1999年1月21日
「大学の自治・学問の自由」と「アカウンタビィリィティ」の問題について
富山大学教育学部 広瀬 信
一昨日、ユネスコ高等教育世界会議「高等教育のためのアジェンデ21」(1998年7月)からの紹介の中で、「社会に対するアカウンタビィリィティ」の名目で「大学の自治」を制限するのではなく、両者を両立させるべきであるという方向性が示されているという解釈を示した。この論点は、大学審議会の答申に対する論点として重要な意味を持つと思われるので、1997年11月11日にユネスコ総会で採択された「高等教育の教育職員の地位に関する勧告」(Recommendation
concerning the Status of Higher-Education Teaching
Perosonnel)に即してさらに立ち入って検討してみたい。
この勧告については、深山正光「ユネスコ勧告と大学教員の身分保障」(『高等教育研究所編『大学ビッグバンと教員任期制』青木書店、1998年11月)が、勧告の本旨と教員の身分保障の点から紹介しているが、同勧告が、「大学の自治・学問の自由」と「アカウンタビィリィティ」の関係についても重要な指摘をしていることにはふれられていない。
後掲の関連部分の抄訳をみていただくとわかるように、勧告は、「社会に対するアカウンタビィリィティ」の名の下に、「大学の自治」や「学問の自由」を制限するのではなく、両者を両立させる方向性を示している。その基礎には、18項に、「自治は、学問の自由の制度的形態であり、高等教育機関の教育職員と高等教育機関に委託された諸機能の正しい実現を保証するために必要な前提条件である。」とあるように、「大学の自治」「学問の自由」が、大学が果たすべき使命の正しい実現を保証するために不可欠であるという認識がある。これが、歴史的に形成され、国際的合意となっている認識の水準である。
次に、24項に明らかなように、「社会に対するアカウンタビィリィティ」の制度を設計し、実施する主体は大学自身(個々または集合体としての)であるというのが基本である。「大学の自治」「学問の自由」を損なうことなしに、「社会に対するアカウンタビィリィティ」を実施するためにはそれが原則であると考えられているのである。大学が、個々に、あるいは集団的に「アカウンタビィリィティ」の制度を設計、実施する際、大学教職員を代表する組織(教職員組合)がそれに参加すべきことも明記している。
また、仮に、大学の外に「国家から委託された説明責任の構造が設立される」場合も、「アカウンタビィリィティ」の設計、実施の手続きは、大学や大学教職員を代表する組織との協議に基づいて取り決められなければならないと明記している。これも、大学の外部に設置される機関が、「アカウンタビィリィティ」の名目で、「大学の自治」や「学問の自由」を侵害することがないようにするための歯止めである。
最後に指摘しておきたいのは、「社会に対するアカウンタビィリィティ」とは何か、それが、誰に対して、どのようになされるべきものなのかという点である。今、全国の国立大学の学長は、文部省に尻をたたかれて、「独立行政法人化されないためには、ともかく大学改革の実績を示さなければならない」と学内で旗を振っている。学長の顔が向いているのは、「生殺与奪の権を握る」政府・文部省などに対してであって、国民に対してではない。それが、大学にとって、また社会に対して、どのような意味を持つのかをまともに検討もせず、「ともかく、早く」と旗振りをしている。しかし、「社会に対するアカウンタビィリィティ」とは、大学が、広く国民に対して、自らの責任において果たすべき義務であって、権力側のお墨付きをもらうための仕事ではない。まさに、教育基本法第10条がいうところの、「教育は、不当な支配に屈することなく、国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものである。」との精神に基づいて行われるべき仕事であるといえる。
勧告は、「アカウンタビィリィティ」の対象として、幅広い項目をあげている。「学問の自由と基本的人権の擁護」「教育職員の教育・研究活動の倫理コードの作成」「経済的、社会的、文化的、政治的権利の実現の援助。知識、科学、技術が、それらの権利を侵害したり、学問的倫理、人権、平和に反する目的で使用されることを防ぐ努力」「高等教育機関の使命を果たすのに必要な施設・設備」等の項目を見れば、これが、対国家(財政当局)や企業等の資金提供者に顔を向けた、投資効果の実績報告のような類のものではないことは明らかである。「アカウンタビィリィティ」とは、国家から相対的に独立した大学が、自らの見識に基づき、社会全体に対して、大学の社会的使命をいかに果たし得ているかを説明するものとみなされているといえる。また、施設・設備などの項目は、「高等教育機関の使命を果たす」上で不十分であるならば、政府に対してその充実を求める根拠ともなりうるものである。わが国ではほとんど公開されていない「大学会計の公開」の項目が入っていることも注目される。広く情報が公開される中で、大学のあるべき姿が社会的に議論されるべきであると考えられているのである。
