==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
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『東京新聞』連載「「国立大学」が消える日 迫る独立行政法人化」 2000年2月11日〜17日より

国立大学独立行政法人化の密談


九八年の暮れから、翌年一月にかけて、文部大臣(当時)の有馬朗人(六九)と総務庁長官(同)の太田誠一(五四)は三たび会談した。官僚を交えない「差し」の話し合い。太田から話を持ちかけ、自らが会員となっている東京都内のレストランや国会内の空き部屋で、有馬に国立大学を独立行政法人化させるよう迫った。 「長期的視野とは、どのくらいの期間か」。国立大の独法化に執念を燃やす太田が尋ねた。「長ければ長いほどいい」と考えた有馬が出した答えは「二〇〇八年」。太田は納得せず「十年後まで待てない。政治家にとって、やるというのはせいぜい一年先の話だ」と、有馬を追い込んだ。 「経済面は保障する」「国立大学だけ削減しないわけにはいかない」。太田は二五%の定員削減をちらつかせながら、さまざまな口説き文句を連らねたといわれる。「決定権はこちらにあるんですよ」。最後は、こう有馬に決断を迫り「二〇〇三年」までに結論を出すことで、二人の大臣は折り合いを付けた。 「大学の自主性を尊重しつつ、大学改革の一環として検討し、平成十五年までに結論を得る」。九九年一月二十六日に決定した「中央省庁等改革にかかわる大綱」には、明確にタイムリミットが盛り込まれた。国立大独法化への流れは、このとき形作られた。