==> 国立大学独立行政法人 化に抗して
東京学芸大学 国際文化教育課程欧米研究専攻教官一同による決議 国立大学の独立行政法人化に対して、重大な疑念を表明します 9月20日の「国立大学長・共同利用機関所長会議」において有馬文部大臣は、国立大 学の独立行政法人化の意向を表明しました。通則法を特例措置によって条件を付加す れば、これまで以上に大学の自主性は拡大し、創造性が発揮できるという趣旨のもの です。 しかし私たちは、大学が「行政」法人であるという考え方に、そもそも疑問をいだき ますし、以下の点で大きな疑念を感じます。 ○独立行政法人化するのは、国立大学の旧態依然の研究・教育・運営体制を打破する ためという主張があります。しかしこれは事実と反しています。 この10年間、私たちは大きな力を費やして大学改革に取り組んできました。教育学部 の中を「教育系」と「教養系」に分け、「教養系」では、新専攻を立ち上げて需要を 開拓し、「教育系」では教養系が裾野の役割を果たし、学生の間でも教官の間でも新 しい刺激と知的結びつきを生み、研究・教育の分野で多くの成果をあげてきました。 そして一昨年よりの改革では、この有機的結びつきを更に発展・充実させて、4月よ り新体制がスタートしようとしています。旧態依然では決してなく、しかもこの上に なお改革をと要請されても戸惑うばかりです。独立行政法人化は、こうした自主的改 革を一切無視した形で唐突に出されたもので、到底納得できるものではありません。 ○教育学部はその性格からして、計画養成、目的養成を趣旨としており、これによっ て教育の安定性、系統性、公共性を保障してきました。独立行政法人化によって、各 大学の教員養成がばらばらに、市場原理によって、当面の需要・供給のみに曝される ならば、今まで培ってきた、将来を見通した教育の安定性は、大きく破壊される恐れ があります。 ○独立行政法人の基礎にある考え方は、市場原理と自己責任制と民間活力の活用とい われています。しかし、高等教育をマーケット的な合理性に委ねることは、正しい方 向でしょうか。基礎部門は切り捨てられ、解体させられてしまうことは、目に見えて います。 「不易流行」でいうなら、人類が積み上げてきた「不易」の部分は衰退し、当面要請 される「流行」の部分は跛行的に発展するという、歪んだかたちになる恐れがありま す。 ○従来の対等、平等、共同の大学運営から、垂直型の生産ライン的、目標設定的、効 率評価的な大学運営に変わることが意図されています。しかし大学は、会社ではあり ませんし、行政組織ではありません。こういう形で学問と教育の自主的、総体的、創 造的発展が可能でしょうか。とりわけ教育の仕事は短期間では決して評価の出せない ものです。学問と教育がいびつなものになっていくことを懸念します。 私たちが自己変革を求められているこはと十分承知していますが、独立行政法人化 は、国立の大学としてこれまで培ってきた学問研究、芸術創造、教育活動に対して、 余りにも性急に、異質の原理を押しつけるものであり、この動きに重大な懸念を表明 すると共に、1997年6月30日の国大協の「要望書」の趣旨が生かされることを望むも のです。 1999年10月28日 東京学芸大学 国際文化教育課程 欧米研究専攻 教官一同