国立大学独立行政法人化の諸問題
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藤田宙靖氏への公開書簡

最高裁判事ご就任にあたってのお願い

2002.10.6


To: FUJITA Tokiyasu
Subject: [藤田宙靖様への公開書簡] 最高裁判事ご就任にあたってのお願い
From: TSUJISHITA Toru
Date: Sun, 06 Oct 2002 20:27:58 +0900

                                             平成14年10月6日(日)

藤田宙靖 様

  最高裁判事へのご就任内定につき、お祝い申しあげます。ご就任に先立ちお
願い致したいことがあり、電子書簡をお送り致しました。同様の願いを持つ方々
が国立大学関係者には少なくないと思いますので、公開書簡の形式を取らせて
頂きます。

 最初に、背景となることを若干振りかえりたいと思います。

 橋本内閣の行政改革におけるご貢献は並々ならぬものであったことは藤田様
がウェブサイト(*1)で公開されている諸文書から承知しております。特に
独立行政法人制度導入の検討においては指導的な役割を果されたと理解してお
ります。また、国政の中では地味な問題ですが、国立大学の独立行政法人化政
策に関する国立大学社会における検討過程において、藤田様が果された役割の
大きさは測り知れないように思います。

 国立大学の独立行政法人化は、国立大学の諸資源を産業活性化に活用し、日
本の国際的な経済競争力を強化する手段として産業界から期待されていますが、
独立行政法人化によって大学に対する政府の指揮権が余りにも強まるため、学
術研究と高等教育の諸活動は広汎な悪影響を受けます。研究と教育の現場に居
る者にとっては、近過去の「大学改革」の経験だけでも、このことはよくわかっ
ていることですので、国立大学社会での了承を得ることは容易ではない思われ
ていました。実際、1999年4月の閣議決定で、2003年までに結論を得
るとされていたのも、そういう認識が背景にあったものと思います。しかし、
2002年の現在すでに、独立行政法人化の準備作業を国立大学自身が急ピッ
チで進めています。これほどまでに、独立行政法人化の流れが早まるきっかけ
となったものの一つが、1999年6月に藤田様が雑誌ジュリストに出版され
た論文「国立大学と独立行政法人制度」であることに異論のある人は少ないと
思います。
 事実、出版直後、国立大学協会は、総会で独立行政法人化について検討を開
始することを決め、その後、この論文の複写が多くの国立大学教職員に配布さ
れ、独立行政法人化やむなしという空気が大学社会の中に醸成され、大手大学
では独立行政法人化後の諸問題を検討をする動きが急速に進みました。199
9年9月には、国立大学協会第一常置委員会が独立行政法人化の際に必要とな
る諸条件を示した中間報告をまとめ、国大協が臨時総会でそれを了承し、それ
を受けて旧文部省は独立行政法人化の検討を開始することを表明しました。こ
うして、国立大学の独立行政法人化に向けて事態は予想に反し急速に動き始め
ました。

 こういった効果をもたらしたジュリスト論文を一体どういう意図で藤田様が
出版されたかを1999年12月に、公開で質問致しました(*2)ところ、
お忙がしい中、丁寧なご回答(*3)を頂きましたことを改めてお礼申しあげ
ます。その中で、ご発言の趣旨を

    1.この問題が置かれている政治的状況についての(私が知る限り
    での)情報提供、

    2.「独立行政法人」という制度の内容についての、行政法的な見
    地からの説明(それに伴い、国立大学が独立行政法人化するという
    ことは、行政法的にどのようなことを意味するか、ということにつ
    いての説明)、

    3.国立大学の何らかの法人化が現実に避けられないとするならば、
    この事実に対面して対処する方策としては、どのような途が考えら
    れるかについての分析

と要約されていますが、これは、今日に到るまでの、独立行政法人化問題につ
いての藤田様の諸発言の一貫したご趣旨であろうと理解しております。
 ジュリストの論文の時期では、独立行政法人化と民営化の違いを説明され、
定員削減との関係で独立行政法人化の決断を急ぐ必要があることを説き、特例
法ないし特例措置による現実的な解決の方向性を提言されました。そのような
提言をされたことの是非は、その後の展開に依存する面はありますが、そうで
はない面もあると思い、以下のように質問いたしました(*2)。

