国立大学独立行政法人化の諸問題
2003/7に削除される予定の http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/daily/select0106/156/15606030061017c.html を転載
第156回国会 文教科学委員会 第17号
平成十五年六月三日(火曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月二十九日
    辞任         補欠選任
     齋藤  勁君     岩本  司君
     鈴木  寛君     江本 孟紀君
 五月三十日
    辞任         補欠選任
     有村 治子君     鴻池 祥肇君
     大仁田 厚君     佐々木知子君
     富樫 練三君     畑野 君枝君
 六月二日
    辞任         補欠選任
     鴻池 祥肇君     有村 治子君
     佐々木知子君     大仁田 厚君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         大野つや子君
    理 事
                仲道 俊哉君
                橋本 聖子君
                佐藤 泰介君
                山本 香苗君
                林  紀子君
    委 員
                有馬 朗人君
                有村 治子君
                大仁田 厚君
                北岡 秀二君
                後藤 博子君
                中曽根弘文君
                岩本  司君
                江本 孟紀君
                神本美恵子君
                山根 隆治君
                草川 昭三君
                畑野 君枝君
                西岡 武夫君
                山本 正和君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
   参考人
       東京大学総長   佐々木 毅君
       大阪大学社会経
       済研究所教授   小野 善康君
       お茶の水女子大
       学長       本田 和子君
       東京大学社会科
       学研究所教授   田端 博邦君
       名古屋大学総長  松尾  稔君
       元大阪大学事務
       局長
       住友生命保険相
       互会社顧問    糟谷 正彦君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国立大学法人法案(内閣提出、衆議院送付)
○独立行政法人国立高等専門学校機構法案(内閣
 提出、衆議院送付)
○独立行政法人大学評価・学位授与機構法案(内
 閣提出、衆議院送付)
○独立行政法人国立大学財務・経営センター法案
 (内閣提出、衆議院送付)
○独立行政法人メディア教育開発センター法案(
 内閣提出、衆議院送付)
○国立大学法人法等の施行に伴う関係法律の整備
 等に関する法律案(内閣提出、衆議院送付)

    ─────────────
○委員長(大野つや子君) ただいまから文教科学委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る五月二十九日、齋藤勁君及び鈴木寛君が委員を辞任され、その補欠として岩本司君及び江本孟紀君が選任されました。
 また、去る五月三十日、富樫練三君が委員を辞任され、その補欠として畑野君枝君が選任されました。
    ─────────────
○委員長(大野つや子君) 国立大学法人法案、独立行政法人国立高等専門学校機構法案、独立行政法人大学評価・学位授与機構法案、独立行政法人国立大学財務・経営センター法案、独立行政法人メディア教育開発センター法案及び国立大学法人法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の六案を一括して議題といたします。
 本日は、六案の審査のため、参考人から意見を聴取した後、質疑を行います。
 まず、午前は、参考人として東京大学総長佐々木毅君、大阪大学社会経済研究所教授小野善康君及びお茶の水女子大学長本田和子君の三名の方に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様から忌憚のない御意見をお述べいただきまして、六案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、議事の進め方でございますが、まず佐々木参考人、小野参考人、本田参考人の順でそれぞれ十五分程度御意見をお述べいただいた後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。

