==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
[reform] より

GPA(Grade Point Average System) 制度について

渡邊勇一氏 2000.4.18
森田竜義氏 2000.4.19
渡邊勇一氏 2000.4.29
大野栄一氏 2000.4.29

Date: Tue, 18 Apr 2000 13:08:06 +0900 From: Yuichi WATANABE Subject: [reform:02736] Criticism on the Grade Point Average System To: reform@ed.niigata-u.ac.jp Reform 会員各位:  この所、資料が多く送られてきて、改革の動きや、内容について  投稿が減っているように思われます。以下に学生の教育に関して  大きな影響を与える問題の一つを分析します。 ==================  最近の大学評価、特に教育評価をにらんで、学生の成績管理にGPA (Grade Point Average) 制度なるものを導入しようとしている大学が 増加しつつあるように見える。  複数の私立大学のホームページを引用して、この制度を簡単に説明する。 =その1=GPAとは 本学では、学生の成績評価を5段階(A , B , C , D , F)で評価し、 それぞれに対して4,3,2,1,0というGrade Pointを与えています。 GPA(Grade Point Average)とは、これらのポイントの単位あたりの平均 です。 学生が卒業するためには、通算のGPAが2,0以上であることが必要で あり、また3セメスター(1年半)連続してGPAが2,0未満の学生に対しては、 退学勧告が発せられます。 単位修得には、D段階評価が必要ですが、本学は 学生諸君により高い目標を持ってもらいたいという希望を込めて、C段階以 上を求めています。この制度は、学生の学ぶ量ではなく、質を問うものです。 そこには、自信をもって学生を社会に送り出したい、という本学の強い願い が込められています。 =その2 GPA制度の導入===== A、B、C、D、Fの5段階の成績評価を4、3、2、1、0とポイント 化し、取得したポイントの平均が、学内平均以下である者に、退学勧 告をするという、GPA制度を導入したい。この制度では、AやBを積極 的に取得することが求められるため、学生も勉強するようになろう。 ===============  この制度には、更に4を与える学生の数を、全体の20%程度に抑える いわゆる「相対評価」が付随することが多い。新潟大学の場合も、相対評価 を同時に考えており、更には全体の平均点が75点などと、最初から平均の 値も定められるような方向が学内のFDなどで語られている。  科目数で除した値となるために、多くの科目を取らずに、高い点を取るため 過剰の授業聴講は抑制されるが、一方で苦手なものを避け、点数を高く獲得する ための科目の設定戦略に走る可能性があり、視野を広めるためのゆったりした 授業聴講(成績はある場合には悪くても、必要な科目はある)態度は確実に失わ れるであろう。  相対評価を伴うGPAは、一種の競争による勉学意欲の煽りであって、 今流行の競争による成績の向上を狙ったものと考えられる。    しかし、個々の授業に対する学生の鬱憤ををのままにして、あるいは 成績評価の過程(つまり、何をもって80点とするか)の客観化などの 議論をさしおいて、取りあえずGPAを導入しようとするのは、教える側 の大きな怠慢であると考える。 ========学生の意向=====  当方は、教養の授業の第一回で、以下のアンケートを取ってみた。 この授業は、異なる学部の学生からなるため、調査には好適な集団で ある。   GPAに関する調査 設問: 次の2つの様式の授業の、どちらに君の勉強の意欲は湧くか?  a) クラスの学生の2割にしか90点以上は出さない  b) 良く勉強した学生には、人数制限なく90点以上を出す。 結果 15/140 =10.7% だけが項目aを選択            89.3% は項目bを選択した ♠ 学部毎データ a/a+b 医学部  6/49: 農学部 5/24   人文学部 2/11 工学部 2/16   教育人間科学部 1/18 理学部 0/9  経済学部 0/7   法学部 0/4 歯学部 0/1 総計 15/140   以上の調査の様に、意欲が競争=相対評価で高められるというのは、 著しい虚偽であることが解る。