==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
千葉大学学生有志の会:学生提言
2000年6月1日
独立行政法人化に反対する千葉大学学生有志の会
学生提言
1.序
2.提言
3.呼びかけ
4.一般に流布している誤り―議論の前提のために
5.提言作成までの経緯
1.序
1999年9月20日の文部省の方針転換以後、国立大学を独立行政法人化する動
きが、急ピッチで進んでいます。2000年5月20日付けの新聞報道によると、国
立大学協会会長は、19日、同協会理事会で文部省と協同し、26日に開かれる国
立大学長・大学共同利用機関長会議の後、文部省の検討作業に参加する意向を
示しました。当日、同会議の文部大臣説明は、これまでの議論で明らかになっ
た問題点について具体的な回答を示すことなく、「国立大学を独立行政法人化
する方向で」検討していくと述べました。このような事態の急転の背景には、
自民党高等教育研究グループの「提言 これからの国立大学の在り方について
(案)」(2000年3月23日)、そして同党文教部会・文教制度調査会の「提言
これからの国立大学の在り方について」(2000年5月9日)による圧力があるこ
とは、容易に推察できることです。その内容が抱える問題点は、つとに指摘さ
れており、また以下でも述べるところですが、そもそも学問・研究の分野が政
治的圧力によって変容を迫られることは、恐るべきことであり、その非常識が
平然とまかりとおっていることに驚きを禁じえません。
この問題は、先行して独立行政法人に移行する国研・美術館・博物館、さら
に2004年からの移行を強制されている国立病院・療養所を巻き込むものであり、
単に国立大学だけの問題ではありません。さらに言えば、先述の自民党提言に
は、「国立大学の在り方」という表題にもかかわらず、「公立」「私立」大学
にも触れており、その意図するところは現在の設置形態の議論を越えるものが
あります。大学は、その構成員に教員のみならず、職員・学生を抱えるもので
あり、さらにその人達を取り巻く社会環境と直接・間接にかかわるものであり、
数値化された評価で社会に還元している・していないなどと簡単に述べること
のできない存在です。そのような構成体の一形態である国立大学を、「見切り
発車」的に独立行政法人化するなど許されるものではありません。この問題を
語るとき、多くの論説は、問題を「国立大学」に矮小化しがちですが、この問
題は、現代日本社会の根本にかかわるものであることをもっと深く考える必要
があるでしょう。
5月9日の「提言 これからの国立大学の在り方について」は、「3つの方向
と3つの方針」を掲げ、さらに「運営の見直し」「組織編成の見直し」を語り
ます。そして「独立行政法人」に「調整法」を加味し、加えて名称を「国立大
学法人」にすると述べました。前者においては、「国際的な競争力を高め」、
あるいは「真のリーダーを」育成、「世界のフロントランナー」などと言葉が
並びます。国と国との間の経済格差が厳然とあるなか、表面上、「世界への貢
献」といった言葉もありますが、あまりに自国中心的な発想にうすら寒い思い
をします。後者においては、「選別と淘汰」、学長のリーダーシップ、「競争
的環境の整備」といって、学問・研究の分野を横に広がるものと捉えず、縦断
的に大学ごとに選別する発想の貧困さは、学問・研究の在り方を理解した弁と
は思えません。さらに、国立大学を法人化した後、「国策としての学術研究・
高等教育の在り方を踏まえ、各大学の運営や組織編成に相当の関わりを持つ必
要がある」の言葉は、明らかに日本国憲法23条による「学問の自由」に違反し
ています。
現在の国立大学「独立行政法人」化問題をめぐる論説には、きわめて単純な
図式に押しこめようとする傾向がはなはだ目立ちます。「規制緩和」「効率化」
「第3者機関の導入」などを進める改革派、それに対する、「護送船団方式」
「教授会自治」に固執する守旧派といったように。このように表面的な図式で
この問題を把握し、実際に「独立行政法人」化に反対する人たちの主張を押し
こめようとすること、それ自体がきわめて犯罪的な行為です(「4.一般に流
布している誤り―議論の前提のために」を参照)。
さらに恐ろしいのは、教育・研究の分野に、「ユーザー」「市場原理の導入」
「将来への投資」「受益者負担」といった経済一般に用いられる言葉が羅列さ
