国立大学独立行政法人化の諸問題
週間新潮 連載コラム 日本のルネッサンス第76回

国立大学を潰す「遠山」文科省

櫻井よし子

2003.7.17

確実に日本の力を削ぎ落としていく国立大学法人化法案 が、7月8日参議院文教科学委員会で可決された。

遠山敦子文部科学大臣は強硬で、野党の申し出た修正案 には応じず、賛成多数で可決させてしまった。

この法律で、日本の知の拠点である国立大学の教育、研 究は自滅していくと幾千もの教授たちが語る。

東大理学部教授の松井孝典氏もそのひとりだ。教授は地 球の起源と成り立ちを説いた新理論を、1986年、 『Nature』誌に発表、世界の注目をあびた気鋭の学者で ある。

法案は国立大学を法人にして、各大学の学部のみならず、 学科毎の6年間の中期目標をなんと文科大臣が 定めて、その目標を実現する中期計画を大学が作るとし ている。

「目標を書いたらサイエンスが進展するなど、あり得な いことです。ノーベル化学賞の田中耕一さんの例も、研 究が目標どおりにはいかないことを示しています。田中 さんの場合、実験段階で試料を誤って混ぜ合わせた失敗 が成功につながった。

小柴昌俊さんのノーベル物理学賞はニュートリノを世界 で初めて観測し、ニュートリノ天文学を拓いたことに対 するものです。この実験はカミオカンデという設備、地 下1000メートルに掘った巨大な空間とそこに設置した水 槽、水槽の内壁に張り巡らせたセンサーで可能になりま した。しかし、当初の研究目標ば陽子崩壊現象をとらえ ることで、宇宙を探ることにニュートリノを使うことで はなかったのです。ノーベル化学賞の白川英樹さんも、 当初計画したとおりの成果など出しておられない。研究 とはそういうものです。研究に目標を定めさせることは 最も馴染まないのです」

民主党参院議員、櫻井充氏も語る。「群馬高専のある先 生が炭素繊維をコンクリートに混ぜて曲がる建材を作り ました。建築素材として使えるか試すために河川用工事 に使いました。すると思いがけずヒルが集まってきた。 このことから炭素繊維は、生命に優しいのかもしれない と気付き、今や炭素繊維を使って水を浄化しています。 榛名湖でワカサギが釣れなくなった後、水質を改善した ひとつの理由がこの炭素繊維です。研究が目標どおりに 行かないのは、ノーベル賞クラスの研究でも、日常的な 研究でも同じなのです」

研究は目標どおりに行かないだけでなく、時間もかかる。 松井教授も例外ではない。

「僕が目指しているのは21世紀の新しい科学としてのア ストロバイオロシーです。生命の起源と進化を宇宙、地 球惑星科学、生物学を給合して解明する研究です。実験 ではなく理論的な研究ですから、長年考え続けて解明で きなかったことを、成る日突然思いついて論文にすると いう感じで展開していくのです」

50年前に否定された学説

松井教技が86年に『Nature』誌に書いた論文は、地球の 大気や水がどのようにしてできたかを解明したものだ。 従来、地球の原始大気に関しては二つの説があり、その ひとつが還元大気説だったという。「原始地球の大気は 原始太陽系星雲ガスに似た元素組成をもっていた」(松 井孝典著『地球惑星学入門』岩波新書169 ペ−ジ)とす る学説だ。

原始地球の大気は原始太陽からきたというのだ。だが、 この説は19 52年に否定された。地球に含まれる炭素や 窒素のような元素は太陽系の平均存在量とほぼ同じレベ ルだが、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キ セノンなどの希ガス元素は太陽系全体の100憶分の1から 100万分の1程度(同169、170ぺージ)だと証明されたの だ。

でば原始地球の大気はどうして生まれたのか。松井教授 が語る。

「地球のなかから火山ガスとして連続して噴き出し、そ れが溜まったという考えがあったのです。しかし矛盾す るデータは沢山あり、同時に、地球の大気や海は、地球 誕生の頃に一気にできたという証拠も沢山残っていた。 ここまでは解ってきたけれど、では、そのような地球は どうして誕生したのかについては答えは見つかっていま せんでした。

僕は、直径10キロメートルほどの微惑星が衝突、合体し て地球ができた。激しい衝突に伴って微惑星のなかのガ ス成分が蒸発した。この衝突脱ガスが原始地球の、原始 大気であるという説を提唱しました」

原始大気は、微惑星が衝突をくり返す度に熱をためこみ、 全てをドロドロに溶かし、「マグマの海」としての地球 が誕生した。深さ1000から2000キロメートルにも達した マグマの海としての地球の原始大気の温度が下がるにつ れて、大気中の水蒸気量が調節されていく。

地表温度が下がると原始大気中の水蒸気は凄まじい雨と なって落ちてきた。最初の雨は、地球の半径が現在の9 割位の大きさのときに降ったと考えられるそうだ。

「原始の海は非常な高温で酸性度が強かったと思われま す。この時代から、現在の地球の大気や水にどう移り変 わってきたかを示す一連のモデルを、初めて提出したの です」

国を滅ぼす法案の成立

前述のように『Nature』誌に掲載された論文は、世界の 注目をあびた。世界でばじめて、この地球という星の成 りたちを示し、まさに新理論を打ちたてたのだ。この種 の、新しい地平を示す研究こそが、ノーベル賞の対象と なるのだ。だが、それには長い時間がかかる。教授はい ま、自説をさらに証明するために、地球に似た星を探し ている。

「僕は原始地球や原始大気や原始の海がどんなものかを 予言したわけです。いま、銀河系の中で、新しい惑星系 を探すプロジェクトが始まっています。今世紀20年くら いみれば、いずれ、原始地球のような星え見つかり、僕 の説も証明されます」

もしそんな星が見つかれば、松井教授の研究は非常に高 く評価されるはずだ。教授は、あと20年という。ここま で来るのに30年かかったともいう。都合50年単位で考え ているのだ。そのように長い時間のなかで醸成され、結 実していく科学に対して、文科省は6年の中期目標を押 しつけ6年をさらに1年毎に区切って評価するという。毎 年成果が出なければ次の年の研究費も保証されないのだ。

「本当に重要なのは、くだらない研究をいかにやらない かです。一流かどうかは、ここでわかれます」くだらな い研究とは、ある種の見当がつき、経費も大よそ予想で きるような研究である。プロの研究者なら目をつぶって いても書けるつまらない研究が、法人化された大学で幅 をきかせるようになるのは風に見えている。意味ある研 究は退けられ、近視眼的研究と考え方のみがはびこって いくなかで、官僚は580にのぼる理事、監事職に天下り、 1500から2000万円近くの高給を食む。遠山氏はじめ文科 官僚らがこの国の大学を食い潰していくのだ。