しかし現実には、何らかの目の見えた 手っ取り早い(本当にこの制度は授業改革などより極めて簡単である) 変更(改革とは私は呼ばない)を望む大学にとっては、根拠や具体的な 調査をせずに、導入へ向かってとにかく一直線に効率的な動きをしよう とする傾向が(GPAだけではない、種々の評価などもこの類)大きい様に 思われる。   東大蓮見総長が、その告辞の中で、「私自身は、今日の日本人の多くが、 前提を欠いた至上命令のように『改革』の一語を神聖視している現状に極めて 懐疑的であります」と語ったのは、このような安易なシステム変更が、独立 行政法人化問題の脅迫の後の大学において、脅迫的に進められている事に 眉をひそめてのことである。幾人の大学教員がこの言葉の真の意義を理解 するであろうか。 ============USA vs.Japan======  GPA制度は、アメリカで実施されており、確かに一定の効果を持っている かも知れない。しかし、彼我の制度を支える仕組み自体が違っている事をここで、 考えておく必要がある。 1)アメリカでは、何故自分の成績がAでなく、Cなのかを徹底的に追及する  学生が普通である。そして、この対応の初段階は主としてTAが行っている。  納得がゆかない場合は、教員が当たる(アメリカの大学・ニッポンの大学  刈谷剛彦、玉川大学出版会)。   つまり、成績というものについて、学生側も教員側も大変厳しいのである。 2)また、よく言われるが、授業料は学生が払い、講義のunitに関しても、学生  自身がみずから金を払って獲得してゆく例がほとんどである。   (親が出費している場合も、後で返却すると聞いている)   私の授業でたずねたところ、自分で授業料を払っているのは、139名中  たった一人(勿論小生も親のスネをかじったのである)であった。   授業に対しても、いい加減な気持ちで望まないから、学生による授業評価も  大変厳しい。 3)また、教員の評価も点数で行われており、教員が半年かけて厳密な評価を行い  Strongly Recommend からDo not recommend まで4段階の採点をして翌年   の雇用の参考データにするそうである(下記投稿文参照)。 (http://matsuda.c.u-tokyo.ac.jp./forum/  のページ 過去の投稿文      No.802: 2000年02月29日 [人事評価の例]    落合栄一郎(Juniata College, PA, USA) 4)更に、大学のaccreditation については、日本の様ないい加減なものでは なく、実習室の器具の査察から、試験(特に再試の)答案の内容までを監査され どのように、大学側が学生教育を行っているか(勿論学生インタビューもあり) が厳しく行われる。この調査団は、大学の教員のボランテイア仕事であるけれど、 これまた生やさしいものではなく、この調査団の団長、また各委員が互いに監査 の仕事ぶりを評価し合うという、恐ろしいもの。  参考文献(大学設置・評価の研究、大学基準協会叢書、東信堂) ======   以上の様に、私の少し見聞したところで、このくらい違うのであるから、 教育自体の基盤が日米では、恐ろしく異なると考えて良い。このような場所では GPAという制度も成り立ち得よう。   不勉強で、視野の狭い日本の大学人・大学が行いつつある「システム変更」 に対して機関的評価が、これから行れようとしている。評価に当たる人間は、一体 どの程度の見識と、国際的な状況をご存じでこの重大な行動を始めようとして いるのか。   私は大変心配している。今のままでは、大学は自らの頭で問題を整理し、 現実のデータを取り、最良の方向を発見して実施する能力を欠いたまま、 外目だけを気にして、 他山の石でも何でもとにかく利用できるものは何でも利用する。 予算だけは減らされないように、競争には乗り遅れないように、 周囲ばかりを気にして(これを情報と表現したくないが)マネに走る。  これでは、自己の欠点を本当に見抜けないまま、評価だけが繰り返され、 悪循環が続いている内に、大学はその名に値しない所になるのではないだろうか。 もうこの羅針盤を失ったような動きは相当の所にきているようである。 ︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿ 〒950-2181 新潟市 五十嵐二の町 8050 新潟大学 理学部 生物 生体制御学     渡辺 勇一 (TEL. 025-262-6184) ( Fax. 025-262-6116) ﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀
Date: Wed, 19 Apr 2000 17:20:11 +0900 From: morita Reply-To: reform@ed.niigata-u.ac.jp Subject: [reform:02738] GPAについて討論しませんか? [reform:2736]で渡辺さんがGPAについての問題点を詳細に論じてくれ ました。 この問題が突如浮上して契機とは、やはり大学審議会答申です。 「第2章 大学の個性化を目指す改革方策   1 課題探究能力の育成—教育研究の質の向上—   (1)学部教育の再構築    2)教育方法等の改善—責任ある授業運営と厳格な成績評価の実施—」 この部分で答申は次のように述べています。 「大学の社会的責任として、学生の卒業時における質の確保を図るため、教 員は学生に対してあらかじめ各授業における学習目標や目標達成のための授 業の方法及び計画とともに、成績評価基準を明示した上で、厳格な成績評価 を実施すべきである。」(p48) 「厳格な成績評価については、例えばGPAと呼ばれる制度を活用した取組 を行っている大学(注*1)もある。  各大学においては、このような例も参考としつつ、各大学の状況に応じた 厳格な成績評価の仕組みを整備していくことが必要である。」(p50) 「*1(参考)厳格な成績評価等についての取組例  (1)学生の評価方法として、授業科目ごとの成績評価を5段階(A,B, C,D,E)で評価し、それぞれに対して、4・3・2・1・0のグレード ポイントを付与し、この単位当たりの平均(GPA、グレード・ポイント・ アベレージ)を出す。 (2)単位修得はDでも可能であるが、卒業のためには通算のGPAが2.0以上 であることが必要とされる。 (3)3セメスター(1年半)連続してGPAが2.0未満の学生に対しては、退 学勧告がなされる。(ただし、これは突然退学勧告がなされるわけではなく、 学部長等から学習指導・生活指導等を行い、それでも学力不振が続いた場合 に退学勧告となる。) ※なお、このような取扱いは、米国において一般的に行われているものであ るが、その場合、1セメスター(半年)に最低12単位、最高18単位の標 準的な履修を課した上で成績評価し、行われるのが一般的である。」 (p50脚注)  「例えば」、「このような例も参考としつつ」として例示したにすぎない 大学審答申の記述を受けて、十分に検討することなくGPAを導入しようと している大学があります。  新潟大学では、昨年11月に出された大学教育委員会ワーキンググループ の中間報告書(学際的基幹大学としての新潟大学に関する具体的検討事項・ 中間報告書)に、次のように記述され、この4月から工学部が試行的に導入 しています。  「新潟大学全体として平成12年4月から成績評価のシステム(GPA)   を試行的に導入し、実施すべきことを提言する。」  「現行のカリキュラムや履修システムや単位評価の点で、GPAの導入に   対する対応が間に合わず、学生指導の上で支障を来す学部もあり得るが、   試行期間をおいて改善、検討を重ね、平成13年4月入学生から全学的   に完全実施すべきである。」  この報告書では、GPAを導入するメリットとして次の点をあげています。  (1)GPAの導入が学生には履修登録の際の自主規制として機能し、適切   な履修を心掛けるきっかけを学生に提供することになる。  (2)3年以上在学による卒業の際の審査基準、卒業研究を卒業要件として   課している学部では卒業研究の履修に入る際の可否についての審査基準、   転部あるいは転学部の際の審査基準として使える。  (3)成績不良者の把握が容易になり履修上の指導がスムーズになる。  (4)履修単位の上限設定に際してもGPAによりその部分的な制限解除が   可能になる。  (5)厚生関連事項の基準、奨学金申請の際の参考資料としうる。  これだけでは、従来の成績評価を点数化しただけのようにも見えますが、 3月に行われた新潟大学のFDでは、「GPAは相対評価の視点を含む」と され、「なるべく成績が正規分布に乗るようにすべき」という主張が提案者 からなされています。GPAの導入によって評価の点数を稼ぎたい学部もあ るようです。  GPAを含む「厳格な成績評価」について、reform上で討論しませ んか。すでに導入している大学があれば、その経験をお知らせください。学 生諸君の意見を歓迎します。            4月19日 大学改革情報ネットワーク世話人                 新潟大学教育人間科学部 森田竜義                    morita@ed.niigata-u.ac.jp

