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教員移動率低下の原因
2000.3.29

教員移動率低下の原因

大学非常勤講師問題会議編「大学危機と非常勤講師運動」(こうち書房)ISBN 4-87647-469-9(2000.3.1発売)
p34-37

(2)教員移動率低下の原因

1990年代に入っての財界の要求によって浮上してきたもう一つの 事態は、大学教員の任期制です。財界に以前からあったこの要求は、 技術開発に役立つ「創造的人材」をうるよう人事を「流動化」せよ というのですが、その背後には間題のすり換えがあります。研究者 の移動性を妨げてきたのは、財界の要求で戦後一層拡大されてきた 大学格差そのものであり、任期制はそれを解決する方法でなく、別 の目的のものだからです。大学間移動率が低い理由から見ていきま しょう。 カーネギー教育振興財団が主催した、13カ国1地域の1992〜3年の 国際調査8)で、大学教員の生涯移動率は韓国では0.83回と欧米のそ れの半分以下の低さを示しています。一般に「開発独裁」ともいわ れた戦後のアジアの国々の場合、明治の日本あるいはそれ以上の集 権的な体制によっていて、教育機関もまたそれを維持するための官 僚・執行者の養成を第一任務とし、ピラミッド的格差で設置されて います。研究のできる教育機関と言えば殆ど首都にしかなく、あっ ても中央と地方、国立と私立の格差が著しいので、その間を自由に 移動するなど殆ど考えられません。したがって上層大学を中心に工 リート意識・学閥が生ずるのと平行して、教員の大学間移動率が低 下し、他方で出来る限り格付けの高い大学に人ろうと受験競争が激 化します。アジアNICSの先頭を走って来た韓国・台湾などは、 いずれも受験地獄に陥っています。 日本の場合はどうでしょう。同じカーネギー財団の調査で兄ると、 0.78回と韓国より低い世界最低クラスの値なのです。 前節で述べた格差構造のせいにほかなりません。ことに「高度成 長」期に入ると、大企業の技術者・サラリーマンの格分け養成要求 に合わせ、大学の格差マスプロ政策によって、前述のあらゆる教育 関係の混乱、安上がり教育法である非常勤講師制と平行して、専任 教員の側に生じた現象こそ、大学間移動率の低下に外ならないので す。研究者であれば誰でもみな、本当は動きたくて仕方がないので す。研究室という狭い世界での人間関係はすぐに息苦しいものにな り、討論がマンネリズムになります。新しい環境に移ったらどんな に伸びのび、いい研究が出来るだろうと誰しも思っているのです。 ところが大学格差が、研究費・スタッフ数の差、大学院が付いてい るかどうか等の研究条件の差が、足を止Lめさせます。そして、これ も大企業本位に戦後日本が作られたための大都市集中、官僚政治で 社会全体に温存された派閥主義。地方大学や縄張りの異なる大学へ 行けばあらゆる点で(子どもの教育や受験まで含めて)不利になり、 「都落ち」とさえ見られかねない以上、既得ポストから動かなくなる のは当然でしょう。 もちろん就職のない新卒者は、仕事があるだけでも御(おん)の 字ですから何処にでも行きます。しかし行ったら戻れません。後の 者ほど地方や条件の悪い大学に広がって行きますが、再度動くとい うことは有り得ないし、交流という形にもなりません。動こうとす ればより条件の悪いところへ降るよりほかないので、移動率が世界 最低クラスに落ちたのです。

(3)「任期制」は、「流動化」ではなく系列化の方法

大学審議会(20名中5名を大企業の役員が占めています)の96年 秋の本答申は、人事を「活性化」し流動化する方法として任期制を 提出しました。大学教員を任期を限って雇用するのはアメリカで始 まったやりかたですが、アメリカで任期制は果たして人事の流動化 に役立っているのでしょうか。カーネギー教育振興財団による前記 の国際統計を見ますと、大学教員の定年までの生涯移動率は、米国 1.62回に対し英国1.77回、ドイツ2.00回、オランダ3.53回、スウェー デン1.68回と、日本と同様に住期制の殆どないョーロッパ諸国の方 が、いずれもアメリカより高い数字を示しています。任期制は流動 性と直接の相関関係はないと言えます。 経営者やそれと連携できる(任期のついていない)上層研究者は、 任期制によって下層研究者を「任期」切れという名義で馘首し、自 分のプロジェクトに役立つ、または気に入るタイプの研究者に入れ 換えることが出来ます。系列化・従属化の方法として、縦の力をもっ ているのです。しかし馘首された研究者が失業・転職を余儀なくさ れるか、それとも他の空いた研究ポストにつけて「移動」という形 でおさまるかは、景気次第なのです(アメリカの大学教員の移動率 が景気によって変動することは実証されています)。言い換えれば任 期制は、本来流動性を起こす横向きの力のベクトルを含んでいない のです。つまり任期制は流動化の方法ではなく、研究者の馘首・選 択採用による従属化・系列化の方法に外ならないのです。 日本の大学で入事を本当に流動化させるには、本格的には大企業 本位に作られた大都市集中から直さねばなりませんが、少なくとも 抜本的な私学助成の改善と、地方大学を充実し特色あるものに育て るるのに十分な経常費の投下が必要です。せめて(欧米でのように) 好条件での招聘制度を認めるとか、ドイツのように最初は卒業大学 に就職させないとかの工夫でもすればまだしもですが、文部省はそ れもやりません。そして逆に経常費を滅らしての「重点配分」だ、 私学大学の助成は削滅だが、旧「帝大」系の方は大学院大学に格上 げだと、格差を増やすことばかりやっています。文部省や財界の人 たちは多分、人事を流動化させることなど考えてはいないのです。 人は平等な条件があり自由な選択ができてこそ、身分・権利を保障 されてこそ移動する気になります。逆に身分不安定に追込み、その 脅迫で人を競争に駆り立てようなど、任期制は研究・創造の基礎に ある人間性の自由、その尊厳に相容れない、前近代への逆行である と言わねばなりません。 日本の場合アメリカと違い、契約の名で馘首する純粋資本主義的 な「任期制」でなく、後発近代化の国に特徴的な半封建的な二重構 造雇用の大学版である、1年辞令の非常勤講師制を連綿として使っ てきました。その非常動講師制は改革せずにそのまま使い、その上 にアメリカ的な方法の任期制をも上乗せしようというのが、政府・ 財界がその法律化を国会で押し通した理由だったのです。