==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
昨年、大学問題研究会主催で開催された名古屋大学池内了先生の講演「21世 紀の大学を考える−独立行政法人化と大学の未来」は、独立行政法人化問題を 考える上で大変、興味深い内容でした。この講演の内容を多くの方々に知って いただくためご本人の了解を得た上で内容を以下のようにまとめましたので参 考にして下さい。 独立行政法人化問題を考える北大ネットワーク
<メモ作成責任者の若干のコメント> 池内氏は講演のなかで、現在提起されている独立行政法人にはあらゆる角度 から分析して、それに反対しつつ、一方で「独立『学術』法人」を検討すべき であると提唱した。「独立『学術』法人」は文字どおり政府支配から独立し、 かつ財政基盤がしっかり確立していなければならないという。 この法人の具体的形態について若干の質疑応答があったが、質問に対して池 内氏は、法人の具体的内容は述べなかったものの、例えば「独立行政法人通則 法」を手本にして、さきの政府支配からの独立、財政基盤の確立を基準に「通 則法」の各条文をつくりかえ、それを「独立『学術』法人」の骨子にするとい う作業なども有効なのではないか、と回答した。いずれにしても池内氏の提起 する「独立『学術』法人」は大変、興味深いものである。
池内了氏の講演「21世紀の大学を考える−独立行政法人化と大学の未来」
主催:大学問題研究会 12月8日(月)午後6時半、於・北大理学研究科 参加者:約200人 池内氏は京都大学理学部物理学科卒業、現在は名古屋大学理学研究科教授 専攻は物理学、とくに天文学 かつて1977年12月から1984年4月まで北大理学部物理学科に在職 日ごろから大学問題について各種の雑誌、新聞などでよく発言 独法化問題についても早い時期から注目すべき論旨を展開 名古屋大学の教員有志が11月16日に発表した声明「国立大学の独立行 政法人に反対する名古屋大学教員共同声明」の呼びかけ人代表4 人のうちの1人
<講演要旨> 1.独立行政法人化問題の経緯と独立行政法人通則法の問題点 1996年11月 行政改革会議発足 1997年10月 同会議、独法化について東大と京大に意向打診 1997年12月 同会議、最終報告(国立大の独法化問題決着を2003年に先送り) 1997年12月 大学審議会答申「高等教育の一層の改善について」 1998年10月 同審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方向について」 (国立大の独法化問題にブレーキをかける内容、2003年まで に改革案) この1997年、19998年の時点で、池内は独自の改革案=「独立『学術』法人」 構想(後述)を全国に向かって大きく提起すべきであったと、いま悔や んでいる。 1996年6月 藤田論文(「ジュリスト」)が全国を駆けめぐる その趣旨 国家公務員の定員削減に関する政府方針は2001年から10年間で25% 政府は2000年3月ごろに定員法改正案を国会に上程 政府は2000年の概算要求時点(2000年6月ごろ)までに、25%削減の具体 的プランを決める 政府は2003年から国立大の独法化実施を意図(そのためには2002年の概算 要求時=2000年6月ごろまでに独法化の具体的内容を決定) 政府の定削方針25%と独法化問題の動きの速さを理由に、藤田は国立大の 独法化移行はもはや不可避であると強調 1999年9月20日 文部省、国立大の独法化を検討の方向へ 2000年の2月ぐらいまでには国大協の臨時総会が開催されるだろう(独法化に 向けた政治決着を図る場になるだろう) そして2000年3月or4月ごろには文部省が国立大の独法化を強引に方針決定す るのではないか 独法化が決定されてもされなくても、いまから3年間or4年間ぐらいは国立大 の方向性をめぐってわが国社会は紛糾が続くとみられる すでにいくつかの大学では独法化をにらんだ動きが出ている 例えば東京で、一橋大、東京工大、東京芸大などによる連合の動き あるいは戦前の北陸帝国大学構想を彷彿させる新潟大の動き etc 行革の目標は効率化と安上がり政府 効率化=国の機能のスリム化=立案機能と実施機能の分離 安上がり政府=国家財政のスリム化=定削の実施、福祉・年金・介護など の切り捨て そのための措置として水平的減量と垂直的減量 水平的減量=地方への権限移譲 垂直的減量=その一つとして独法化 独法化の3点セット ・主務大臣による長・職員の任命制 ・主務大臣が3−5年の中期目標を策定し、法人に指示。