==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
通産省 産業構造審議会 総合部会 21世紀経済産業政策検討小委員会(第3回) 議事録
日 時:平成11年11月19日(金)14:00〜16:00 場 所:国際会議室(通商産業省本館17F西3) 議 題:技術革新について (前略) (B委員) もう1点は、この委員会自体の問題。 こういう形でのコンセンサスの作り方というもの自体が、もう古くなったと思います。 というのは、基本的な問題として、非常に問題が複雑化していていろんな観点から議論 ができうる。この2時間の間にどれだけの、もちろんこの背景に大量の議論がなされてい るというのは良くわかっているんですが、いったい2時間の中でどれだけ効果のある議論 ができるのか。1つは問題が複雑化しているという問題、もう1つは個人の専門領域が細 分化されている。1つの領域あたりの知識の量が莫大に増えていますから、ギリシャの哲 学者みたいに全部分かれと言われてもできない。 要するに複雑化した問題と細分化した領域という非常に根元的な問題なわけです。その 中で、今までやってきたようなコンセンサスの作り方、特に官僚が議論して、立派な先生 方の御意見を聞いてきて、勘どころを押さえて集合して、委員会は問題がないかどうかを チェックしてもらおうといったような形はもう駄目だと思います。それではとても全体を リードしていくようなトータル性があって、その中で専門領域のせまいそれぞれの専門家 なり企業なりがやっていけるようなマクロなビジョンにはなり得ないと思います。 今、先端のところほど、もっと最近のツール、情報技術を利用しているわけです。 要するに、国の委員会の進め方をそろそろ変えるべきだと思います。我々先端の研究は、 こんなやり方はしていない。スタートはいろいろな形でスタートします。人と人とが出会っ てこういうことをやろうと言って始まったり、あるいはEメールの交換から始まったりし ますが、その後はEメールを使って仲間が集まってくるわけです。それで、多方面からの 議論がEメールを通じてなされるわけです。もちろん人が会わないと本当の議論はできま せんから、ある程度情報を交換した上で会って、その時には誰かパソコンの非常に上手な 方がいて、1人1台パソコンが置いてあって、誰かが何か言った時、ここの係数がおかし いじゃないかということで直すと全体の数値が変わるとか、エクセル等を積めばすぐでき るわけです。それぐらいの事をやって議論しないと、何となく大枠はこうだろうと言われ ても、これを見て反対だというほどの自信はない。立派かなと思ってしまう。 だけど、そういうやり方では駄目なんじゃないか。もっと言うと、センター試験、共通 一次とかありますが、もちろん批判もあるのですが、形が決まった中では非常に良くやっ ていると思う。良い問題を作っている。この資料だって、立派な資料だとわかる。非常に 見やすくなっている。大きいところがちゃんとわかるようになっていて、絵が入っていて、 だけどもっと進んでいるでしょう。大きな構造が出ていて、もっと知りたければクリック すれば下が出てくるとか、本当に知りたいところがどんどん出てくる構造だって当然ある わけです。そういうところを早く導入していかないと、これで良いでしょうと言われても、 良いとも悪いとも言えない。
(K委員) 論点の14・15に関連すると思われるのですが、やはり如何に独 創的でリスクを採れる人材を養成し輩出していくか、また、それに関連して大 学が果たす役割にスポットライトが当てられていると思うのですが、論点15を 見ると、研究者・技術者の能力を最大限に発揮させるための人材の流動化に関 する措置としては、「年金のポータビリティ化等」としか書いてない。正直、 とってもアイディアに乏しいなと思ってしまいます。もし年金のポータビリティ 化というのであれば、自分だけで積み立てている個人年金が一番ポータブルに 決まっています。他方の極で、公的年金が今のように縦割り分立になっていて、 年金制度毎に負担と給付の有利さが違っているような仕組み、それから特に、 厚生年金基金や税制適格年金のように企業福祉と結びついているような年金は、 企業の規模や事業主側のやる気によってかなり有利さが違ってきているような あり方が、年金のポータビリティをとても低めています。個人年金にしてしま うという他方の極では、公的年金をきちんと一元化して、どんな会社や職種、 あるいは自営業であっても同じ様な負担と給付の関係になっていれば、これは 完全にポータブルになるので、ポータビリティ確保と一言いっても政策手段の 選択としてはかなり広いと思います。これはほんの一例ですが、私はリスクを とれるような独創的な人材が十分活躍できるためには社会的なセイフティネッ トが合理的かつ一元的に整備されていることが必要なのだろうと思います。今 の日本の社会的セイフティネットは「ぬるま湯」という指摘もあるわけですが、 見渡してみますと、年金の例で特徴的なように有利な人ほど保障が厚くて、し かもある時点で事故が起こっても、元の生活を復元できるようになっている。 これをトニー・ブレアなどはトランポリンのようなものと言っているわけです。 これを私は、復元力が高いという意味で、スプリングが効いている、スプリン ギーなセイフティネットと言っています。これは職種や勤務先の企業規模によっ て全部違っている。そういうつぎはぎだらけで一貫性のないネットというのが 現状だと思うのですが、これを放っておきますとどんどん穴だらけになって、 真ん中の当たりをよく見たら腐っていたということになりかねないのが現在の 危機ではないでしょうか。やはり一元的で、全体としてスプリンギーなセイフ ティネットに替えていき、それがあって初めてリスクもとれ、転職・転社がし やすい社会になっていくと思われます。研究者・技術者に限らず人材が流動化 してリスクをとれるような人を育てるための社会的なセイフティネットの在り 方については、もう少しきちんと議論して打ち出していく必要があるのではな いでしょうか。 それから、最後に一言。大学の問題なのですが、国立大学の独立行政法人化 の意向を文部省が表明したところですが、今の大学の問題は、自主的で自律的 な教育・研究機関としての自主性、自律性が十分保障されるシステムになって いないというところに最大の問題があります。ですから、「独立法人」になる のなら良いのですが、「独立行政法人」ということでは、財政基盤だけが不安 定になって、しかし、文部省の統制が全く変わらないようであれば何も良いも のが出てこないと思います。ですから、独立行政法人化がよろしいという意見 に対しては、私は賛成できないということをこの場で申し上げたいと思います。 (後略)