れていることに危険を感じない、無感覚さではないでしょうか。1998年4月6日
経済企画庁経済研究所教育経済研究会の報告書には、「教育機関や教員の間に
競争原理を導入する。現在の規制その他の政策は、既存の教育機関やその教職
員に『経済的な安定を保証しており』(『』は引用者)、消費者に質の高い教
育を供給するための競争をむしろ阻害している」とあります。教職員に経済的
安定を保証せずに、どうやって質の高い教育を生徒・学生に行うのでしょうか。
自民党高等教育研究グループの提言は、しかし、反対派の一部とすりあう性
格をも持っています。学長権限の強化、経営部門と研究・教育部門の分離など
です。独立行政法人化の問題は、大学構成員の多数を占める学生を除外して進
められてきました。あたかも関係のないことかのように。それは、学生をユー
ザーと呼ぶことに端的に現れているように、教育を受ける客体として認識して
いることを示しています。今回の問題は、学生に関しては、直接的には学費の
値上げなどの影響があると語られてきました。しかし、この議論の経過をみる
ならば、問題はもっと本質的なことに関わっているのではないでしょうか。主
体性をもつような教育を、と掛け声がありますが、大学の運営自体には、学生
の意見を大学全体のシステムによって反映させる制度設計は、まったく聞かれ
ません。反対派の中には、「教授会自治ですら」危うくなる、という声があり
ますが、この「ですら」という表記のもつ働きは無視できるものではありませ
ん。大学内不祥事がしばしば紙面を賑わしている現状をみれば、大学内の弊害
を解消するために、学生・院生、さらに構造的に増加している非常勤講師が学
内運営において正当な位置を占めるように制度設計をする必要性が認識されま
す。そもそも、文部省は、1998年10月にパリで採択されたユネスコ「高等教育
世界宣言」に参加していますが、その宣言では、学生を「高等教育の革新にお
ける主たる共同者および責任ある当事者と見なさなければならない。(中略)
教育方法と教育課程の評価と革新、そして有効な制度的枠組内での政策の作成
と機関の運営等の諸問題における学生の参加がふくまれなければならない」
(第10条。訳文は、日本科学者会議・東京高等教育研究所訳・発行、1999年7
月より)としています。文部省は、この宣言に沿う処置を全くとっていないと
言えるでしょう。
この提言は、大学を一面的に見て議論し、かつ強権的に行政側が改革をせまっ
ている現状に対して、本来議論すべき枠組みのなかで、この問題が再検討され
るために作成されたものです。
2.提言
(1)議論に全ての当事者を参加させ、国立大学の独立行政法人化を一から
議論しなおすこと。
(2)ユネスコ宣言に沿い、大学運営に学生が参画できるように、大学は制
度設計を行い、その過程も学生が参加できるように、ふさわしい処置を講じる
こと。
(3)入学金・授業料の設定は、2.によって設置される学生組織の合意を
必要とすること。
(4)経済効率によって計ることのできない学問の場を十分に保証すること。
(5)学生をふくむ大学全構成員は、「学問の自由」「大学の自治」を享受
する義務として、あるべき大学を議論し実現していくために、国・公・私を横
断する協議組織をつくるように、尽力すること。
(1)の説明は、すでに「序」で述べているので、ここでは省きます。
(2)について。東京大学の「東京大学の設置形態に関する検討会」のうち、
理想形態WG報告(1999年12月22日)においては、「階層的自治」構想が盛り
込まれていますが、その述べる「自治」の参加者は、「教官」「部局」「大学
(全学経営組織)」であり、ユネスコの宣言と照らし合わせてみると、学生の
存在を無視したものであることが明白です。
(3)について。1999年10月6日に開かれた大蔵省の財政制度審議会、制度改
革・歳出合理化特別部会(第1回議事録)では、「大体、学生納付金、大きく
分けて授業料と入学金と2つあるわけですが、概ね1年ごとに授業料を上げ、
入学金を上げる、こういうことになってございます。私立大学との格差はまだ
大分あるようでございますが、ちょうど、この順番から言いますと、去年、入
学料を上げることが決まりましたので、今年は授業料の値上げについて検討す
る年」と述べています。このような計画性を欠いたプロセスで、大学の入学金・