     よくご存知のように、独立行政法人という制度設計の趣旨は「不
    安定性」にあり、文部省案のような特例法を以てしてもこの不安定
    性は無傷である以上、大学の独立行政法人化の主効果は大学の「創
    造的破壊」にあることは自明です。創造的破壊というレトリックを
    外せば、単に、研究者の共同体を破壊し、研究者を使い捨ての駒と
    してプール化し、優秀な研究者を優秀な時期だけ働かせて、研究費
    を無駄なく効率よく国家や企業のために使う、ということを目指し
    ていることは自明のように思います。
     独立行政法人化後に研究者が置かれるこのような境遇について、
    政治的必然性という論点を一旦離れたとき、研究者として藤田様が
    どのようにお考えなのか、それをお聞きしたいのです。そのような
    問いが、今の情勢では無意味であったとしても、独立行政法人化が
    大学にとって何か良いものであると思われているのかどうか、それ
    を知りたいのです。

これに対し、

      私が、これまで、国立大学の独立行政法人化ということそれ自体
     について、正面から反対意見を述べていないことは、事実ですが、
     このような「不作為」は、独立行政法人化に向けての「提言」とい
     う「作為」とは理論的に同じではないということは、辻下様にもご
     理解いただけるものと期待しております。

と回答されました。これは、藤田様が、国立大学の独立行政法人化にはもちろ
ん反対である、という意見を表明されたものだと理解しております。

 冒頭にお願いしたいことがあると申しましたのはこの点です。「独立行政法
人化が不可避な場合のために種々の助言をしているが独立行政法人化にはもち
ろん反対である」ということが藤田様の一貫した姿勢であるとすれば、最高裁
判事となられる前に、不作為に独立行政法人化を推進したという評判ーー作為
による推進と比べて必ずしも好ましいとは言えない評判ーーを是正しておいて
頂きたい、ということです。すなわち、独立行政法人制度の骨組を変えずマイ
ナーな点を変更しただけの「国立大学法人制度」は、これまでのご主張から判
断すれば、大学にとって望ましくないと藤田様は考えておられると思いますが、
もしもそうであれば、そのことを公に明言され、独立行政法人制度の設計者と
して、その理由を日本社会の人々に丁寧に説明をしておいて頂きたいと思うの
です。
 と申しますのは、国立大学の独立行政法人化政策には政治的な煙幕が幾重に
も張り巡らされていて問題点が隠されており、一般の市民だけでなく、関係者
である大学教員や学生、そして、ジャーナリストも含めて、関心のある多くの
人達が、是非の判断ができないまま今日に至っているからです。この事態を打
開することは、問題に深く関わってきた国立大学関係者の責任であると思いま
すし、また、最高裁判事になられる藤田様の場合には、意図の有無とは別に、
国立大学の独立行政法人化推進の役割を結果的には果されたことについて、な
んらかの「総括」を日本社会に対して表明されることが要請されるのではない
か、と思います。このお願いについては、最後の方でもう一度、触れたいと思
います。

 さて、2000年5月に、自民党から独立行政法人化の修正を容認する提言
があり、6月に旧文部省は協力者会議「国立大学等の独立行政法人化について
の調査検討会議」を設置しました。国立大学協会は独立行政法人化には反対し
つつ、独立行政法人化の検討に協力することを決め、長尾京都大学長(半ばよ
り国立大学協会会長)が主査となり、60余名が協力者として参加した調査検
討会議は、今年3月に最終報告をまとめました。少人数の連絡調整委員会がま
とめた最終報告は、調査検討会議で1年以上続けられた議論の蓄積や百余通の
パブリックコメントを反映することもなく、国立大学協会が掲げてきた諸要請
の大半を退ける内容でしたが、国立大学協会自身は十分な審議もせずに4月の
臨時総会で了承し、独立行政法人化の準備を開始しました。

