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国立大学通信への投稿

ソクラテスは妻の言うような愚か者であろうか!

国立大学付属病院教官

Subject:アメリカ感染症
Date: Tue, 26 Mar 2002

人はどうしても自らの立場と体験から,物事を判断し発言せざるを得ない。黒川氏の御発言も“公正さ透明性”などなるほど傾聴に値する部分も多く、有意義な御発言とは思うが、見方によっては私のように逆の取りようもある。まず、医学という実学の世界ではなるほど,指摘されたように米国の水準は高く、世界をリードしている。しかし高度な医療がお金があればいくらでも受けられるその一方で、社会保障の面では貧しきものに非常に冷たい国であることも否定はできまい。米国に比べ劣っているシステムと指摘された欧州とはまったく比較になるまい。私には米国に長期留学した経験がないので、直接見聞したわけではないが、米国での補助金獲得合戦の弊害は良く指摘されている。研究者とは名ばかりで、研究費獲得が主な仕事になっていることはめずらしくないようだ。大学や研究所の業績は予算をできるだけ集めていかによい設備どころかほとんど研究そのものを購入できるかにかかっている場合もあると聞く。これは企業での空洞化現象と全くおなじであり、経済論理を優先する米国流のいきつく先ではないでか。(既に日本でも仕様書作成が主要な研究活動と化しているところもあるように思われる。)。私には巨額な研究経費を拠出できる経済と英語使用の有利性をアメリカの制度が優れていると誤認しているように思える。挙げ足をとるわけではないが“文系科学者も”という辺りの発言が気になる。そもそも科学とは人文科学と自然科学が両輪のはずであり、どうも応用面重視の御提案と思うのである。  

 また税金の使用を強調されるが、税金の使用であるからこそこのような効率第一主義では困るのである。経済的に利益が上がるのであれば誰も苦労はしない。社会基盤の整備、特に教育や学術は資金を投下したものがそれを回収できないからこそ、税金で行われるのである。研究者に経営感覚が要求されるという現在の風潮を安易に是認することはおかしい。おかしいことはおかしいのである。(医学系は特に安易に受け入れすぎる。病院業務と研究の分離が特にあいまいなためであろうか。)ソクラテスは妻の言うような愚か者であろうか!

 黒川氏はさらにアメリカ式が日本で取り入れられないと批判を繰り返される。でも良く考えるとこれは当然のことであろう!。日本では長年日本語が話され、日本式の思考や情緒が共有されている。どこの国でも同じである。その国に生まれ育った人でも、一旦もし外国の思考や情緒に変わってしまい、母国に帰って、その思考や情緒を押し通せば周囲に軋轢をおこすことはやむを得ないであろう。研究者といえども日本で暮らす生活者である。社会構造構造を無視して“アメリカでは雇用はこうだ”と実行されるならアメリカで部下を雇用していただくか、部下を持たない立場でなければ許されない(我が国には我が国の労働慣習にのっとった労働法規が厳に存在する。)であろう。

 また年金等の社会構造改革?について述べているのも、どのような裏付けがあるのか理解に苦しむところである。現在の一般的な日本の社会構造とは合わない研究者雇用形態を作るために、なぜ一般国民の年金制度を変更しなければならないのか、これを契機に(このリストラ時代に)他の産業の労働者にどのような不利がおよぶか考えたうえでの発言なのか、またいったいそれを国民が受け入れうるのか、考慮すべき点は多々存在する。

 そして最後に米国で研究を行った多くの外国人研究者が指摘する,米国の教育問題の深刻さを指摘しておきたい。米国の研究が多数の外国人研究者によって支えられている点を忘れてはならない。“種まく人と刈る人と”である。今後日本はその経済的繁栄により東南アジアの優秀な研究者を吸い寄せ、研究マネージャーとなり、一国繁栄主義を採るならば米国流も悪くないが。