その間,自由民主党政務調査会は,平成12年5月11日,同党文教部会,文教制度調査会,教育改革実施本部高等教育研究グループの策定した国立大学の在り方に関する提言を了承し,独立行政法人通則法の基本的な枠組みは踏まえつつも大学の特性を重視し,幾多の条件を付したうえで,「国立大学法人」ヘの移行を推進する構想を発表した(6)。その直後の平成12年5月26日,国立大学学長等に対する文部大臣説明会において,中曽根弘文文相(当時)が,国立大学の独立行政法人化の方針を再確認したうえで,独法化後は大学の自主性・自律性が大幅に拡大され,独立採算制でなく,使途を特定されない運営交付金を受け,予算の年度間の繰り越し,教職員の配置,教育研究組織等の柔軟化なども可能になるなどの説明をおこなった(7)。そして7月には,文部省は独法化後の制度設計や運営について必要な調査検討を行う,79名の委員から成る「調査検討会議」を,国立大学関係者のみならず公・私立大学,経済界,言論界の有識者を加えて発足させ,ただちに審議を開始している。
以上が本稿執筆時の平成12年8月段階までのおおよその経緯であるが,これまでの進展からみると,国立大学を「法人化」(それが「独立行政法人」とよばれるにせよ「国立大学法人」と名付けられるにせよ)しようとする方向は,その細部の詰めは今後の検討に残されているものの,基本的には確定されたと言ってよいと考えられる。
国立大学の独法化問題は,行政改革にともなう国家公務員数を削減する手段としての政治の論理,すなわち教職員数約12.5万人を擁する国立大学が,行政改革の実績を必要としている政権担当者にとってきわめて重要な政治的関心事であることは否定できない。だからこそ,独法化への方向は,公務員の定数削減問題から急浮上して,政治的決断を早急に求められたために現実化された側面が少なくない。
しかしながら,国立大学の法人化問題は,それ自体としてはけっして今にはじまったことではなく,日本の大学の法的地位や設置形態の在り方として,とりわけ大学の自治や自律性,管理運営や意思決定の問題と関連して,つねに提起されてきた古くて新しい問題であった。つまり,これまでの大学史上もいくども提起されては,解決をみないままに先送りされてきた問題が,再び三たび機会を待って集約的に顕在化してきたものととらえられるべきである。同時にこの問題は,単に国立大学の設置の形態や法的地位を変更するという国立大学の枠内の問題にとどまるのではなく,政府と大学との関係,設置者と学校との関係,ざらには公立大学や私立大学の設置形態や管理運営の在り方にまで波及し得る,基本的問題の再検討の端緒となる可能性もはらんでんでいる。
そして,国立大学の法人化の根源には,そもそも国立大学の存在根拠はどこにあるのか,むしろ国立という設置形態を見直して,国立大学を「私学化」するか,少なくとも行政的・財政的に効率化し,ひいては「民営化」までも視野に入れた,民間資金の導入や民間活動を推進するという,広い意味での「私学化」(privatization)の国際的傾向との関連も否定することはできないであろう。そしてさらには,現在の「この国の大学のかたち」が,現行のままで21世紀における知識の生産・伝達・応用を機能とする社会システムとして十分機能し,制度としても生き残ることができるかという,日本の高等教育や学術研究の在り方にまで関わるものとも考えられる。そのような問題意識から,国立大学の独立行政法人化問題が持ちうる今日的意味について,歴史と比較の観点から検討してみたい。
ヨーロッパ中世に発明された大学という社会制度の歴史は,設置認可という関係からみると,①大学が自由な知的集団として設置認可とは無関係に存在した時代,②大学の設立が教皇または皇帝というユニバーサルな権威の手に帰し,設立にはいずれかの創立特許状が不可欠とされた時代,③大学の設立がおもに国家の手に掌握された時代,に分けられ,今日はおおむね③の時代にあたる,とされている(8)。
