国立大学独立行政法人化の諸問題国会
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第154回国会 文教科学委員会 第8号

平成十四年四月二十五日(木曜日)

○西岡武夫君 午前中の有馬議員からの御質問、また、ただいまの御質問を拝聴いたしておりましても改めて感じるわけでございますが、この問題はもう既に国立大学を独立行政法人化するということを前提としてすべてが動いているということについて、私自身は基本的な実は疑問を持っております。
 したがって、委員長にお願いしたいんでございますが、先般来、この問題についての集中的な審議をお願いしたいというふうに申し上げたんですが、決して速記の皆さん方に入っていただいて公式的なこうした発言という場でなくても、もっと自由な討論をこの問題ではやるべきではないかというふうに私は思います。
 したがいまして、この国立大学の独立行政法人化については更にこの文教委員会としては十分な時間を取っていただきまして、まだ時間があるわけでございますから、基本的な議論をしていただくという時間を是非理事会において御相談をいただきたいということを冒頭にお願いを申し上げます。よろしゅうございましょうか。
○委員長(橋本聖子君) はい。
○西岡武夫君 大臣にお尋ねをいたします。
 遠山大臣は、国立大学が独立行政法人化するという方向に政府として列車が走ってしまった、その途中でその列車にお乗りになったわけでございますから、大臣の責任という形で私は御質問をするつもりは更々ございません。したがって、もちろん今の、今のこの時点で遠山大臣としての御見識をすべてお話をいただける状況下にはどうも文部省としてはないのではないかなというふうに思いますから、それも望みませんけれども、しかし、私が今一番心配しておりますのは、文教行政の問題のみならず、日本全体が何かこう流されるという感じが非常に私は強くするわけです。
 もうここまで来ちゃったんだからしようがないじゃないかというような形で、重要な問題が基本的な議論をしないままにとんとんと進んでいって、後世に悔いを残すということがあってはならないと私は思っておりまして、そういう意味では、願わくば文部省がこの問題について、日本の将来の学術、何と申しましても資源も何もない国でありますから、本当に学術、基礎研究、そして人材の育成という、教育という問題が最大の日本にとっての力でございますから、それについて、文教行政を預かっている文部省としては、真剣に将来のことを考えて、場合によっては政府全体の中で孤立しても主張をしていくという毅然たる姿勢でこの問題について臨んでいただきたいということをまず冒頭にお願いを申し上げます。
 そこで、大臣にお尋ねするのはちょっと酷なんだと思いますけれども、今度の国立大学の独立行政法人化というのはどういう哲学に基づいているのか、お教えをいただきたい。
○国務大臣(遠山敦子君) 確かに、この法人化の問題が起きましたときは私はトルコにおりまして、そしてトルコにおりましたときは、大使の仕事は大変重責でございまして、二十四時間すべてそれに精力を投入いたしておりましたけれども、時折聞こえてくる日本に関するニュースにおきまして、非常に大きな変革といいますか変動というか、というのが起きているということに私としては大変心を痛めていたということを思い出します。
 それは、単に国立大学の法人化といいますよりは行政改革ということで、省庁再編を始めとして、主要な産業界の大きな組織が倒産することを始め様々な問題が断片的に聞こえてくる場合、日本にいない、外国にいる大使といたしましては、諸外国に対して胸を張りながら説明するにはなかなか難しい事態に立ち至ったというようなことも思い出すところでございます。
 しかし、私は帰国後その流れの中に、外側から見ておりまして、まだそのころはいろいろな疑念があったことも確かでございますけれども、今この立場に立ちまして、国立大学法人化のいろんな経緯、それからその経緯を踏まえた上でのいろんな緻密な議論、そういったものをずっとフォローしてまいりまして、今は私といたしましては、この流れというのは、非常に大事な点が守られるならばこれはかえって大学にとっていいのではないかという確信を持つに至っております。
 それは、日本の長い帝国の官立大学、帝国大学、国立大学の歴史を考えますと、様々な経緯を思い出すわけでございますけれども、その百年以上の歴史の中で大転換を今図ろうとしているわけでございますが、今回の大転換はたまたま二十一世紀の初めに当たるということもございまして、日本が今後知の世紀と言われる今世紀を生き抜いていく、そういう知の拠点としての大学がしっかりとこの機会に活力ある存在として脱皮していただく、その一点を正に私は今回の法人化の理念としてとらえているところでございます。