大学審議会の答申は、「社会に対するアカウンタビィリィティ」という論理で、「大学の自治」に制約を加え、日本の大学を財界の望む方向に組み替えようとしているだけに、「大学の自治」に根ざした、「国民全体に対して直接に責任を負」う「アカウンタビィリィティ」のあり方を目指すべきであるという方向性を強く打ち出すことが今求められているように思う。
この勧告原文入手方法
ユネスコのホームページ(http://www.unesco.org/)のDocumentをクリックし、次にResolutions
and Decisionsをクリックし、words from titleの選択肢をany word in fieldに変えてから、status of
higher-education teaching
personnelと入力して、サーチすると、8件ヒットする。その一番上の文献のEngをクリックすると英語版のテキストが開く(開くのにAcrobat
Readerが使われる)。テキストの総頁数が133頁(下に1/133と出る)で、プリントをクリックし、32から41頁までを印刷すると、この勧告文の全文をプリントできる。勧告の邦訳が、日本科学者会議・東京高等教育研究所から刊行されている。
以下、広瀬抄訳
ユネスコ「高等教育の教育職員の地位に関する勧告」(1997年11月11日採択)
第V章 高等教育機関の権利、義務、責任
A 高等教育機関の自治
17項:学問の自由の正しい享受と以下に列挙する義務と責任の受諾は、高等教育機関
の自治を必要とする。自治とは、高等教育機関が、公的説明責任(accountability)制度、
とりわけ国家からの資金供与に関したそれと矛盾しない形で、また学問の自由ならび
に人権の尊重とも矛盾しない形で、その学問的仕事、水準、管理運営ならびに関連諸
活動に関する効果的な意思決定を行うのに必要な自己管理の程度である。しかしなが
ら、制度的な自治の性質は、その機関のタイプによって異なることがある。
18項:自治は、学問の自由の制度的形態であり、高等教育機関の教育職員と高等教育
機関に委託された諸機能の正しい実現を保証するために必要な前提条件である。
19項:加盟国は、高等教育機関を、その自治に対するいかなる脅威からも擁護する義
務を負っている。
20項:略
21項:自己管理、対等な同僚関係ならびに適切な学問的リーダーシップは、高等教育
機関の意味のある自治の不可欠の構成要素である。
B 高等教育機関のアカウンタビィリィティ(説明責任)
22項:かなりの財政投資が行われていることを考慮すると、加盟国と高等教育機関は、
高等教育機関が享受する自治のレベルと高等教育機関の説明責任制度の間に正しいバ
ランスを確保しなければならない。高等教育機関は、説明責任を果たしうるようにそ
の管理を公開するように努めなければならない。高等教育機関は以下の諸点について
の説明責任を求められる。(以下の諸点は内容の要約=広瀬)
a)その教育的任務の性質の公表、b)提供する教育・研究機能の質の約束、c)学問の
自由と基本的人権の擁護、d)できるだけ多くの有資格者に対する高い質の教育の保障、
e)生涯学習の機会の提供の約束、f)学生の差別のない公正な扱い、g)女性とマイノリ
ティの公平な扱いを保証し、性的、民族的ハラスメントを根絶するための政策と措置、
h)職員の安全の保証、i)公正で公開された会計、j)資源の有効活用、k)教育職員の教
育・研究活動の倫理コードの作成、l)経済的、社会的、文化的、政治的権利の実現の
援助。知識、科学、技術が、それらの権利を侵害したり、学問的倫理、人権、平和に
反する目的で使用されることを防ぐ努力、m)社会が現在直面する問題への取り組み、
地域社会や社会全体の、今日的ならびに将来的必要へのカリキュラム上の対応。卒業
生の労働市場での機会の向上、n)国際的学術協力、o)最新の図書と教育、研究、情報
資源への接近の保証、p)高等教育機関の使命を果たすのに必要な施設・設備、q)機密
研究に従事する場合、それが教育機関の教育任務や目的と矛盾せず、平和、人権、持
続可能な開発ならびに環境の一般的目的に反しないことの保証(以上は要約=広瀬)
23項:高等教育機関の説明責任の制度は、科学的方法論に基礎付けられ、明快で、実
際的で、費用効果のある、単純なものであるべきである。制度の運用にあたっては、
公正で、正しく、公平であるべきである。方法論と結果の両方が公開されなければな
らない。
24項:高等教育機関は、高等教育機関の自治あるいは学問の自由を損なうことなしに、
個々に、または集団的に、上述の諸目標を達成するための品質保証機構を含む適切な
説明責任制度を設計し、実施しなければならない。高等教育教育職員を代表する組織
は、可能な場合、その制度の計画に参加しなければならない。国家から委任された説
明責任の構造が設立される所では、適用可能な場合は、その手続きは、当該高等教育
機関ならびに高等教育教育職員を代表する組織との協議に基づいて取り決められなけ
ればならない。
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広瀬 信(Shin
HIROSE)
富山大学教育学部(教育史・教育学)
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