==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
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国立大学等の独立行政法人化のための調査検討会議中間報告
「新しい『国立大学法人』像について」に関する意見

白紙に戻し真の改革を論じる誠意を

辻下 徹

2001.10.28

==> 文部科学省提出「パブリックコメント」
 調査検討会議の使命は、独立行政法人制度の範囲内で、国立大学の機能を高
める法人化が可能かどうかを確認することでした。それは、独立行政法人化に
反対しつつ調査検討会議に参加すること決めた国立大学関係者の多くの主動機
でもあったと思います。

 会議の出発点は、通則法に基づく大学の法人化は大学の機能を損なうという
共通認識でした。しかし、法人化が大学の機能を損なわないことを配慮するだ
けでは全く不十分なことは誰にとっても明らかなことでした。現在より格段に
大学が良くなることが明確でない限り、制度変更期に膨大な行政的労力を教職
員に強いる法人化を正当化は出来ないことは当然です。

  少し前を思い起こせば、大学審議会答申を受けて10年ほど前に始まった
「大学改革」、特に、設置基準の大綱化と大学院重点化に対応するために、国
立大学の教育・研究の現場は多くの行政的活動に忙殺されました。その労力に
値するだけの成果があったと考える者は果たして今どれだけいるのでしょうか。
一部の大学の一部の部局で予算が倍増した一時期には多少は居たかも知れませ
んが、従来通りの予算に戻ったいまはどこにも居ないのではないでしょうか。
この経験が大学社会の士気を著しく低下させてしまったことを日本社会はどこ
まで認識しているのでしょうか。

  「大学改革」が一段落し、教育・研究に専念できると考えた矢先に、政官の
都合で浮上した「国立大学の法人化」を「大学改革」として提示されても、制
度いじりに対する徹底した不信感と嫌悪感に覆われている大学の現場には、深
い絶望感や虚無感、あるいは、決意した無関心以外を見いだすことはできませ
ん。

 中間報告は、そういった大学社会の不信感を覆すだけの内容を持っているで
しょうか。

 残念ながら、全く正反対です。1年の議論を踏まえた大部な中間報告の内容
の大半は、通則法下で法人化するための詳細で占められており、通則法の原則
との違いは、文部科学省のレジュメにも記載されているように、(1)「学外
役員制度」など学外者の運営参画を制度化(2)客観的で信頼性の高い独自の
評価システムを導入(3)学長選考や目標設定で大学の特性・自主性を考慮の
3点に限ります。

(1)は、「社会」の要望を大学運営に有無を言わさず反映させること以外の
目的があるとは思えません。(2)については、大学の教育や研究のような
「遅効性効果」が肝腎の活動に対して、資源配分に直結することが正当化でき
るようなリアルタイム評価システムは、世界のどこでも発見されていません。
いまだ存在もせず、また発見できるかどうかすらわからない「客観的で信頼性
の高い独自の評価システム」を導入すると言っても、空約束としか言い様がな
く、だれも信用することができないでしょう。(3)についても、学長選考で
は学外者の意見を多様に反映させることを制度化することが盛り込まれていま
すし、目標設定でも、最終的には文部科学大臣が策定することになっており、
どこに、大学の特性や自主性を考慮しているのか、理解に苦しむところです。

 10月10日に開催された財政制度等審議会 財政制度分科会 歳出合理化
部会及び財政構造改革部会第3回合同部会では、財政的には独立行政法人と国
立大学法人との違いはない、という見解が述べられ、財務省はあくまで国立大
学法人化を高等教育財政縮小のために活用する決意を述べています。

 以上のような中間報告の描く「国立大学法人」に国立大学を移行させれば、
どうなるでしょうか。何の意義も感じないことのために行政的雑事で忙殺させ
られることで大学社会の活力と士気がさらに衰えます。その上に、大学関係の
国家予算が全体として大幅に縮小されます。さらに、大学構成員の自律的な活
動に無数の掣肘が加えられるようになります。これでは、日本の大学は青息吐
息の存在となることを疑うことは困難です。

 いま、日本が必要とする大学改革は、国や企業や大学経営者にとって扱いや
すい様に大学を変えることではありません。大学で学ぶ学生、大学で教育・研
究に携わる者の士気を高めることであり、また、教育基本法に明記されている
ように、国民全体に対して直接に責任を負って、教育を行うことを可能にする
ことです。

 そのためには、国家予算配分の役割を利用して行われている大学の諸活動に
対する行政指導をストップさせることが急務です。たとえば、国民的議論を喚
起して「高等教育予算法」を超党派で議決し、国公私立の大学全体に財政的な
余裕を与えることが効果的でしょう。このような施策が行われれば高等教育の
学費が下がることにより小子化にも歯止めがかかるようになり、日本社会は再
び未来に希望を持ちはじめ活気を持つようになるでしょう。大学も、真の自律
性を獲得し、独自の知見と資源を活かして国民全体に対する責任を果たすこと
ができるようになるだけでなく、国公私の大学全体が、財政的な余裕を背景と
して、喜びのある競争を展開し互いに刺激しあって、各大学の独自の個性を伸
ばし進化し続け、大学社会が百花繚乱の野となって活性化するに違いありませ
ん。

 中間報告に描かれているような「国立大学法人」に、国立大学を移行させる
ことは、日本社会が必要としている大学改革とは正反対の方向の施策であり、
その推進者だけでなく、その協力者も、現在と未来の日本国民に対して深い罪
を犯すものであることに気付かれますことを祈っております。そして、独立行
政法人制度を利用した大学改革は不可能であるという検討結果を報告し、国立
大学の法人化問題を白紙に戻して真の大学改革に向けた国民的議論の開始を提
言して調査検討会議の活動を終えることを願っております。