 したがいまして、国立大学が学問の府あるいは教育の最高学府といたしまして、それぞれの自覚と責任の下に、より自律的に創意工夫しながらそのそもそも担っている役割というものを十分果たしていくと。そういうためには、これまでの行政機関の一つの形態としてあった国立大学でありますよりは、これは大変困難な作業ではございますけれども、法人格を持たせていく、そして自律性を高めていく、そのことが非常に大事ではないかなと考えているところでございます。
 もう御存じのように、欧米諸国におきましては、国によって大学の設置形態は様々でございますけれども、国立大学、あるいは連邦制の国家においては州立大学を含めまして、大学には独立した法人格が付与されているのが一般的であるわけでございます。そして、相当多額の国費が投入されているという現実があるわけでございます。
 日本の国立大学の法人化に当たりましては、これまであった諸規制というものをできるだけ緩和して、そして大学運営の裁量が拡大するという法人化のメリットを最大限に生かす、そういう方向での改革でなくてはならないと思っているわけでございます。
 今回まとまりました最終報告は、その角度から見ますと、私は今述べましたような大きな目標に向かって今回の改革というものは非常に意義のあるものであると思いますし、また、そういうふうなものにしなければ、これからの改革のために勢力を使い、国民の皆様の同意も得ていくということにおいて大変大きな問題になると思っているわけでございます。
○西岡武夫君 私は、現在日本にあります特殊法人というのはいったん全廃をする、そして残すべきものがあるとすれば、それは、余りたくさんないと思いますけれども、民営でやれるようなものは民営化すると。どうしてもこれは必要だというものについては、改めてこれはつくるというぐらいの大なたを振るうべきであるというふうに考えていたわけでございますけれども、今出されております独立行政法人という構想は、こうした特殊法人の名前をちょっと変えた、新しい目先が変わったそういう組織を新しくつくって政府のいろいろな機関の延命を図ると。そして、しかも国家公務員だった皆さん方を国家公務員から外して、国の組織は実は小さいんだという見せ掛けをするという意図が私はありありと見えていると思うんです。
 それにわざわざ国立大学が乗る必要はなかったのではないかと。国立大学というのは全く違うものであって、今回いろいろなお話を承る中で、有名な四六答申と言われる、森戸辰男先生が昭和四十六年に答申を出されました第三の教育改革と銘打った教育改革の中でも法人化という名前が出てきておりますけれども、文字が。
 これは、我が国の国立大学がそれぞれの都道府県に存在をする中で、管理運営について地域の意見を管理運営に反映させるといういわゆる評議委員会の構成のところを長いこと放置して、教授会がこれに代わるというふうに読替規定という形でこれを避けてきたというところに問題があったわけでございまして、そこのところを、森戸会長の第三の教育改革の四六答申の中では管理運営についての改革ないしは法人化を考えるべきではないかという指摘があったわけでありまして、今回議論されておりますところの独立行政法人化を国立大学全体に及ぼすという考え方では決してなかったというふうに、私は、たまたま当時、四六答申のときに中間報告から最終答申まで文部省の政務次官をいたしておりまして、坂田文部大臣の下で、その経緯を十分承知しておりますので、そのときの議論はそういう趣旨ではなかったというふうに私自身経験をいたしております。
 したがって、今からでも遅くはないというふうに思うんです。もうここまで調査検討会議で報告を出して、国大協がどうも法案作りまで進んでいるからもう間に合わないみたいな形でお決めになったというようなこともいかにも日本的だなと思うのでございますけれども、そういうやり方で後世に悔いを残すということがあってはならないというふうに私は考えて今御質問申し上げているわけでございますけれども。
 なぜ現在の国立大学の仕組みの中で改革ができなくて独立行政法人化ならばいいのかという、そのポイントをお聞かせをいただきたいと思います。
○政府参考人(工藤智規君) 今御指摘ありました昭和四十六年の中教審四六答申以来、あるいは在野の関係でいえば、後ほど文部大臣をお務めになりました永井先生が大学公社論というのをお出しになったり、随分前から国立大学の設置形態の在り方については御議論がなされてございました。