 以上のような、国立大学協会の支離滅裂な挙動の軌跡は、これまでの藤田様
の講演記録を読むと、よく納得できるようにも思います
 2000年11月の講演「高等教育システムの変動と大学の戦略的経営」
(*4)では

     大学の自治、大学の自主性・自律性を強調するあまりに、国の行政
     庁(主務大臣)からの一切の介入を否定する、ということになるな
     らば、政治的には当然、それならば、国からの財政支出を前提とす
     る独立行政法人に止まるのではなく、民営化しろ、という話になる

と指摘され、また、遠山プラン直後の2001年7月の講演「国立大学独立行
政法人化について」(*5)では

    「従来通りの国の直営方式かそれとも独立の法人化か」という選択
    肢の問題から、むしろ、「独立行政法人化かそれとも民営化か」と
    いう選択肢に変わって来ているように思われる。

という見解を示されています。「さもなくば民営化」という台詞は、国立大学
関係者の思考力と判断力を停止させる殺し文句となっているようです。
 「国立大学法人」化が本当に「民営化」よりましなのか、あるいは、「国立
大学法人」化は、補助金が多いだけの民営化そのものではないのかーー学校法
人化ではなく営利法人化という意味での民営化そのものではないかーーそういっ
た、醒めた分析がされたのでしょうか。また、「国立大学民営化」であれば、
独立行政法人化の場合のような政治的煙幕がなく、問題の本質が日本社会に明
らかになり、議論が高まるチャンスも大きいでしょう。しかし、独立行政法人
化後の民営化は、独立行政法人システムの一コマとして組み込まれており、当
たり前のようにひっそりと遂行されることでしょう。民営化を避けるために独
立行政法人化の道を選ぶことは朝三暮四の典型であるように思われませんか。
 諸般の事情を考えれば、今すぐにはコンセンサスが得られるはずもない国立
大学民営化を直近の脅威として強調し、それを回避するために10年後のスムー
ズな民営化への準備ともなる独立行政法人化を唯一の選択肢として国立大学社
会に説いてこられたことは、事情をよくご存知のはずなだけに、理解しにくい
ところです。

 また、同じ講演(*5)における次の一節が国立大学長や大学幹部の意識に
与えた影響は大きく、4月19日の国大協臨時総会において、内容と関係なく
独立行政法人化を了承することを強行採決で決めた歴史的「蛮行」に向けての
道を整えたように思います。

    国立大学の業務に関し、文部科学大臣が定める中期目標について
    は、私自身は、本来ならば、学問の研究・教育の在り方に関する事
    項はその対象から外す制度とすべきものであると考えているが・・・
    私に対して、文部省関係者及び中央省庁等改革推進本部事務局幹部
    が説明していたのは、・・・「中期目標の内容的制限ということを
    正面から書くことは、政治的反発を招き易く、却って逆効果になり
    かねない」ということであった。つまり、正面からは、手続的保障
    を制度化するに止め、内容については、実際の運用において充分に
    適正なものを確保することを図ればよいし、またそれが現実的であ
    る、というのである。理論的には、勿論そういったことも言えるの
    であって、問題は、現実がどのように推移して行くか、ということ
    なのであるが、この辺の判断は、甚だ困難で微妙なものがあり、ぎ
    りぎりの判断を迫られることになる。(・・・は転載時省略部分)

 中央省庁内世論で物事が実質的に決まる日本社会では、理念などに囚われず、
中央省庁内の動向を察知してリスクを避け少しでも得をするように振舞うこと
は、柔軟な姿勢として高く評価されることが普通のようですが、国立大学の独
立行政法人化のような、世紀に1度か2度しか行われないような性質の意思決
定の際は、「政治的反発を招き易く却って逆効果」というような戦術レベルの
思考を越えた判断基準が必要なのではないでしょうか。
 藤田様が必要と考えられた「学問の研究・教育の在り方に関する事項は文部
科学大臣が定める中期目標の対象としない」という点は、憲法と教育基本法と
の整合性だけでなく、現実の研究・教育の諸活動の本性から、必須な条件であ
り、条件闘争のために調査検討会議に参加を決めた国立大学協会としては、そ
の条件が認められなければ独立行政法人化は拒むくらいの決意を以て交渉すべ
き条件の一つではなかったでしょうか。このように肝要な点を、最初から戦術
的観点により譲歩した方が良いと示唆されたことは、最高裁判事となられるい
ま振りかえってみられるとき、適切であったお考えでしょうか。