Reform 会員各位:  アメリカで教員をしている方(Juniata 在住:落合氏)から、米国における GPAの事情についてお知らせを頂きました(当方の質問に応えて)。  新潟大学では、GPAの相対評価と連動した実施を主張する「お偉方」が多い ようですが、一体これはどこから由来するのか、ご自分の脳味噌からでたものか、 私は疑問に思っています。この点も注意してお読み下さい。  他の大学からは、GPAについて、全くと言って良いほど反応がありませんが、 もう少し意見をお寄せくださるよう願います。 ======以下、引用================ まず、GPAそのものですが、これは、取った科目の成績の加重平均値(たとえば、 ある科目は3単位、他の科目は4単位という具合)で、なんらの特別な評価では ありません。制度というほどのこともありません。問題は各科目でどう評価点が つけられるかと、GPAをどう使うかです。たとえば、GPAがある点以下になった ら退学処分にするとか。  そこで評価点A(4), B(3), C(2), D(1)ですが、私どもの大学の規定は下記の様に なっています。  A: indicates work of the highest excellence, showing a superior grasp of content as well as independent and creative thinking in the subject.  B: signifies unusal achievement wherein the student reveals exceptional insight and ability.  C: is given for satisfactory achievement on the college level where the work in the course has been conscientious and shows no considerable deficiency in either quality or quantity.  D: indicates that the work in the course is below the quality normally expected for college work, but is only marginally so. この規定を文字どおり適用すると、教師の設定する基準にたいする絶対評価のはずです。 勿論、教師の主観に大いに左右されるが。我々のところでは、平均点が75点になるよ うにするとか、相対評価にするとかに関してはなんらの規定も強制もありません。やり 方は教師に一任されています。学生のほうでは、多くの科目(高校も含めて)で相対評 価を経験してきているようで、いつも相対評価にするのか、絶対評価にするのか私に質 問してきます。相対評価では、つきつめると、クラスの全員が共謀してサボって、ほと んど学ぶことがなくとも、ある程度の点はとれることになる。私の非常に限られた見聞 では、平均点を75とか60とかに設定し、なまのデータ(点)に足をはかせるという ようなことをやる教師もいるようです(たぶんそうした経験を本人も経てきているので しょう)。アメリカというところは、この方法を用いることが多い。SATもこの原理に 基づいて最終的評価点がでるーだからSAT点の相対的比較は意味があるが、絶対値は無 意味。(これは、日本の偏差値に相当するでしょう)。その上、数年前には、その基準 になる平均値(の絶対値)を下げたので、SATは見かけ上、上昇した。  大学や高校での評価点にもこの要素は忍び込んでおり、生徒になるべく良い点をつけ ようとする傾向がある。これをgrade inflationという。相対評価はいうに及ばず、絶 対評価であっても、教師がその内容や標準を低くするとか、そしてそのうえに、A, B, C, Dの上のような規定は度外視して(上の規定からすると、平均はCぐらいのはずだが) 評点をつけることが横行している。現在は多くの学校で平均がBぐらい、だから、クラ スの半分はBまたはAということになる。数年前のことだが、ヴァージニアのある高校 で、生徒のあまりに多くが、A をとるようになり、GPAが4(4が最高値)近くに分布 するようになったため、GPAが無意味になって、そういう評価は廃止しようということ になった(その後どうなったかは知らない)。(もちろん、学生の大部分が真に学んだ ために全体が高い点をとるのなら問題はない)。