国立大学独立行政法人化の諸問題

「新たな学生支援機関の在り方について」に対する意見

辻下 徹

2002.10.17

From: TSUJISHITA Toru
To: gakusei@mext.go.jp
Subject:「新たな学生支援機関の在り方について」に対する意見

高等教育局学生課・留学生課  御中

新たな学生支援機関の設立構想に関する検討会議「新たな学生支援機関の在り
方について」(中間取りまとめ)に対する意見を送付致します。よろしくご検
討をお願い致します。

(略)

意見

  いつものことであるが、このような重要な問題についての意見募集としては、
募集期間が余りに短い。以下は、教育研究職への奨学金返還免除廃止の方針に
ついてのみ、意見を述べたい。

  特殊法人統廃合問題と、奨学金制度の見直しとは、別の問題である。奨学金
返還免除制度廃止は大きな影響のある政策であって、このような行政改革の議
論の一部で簡単に片づけることができる問題ではない、高等教育政策の全体と
切りはなして是非を論じることはできないからである。

  高等教育費用の受益者負担主義政策の下に、国立大学の学費が四半世紀にわ
たり計画的に値上げされ、また、今後、国立大学が独立行政法人化した場合に
は、学費はさらに値上げされることは避けられないと予想されている。一方、
国民の間の経済格差は急速に拡大している(*1)。この中で、奨学金制度の果す
役割は以前にも増して大きくなっている。

  この状況にありながら、奨学金事業を国が縮小しようとすることは大きな問
題である。しかも、本来、国民の基本的人権である教育権を守るための奨学金
事業の核心をなすスカラーシップ型奨学金を実現している返還免除制度を「若
手研究者の確保等という政策目標の効果的達成の手法」としてしか「特殊法人
等整理合理化計画」では認識されておらず、その政策目標の効果的達成のため
に、奨学金とは全く別の方法に切り変えようとしていることは、問題をよく認
識していないのではないか、と思われる。

  このような動きは、高等教育の機会が経済状況に大きく依存する時代を招く
危険性が大きい。

  一連の政策の根底にある高等教育受益者負担主義が政府方針となったのは、
皮肉にも、高等教育の無償化が国際人権規約で採択された時期である。196
6年に国連で採択され1976年に発効した国際人権規約「経済的、社会的及
び文化的権利に関する国際規約(A規約)」には、13条の2(c)「高等教育
は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力
に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。」とい
う規約があるが、これをいまだに批准していないのはマダガスカルと日本だけ
だ、と文部科学省は国会の審議で答えている。

  世界の潮流に逆行する高等教育受益者負担主義は、日本社会に支持されてい
るのだろうか。そもそも、その政策は日本社会に開示されているのだろうか。

  この政策は国民の教育権を冒すだけでなく、次のような点で、国策としても
拙劣であると思われる。

(1) 高等教育を受けた人が、自分の利益を追求することを国として奨励している
ことになる。
(2) 高等教育費の高騰により少子化が加速する。これほど効果的な少子化推進
政策はないとすら言える。その一方で、膨大な国家予算を効果のない少子化防
止政策に割いているが、焼け石に水である。
(3) 人の資質は経済的条件とは独立しているので、経済的条件で人を篩にかけ
ることは「人を育てる」国の事業としては戦略的ミスと言える。

  高等教育受益者負担主義にともなう(3) の問題を解消することが、奨学金制
度の本来の使命であるはずだが、奨学金返還免除の廃止は、その使命を忘れた
ものと言えるだろう。

  奨学ローンだけになれば、人生のスタートラインで、数百万の借金をもろに
背負う人がかなり発生することになる。たとえ無利子であっても、それを返還
することは、若い人の給与が少ない日本社会(*1)では大きなハンディとなるは
ずである。「特殊法人等整理合理化計画」の方針が実現し、優秀な人ならば莫
大な競争的研究費を獲得し奨学ローンをすぐに返せるようになるとしても、そ
れを当てに出きるほどの自信を大学院進学を決める時点で持つ者がどれだけい
るだろうか。結局は、経済的余裕がない家庭の子女で、聰明で良心的で先をよ
く考えるような人が、大学院進学を断念することになる場合が出てくるだろう。