いかなる社会においても大学が設置される場合には,国王,教皇,国家,地方自治体,ないし法人等の権威による認可・認定・承認が求められてきた。集権的統一国家が成立する近代においては,大学と国家との間での相互関係と法的地位が問題となってくる。「学問の自由」という理念とその制度的表現としての「自治」を特徴とする大学については,高木英明によれば「大学という組織が統一的な国家主権(国家権力又は公権力)の枠内で許される存在形式」としての大学の法的地位をめぐって,さまざまな論争や対立がくりかえされてきた(9)。
高木の分類によれば,国家統治の枠内における大学の存在形式,すなわち権力との関係における存在様式は,①最も独立的で自由度の高い私法人(私的団体),②国家権力・公権力と密接な関係にたちながらも「法人格」をもつ独立的な存在である「公法人上③国家権力・公権力と密接な関係にありながらも法人格を備えた,公法人よりは独立度の低い「独立営造物」(営造物法人),④法人格をもたず最も非独立的な「非独立営造物」(政府直属の機関)に分けられる。
欧米諸国においては,国公立であれ私立であれ,少なくとも威信の高い大学は,なんらかの形で法人格を有する。たとえば,アメリカでは有力な公立大学の管理機関はことごとく独立した公法人(public corporations)であり,アメリカの私立大学は私法人(private corporations),イギリスは独立法人(incorporations),フランスでは国立大学は「学術的・文化的・専門的性格を持つ公設法人」(etablissment public caractere scientifique),ドイツは公法上の「団体」(Korporation,Koerpershaftten)に位置づけられ,いずれの場合でも国家からの一定の独立と自律性が法的ないし実体的に認められている(10)。法人格を有することが実質的に大学の独立性や財政的自律権をどこまで保障することになるかについては,さまざまな解釈や議論があるが,少なくとも大学が権利・義務の主体となるためには,法人格を有することは当然の条件とみなされているといってよいであろう。
諸外国の大学の設置形態に対して,日本の国公立大学は,今日までは,設置者たる国家ないし地方自治体の広義の行政機関に位置づけられ,大学自体は「特定の公の目的に供される人的・物的施設の統一体」(有斐閣『法律用語辞典』)たる「営造物」と解されるのが通説であった。しかも国公立大学の設置者たる国や地方自治体が法人にあたるとすれば,法的には大学は,法人格を有する「営造物法人」(特殊法人などの公法上の法人)でもなく,法人格をもたない営造物という位置づけにすぎないことになる。
このような意味において,日本の国公立大学は,形式的に比較すれば,前述の高木の分類によれば最も独立度の低い④の「非独立営造物」というカテゴリーに属するといわざるをえない。無論,現実には日本の大学は,明治の帝国大学時代から慣行として形成されてきた教授会の自治や憲法の学間の自由の保障にもとづいて,実質的な自治権を享受してきたことや,場合によっては法人格を有する機関のごとく扱われてきたことは歴史的事実である。とはいえ,重要な新事業の着手や財政的裏付けはすべて政府の査定や承認を前提としており,理論的には,欧米諸国の有力大学とははるかに独立性や自律性の限られた法的地位におかれている,ということになろう。
ここで注目しておくべきことは,諸外国の場合も法人格を有するのは大学そのものではなくて,大学の設置ないし管轄機関としての理事会であり,この点は日本の学校法人の場合も同様である。しかしこのたびの「独立行政法人」の場合は,国立大学そのものが法人格をもつという,世界でもあまり例のない設置形態となる,ということである。
このような状況のもとで,国立大学の設置形態や法人化問題は,これまでにもたびたび提起されてきた。