 四六答申の背景としては、今、先生御指摘のようなこともあったと思いますが、他方で、御承知の四十年代の大学紛争を契機にして、大学の管理運営が今までのようなことでいいのかどうかという問題意識もあったやに承知しているわけでございます。
 そういう中で、近年でいいますと臨教審、臨時教育審議会でもやはり国立大学設置形態の御議論がございました。そこでの御結論は、法人化というのは将来の課題であるけれども、今、正に先生がおっしゃいましたように、どうしても設置形態を変えなきゃいけないのかどうか、現行制度の中でとことん改善、あるいは運用でやれることをやってみて、しかる後、どうしても制度的なネックがあるというのであればそのときにまた考えようじゃないかというのが臨教審の御結論であったかと思うわけでございます。
 そういう中で、例えば人事の問題でございますけれども、特に産学連携を含めて、アクティビティーの高い先生方についての兼職・兼業の問題というのはこれまでも度々改善等がなされてきたわけでございますけれども、この調査検討会議と並行して公務員制度改革が政府部内で御議論になり、昨年末に閣議決定なされました方向、実はこの制度設計に当たりました調査会の方々も随分期待していたのでございます。一例を挙げますと、一橋大学の中谷先生の問題でございますが、ああいうケースがクリアされるような制度改正がなされるのではないかと期待していたのでございますけれども、結果としてはやはり今の公務員制度の中では限界がございます。そういうことも含めて実は公務員型、非公務員型の比較検討をする中で、やはり非公務員型の方がいいんではないかという御結論をいただいたものと理解してございます。
 それと、もうちょっとよろしゅうございましょうか。
○西岡武夫君 実は、確かに国立大学の教官の皆さん方がなかなか他の機関との交流が図れないということについては長い懸案だったわけです。私も人事院といろいろ御相談を申し上げまして、例えば第三の身分、すなわち教育研究職という身分を創設したらどうかという提案を人事院にしたこともございましたけれども、残念ながら私自身も力不足でそれを大きな議論まで発展させることはできなかったわけでございますが、これも実は今からでも検討してもいい課題ではないかと私自身は思っております。それが、今、局長が御答弁になったことについて答えが出る一つの大きな問題だろうというふうに、課題だろうと私は思っています。
 そこで、先ほど有馬議員からも御心配の御質問があったんですけれども、どうもこの「新しい「国立大学法人」像について」というのを拝見しておりますと、よほど経営手腕のある方が学長になられないとその大学は危ういなと。そうなりますと、その中で、貴重なやはり、しかしながら多くの方々が余り関心を持たないかもしれないけれども基礎的な学問としてこれは大事にしていかなければいけない、そういうことを国立大学としてはこれまで守ってきておられたと思うんですけれども、これが独立行政法人化された個々の大学の主体性に任せられるということになるとおろそかにされかねない。このことについては先ほど有馬議員からもお話がございましたが、それを止めるという手段はこれが実現してしまうと文部省にないんじゃないですか、文部科学省には。どうですか。
○政府参考人(工藤智規君) 元々、大学における教育、研究の自由というのは保障されておりまして、今後もそれは変わらない原則だと思います。
 ただ、先ほど有馬先生が例に出されましたサンスクリットとか、世の中の役にどう立つかどうかという観点とは別に、やはり日本のどこかでしっかりした研究が継続的に行われるべき分野というのは多々ございます。それをどう守るか、措置していくかというのは、先ほど来の御答弁のように、一つには学問の府としての学長を中心とした大学の御見識であろうかと思います。
 もう一つには、このレポートにも提言してございますけれども、国として、これは私どももいろいろ責めを受けなきゃいけない部分がありますが、しっかりしたグランドデザインを議論して、有識者によってグランドデザインを議論して、目配りをすべきであるというのを国の役割として御議論があり、明記されてございますが、そこでの議論の中心は、今申したようなこともございまして、いつの間にか大学の自由という中で、どこでも先ほどのようなサンスクリットがやっていない、あるいは今社会的に騒がれておりますBSEのような研究についても、たまたま帯広畜産大学で奇特な先生がやっていらっしゃいましたけれども、あれも全くどこでもやっていない、そういうゆゆしい事態にはなってはいけないので、大学のあるいは法人のそれぞれの自由はございますけれども、それを欠落した部分とか、もっと振興する部分については大所高所から目配りしながら国として措置すべきであるというのが議論の根幹でございまして、私どもは、そういうことは十分問題意識として持っているところでございます。