授業料の金額が決定されるのは、まったく理に反するものであることは言うま
でもないでしょう。
(4)1999年11月26日の文部省高等教育局学生課「大学における学生生活の
充実に関する調査研究会(第4回)議事要旨」にみられるように、現在、学生
の「青田売り」による教育システムの形骸化が深刻な問題となっています。こ
の問題を早急に改善しなければならないことは、大学関係者の一致するところ
でしょう。学生が全課程修了まで学生生活に専念するために、修了以前に就職
活動に従事する必要のないように、就職へのシステムを設計する必要がありま
す。
(5)について。(1)〜(3)の提言にも関わることですが、最も問題と
なっているのは、教育という公共に関わる大学の運営の主体は、何かというこ
とではないでしょうか。大学は、教育部門を抱えるかぎり、自己完結した存在
ではありえません。必然的に社会の営みと深くかかわり合いながら存在してい
ます。大学間競争をいたずらに煽り、50年・100年後に評価されるような研究
を抱えた部門が廃止されるよりも、大学を研究・教育を担う公共機関と位置付
け、そしてすべての大学構成員が全体で討議しあえるような組織体が必要なの
ではないでしょうか。そうした組織体が、社会に対して、説明責任を負うよう
な形態を模索すれば、現在のように文部省の顔をうかがいながら、学生が戸惑
うほどに矢継ぎ早に改革を進めるような事態は回避できるのではないでしょう
か。
3.呼びかけ
1999年7月以来、大学関係者より数多くの反対声明が出されました。また各
地で反対署名活動も活発に行われています。しかし、学生側の反応の鈍さは否
定できません。1999年10月31日の全国大学院生協議会第4回理事校会議特別決
議以降、事態は急ピッチで進んでいるのにもかかわらず、学生側からの反応は
目に付きません。この問題は、設置形態の議論に端を発していますが、それに
直接降りかかる学生は傍観、もしくは事態を知らないままです。この提言は、
決定的な局面に差しかかった現在、新たに多くの学生がこの問題に発言するこ
とを期待して作成されました。この提言は、私たちの一つの試案にすぎません。
しかし、これをきっかけに、多くの学生・社会各層から新たな提言が現れるこ
とで、「見切り発車」的に大学の統廃合が進められることの歯止めになること
を期待しています。
4.一般に流布している誤り―議論の前提のために
序で述べたように、この国立大学「独立行政法人」化問題は、一般にきわめ
て矮小化されて語られていますが、その際に、しばしば、誤った推測に基づく
意見が見られます。たとえば、2000年3月26日付の産経新聞の論説「国立大学
の存在意義」のなかで、「欧米の「教育研究活動を支えている」のは「公費」
ではなく、篤志家の寄付金ではないでしょうか」という意見が象徴的です。今
後の議論のために、現時点で明らかになっていることを、以下に箇条書きにし
ますので、今後の議論の参考になれば幸いです。
(1)独立行政法人化されたら、大学に対する文部省の干渉はなくなるのか:
「独立行政法人通則法」を読めば、むしろ主務省(文部科学省)の規制が強ま
ることは明らかですが、調整法(特例法)を設けても、なくらないことは、文
部省高等教育局大学課教育大学室室長の挨拶(2000年2月)のなかで、「独法
化されたら何も文部省から干渉を受けないということではない」と述べている
ように明らかです。
(2)法人格をもつことと国立大学であることは別問題:国立学校財務センター
「大学の設置形態と管理・財務に関する国際比較研究―第一次中間まとめ―」
(2000年1月)に、欧米の国(州)立大学は、法人格をもっているが、国公立
機関であることが明言されています。さらに「大学の設立と法人格の付与は、
大学の特性に即して、大学に関する基本的法律または州憲法で定められており、
「独立行政法人」のような法人類型を大学に適用している例はない」と断言し
ています。
(3)アメリカの大学の財源について:(2)の「中間まとめ」によれば、州
立大学全体の経費の内訳は、州・連邦政府の負担51%、授業料等の学生負担19
%、事業料収入22%、寄付金等4%。私立大学の場合は、州・連邦政府の負担
17%、授業料等43%、寄付金等9%、事業料収入21%とあります。日本の国立
大学の財源は、政府の一般会計から振り込まれる割合は、55%であり、両者と