大学(有名大学も含めて)でもgrade inflationはかなり行われている。我々の大学は、この傾向に一生懸命に抵抗はしてい るが、平均値はじわじわと上がってきている。いろいろな誘惑やプレッシャーがあるか らである。実際、我々の卒業生で、Medical Schoolに行くときに、いつもGPAが問題 になる。多くのmedical schoolは過去の経験ーすなわち我々の大学出身者のGPAはお しなべて他校より低いが、medical schoolでの成績は、他校出身者(GPAは高いが) よりもおしなべて優れていることーから、GPAの低さに対して考慮はしてくれるが、 どこでもそんなことをしてくれるわけではない。私どもの経験では、高校からの内申書 の成績(GPA)は殆どあてにならない。こういういいかげんな成績のつけかたをしている 限り、GPAの絶対値の意義はあまりない。しかしそういう限界があるとは言え、GPAの 低い学生をどう指導するか、どう処分するかの資料には使える。ただししGPA制度(上 に述べたようにGPAは制度というほどのものではない)を採用すれば、教育が良くなる だろうなどというのは幻想に過ぎない。  落合栄一郎 ︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿︿ 〒950-2181 新潟市 五十嵐二の町 8050 新潟大学 理学部 生物 生体制御学     渡辺 勇一 (TEL. 025-262-6184) ( Fax. 025-262-6116) ﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀﹀
Date: Sat, 29 Apr 2000 13:29:37 +0900 From: 大野 栄三 Subject: [reform:02760] "GPA" de omoukoto Reform会員各位  GPAについて完全に理解しているとは言えませんが、気になることが二点あります。 ひとつは平均をとって議論するということ、もうひとつは相対評価であること。  昔、数学者の遠山啓氏だったと思いますが、算数、国語、理科、社会などの評価を 平均して一番二番を競うのは、身長、体重、座高を足して3で割ってどれだけ健康か を見るようなものだと述べられていたと記憶しています。GPAの評価を平均して使う 場合、非常に悪い学生を簡単に把握して適切なケアをする上では利点があるのかもし れません。しかし、平均値にはさほど大きな意味はないという理解が肝要かと思いま す。GPAの平均評価で何点以上の学生を多数輩出しているとか、何点以下の学生は切 り捨てているといったことを大学が自慢するようになったら、その大学の見識は地に 落ちたと言わざるを得ません。身長、体重、座高の平均値で健康に太鼓判を押すのと 同じではないでしょうか。平均値によるのではなく、もっときめ細かく学生を見るこ とが大事です。  相対評価についてですが、私個人は大学の講義はなるべく絶対評価をしようと心が けています。大学の成績がGPAによる相対評価で行われると、社会は大学卒業生の成 績をあてにできなくなります(今でもあてにしてないかもしれませんが)。日本の高 校の成績は、この高校の評点5と、あの高校の評点5では実質が違うというのが現状で しょう。大学が相対評価をあからさまにやると、学生がそのGPAの評点をどの大学で とったかが問題になります。出身大学にこだわる社会の価値観を温存することになり ます。どの大学であれ、優の成績は同じ重みがあるというのが理想ではないでしょう か。現実はこの理想どおりには行かないのでしょうが、努力すべきと思います。相対 評価のGPAは逆行しています。  GPAの評価点は、その平均値が超超低空飛行をしている程悪いかどうかを判断する だけに意味があり、上位の点数を云々することは全く無意味であるという認識をはっ きりと持った上で(大学教官、学生だけでなく、社会全体が持った上で)使うべきだ と考えます。その上で利用するなら、役に立つものかもしれません。しかし、GPAの 評価点が独り歩きして使われることのないように注意しなければならないと思います。 -- ********************************************    北海道大学 教育学部      教育方法学講座 大野 栄三 TEL/FAX: 011-706-3100 e-mail: eohno@edu.hokudai.ac.jp 060-0811 北海道札幌市北区北11条西7丁目 ********************************************