 次に、小野参考人にお願いいたします。小野参考人。
○参考人(小野善康君) 今回の国立大学法人化の理念というものは、文科省及び学長のリーダーシップによってトップダウン方式で時代に合った研究を迅速に進めようと、こういうことだと思います。
 時代に合った研究というのは、どの研究が優れているか、どの研究はもう時代後れであるかということを判断しなければいけない。その意味で評価というのが決定的に重要になってくる。これ、評価を間違えると大変なことになります。この評価の問題点については、今、ただいまの佐々木参考人のお話の中にも指摘されておりましたが、私はこれが決定的に問題になるのではないかと思います。もう少し言えば、評価能力というのは非常に疑わしい、さらにちゃんとした評価をしようとすれば膨大な負担が掛かる、さらに誤った評価をすると大変な弊害が生まれると、こういうことであります。
 その弊害の中身は、例えば官僚機構の肥大化とか、大学全部があたかも文部省の中の要するに事務的な仕事だけをするようなものになってしまうと、そういう危険性が感じられる。ここまで申し上げますと、そんなこと、それは危険はあるだろうけれどもとおっしゃるかもしれない。私は、それをこの数か月前に、別の研究所再定義問題というところで経験しました。その経験をお話しすることによって将来像が見えるんではないかというふうに思います。
 さて、その前に、評価というのは一体できるかということについて申し上げると、私は絶対にできないと思います。その理由は、専門家というのは、ちゃんと研究をやっていらっしゃる方というのはそういうふうに合意してくださると思いますが、非常に狭い自分の範囲の中で深く研究して、それで優れた研究を上げるというものでありまして、広い範囲をよく知っているという専門家は、私は乱暴に言えばインチキだというふうに思います。
 それで、私のような者だったらそうだろうかということをおっしゃるかもしれませんが、じゃ、例えば評価委員の中で、それこそノーベル賞を取るような方をお連れしたと。その方は、その分野については卓越した研究能力を持っているけれども、ほかの分野は全くの素人です。そのとき、そういう集団で、じゃ全部の評価ができるようなそういう集団を作るにはどうしたらいいかといったら、世の中にある何千という分野全部の専門家を連れてこなきゃいけない。それは不可能ですから、そうすると選ばれた人しか来ないと。それは、はっきり言えば素人集団なわけです。その素人集団はどういう決断を下すかといえば、単なるはやりと話題性を追求すると。それは、その方が安全だからです。
 例えば、そんなことは絶対ないと思いますが、私がその委員に推薦されたということになったとすると、私なら今何をやるかと言われたら、ナノテクとゲノムがいいと多分言うと思います。理由は簡単で、新聞で読んだからだと。これだけのことで、もちろんそうは言いませんが、そういうふうに言うと思います。
 同じことは経済学でも起こっていると。数年前に複雑系金融工学、こういうものがはやったんですが、今、金融工学というのはほとんど見ない。もちろん、金融工学はちゃんと地道に長い間研究の積み重ねでやっています。ですが、あの当時、我々の研究所を含めていろいろな大学で金融工学のセンターができた。文科省は我々のところにも来て、そういうのを作ったらどうだと言われましたけれども、我々は、それはそんなに作ってもしようがないといって申し上げた。あのとき作ったら良かったでしょうかということです。
 さて、こういう不完全な評価、もう明らかに不完全な評価だと思いますけれども、それで、強権、今回のようなトップダウンというのが完全に確立したのとが相まつとどういうことが起こるかというと、本来、その評価する方を信じていれば、皆さんは自分が面白いと信ずる最先端の研究を分かりやすく説明して、是非自分はいいんだということで競争しようと、こういうことになると思いますが、そうじゃないので、金が取りやすくて素人受けする研究というのを一生懸命出そうとすると。これは経営者としての学長のインセンティブからいってもぴったり合う。金を取れて、大きくその大学の予算規模が増える。そうなると、工学や医学の大規模プロジェクトが花盛りになるだろうというふうに思います。
 同時に、同じ人間を使うならば、ほとんど小さな範囲しかやらないような、例えば経済学みたいなものは、じゃこれは減らして、より産業とかそういう方向に行くべきだというふうになってくる。さらに、文科省の意向がそのような素人集団に対して色濃く反映するでしょうから、文科省に気に入る書き方を伝授するような人が欲しくなる。それから、文科省の意向はどうであるか、文科省とどういうふうに交渉したらいいかということが是非欲しくなる。これは、私が学長にもしなったら、なるわけないですが、もしなりましたら是非文科省のOBを雇いたいということであります。
