==> 国立大学独立行政法人 化に抗して
阿部謹也氏の【随筆】「大学を崩壊させるのは誰か」『群像』10月号、272/273ペー ジからの抜粋。 「景気の低迷で財界人も政治家も意気阻喪し、小学校では学級崩壊が進行し、中学生 による犯罪行為が増加しつつある中でテレビでは各局でグルメ番組だけが視聴者の注 目を集めている。国民は政治の動きにあまり関心をもっているようには見えず、テレ ビのワイドショーではなりふり構わない女の喧嘩だけがジャーナリスト達の関心を集 めているように見える。国民のすべてではないが多くが現在の状況に満足しているよ うに見え、将来に何の希望も抱いていないように見える。」 「このような状況のなかで国民の将来に関わる決定的な事態が進行してるのだが、そ れも多くの人々の関心を引いてはいないように見える。政府の高等教育政策の問題で ある。文部省はこのたび国立大学に関して独立行政法人化に一歩踏みだした。文部大 臣と総務庁長官との間で五年後に決着を見るという形になっていたこの問題の処理が 急転回し、文部省として国立大学を独立行政法人化する方向で検討を開始したと見ら れるからである。文部省が少し前までは国立大学の独立行政法人化には反対であると いう姿勢を崩してはいなかった。その態度が急に変わった背景には総務庁だけでなく 、政府基本的姿勢が極めて硬いという事情があると推定される。」 「文部省としては五年後に押し切られる前に先手をとって独立行政法人の内容を個 別法によって固めておきたいと考えているとみられ、その苦労の程もよく理解できる のであるが、この問題は一省庁の問題というよりは国民全体の問題として考えなけれ ばならないほどの重要性をもっているのである。問題点の一部を挙げてみれば次の点 がまず指摘できる。」 「主務大臣から各法人に中期目標が設定され、三年以上五年以下の期間にそれを実施 し、その結果については効率性を基準にして評価委員会が評価し、その評価に基づい て予算配分を行うとされている。このような事態が実現した場合、どのような状況が 予想されるだろうか。現在すでに私立大学では進行している事態であるが、効率のよ くない部門、採算が取れない部門は切り捨てられる恐れが強くなる。各法人は効率性 によって予算配分が決まる以上、不採算部門を切り捨てるのは当たり前のこととなり 、おそらく文学部、哲学関係、数学関係、原子物理学関係などの諸部門の切り捨てが まず行われるであろう。それは各法人の自主性に基づいて行われる以上それに反対す ることは出来ないのである。」 「次に問題になるのは大学の自治という問題である。主務大臣から課される中期計画 に関しても評価委員会の評価によって予算が配分されることになれば、大学としては 予算獲得のためにあらゆる手段を取らざるを得ない。財政問題が大学の最重要課題と なることは明かであろう。国民のための学問を営むという大学を支える理念は背後に 退き、これまで各大学が地域との関係の中で環境の汚染や地場産業の問題等のさまざ まな問題に関して地域と共に研究をしてきたその伝統は一挙に破壊されることになる だろう。大学は予算獲得のために右顧左眄して日々を過ごすことになるだろう。その ような大学に自治があるといえるだろうか。」 「この他独立行政法人については疑問はいくらでもある。いちばん重要なのは文部大 臣が独立行政法人化によって大学が良くなるのでなければ意味がないといっている点 である。以上見たように研究の自由が大幅に制約される点で良くなる可能性はほとん どないのである。国民にとって学問とは何かという視点が十分に議論されないまま、 この問題について一挙にことが進められようとしている。特に財政の視点が強く前面 に出され、公務員削減のためにこの案が出されているという印象が強い。この点につ いてはわが国の高等教育費は西欧諸国に較べて格段に低いのであり、それを倍増させ てもいまだ不十分な状態なのである。わが国が二一世紀を如何に迎えるか、どのよう な国として次の世代にこの国を残してゆくか、といった問題について将来の国民形成 、教育のあり方等を問うことなく、財政の視点のみで高等教育政策の一大転換を行う 結果となるこのような独立行政法人化を進めるということは行政者として極めて怠慢 な態度といわねばならない。文部省は通則法に対して個別法で切り抜けようとしてい る。しかし国会審議の場で果して文部省の主張がどこまで通るのか疑問が残されてい る。」 「冒頭で述べた小学校の事態、中学生の状況などは皆将来に期待がもてないが故の結 果なのである。特にバブルの時期の大人の行動がこのような結果をもたらしたのだと いう点を見落としてはならない。わが国の大人達は自分達の行動が子供に直接影響を 及ぼしているとは考えたくないようである。しかし子供達は大人と共に暮らしている のであり、大人達の行動を見ているのである。」 「今わが国に必要なのはお金や欲望や地位などとは関係のない生き方があるというこ とを国民全体が理解し、そのような生き方を実践することなのである。そのような姿 勢に立ってはじめて国際社会からも尊敬の眼差しでみられるであろうし、子供達から も敬意をもってみられるでろう。理念も夢も希望もない設置形態の改悪からは退廃し か生まれない。今のような事態が進行してゆけば小渕内閣はわが国の高等教育を崩壊 させた元凶として歴史に名を残すことになるだろう。」