==> 国立大学独立行政法人 化に抗して
国立大学協会会長談話 [he-forum 381] より転載
                               国立大学協会会長談話

               国立大学の独立行政法人化問題の議論を越えて
                           高等教育の将来像を考える
 
                              1999年11月18日

                                        蓮見重彦


 設計図が不完全な場合、建築物は必然的に歪んだものとならざるをえない。
ところで、独立行政法人の通則法が明らかにされた段階から、それがそのまま
のかたちでは、国立大学を真に変容せしめるにたる設計図たりえないことが明
らかになり始めていた。その事実は多くの人が指摘しており、国立大学協会も、
第一常置委員会の「中間報告」として、かりに独立行政法人化が現実のものと
なった場合、設計図そのものの修正が不可欠であることをすでに指摘している。

 設計図としての通則法の問題点が誰の目にも明らかになった以上、事態は、
賛成反対をとなえる以前の段階にとどまっているといわねぱならない。にもか
かわらず、昨今の行財政改革の流れの中で、国立大学の独立行政法人化の問題
はにわかに現実味を帯びたかたちで議論されており、文部省も「検討の方向」
において、独立行政法人化の基本的な枠組みを提起している。勿論、国立大学
も行財政改革に協カを惜しむものではない。その意味で、文部省をはじめ関係
省庁等との真摯な意見交換が行われねぱならないのは当然だが、「検討の方向」
に対しての意見の表明をさしあたり避けているのは、こうした独立行政法人化
が、現状では、実現さるぺき高等教育の改革にとって必ずしも有効な手段とは
なりがたいと考えているからだ。

 こうした状況下で、設計図の不備を改めで指摘することは、その修更の可能
性を模索することと同様、二十一世紀における教育研究のさらなる発展と人材
養成という見地からして本質的な問題の解決とはなりがたいし、かえって問題
の所在を隠蔽する振る舞いともなりかねない。いま必要とされているのは、次
世代の国民への責任を踏まえての、国公私立を含めた高等教育総体の大胆な変
革にほかならないからである。だが、そのための設計図はいまだ描かれてさえ
おらず、真の問題は、まさにそこにあるといわざるをえない。

 一例を拳げるなら、高等教育・学術研究の財政環境の不備である。国民の納
める税金の何パーセントを高等教育に投入すべきかという国家的な合意さえい
まだ形成されてはいない。それ故、高等教育予算の国民総生産あたりの比率が、
先進国においてば最も低いという異常な現実が常態化しかねないのが現状であ
る。その現実を深く憂慮せざるをえない私たちは、その改善のための新たな枠
組みが必要とされるなら、その設計に積極的に加担する意志があることをここ
に表明したい。真の変化を実現しようとする者にとって、設計図の不備に対す
る肯定や否定の表明など、二義的な意味しか持ちえないはずだからである。

 あるアメリカの著名な学者は、「結局は何も変えずにおくために、人びとは
たえずすぺてを変えるべきだと提言する」と述ぺている。私たちが危惧してい
るのは、行財政改革の流れの中での国立大学の独立行政法人化が、「結局は何
も変えずにおくため」の口実として機能してしまうことにほかならない。それ
を避けるための国民的な議論の高まりを期待せずにはいられない。大学は、そ
の社会的、国際的な役割にふさわしい真の変革の実現を強く望んでいるからで
ある。