、それですべて満足というわけではない。たとえば、教養教育をもっと充実するならば、学部段階では専門教育を減らし、専門教育はプロフェッショナルスクール(大学院)で行わなければならなくなる。しかしながら、日本の大学院の多くは現状として研究志向が強く、一方で多くの研究者が育成される訳でも必要とされている訳でもなく、そうなると、大学院をもっとプロフェッショナルスクール化していくことが求められるだろう。 ○ 基本的なところをどうするかという議論は重要である。また,これを踏まえ,どこを変えていくべきかという具体的な話に繋げていくことも必要。 ○ 大学が何をどこまで自由に決められるようにすべきかを考えることが必要。枠組みをどうするかを考えないで,細部だけを議論しても抜本的な解決にはならない。例えば大学の質をどのようにしたら高められるかという議論は,同時にそれをどういう方法で確保するかの議論であり,水準を確保するために,入り口で管理する方法や途中を管理する方法など様々あり,それは政策の基本的な視点をどうするかということなのだと思う。今の政策はある考え方に基づき非常に整合的に作られているが,いくつかほころびも出ており,基礎となった考え方を根本的に変えることが必要かどうかを議論すべき。 ○ 工業高校など専門高校の教育と大学教育の間に大きなギャップが生まれ,接続がうまくいかなくなっていることは大きな問題。欧米では高校レベルで職業教育をかなり行っており,大学ともある程度接続している。ある雑誌の特集記事で見たが,最近経営状況の良い中小企業100社の社長のうちの約4割は専門高校の卒業生である。もっと専門高校の教育と大学教育との接続を行えば,日本の経済フロンティアを開く人材が育つのではないか。 ○ 初等中等教育から高等教育に移行していく過程で,モラトリアム(猶予期間)を作る必要があると思う。義務付けるのは難しいと思われるので,社会的な慣習にしてしまい,モラトリアムの後に自分の意志で進路を選択をさせるようなメカニズムを日本として考えていかなければ,いくら高等教育について議論しても変わらないのではないか。 ○ 多様化が叫ばれているが,現在,大学は教育を行う機関なのか,研究を行う機関なのかが非常に曖昧。例えば,ハイレベルな人間教育は学部段階で行い,専門教育は大学院で行うというような,はっきりとした切り分けが必要ではないか。 ○ 高等教育機関は社会的なニーズがあって存在する。社会的なニーズは多様化,高度化,複雑化しており,これに的確に対応することが重要。金融界はグローバル化により垣根がなくなり完全に市場原理の中に放り出されており,競争社会の中でどう生きていくかが問題となっているが,金融機関の立場から言えば,従来のような大学の卒業生ではとても対応していけないだろうと思う。 ○ 昔とは違い,高校卒業者の約半数が大学にいくような社会の中では,求められる教育の在り方が変わってくる。このような中では,多様なものが求められていると思う。一方で,大学教育においては諸々の変化への対応とは別に,長い歴史の中で残されてきた哲学,宗教,歴史のようなものもきちんと教えることが必要。 ○ 高等教育は,専門学校,企業など大学以外でも行われており,特に職業教育などは大学以外の機関の方が効率的な側面を持っている場合もある。我々は学校教育法に基づく大学について議論しているのだから,その核となる概念は一体何なのかを確認する必要がある。社会のニーズに手広く応えることが大学の本当の使命なのか。法によって保護され,国費を受ける以上大学が大学として何をすべきなのかという原点を腹に据え,その中で多様化や社会との関係を考えるべき。教育はマーケットメカニズムにかなう側面とかなわない側面とがある。マーケットメカニズムにかなう部分は思い切って大学から切り離し,大学として本当に必要とされることのみをすることが,大学に求められる姿なのではないか。 ○ 大学について考えるにあたり,その根底にある,我が国の将来や発展できる可能性などの根元的な問題は,大学審が扱うような題材ではない。議論は限定した方が実りあるのではないか。 ○ 大学は,日本社会だけではなく国際社会に貢献することが大切。アジアの国々から留学生を招致することは大切であり,そのためには奨学金を充実させることが必要。日本人学生がグローバル化に対応するためには外国語を勉強するだけではなく,違う文化・国籍・宗教の人とともに学び,生活をすることにより,相手の立場を理解しようとする国際感覚を身につけることが一番大切なのではないか。 ○ 先日,「社会人が学び直す」というテーマで番組を作ってみたのだが,働きながら貴重な時間とお金を使ってまで仕事に直結しない分野を勉強するという社会人はなかなかおらず,限られた時間の中での勉強は,何か仕事に直結して自分に跳ね返ってくるものでなければ非常に難しいものだと思った。しかし,将来日本が国際的に幅広い立場を担っていくためには,資格などに直結した社会人教育だけではなく,幅広い視野を身につけられるような教育を受けられる環境を整えることが必要。 ○ 現在の学生は,バーチャルリアリティともいえる受験勉強の中に育ってきていることから,大学教育の中では,フィールドや海外に出る機会を設けることが必要ではないか。その意味で,社会人は単に仕事に結びつく資格を取りに大学へ行くというだけではなく,現役学生の中に入って,彼らにアクチュアルなものを積極的に提供する役割を果たしてもらうことが必要なのではないか。 (7)部会長から,今後の進め方について,次回以降数回の会議では先進的な取組の事例等について,関係方面の有識者の方々からヒアリング等を行うこととしたいとの提案があり,了承された。 5 次回の日程 次回は,2月28日(月)に開催することとなった。 |
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(高等教育局企画課) |