大学の国家からの独立をもとめる法人化論は,すでに明治の帝国大学時代に遡ることができる。寺崎昌男によれば,すでに帝国大学成立から間もない明治22(1889)年には,帝国大学内部から二つの大学自治案が提出されている。たとえぱ外山正一,菊池大麓ら6人の署名のある「帝国大学独立案私考」は,「帝国大学ハ其業務ノ性格ニ於イテ宜シクー個ノ独立体ニ為スベシ」とし,「帝国大学ハ天皇ノ特別保護ノ下ニ立チ法律上一個人ト均ク権利を有シ義務ヲ負担シ其事務ヲ自理スルモノトス」として,大学を「点ん得の特別保護下にたつ独立の法人格をもつもの」と規定し,さらに文部大臣は学内の商議会の一構成員として,「行政権・立法権の双方から管理上財政上の独立」を図ろうとするものであった)(11)。
立花隆の指摘によれば,明治38(1905)年の戸水寛人事件を契機とする東京帝国大学の大学自治をめぐる論議のなかで,当時の「時事新報」は、「本来政府は一時の政府にして,学問は永世なり。一時の政府の便宜のために永世の学問を利用せんとして,大学を政府に隷属せしめたるはそもそもの失策」とし,「政府と大学の関係が現在のごとくなる限り,学俗両問の衝突は今後とも免れざるものと覚悟せざるべからず」と予言した(12)。
立花は「時事新報」が,政府に対しては「大学が永く政府の属隷たるに甘んぜざるは,今回の事件に徴して明白なれば,これを独立せしむるこそ,単に学問のためのみならずして,政府のためにも得策なれ」として基本財産で大学を運営する道を提案していることを紹介している。また大学人に対しては,「依然官設大学として経費を政府に仰ぎ,またその身はやはり官籍に列して官等,勲位を有難く頂戴しながら,ひとり言論のみを自由にせんとするがごとき考え」を批判し,大学独立運動をすべきことをすすめている。立花はこれに呼応して帝国大学内部からも大学独立案を提案する教授連が出てきたこと,たとえば「大学の経費は年々の予算において文部省より支給するも,大学そのものは一個の法人となして独立せしめること」「一定の基本財産を有し,その利益金によりて維持する独立の法人を組織すること」などの法人化詮が出されていることを指摘している。また,羽田貴史も明治の初期議会における帝国大学独立問題の意義を検証している(13)。
戦後においても大学法人化詩は,国公立大学の管理運営の確立や意思決定機構の整備の問題とも関連して,くりかえし顕在化している(14)。たとえばすでに1963年には永井道雄の「大学公社」詩が法人化論の先駆けとみられるし,1971年の中央教育審議会の四六答申には,国公立大学の法人化案が提唱された。すなわち答申によれぱ,国・公立の大学は現行制度では広義の行政機関としての性格をもつものとされながら,その運営に特別の配慮が必要なため,設置者の管理権との関係において問題を生じやすく,また大学が制度上の保障の上に安住し,自律性と自己責任をもって管理運営されるようになることが妨げられているとして,「現行の設置形態を改め,一定額の公費の援助を受けて自主的に運営し,それに伴う責任を直接負担する公的な性格をもつ新しい形態の法人とする」という方向を改革の選択肢の一つに挙げている(15)。
ほとんど同じ時期に発表されたOECD教育謂査団の「日本の教育政策」は,この中教審の「法人化」論の方向を支持しつつ,「国立大学を自律性をもった法人組織に改め,現在の私立大学と同格に近いものにする」ことを提案し,さらにつぎのように主張している。「新しい,自律性をもった大学は,これまで文部省に委ねられてきた計画や資金配分の仕事を大部分,みずからの手で行うべきである。また大学は,単に全国的な基準や慣行にしたがうのではなく,積極的かつ柔軟な態度でこの仕事をやらなければならない。それでなければ,現行制度を破棄して,新たに自律的な機構を設ける意味はない(16)と。
