==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
参院・文教委・科学委員会 参考人質疑2000.3.23

大学評価機構の設置は教育・研究発展の足かせに

三輪定宣千葉大教授
 国立学校改正案について、とくに大学評価・学位授与機構の創設について意見を
のべます。

多くが反対危ぐを表明
 
 第一に、大学評価機構を国の機関として設置する問題があります。真理探究、人
格完成をめざす教育・研究の本質からいって、大学の教育研究活動の評価は本来慎
重を要するものです。評価は本来、大学・教員が自主的・自覚的におこなうもので、
法的義務付けが大学の活力を損ね、将来の教育・研究の発展の足かせになることを
憂慮します。
 97年の大学審議会答申でも「第三者評価」を検討課題にとどめていました。最
近、大学評価政策の大転換が起こったといえるでしょう。
 この機構は文部大臣の所管で、人事・予算・事務の独立性が弱く、第三者機関と
いうより、実質は国立大学を管理する文部科学省の付属機関の性格が強いものです。
 国立大は、現に文部省の許認可権、財政権、人事権などにより大幅に自主性が損
なわれていると大学では受けとめています。国家的・行政管理的な大学評価体制が
そのうえにしかれれば、その傾向がいっそう助長されることが憂慮されます。
 この大学評価機構についての国民的議論はまだ不十分です。日本科学者会議をは
じめ、多くの団体が反対と危ぐを表明しています。
 学術会議の今年1月の報告は、第三者による評価には、大学相互、専門家集団・
学会、学生、マスメディアによる評価、複数の評価主体・評価基準が求められると
のべていますが、国の機関による評価を含めておらず、この機構には権力的な、硬
直的、形がい化した評価機関にならないように警告しています。
 米国では、州や大学連合組織による基準認定をしていて、国(連邦)の機関では
ありません。そのエネルギーはボランタリズムにあります。フランスでは法律で大
学評価の政府からの独立が明記されています。イギリスは大学評価と補助金配分の
結合がおこなわれ、弊害が指摘されています。

学問の自由統制の恐れ

 政府の機関が大学を評価することを通して、大学政策が産業経済政策に従属され
るなら憲法23条の「学問の自由」、教育基本法10条の「不当な支配の禁止」な
どの原則に違反する恐れがあります。
 大学の自治、学問の自由は世界史のなかで人類普遍的な価値として発展してきま
した。戦前の統制、国家の破滅にいたったことの反省の上に学問の自由が規定され、
それが戦後の学術の発展の源泉となってきました。しかし、膨大な大学審議会の答
申に学問の自由、大学の自治という言葉がまったくなく、閉鎖性、独善性、後進性
ばかり批判しているのは、ユネスコの宣言などに照らしても異常です。
 大学の評価について、大学の責任が強調されていますが、人類的価値というべき
学問の自由、大学の自治を最大限尊重し、確立するのが政府と大学の社会的責任で、
それが大学が責任を果たす基本条件です。またそれをしっかり守ることが教育研究
の発展の基盤です。大学自治は大学構成員の共同や連帯、成果の蓄積を促す教育研
究発展の温床です。大学や教職員は、国の管理・評価にこたえる間接責任ではなく、
日常の教育研究活動を通じて直接国民に責任を負う立場にあります。

予算配分と評価がリンク

 さらに、大学評価の内容の問題があります。評価が国の大学・科学技術政策に沿
うことを余儀なくされ、学問の自由が統制されたり、国策に誘導される恐れがない
でしょうか。
 大学評価機構の評価が、予算配分とリンクすることも問題です。大学間の格差は
現在でも大きいが、有利な成果に予算をプラスすることになると、ますます格差が
拡大されます。評価と予算をリンクさせた英国では、全体として大学政策が学問や
教育に壊滅的打撃を与え、大学教師はやさしい問題を手がけて業績の量は増加する
が、質は低下したと指摘されています。
 日本の大学の業績が問われているといいますが、米カーネギー教育振興財団の国
際比較調査では、日本の大学教員の研究業績は総合で1位です。しかし、施設設備
の評価は最低でした。かねてから高等教育関係予算の対GNP比が大幅に立ち遅れて
いることが指摘されており、日本の学術研究水準の改善のためには何が必要かはは
っきりしています。