○西岡武夫君 文部省がそういう意識を持っておられましても、今回のこの組織の変更ということになりますと、なかなか実際問題としてそうはいかないだろうというふうに私は思います。
 と申しますのは、私もこれはかかわったことでございますけれども、ある、名前は具体的に申し上げない方がいいと思いますので、ある大学の新しい組織をつくってそこに、極めて政治的といいましょうか、経営手腕があるという言い方も言えるんですけれども、そういう方が学長になられて、非常に異質な大学の、国立大学でありながらその中で大いに活動をされたという、今までに経緯がございます。それを見ておりますので、この独立行政法人という形になった場合に、とにかくお金をたくさん集められる、学問的な業績は余りなくても経営手腕が非常にあってというような方が大学のそれぞれの学長になられて、それが中心になって大学というものが運営されていくということになれば、これはちょっと本末転倒ではないだろうかなと。
 それを文部科学省としてはどういう形で、その何といいましょうか、そういうものについてはブレーキを掛けるといいましょうか、そういうことに、先ほどちょっと気になる発言を副大臣がなさったんですけれども、例えば、別に御発言を私がとがめ立てをするわけじゃないんですけれども、今からの大学が教育を中心とする大学、研究を中心とする大学ということになってもいいというような趣旨の御発言があったわけです。
 私もこれについてはいろいろ意見があるんでございますが、この教育、研究というのは一体である、これは高等教育の本質であるというふうに今日までは議論されてきたわけです。文部科学省としては、この今回の、仮に、私はこれ最後まで阻止したいと思っておりますけれども、この国立大学法人という方向に行った場合に、教育、研究というのは分離するんですか。
 これは大臣にお答えいただきたい。
○国務大臣(遠山敦子君) 今の御議論のその分離するという意味がちょっとなかなか受け取りにくいんでございますけれども、ひとつ、あれですか、教育──はい、じゃお願いします。
○西岡武夫君 受け取りにくいと言われるとちょっと質問のことをきちっと申し上げなきゃならないんですが、教育と研究は不可分であると、高等教育において、それが本来の大学の基本的な在り方であると、この方針を文部科学省としてはこの際転換するということですか。
○国務大臣(遠山敦子君) 大学が教育、そして研究、そしてまた結果的に社会貢献していくというその本来の在り方というのは、正にそれぞれの大学が備えるべき使命であると思っております。今のお話のような分離ということは私どもは想定はしていないわけでございます。
 私は、最近、もちろん研究の重要さ、あるいは産学官連携というようなことで研究、研究開発、大学の知能をというその動きは大変よく分かるわけでございますけれども、でも、やはり大学の第一の使命は教育ではないかと思います。そこで優れた教育をしてもらうために研究というものもあり、そしてそれぞれの教育者でもあり研究者でもある人たちが更に先端のものをどんどん進めていく、そこにおいて優れた独創的な研究があるということでございまして、大学において教育というものを機能として持たないというようなことというのは本当に大学としていいのかどうか、それはむしろ研究機関ではないかと思うところでございます。もし擦れ違っていたら済みません。
○西岡武夫君 私がなぜこういうことを申し上げているかといいますと、独立行政法人化した国立大学のそれぞれの個々の運営というのは学長を中心とした大学に任せられる、そして資金も集める力があれば大いに集めてくるということになりますと、そういう大学はいろいろな基礎的な研究に非常に力を入れることができる、それはだんだん大学としては大きくなっていくと。
 そういう力がないと言うと非常に語弊があるかもしれませんけれども、そういう対外的な外交的な資金を集めてこられるというのは、そういう学長でない大学の場合に、そうした資金を導入することができないと。そうすると、自然に教育中心になって、本来あるべき大学の基礎的な学術研究についての資金は不足していくと。そうすると、先ほどもちょっと御質問にありましたように、そういう大学はもう要らないんじゃないかということになりかねない。
