==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
Subject: [he-forum 1296] より

驕るな経済

藤原正彦(お茶の水女子大学理学部教授)『古風堂々数学者』(講談社、2000年6月), pp. 163-166.

「  大学はここ数年、大学院重点化などというつまらぬことで大いに騒がしかっ
た。この間、わが国の大学の研究教育は少なからぬ停滞を強いられたはずであ
る。やっと一段落と思っていたら、息つぐ間もなく今度は文部省ではなく政府
が独立行政法人などと言い出し、大学はまたもや大揺れである。国家公務員削
減のため、国立大学を法人化するという。最終案は未定だが今のところ、効率
運営を図るため文部大臣は、各大学に教育や研究についての中期目標を提出さ
せ、その適否を判定し、またその達成度を評価する。そして成績の悪い大学に
対し予算減、改組、廃校の措置をとる権利まで持つようになるという。学長を
産業界から起用などという話も伝わっている。市場原理を導入すると同時に国
家統制を効かそうということらしい。

.....

  市場原理とか効率運営などというものを持ち出すのは文部官僚ではない。教
育とか研究に通じている者の発想ではないからである。政府の委員会や審議会
において、最近なぜか重用されているエコノミストや経営者、あるいはその経
済至上主義に染まった人々が、主張しているのだろう。だから産業界に役立つ
人材を大学は養成しろ、などという冗談のような注文も出される。大学は産業
界のためにあるのではない。学問を守り抜くためには産業界などむしろ眼中に
あってはならないとさえ言える。そんな気概がないと産業に役立たない多くの
分野は早晩切り捨てられてしまう。三世紀ケルトの古詩の研究などはたちまち
絶えてしまうだろう。「役に立たない」は必ずしも「価値がない」を意味しな
い、というところに学問は成立している。ニュートン、ダーウィン、ケインズ
を産んだケンブリッジには近年に至るまで工学系が存在しなかった。産業界に
直接役立つような分野は学問と見なされなかったのである。

  「経済」の物言いは大学に対してばかりでない。小中学校で起業家精神を育
てるための教育をせよ、中高生に株や債券の知識を与えよなどとも言う。週二
十数時間の窮屈の中、こんなことに時間をさいたら基礎学力がガタガタになる。

  ここ数年アメリカ発のグローバルスタンダードすなわち市場原理が、不況克
服の錦の御旗の下、わがもの顔に日本をのし歩いている。大量のリストラや底
無し沼の如き金融ゲームによる大型倒産などを目にすると、経済に限ってもそ
れでよいのか大いに疑問なのに、いよいよ今度は学問や教育に押し寄せる。十
年近く続いた不況そのものより、「経済」の跋扈による災禍の方がはるかに大
きくなりそうだ。