も行政側の負担が不可欠であることは明白です。
(4)日本の大学生数は、ヨーロッパの大学生数に比べて多いか:ユネスコ編
『世界教育白書1998』東京書籍1998年12月、148-151頁によれば、日本の高等
教育の大学生数が、人口10万人当り3,139人(1995年時点以下同じ)であるの
に対して、フランスは、3,617人、ドイツは2,649人、イギリスは3,126人です。
学生数の増加に対して、行政側が高等教育を抱える財政的な責任を放棄せざる
を得ないといった論理は成り立たないでしょう。
(5)企業会計原則は、大学に財源の弾力的運営を保証するか:独立行政法人
化のメリットとしてしばしば、企業会計原則を適用すれば、財源の弾力的な運
営が可能になるかのように言われています。総務庁長官の委嘱を受けた「独立
行政法人会計基準研究会」のメンバーの一人の説明によれば、企業会計原則を、
独立行政法人に適用すると全く異なるものになると指摘します。つまり、独立
行政法人は、利益の獲得を目指す組織ではないので、「節約して次年度あるい
は次期計画へ資金を貯めておこうという発想は、本来存在しない会計制度」と
要約しています。もっと直截的に「独立行政法人の会計とは、黒字を出すな、
赤字が出たときは自分達で何とかしろという制度」と言っています。
(6)イギリスのエージェンシーと日本の独立行政法人は全く別物:日本の独
立行政法人のモデルは、イギリスのエージェンシーといわれますが、実際には
全く別ものであり、しかもイギリスでは批判されていることが明らかになって
います。立命館大学法学部教授小堀氏によれば、日本のエージェンシーは独立
法人化することが半ば決定され、身分も国家公務員でなくなる可能性もあるが、
イギリスのエージェンシーは構成員の身分は国家公務員で独立の法人ではない
といいます。しかも、議会の統制から外れ、その結果腐敗の温床になっている
と批判されていることが紹介されています。さらに、国立大学財務センター所
長によれば、イギリスの「エージェンシー化」による改革は、イギリスの大学
とは全く無関係であると述べています。
(7)国立大学にはリストラの嵐はないのか:すでに、9次にもわたる国家公
務員削減計画により、主として大学職員層がそのターゲットにされてきました。
東京大学を例にとると、1970年から1998年までの間に職員数は、2/3まで激
減しました。(参照:伊藤谷生「崩壊の危機にさらされている教育研究支援組
織」岩崎稔・小沢弘明編『激震!国立大学―独立行政法人化のゆくえ』未来社
1999年11月、164-172頁。)
(8)日本は国際的にみて小さな政府か大きな政府か:中央大学増島ゼミのHP
には、各国の公務員数の比較によって、すでに日本が小さな政府であることが
示されています。1000人当りの公務員数:日本39人、アメリカ合州国80人、イ
ギリス84人、ドイツ77人。また行政改革が非常に進んでいるといわれているニ
ュージーランドでも80人(1994年)。
5.提言作成までの経緯
最後に、千葉大学学生の独立行政法人化に対する取り組みを紹介し、この提
言に至った経緯を付言させてください。1999年11月19日に教員有志が中心になっ
てこの問題のための学習会が開かれましたが、その日参加した学生が中心になっ
て、学生主催の勉強会が企画されました。以後数回に渡って学生間で討論がな
されました。2000年1月に入り、教員有志が反対声明案を作成中と聞き、学生
側も「独立行政法人化に反対する学生有志の会」を立ち上げ、同月20日に共同
で声明案を決議しました。
3月に入り、学生有志は、4月総選挙が噂されるなか、政治日程をにらんで、
学生提言作成のために、集中的に学習会を行いました。第1回は、「公共性・
リベラリズム・大学教育」を、第2回は、「文部省大学審答申・東大理想形態
WG報告・ユネスコ「高等教育世界宣言」の比較検討」、第3回は、「神野直彦
『システム改革の政治経済学』を読む」をテーマに、議論しました。そして、
最後に、現段階の状況についての学習会を行い、この提言を決議するに至りま
した。
この提言を作成するにあたり、多くの情報を、独行法反対首都圏ネットワー
クHP・北大辻下氏のHP「独立行政法人化に抗して」・全大教近畿HP・各大学職
組HPなどから得ました。また、学習会に参加していただいた諸氏より多くの教
示を受けました。ここで謝辞を述べさせていただきます。