  最初に述べたように、奨学金制度は、高等教育政策全体と切りはなしては、
論じられない。検討会議が返還免除制度廃止の理由として挙げていることは、
この制度が果している役割の大きさからすれば、廃止の理由としては取るに足
らない。

  戦略的なミスは戦術的考察では解消できない。高等教育受益者負担政策は戦
略的ミスであり、奨学金制度を変更するような戦術的レベルのことで、問題を
解消できるとは思えない。

  高等教育予算縮小政策を数十年も続けたことの政策評価をきちんとすべき時
期に来ている。検討会議は、そこまで踏み込んで議論すべきではないか。

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  以上、検討会議の姿勢そのものに問題があることを指摘したが、中間まとめ
の具体的内容にも問題がある。

  廃止の理由として検討会議自身は挙げているのは次の2点である:

(a)教育・研究職という特定の職に対してのみ返還免除を行うため不公平感を
生じさせる。
(b)制度導入時と比べ教育・研究職の処遇の改善や需給構造の変化等により人
材の誘致効果が減少していることなどにより、その意義が薄れてきている。

しかし、その直後に、

(c)しかしながら、引き続き、優れた学生に対する大学院への進学のインセン
ティブの付与や、研究者養成の充実の視点は重要であり・・・

と主張している。主張(b)と主張(c)との関係が不明確である。それどころか、
「引き続き」という言葉があるので、主張(c)は、主張(b)を否定していると思
われる。実際、主張(c) は、教育研究職への奨学金返還免除は大学院進学のイ
ンセンティブとなっている、という認識が背景になければ理解しにくい。そう
いう認識があるからこそ、その廃止によって大学院進学へのインセンティブが
減少することを懸念して、少なくとも「優秀な」者については、返還免除に替
る大学院進学のインセンティブを用意しなければならない、と主張していると
しか解釈できない。

  主張にこのような行き違いがあることは、「特殊法人等整理合理化計画」で
述べられれている政府方針を吟味しようとせず、検討したような外見を取り繕
うために、理由を適当に付加したためではないか、と推測される。

  それでは主張(a)はどうか。

  主張(a)は、返還免除を廃止することの理由にならないことは言うまでもな
い。もしも「不公平感」が問題ならば、他の公平な基準を見いだして、返還免
除制度を続行すべきであろう。その点、中間まとめで提案されている「大学院
生を対象とした給費制奨学金」を、院生の経済的状況だけを基準として給付す
ることが、公平性の点でもインセンティブの点でも、すぐれた案ではないかと
思われる。

  米国では、多様な奨学金があるが、国の奨学金は、経済的な視点だけで支給
されており、州や大学の奨学金は、優秀さなどを配慮した奨学金となっている
と言う(*2)。国の奨学金は、経済格差解消だけを使命として支給されるべきで
はないだろうか。それが、国にとっても最も効率の良い奨学金制度となると思
われる。

  最後に検討会議にお願いしたいことがある。奨学金返還免除制度廃止をもし
も提言するのであれば、具体的代案を強く提言すべきである。中間まとめのよ
うに、種々の代案を羅列するだけならば、結局、政府が示唆している通り、奨
学金の一部が競争的研究費に化けてしまうであろう。是非、検討会議としての
使命を十全に果して頂きたい。

(*1) 橘木俊昭「日本の経済格差ー所得と資産から考えるーー」岩波新書590,
1998. ISBN 4-00-430590-X

(*2) 塙 武郎「米国における奨学金制度ーその支給構造の総体ー」
大学研究23, 2002.3, 筑波大学大学研究センター、209-233.