==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
私が昨年の9月から一貫して問題にしてきたのは、日本の高等教育・学術研究全般を 根底から変質させてしまう国立大学独立行政法人化に対して、大学内部の人たちが、 自分・講座・学科・部局・大学ごとの損得を念頭においてしか動いていないように見 えたことでした。これでは、独立行政法人化後は高等教育・学術研究は衰退の一歩を 辿るしかない、と思われたのです。 しかし、今は、幻想を持たない醒めた楽天主義というものがわかるようになり、沈黙 している方々の中でこの楽天主義を抱いている方が少なからずおられる、と思うよう になりました。こういう方々が、国立大学がどうなろうと、極端には潰れてしまって も、沈黙しながら高等教育・学術研究の核心を堅持していくに違いない、という希望 が出てきたのです。この希望が9月の時点では私自身としては持てなかったのです。 -------------- 今回の「国立大学法人」案は、文部省の九月の方針の一つの表現に過ぎません。独立 行政法人とは質的に異なる法人化であると言える目安は、最低限 (1)政府による気まぐれな大学統制に終止符を打つための法人化であることが明確 になっていること (2)市場原理を導入すれば研究教育が向上するという幼稚な発想を越えていること (3)高等教育・学術研究の安定した予算措置(を可能にする税制改革等)が明確に されていること (4)高等教育制度の全体を視野に置いたものであること(e.g.私立大学の法人格と の整合性も考慮したもの) などがあります。 5年の中期目標・中期計画を決めて効率的に教育研究を行わせるという通則法の基本 構造はそのままですので(1)がクリアできていません。また、任期制の単純な形で の導入を述べている点で(2)もクリアできていません。さらに(3)についても特 に新しいことは何も言っていません。研究費を不安定な競争的研究費へ全移行させる ことの弊害はこれまで何度もこの掲示板で主張してきたことです:長期的に診れば日 本から研究の潜在力を排除してしまう効果しかないことを胆に銘ずべきです。(4) については、国立大学側でもほとんど問題にされていません。 -------------- しかし、法人化するにせよ、国立大学に留まるにせよ、国立大学は冷水を浴びる覚悟 は必要です。 その際、冷水が国立大学の病を深めるようになることを回避し、浴びた冷水が、国立 大学の内蔵を鍛え体温を高め肌を強くするものでなければならない。その成否は、冷 水を自分で浴びるのか、人から無理やり浴びせられるのか、に大きく依存しますし、 冷水を浴びるまでにどれだけ心の準備をできるかによっても左右されます。 老獪な醒めた楽天主義を背景とした決意 「生き残りの戦いは教育・学問の生命性維持の戦いとしてのみ戦う」 という決意を確立しておくことが、決め手である、と思っています。