[reform:04346]
愛知教育大学教職員組合の臨時ニュース
パブリックコメント送付の呼びかけ
2002.12.10
中央教育審議会は、11月14日、教育基本法の『見直し』を盛り込んだ、「新しい
時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」(中間報
告)を発表しました。(中間報告と中間報告の概要については、文部科学省の
ウェブサイトに掲載されているので参照してください。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/index.htm)。
わが組合は、すでに、12月5日の秋季大会において「教育基本法の改悪に反対
する決議」を採択したので、批判のポイントはそちら
を参考にしていただくとし
て、現在の教育基本法「見直し」の問題点について、いくつか論じてみたいと思
います。
まず、この「見直し」の真のねらいは、端的に言えば、これまで教育基本法が
禁じてきた「教育内容への国家権力の介入」の合法化です。その証拠に、これま
で教育基本法の曲解や、教育基本法に反する学習指導要領によって、「人格の完
成」に反する「人材養成」型教育にしても、「個人」よりも「公共」を優先し、
「たくましい日本人」への同化を迫る教育にしても、教育基本法を「見直し」す
ることなく行われてきています。さらに、今回の目玉ともいうべき教育振興基本
計画にしても、教育基本法を「見直」さずとも、教育振興基本計画法を制定すれ
ば済む問題です。要するに、今回の「見直し」は、教育基本法が明示的に禁止し
ている「不当な支配」を合法化して、教育や子ども・国民を国家の道具に変えて
しまおうというのが本質なのです。
今回の「見直し」議論を行った基本問題部会では「教育基本法というのがある
のは知っていましたけれども、読んだことがないのです。・・・斜めにちょっと
みましたら、すさまじく古風で、何を本当に言わんとしているのかよくわから
ん」(第一回基本問題部会議事録)という発言が平気でできるような低レベルの
議論なのです。教育基本法が制定された経緯も思想もまともに検討しない議論が
行われているのです。それなのに、ちゃっかりと、「国民の自信喪失、モラルの
低下、青少年の凶悪犯罪、学力低下、いじめ・不登校、中途退学・学級崩壊など
の諸問題」の責任が教育基本法にあるかのごとく議論するわけですから開いた口
がふさがりません。これについては、多くの識者が批判しているように、これま
での政府・文部(科学)省が、教育基本法の理念の実現を怠り、教育基本法の精
神を蹂躙する諸施策を推し進めてきたことこそが問題なのです。自らの責任を教
育基本法に転嫁するなどもってのほかです。
教育基本法は、「準憲法的な性質を持つ」、「憲法の付属文書」だと言われま
す。したがって、万一「見直」す場合でも、慎重に議論をすすめなければなりま
せん。それが、上記のような委員も含めて議論され、しかも、「見直し」問題を
検討する基本問題部会が、中間報告の直前の2回は、定足数に達せず成立すらし
てないというのです。我が国の将来を左右する教育の基本問題について、こんな
杜撰な議論でよいのでしょうか。また、公聴会として一日中教審を行っています
が、全国5カ所、意見発表者はそれぞれ10人という少なさです。そしてその人選
は、文部科学省が行っています。東京での公聴会がよい例ですが、「見直し」賛
成派が多数選ばれています。また、仄聞するところでは、一日中教審の会場で
は、公安警察が私服・制服等で入り、カバンの中身までチェックするというきわ
めて不自由な空間で行われているといいます。これでは、国民の声を聞いたこと
にはなりません。国民の生活の基本問題であるにもかかわらず、国民の議論を待
たずに進めようとする姿勢には大いに問題があります。
内容面でみると、まず第一に、教育を国際競争を支える人材養成の道具にする
ことを鮮明に打ち出していることが問題です。大学の構造改革もこのなかに組み
込まれており、「見直し」が行われた場合、現在の独立行政法人化で議論されて
いる大学の研究・教育の国家統制の根拠法されてしまうことは間違いありませ
ん。初等・中等教育でも、競争が激化し、子どもや青年がいっそう痛めつけら
れ、中教審が問題にしている教育の諸問題がさらに深刻化するでしょう。
第二に、「国を愛する心」や「公共」が強調されていますが、ここで言う
「国」や「公共」は、国家が定めた「国」や「公共」であって、「愛するからこ
そ今の国の現状を批判する」という立場は最初から問題とされていませんし、国
民の生活や安全などの「民的公共」を守るという建前で認められている軍隊・警
察等の「官的公共」の主客が転倒して、国(財界や国家の支配層)を守るため
に、国民の財産や労働力等を動員するという意味での「公共」論になっています。
第三に、教育基本法に教育振興基本計画を位置づけることで、国会の承認を経
ないまま、閣議決定だけで自由に教育を左右するしくみが設けられていることで
す。しかも、この基本計画では、教育問題の改善に必要不可欠な「金・人・手
間」についての数値目標はあげないで、改善目標だけは具体的にしています。条
件整備もせず事態の改善だけ迫るなど、本気で改善する気があるのかさえ疑わし
いと言わざるを得ません。たとえば、いじめ・校内暴力を「5年間で半減」する
などの例が挙げられています。これらは、今までの諸施策で解決してこなかった
ことなのに、教育振興基本計画に目標として記述したからといって解決するはず
はありません。解決したいならば、それにふさわしい予算、人員、時間が必要で
す。そうでなければ、現場でいじめなどの数値をごまかすか、問題を抱えた子ど
もたちを学校からスマートに排除するかなど、いずれにしても、悲劇的な結末し
か招かないでしょう。
いま必要なのは、教育基本法の「改悪」(「見直し」)ではなく、再評価(見
直し)ではないでしょうか。
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