 さらに、中期計画、中期目標ということであれば、私たちは実現しやすい目標を立てる。もしチャレンジングで面白いという本気の計画を立てたらどういうことになるか。それが実現できない可能性があるわけです。できなかったら、後でひどい評価を得て、その組織はつぶされると、こういうことであります。そういう書類作りに膨大な時間が掛かる、こういうことであります。
 さて、そういうことを申し上げると、そういう危険はあるだろうと。確かに、今、佐々木参考人もそういう危険についてはある程度おっしゃっていた。それは危険はあるけれども、でも改革は必要である、こうおっしゃるかもしれないんですが、私は、この危険はまず間違いなく起こる、そのぐらい断言できる。
 なぜそんな断言ができるのかというと、最初に申し上げましたが、研究所再定義問題というので、つい数か月前にほとんどこれと同じ構造で前哨戦があって、我々はとんでもない目に遭ったということをこれからお話ししようと思います。
 これは、国立大学法人化に伴って、その前に、それまではもちろん附置研究所は地位はちゃんと安定しているんですが、法人化に伴って中を自由に変えることができるので、是非とも今のうちに研究所の活動のレベルの低いところは整理しておこうと、こういうところからスタートした。私は、それを聞いて、ああ、それはいいことだと、研究レベルの低い研究所はやめにしようという、これはいいことだと実は思っていたんです。ふたを開けてみたら、我々の研究所がその対象になっていると。しかも、結局のところ二つ研究所がつぶれたんですが、なぜ我々が選ばれたかといったら、二番目に小さいからであると。小さいことと研究レベルは全く関係ないわけです。
 しかも、そこの委員会ですね、これは文部省が決めたんですが、その委員会のメンバーというのを見ると驚くんですが、この皆さんにお配りした一番最後のページを見ていただきたいんですけれども、これは我々の研究所が論文数、エコンリットという国際的なジャーナルにどのぐらい載せているかという表ですけれども、これは我々は日本の研究所の中で一番、それからサイテーションは二番という、こういうレベルです。呼ばれたのは、実は京大と争っているわけですが、京大と阪大が呼ばれた。審査委員は実はこの一番右端の研究所長であると、こういうことであります。
 それで、びっくりしまして、何でこんなことが起こるんだということで、学内からも大変な突き上げを受けた。つまり、あなたたちはもうこういう研究レベルが低いのだから整理した方がいい、理系の研究所に入れと、それから、文科省がこういうことを出しているんだから、その意向に従えとさんざん言われました。
 我々は、どう考えても納得いかないので、それについていろいろ情報を集めたり会議をやったりした。その文書作成及び会議で私個人は五か月間全く研究ができなかった。私個人だけじゃなく、私の研究所のメンバーも全員ですね、ほぼ全員全く研究ができなかったわけです。これは、タックスペイヤーに対する義務を果たしているという意味でいったら全く果たしていないと私は思いますけれども、そういうことが必要になった。
 さて、そういう努力の結果かどうか知りませんが、何とか残った。しかし、評価報告が出た。その報告は、規模が小さいからいけない、長期間組織の見直しがないからいけない、活動が見えないからいけない、金を取ってこないからいけない、こう言われたわけです。
 考えてみれば、規模が小さいのにこれだけの業績を上げるというのは最高じゃないかと。構造改革の精神に正に合っていると我々は思うんですが、そうじゃない、規模が小さいからいけないと言われるわけです。それから、組織の見直しがないからいけない。生産性が低いから組織を見直せというならよく分かりますが、生産性は高いけれども、見直しは行われていない。これは見直しのための見直しを行えというふうに聞こえる。活動が見えないと言われましたが、経済系の研究所において活動というのは、論文を発表し、本を出し、一般書を出し、それから皆様、例えば私は議員の方何人かの方に私の政策に関する知見を述べさせていただきましたけれども、そういうこと、それから一般書、それから新聞記事、雑誌、そういう活動です。その活動についてもし調べていただいたら、我々の研究所はトップか二位か、その辺を争っています。
 その評価する方は全然そうじゃないわけです。理由を考えてみると、大きいから残っている。文科省に聞くと、そういう個々のそういうデータを示すと、そういうことはあるだろうけれども、皆さん自分のところはすばらしいとおっしゃるからと言われて、全然相手にされない。それで結局、私は、小さくて抵抗の少ないところを減らすということで実績を作るとしか思えないわけです。現実にそういうところはつぶされているわけです。