法人化問題は1980年代の臨時教育審議会においても再度触れられている。臨教審第3次答申は,大学の設置形態の問題に言及し,国公立大学の設置形態には「抜本的な検討を加える」必要性を強調し,「国立大学に会的な法人格を与え,特殊法人として位置付ける可能性」について検討を重ねてきたが,「国の関与の在り方,管理・運営の制度,教職員の身分,処遇上の取り扱い,現行の設置形態からの移行の措置など」解決すべきことが多く,さらに「本格的な調査研究を必要とするという結論に到達せざるを得なかった」と述べ,将来検討すべき課題としているのである(17)。つまりこれは同じく再三にわたって姿をあらわしては消え,1999年にようやく法律として成立した大学の管理運営問題(教育公務員特例法,学校教育法,国立学校設置法等の一部改正)と同じように,少なくとも戦後の大学政策史をつらぬく懸案であった。
国立大学の法人化問題に関わってどうしてもふれなければならないのは,高等教育における「私学化」(privatization)の国際的傾向との関連である。「私学化」はLevyによれば,ひとつは公立セクターに代わって私学セクタ一を振興しようとする傾向であり,その背景には高等教育のマス化の進行にともなってもはや公的財政が高等教育の経費をまかなえなくなるという状況がある。これに対して,いまひとつの傾向は,公立セクターに,教育費を学生に支出させる学費負担やその他の収入源を促進させ,効率化と資源の有効利用にもとづく「公立の私学化」政策を導入して,公費の負担額を減らそうとする傾向である。国際的にはいずれかの意味での「私学化」傾向はひろまっており,とくに日本,韓国,台湾,フィリピン,インドネシア等のアジア諸国,チリ,アルゼンチン,メキシコ等のラテンアメリカ諸国では,こうした傾向が顕著にみられる(19)。
文部省が推進しようとしている日本の国立大学の「独法化」論は,あくまでも国立大学の維持・存続を前提として,その制度的根幹を可能な限り変革しないまま,一方では効率的な運営を可能にするような独立性とか経営,組織上の自由を導入する一方で,その保証としての評価を厳格化するという方向を指向しているように想定される。
これまで述べてきたように,国立大学の法人化問題は,歴史と比較の観点からみても,いつかは決着されなければならない,日本の「大学のかたち」であり,大学自治の根幹にかかわる問題であった。したがってこの問題は,つねに大学の意思決定過程と管理運営,大学の自治,高等教育行財政の在り方,さらには大学評価という,これまた長きにわたって幾度も浮上してきた基本的な懸案とペアになって提起されてきたことに注目すべきである(18)。そしてこの問題はしばしば政治や行政の側から提起され,大学側はそのつどこれに受け身的に反応し,あるいは反対・低抗というかたちでしか対応し得ず,ついに強力な対案を提示することができないままに今日を迎えるに至ったことは,日本の大学自治の展開にとって不幸な成り行きであったといわざるを得ない。
このたび国立大学が独法化されたならび,それは公立大学の設置形態や管理運営の在り方も問題とされるようになるのみならず,学校法人と私立大学との関係,あるいは従来の学校法人の在り方をすら問うような問題にも発展しかねない。また従来の設置者管理主義と設置者負担主義をとってきた行政の方針そのものを問い直すことにもなりかねない問題をはらんでいる。そしてこの政治・行政を巻きこんで提起されているこの問題に対しては,単に当事者が従来の既得権をいかに守るかとか,いかに変革を回避するとかという消極的な低抗の論理だけではとうてい対処不可能であろう。この問題と真正面から対決するためには,日本の大学が国公私をもふくめて,いかなる法的地位と設置形態がこれからの高等教育と研究,社会へのかかわり方としてふさわしいかという,長期的視野にたった,本格的な現代大学論を不可欠としているのである。
(早稲田大学客員教授・私学高等教育研究所)
本稿は当初「研究・技術・計画」学会誌に寄稿した論文に,その後の展開も加味して,加筆修正したものである。執筆にあたっては,以上の引用文献の執筆者はじめ,多くの研究者,行改関係者の貴重な御教示を得た。お名前は拳げないが,ここに心から感謝の意を表させていただきたい。