特別レポート:「文科省」大学支配の実態櫻井よしこ2003.4.17来年度から実施される国立大学の法人化。遠山文科相は大学の自主自立を叫び、学問の自由はこれで保障されるかのような答弁を繰り返えしている。が、大学の独立どころか、文科省は逆に大学支配を強化し、利権確保に必死だ。文科省幹部が本音を吐露した秘密議事録では、その野望を余すところなく伝えている。国立の大学病院にまで及ぶ凄まじい官僚支配。櫻井よしこ氏が、その実態を告発する。 全員ではないが、官僚は基本的に嘘をつく人々である。責任はとらず、不遜にも自らの無謬性を信じている存在である。これは、04年度から独立行政法人となる国立大学問題を取材して改めて痛感することだ。 国立大学の独法化は、正しく実行すれば大幅な規制緩和につながり、大学の自治を高めていく。教育、研究に個性豊かで優れた業績を積み上げていくことも出来るようになる。だが、現在進行中の独法化ではそのようなことは望み得ない。 2000年3月号の「文藝春秋」には蓮實重彦前東大総長が「独立化の高まりや個性の充実は、幻想に過ぎない」「国立大学にとっては現在よりはるかに不自由になる」と書き、現東大総長の佐々木毅氏も同じく今年4月号の「文藝春秋」に、これまでよりも「各官庁の影響力がますます強くなっても何ら不思議ではない」と書いた。 巧まずして日本の教育の最高峰、東大の総長である両氏が、独法化はその本来の目的とは裏腹に、国立大学の自立を弱め、大学への官僚のコントロールを強めると警告するのだ。 たとえば、独法化後は、大学の目指す中期目標も文科省が決めることになる。 自由主義世界のどこに、大学の目指すべき中期目標まで指図する愚かな制度を採用している国があるだろうか。大臣が決めるとは官僚が決めるということである。官僚が決定権を持つとはどういう意味か。独法化に対応するために現在進行中の大学病院改革を通して考えてみる。 2002年3月、国立大学病院長会議の常置委員会がまとめた改革案に「国立大学附属病院の医療提供機能強化を目指したマネジメント改革について(提言)」がある。東大病院を筆頭に全国42の国立大学病院長らの提案は、一部に激しい反発を呼んだ。東大医学部輸血部長だった柴田洋一教授は、憤りの余り抗議の辞職をし、東大医学部教授会総会は、先の常置委員会委員長の伊藤晴夫千葉大学病院長に「意見書」を提出した。 意見書は、提言が「病院の経営面のみに力点」を置き「教育研究に言及することを意識的に回避」したと断じ、大学病院を支える中央施設(検査部・輸血部・病理部・薬剤部)を縮小・廃止することを強く批判した。 大学人による提言でありながら、大学病院を支える中央施設を否定するかのよ うな内容は、いかにしてまとめられたのか。経緯は議事録に明かなはずだ。 この問題は常置委員会の下にある作業部会で論議された。だが、作業部会の議 事録を求めると、文科省は「存在しない」と主張するのだ.・・・だが、議事 録は確かに存在するのだ。作業部会の委員らを含めて2桁にのぼる人たちが第 1回から第5回までの,300ページを超える議事録をもっている。現に私の 手元にもある。・・・
文科省の凄まじい押しつけ第2回会議には早くも浅野補佐が準備した改革案なるものが示され、以降、 「浅野試案」が作業部会の議論の基調となっていく。浅野試案の特徴は、法人化以降も42の国立大学病院全てを文科省傘下でまと め続け、文科省事務官の派遣先を確保し続けることにある。自分たちの利益の ために大学病院の経営合理化を進め、大学病院の生命でもある中央施設と呼ば れる基礎部門を外注化するなど、事実上切り捨てようとしたのだ。 目前のみ見て、長期見通しを欠落させがちな官僚の仕切りでとりわけ凄まじい のは12月12日に東京医科歯科大で開かれた5回目の会議である。浅野課長 補佐が暴力団まがいの表現で、委員らにハッパをかけたのだ。 会議の終盤、同補佐は次のように発言した。 「既に報告書のフォーマットも大体出来上りつつあるわけですが、実は実弾が 全然込められていない」・・・・・・ 同補佐は「実弾」の中身をテンポよく説明し、それを誰がいつまでにまとめる か、担当も割り振って細かく指示を与えている。・・・・・・
増大する官僚支配のツケ・・・・・・
「文科省と厚労省の戦いで、厚労省の方が戦略的に優れていた。文科省は敗れ
たんですよ。作業部会に「実弾」などというどぎつい表現で物凄い圧力をかけ、
急速に提言をまとめようとしたのは、厚労省との争いが劣勢で、挽回しようと
したのでしょう」
大学の独立行政法人化は、富士山のようなものだ。遠くからみると理想の形をしている。けれど近づいてみると多くの矛盾と危険に満ちている。その最大の落し穴は、独法化は官僚の支配力の強大化に貢献するのみだという点だ。一国の教育や医療までをも自己の利益を拡大することに利用する官僚の教育行政の下で蝕まれていくのは、日本の教育と日本人の心である。 |