 金を取れ、これもよく分からない。金を取らないで一杯研究を出せ、これはよく分かります。そうじゃない。研究のことは横に置いておいて、金を取れというわけです。これは、各省庁の予算獲得競争をそのままやれ、分捕り合戦をおまえらもやれと、こういうふうにしか聞こえない。
 これまで、もうこれだけ申し上げて、我々は、しかしそうはいってもそんなこと言っていられない、だから方針転換します。現実に、これはうそではなく、研究はほどほどにしていいから何しろ金を取るプロジェクトを考えろ、それから文科省対策をちゃんと考えるためにいろいろ情報を集めろ、それから規模拡大に走らなきゃいけないと。いかに規模を拡大するかということについて一生懸命文書を作成しよう。これは冗談でなく本当にやっているわけです。こういうことが起こる。
 今申し上げたことは、再定義問題ということでお話ししましたけれども、今回のこの文科省のこの改革も、結局文科省の設置した評価委員会、我々の場合には特別委員会ということですが、それが文科省の方針、結局それは素人集団になってしまう。個々では、もちろん私はその人たちが偉くないと言っているわけじゃないですよ、個々ではちゃんとした研究者だということは認めた上で、しかしそれは素人集団になってしまう。そうすると、文科省の意向に合った評価が出てくると。それで、それが組織の存亡すら決められてしまう。その結果、そこの組織は研究とはほど遠い今申し上げたような努力をしなければいけなくなる。これは説明責任だと言われる、社会に説明できていないと言われる。社会って一体何だというのは、私は分からなくなるわけです。すなわち、政策提言とか何かさんざん我々はやっていて、もし調べていただければ、ほかと比べていただいたら全く遜色ないどころか、我々は最も優れているうちの一つだろうと確信しておりますが、そういうことは調べてもらえない。そうなると、先ほどのような努力をするしかなくなるわけです。
 私は、今回のような改革が起こった場合に、我々に起こったことが現に今も起こっている。現に今も、文科省はこのような方針なんだから、これから六年また見直しがあるから、何とかおまえらはそれに合うような改革をしろと、もう学内でさんざん迫られているわけです。その改革というのは今のような内容になっているわけです。
 こんなことが起こっていいのかと実は思うんですが、しかし我々も生き残らなければ研究ができないわけです。ですから、そういう方向で一生懸命これから努力しようと。そのために文書書きに追われて、これから先もずっとそういう会議もさんざんあります。昨日もありました。そういうことが起こる。これは、大学全部が役所化するということです。文書書きですね。
 これは、さらに現在の政治の流れである中央集権から分権化ということでいうと正反対である。これは中期計画、中期目標を文科省に出させて、そこが認可すると言っているわけです。もちろん、文科省はそんなすごいことを、おまえらこうしろ、こうしろなんていうことは絶対言わないわけですけれども、そういう制度であると我々がそれを斟酌始めるわけです。怖くてしようがないです。現に、今回のように二つの小さな研究所がちゃんとつぶされているわけです。一つは社情研という、御存じでありましょうけれども、非常に伝統のある新聞研と昔から言われたその研究所がつぶされているわけです。そういうことになっている。
 私は、結論的に申し上げると、納税者への国立大学の教官の責任というのは、研究をやって論文を発表し、著書を書き、それを教育し、かつ一般に広め、それから例えば政策提言をしたり、そういうことだと思います。決して文科省への対策に使うとか、それで私たちのように半年間全く研究ができなくなる状態になるとか、それじゃないと思います。それがもう必ず起こると、本当に危惧しております。
 さて、もしそういう場合に改善案はあるのかというと、私は今回の考え方とは正反対で、組織の長、すなわち文科省や学長、その主導による中期計画、中期目標の認可というのはやっぱりやめるべきだろうと。これは、大学間競争、言わば受験戦争の偏差値のいい大学、この大学はすごく強い、弱いという競争をしているようなものだと。研究というのは極めて個人的でありますから、個人かある研究プロジェクトか小規模なグループをちゃんと評価する、どういう実績ができたかをそのフィールドの最先端の専門家がちゃんと評価する。それによっていい研究が出ないところは予算をカットしていけばいい、だんだんだんだんカットしていけばいい、出ているところはどんどん上げていけばいいと。そういうやり方で十分に研究は確保できるというか、それしかないと思います。これはジャーナル、いわゆる国際専門誌でジャーナルでやるレフェリー制度とほとんど同じです。更に言えば、これはアメリカにあるナショナル・サイエンス・ファウンデーションのシステムであり、こういう中央で全部決めるというようなシステムが出てくるというのは私としては大変驚きです。
 時間になりましたので、以上です。終わります。