==> 国立大学独立行政法人化の諸問題

今週の「異議あり!」国立大学の行政法人化


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Subject: [he-forum 1163] 毎日新聞07/27
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Date: Wed, 02 Aug 2000 23:22:59 +0900 (JST)
From: Hiroaki Ozawa

『毎日新聞』2000年7月27日付夕刊

今週の「異議あり!」国立大学の行政法人化

東京外国語大学助教授 岩崎稔さん

知の空間を行政実施組織に変える愚行

 国立大学の設置形態に、手が加えられようとしている。文部省が打ち出した
国立大学の独立行政法人化。行政の効率化を図る目的で持ち上がったこの計画
に、東京外国語大学の岩崎稔助教授は「文化と知の空間を、行政実施組織に変
えてしまう愚行。今からでも遅くはない。仕切り直しすべきだ」と訴える。
【高木 諭】

<独立行政法人化の何がいけないのですか>

 独立行政法人化というのは、そもそも政府と政治家が行政の効率化のために
打ち出したもので、大学自体の改革のために計画されたものじゃないんです。
大学を単なる行政実施機関にするもので、大学の財政的、組織的な基盤を破壊
してしまいます。文化と知の空間である大学に、市場原理を無原則に適用する
のが、そもそも間違いです。

<職員の身分は国家公務員のまま、人事や学部新設など運営面でも裁量範囲が
広がると言う人もいます。大学にとって歓迎すべきことでは?>

 独立行政法人化の概念の中心にあるのは、企業会計原則の適用です。その仕
組みはまず、運営費交付金が国から支給されるのですが、これを会計上債務と
し、恣意的な手続き、評価によって収益に書き換えたり、書き換えなかったり
するわけです。利益を出した場合は「十分なサービスを提供しなかった」とし
てマイナス評価され、逆に「赤字を出した場合は自分のところで処理しなさい」
というのです。赤字を出したら自分たちで補てんしなければならないわけです
から、授業料の値上げにつながるし、さまざまな分野で研究教育の必然性とは
関係ないリストラが進みます。

<例えば、哲学や文学がその対象になるのでは、といわれていますね>

 文系理系を問わない基礎研究一般、そして、批判的な社会科学や人文科学が
まず、だめになるでしょう。哲学や文学はおそらく、カルチャーセンター化し
ていくしかなくなると思います。実質的な研究はストップし、競争社会のスパ
イス程度の役割になってしまう。計測器や調査費など、多額の研究費が必要な
地質学や天文学、物理学も打撃を受けるでしょうね。息の長い創造的な研究や
基礎研究はリストラされ、すぐに製品化されて企業から金が取れそうな、目先
の研究ばかりが優先されるようになる。産業界からの支援を受けにくい地方の
大学や、金に結び付かない研究は、目もあてられないことになるでしょう。結
果的に社会全体が知的文化的に底の浅いものになってしまいます。

<少子化の進行で、私立大学は淘汰の時代に突入しています。国立大学だけが
例外であっていいのでしょうか>

 私は違った視点でとらえたいと思っています。大学は今も偏差値によって種
別化、序列化されていますが、国立大学が独立行政法人化されれば、今以上に
固定化が進みます。日経連が最近、新しい世紀の雇用形態は3種類に分化する
という見方を示しました。長期蓄積型と高度専門職型、柔軟雇用型。長期蓄積
型は終身雇用の少数エリート、高度専門職型は専門を生かして企業を渡り歩く
形、柔軟雇用型はいわゆる派遣社員です。各大学は生き残りをかけ、これに対
応するように種別化の道を進んでいくでしょう。そうなれば、どの大学に入っ
たかによって、完全に社会階層が指定されるようになる。競争原理の名の下に
自己採算性を強め、授業料を上げていけば、高等教育を受ける機会もいっそう
狭められ、社会流動性は絶望的な段階まで後退してしまいます。

<国立大学で改革の必要性が叫ばれているのは、親方日の丸の意識から旧態依
然の状況に安住してきたツケではないのですか>

 確かに惰眠をむさぼってきた面はある。しかし、主な原因のひとつは、大学
が自主的に何もできないように手足を縛ってきた文部省にもあります。概算要
求制度で予算が文部省に握られ、逆らうと予算が削られるという強迫観念から、
大学側が何もできなくなっていた。
 1990年代以降、各大学でさまざまな改革が行われましたが、文部省に気に入
られるためになされてきた傾向がある。国際や環境、総合、情報といった言葉
を冠した学部・学科が流行したのはその一例だし、大学から教養課程が消えた
のも同様です。大学全体が一種の「改革熱」という病にかかって振り回された
だけで、学生に何が必要か、経験と反省に基づいて議論された結果ではなかっ
た。

<論文が書けない教授や、入試問題をつくれない教授のまん延など、大学の権
威失墜も指摘されています。大学は自らの手で改革できるのでしょうか>

 自治の原則を守り、公開性を確保しながら、自分たちの力で新たな組織形態
をつくることは、いくつかの条件さえ整えば可能でしょう。やれることはいっ
ぱいある。今回の問題で、危機感が生まれたのを千載一遇のチャンスととらえ、
改革の道を歩むことです。それにはまた、アカウンタビリティー(説明責任)
の、本当の意味での明確化が必要です。これまで大学は改革の場に学生が参加
する可能性も極力排除してきたが、評議会とかセクハラ対策委員会などに学生
を参加させる。教授会の傍聴も検討すべきです。図書館を一般に開放すること
も一つ。独立行政法人化によって息の根を止められる前に、大学自体が「知の
自立」の原則を再確認し、改革の道筋を探るべきです。

岩崎 稔さん
 いわさき。みのる 1956年、名古屋市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究
科博士課程修了。現在、東京外国語大学外国語学部助教授。哲学、政治思想専
攻。著書に「ナショナル・ヒストリーを超えて」 (共著、東京大学出版会)、
「ファシズムの想像力」 (共著、人文書院)など。昨年秋、全国の大学人ら
に呼び掛けて、 「激震! 国立大学」(未来社)を編集した。