 また、「正面からは、手続的保障を制度化するに止め、内容については、実
際の運用において充分に適正なものを確保することを図ればよい」という姿勢
は、法律の実質的内容を行政に委ねる「委任立法」を広汎に容認することにつ
ながり、三権分立を根底から否定することになりかねないようにも思います。
この点についても、最高裁判事となられるに当って、今、どのようにお考えな
のでしょうか。

 日本の司法は、行政に対する「禅譲の精神」を背景とする消極主義により違
憲立法審査の使命を半世紀にわたり事実上放棄したまま今日に到り、憲法の止
処ない形骸化に「不作為に」手を貸してきた、と指摘する人が少なくありませ
ん。行政府が立法府と司法府を実質的に支配する状況がこれ以上続くことは日
本の将来にとって好ましいことでしょうか。藤田様には、学術セクタを代表し
て、時代を越えた価値を担い、消極主義による司法の形骸化に歯止めをかけて
頂けるものと期待しております。行政と長年に亙り深い関係を持ってこられた
藤田様には、行政と十分な距離を取ることは容易なことではないと察しますが、
2000年の司法制度改革審議会ヒアリングでの発表「司法の行政に対する
チェック機能の強化」(*6)で表明されている問題意識に立って、憲法を活
性化させる判決の数々によって日本社会を勇気付てくださることを祈っていま
す。

 最後に、この書簡でお願い致したいことを繰りかえしたいと思います。

 政府は、国立大学という「器官」の大手術について、被術者である日本社会
からインフォームドコンセントを得ないまま準備を進めています。経済情勢と
世界情勢が緊迫している中では一見地味な問題であるだけに、このままでは、
国会での審議が日本社会のインフォームドコンセントを得るプロセスになり得
るかどうか、心もとないところがあります。最高裁判事に就任される前に、問
題を熟知し事態の推移に深く関与されてきた藤田様が、日本社会の人々に対し、
国立大学の独立行政法人化政策についての意見を卒直に示され、独立行政法人
制度設計者として、どこが問題と考えるかを丁寧に説明され、被術者である日
本社会のインフォームドコンセントを得ないまま手術が断行されることがない
よう努めて頂きたいと思います。そのご努力は、来年の国会での審議を充実し
たものとする効果を持ち、国公私に関係なく高等教育システム全体を真に活性
化させる道を求める流れを産む契機ともなるでしょう。

 社会の一部の意思が無チェックで社会を変える度合が強まりつつある今、司
法を担う人々が、憲法に記載された普遍的義により日本社会の秩序を回復する
使命を果すべく消極主義を捨てることが必要です。国立大学の独立行政法人化
問題は政治的には些細な問題かも知れませんが、経済セクタが自らの価値を唯
一の価値と考え、自らの都合を日本社会の都合と同一視し、国民の財産を強引
に処理しようとしている点では、日本社会が苦しんでいる諸問題の縮図とも言
えます。藤田様が、最高裁判事となられるにあたり、この象徴的問題において、
ご自身の考えを表明し義への決意を示されることは、日本社会では久しく閉さ
れていた方向に人々が新しい希望をもつことを可能とするものです。

                         辻下 徹

                         〒060-0810 札幌市北区北10条西8丁目
                         北海道大学大学院理学研究科


(*1)http://www.law.tohoku.ac.jp/~fujita/ (*2)http://ac-net.org/dgh/99c11-fujita.html (*3)http://ac-net.org/dgh/00127-fujita.html (*4)http://www.law.tohoku.ac.jp/~fujita/hiroshima-20001117.html (*5)http://www.law.tohoku.ac.jp/~fujita/shigakubu-20010715.html (*6)http://www.law.tohoku.ac.jp/~fujita/shihou-20001212.html