法人は中期計画 を定めて主務大臣の認可を受ける(=企画・立案機能と実施機能の 分離) ・事後評価を行い、次の資源配分へ反映させる(資源配分=人、物、金の 配分) 評価は尺度をかえれば何とでも出来る 2.国立大学側の問題点 独法化は国立大変革のチャンスなのではないかという考え方がある 国立大についてわれわれが不満に思っている諸点、その解決に向けた願望 ①あいつぐ定削の推進 ⇔ 人員雇用を柔軟化させたい ②事務システムの硬直化(特に予算システム、書類システムなど) ③国民から「国民に開かれていない大学」といわれる ④人事の停滞(人事が袋小路に入っている) ⇔ 評価システムをかえたい ⑤多忙化する教員(「多様な教育」や「大学院重点化」なども多忙化の原因 になっている) ⑥建物、スペースなどの決定を自律的に行いたい 国立大という制限をなくせば、以上のような諸問題は解決しやすくなる、とい う幻想がある だが経済界は国立大に対して次のような不満(批判)を持っている ①先端的研究業績をあげていない(東大は世界の20位にも入っていない) ②優秀な人材を輩出していない(企業側が要求する人材の供給に、国立大は 敏感でない) ③現代社会に対して正当で健全な批判者になっていない ④閉鎖的である ⑤大学間競争がない ⑥経営管理の発想がない 3.大学の特徴−従来の大学と現代の大学− <従来の大学像> <現代の大学像> 孤独と自由 ⇒ 開放と競争へ 知の共同体 ⇒ 知の企業体へ フンボルト・モデル ⇒ アメリカン・モデルへ University ⇒ Multi-versityへ 大学の公共性 ⇒ インフラとしての大学へ 知の共有 ⇒ 知の私物化、商品化へ 大学の自治 ⇒ 目標管理、競争管理へ 大学の知的、 道徳的自律性 ⇒ 経営体としての統御性へ 国の行政責任 ⇒ 評価者としての国へ 大学はこのような事態に移行しているが、その社会的背景は ①知的問題のあり方の変貌 ②国民の被教育機会の増大 ③研究・教育コストの増大 ④産学共同体制の推進(=知的独立の危機) ⑤研究・教育分野への市場原理の導入 ⑥研究が応用、実用分野に傾斜 ⑦大学人としての連帯感、責任感の喪失 ⑧アカウンタビリティー(資金提供者への説明責任)が要求される ⑨評価とその公開 ⇒ その結果が資源配分(人、物、金の配分)へ反映 4.では国立大学の独法化が実現してしまうと (1)視野の狭い、短期的効果をねらう研究・教育になる ⇒ 知的実力の低下 ⇒ 大学の企業化の推進(⇒民営化へ) (2)企業論理が制覇し、その結果、特定の研究分野は衰退 例えば、文化のみに寄与する分野、コスト計算になじまない分野、 人間をつくる分野などは衰退 (3)企業計算により小大学、地方大学は危機に ⇒ それらの整理統合、身売り(⇒民営化へ)、廃校 5.では、独法化問題のなかで何を主張していくか(池内私案) (1)高等教育に対する公共支出の増加要求 現状はGDPの0.6% ⇒ せめて1%に 何に使うか ⇒ 人とスペースの拡大に使う (2)教育の再定義とその客観的評価の確立 現状はリベラル・アーツ(一般教養科目)の不足 教育の公開したうえで評価する (3)研究者間の競争は必要 しかし大学間、組織間の競争は無意味 成果を公開、人事の公募 (4)大学自身の自浄能力を養う 怠け者教授・セクハラ・汚職などの一掃 新しい自治能力を養う (5)大学自身の目標を明確化する 研究者個人間の競争原理、高度職業人育成、リベラル・アーツの重 視など これらの内容を兼ね備え、政府支配から文字通り独立し(、かつしっかりした 財政基盤を持っ)たものが「独立『学術』法人」=知の共同体である 「独立『学術』法人」の確立に向けて問題を提起していきたい