 そういうようなことを総合的にずっと文部科学省としてはお考えになってこんな、国全体の大きな流れとはいえ、全く教育機関というものがこうした行政法人の一つとして組み込まれるということについて私は抵抗してもしかるべきではなかったかと思うんですが、その点、冒頭に申し上げたように、遠山大臣にこれを申し上げるのはちょっと、汽車が走り出してからその汽車のハンドルをお握りになったんですから、ちょっと申し上げるのは非常に心苦しいんでございますけれども、それを御決意になれば少なくとも私ども国会改革連絡会としては大いに御支援を申し上げたいと思っております。いかがですか。
○政府参考人(工藤智規君) 大臣よりも幾らか長い責任者の一人として申し上げますが、午前中、有馬先生も御懸念いただきましたように、今回の独立行政法人のスキームというのが平成九年に総理直属の行政改革会議が発足したことに端を発するわけでございます。それは、その行政改革会議という名前にも表されていますように、行革という色彩が強かった。それで、その中で、有馬先生もお加わりされたわけでございますが、国立大学を行革の一環でどうこうするということの問題点、あるいはこれからの在り方の懸念を感じて有馬先生も御発言されたんだと思いますし、私どもも心配していたところでございます。
 今日でこそ独立行政法人が既に博物館、美術館等も含めて発足してございますが、ここに至るまで、何しろ行革で切り捨てられるんではないか、あるいは公務員型、非公務員型という中で、非公務員型という法人は国からもお金が余り行かない、あるいはいずれ民営化して切り捨てられるんじゃないかといういろんな懸念があったわけなんでございますが、実際に議論が進み、制度が発足してみますと、いわゆる郵政公社と違いまして、独立行政法人については、これは独立採算を全く前提にしない、国として一定の交付金、国費を投入して、しかも自律的に責任を持った運営をしていただく組織であるというのがまず前提にございます。
 そういう意味で、これが独立採算とかという、民営化とかという話ではない、あるいは非公務員型というのも、公務員型、非公務員型にかかわらず国としての関与はあって、責任の持ち方というのは同じであるということなどがだんだん明らかになってまいりまして、そういう流れの中で、私どももいろんな疑念が払拭されながら、かつ、この調査会の検討もそうなんでございますけれども、今日までせっかく長い間の法人化という懸案も考え、かつ国際的な大学の設置形態の動向にも照らして、翻ってみれば、今の設置形態、なるほどおかしい部分が多々ございますものですから、これを機会にこのスキームを活用しながら法人化しようじゃないかというのがこの調査検討会議の発足でございますし、参加した関係者の一致した意見だったと思っております。
○西岡武夫君 今の局長のお話を承っていると、文部科学省としては、嫌々といいましょうか、しようがない、この際この流れに乗らないとひどい目に遭うかもしれない、もうこの際は独立行政法人化という流れの中で、そのプールの中で独自の泳ぎ方は確保しようと、そういうことですか。
○政府参考人(工藤智規君) 先ほども申し上げましたように、正式には私どもからすれば昭和四十六年以来と受け止めているのでございますが、中教審の答申をいただきまして、長い間、国立大学の法人化あるいはその管理運営の在り方というのは懸案でございました、のどに刺さったとげみたいなものでございまして。それと他方で、ある程度安定した国費の投入の下に国立大学がそれぞれの持ち味を生かした大学づくりをしていただく、そのための充実策ということもございます。それと並行して、先ほどのような行政改革会議での独立行政法人の制度設計が進んできたわけでございます。
 嫌々というよりは、議論として国立大学の話も出た中で、私どもとしては、並行して政府部内での検討も経ながら、どうもこの制度はいいチャンスではないか、かねがねの法人化の問題をある程度解決する好機になり得るものではないかというのがまず私どもの最初の判断でございまして、有馬大臣のとき、それから中曽根大臣のときに、そういう何か、これを活用した法人化というのは国立大学にとって意義が大きいと思うので検討しませんかというので呼び掛けたのが経緯でございます。
○西岡武夫君 四六答申をよくお出しになるんですけれども、四六答申にはこう書いてあるんですよ。学内の管理の合理化と新しい理事機関の設置又は学校の法人化。ですから、当時私も大学紛争を契機として、文教関係に言わばかかわることになったわけでございますけれども、当時の大学の管理運営の在り方ということについて問題点があった。それは本来、国立大学の運営の在り方について当時の文部省が根本的なメスを入れなかった。法律の読替規定でこれはお茶を濁していたというところに問題があったわけであって、法人化をするのが最終目標で四六答申が書かれているわけでは決してない。
 それは誤解のないようにしていただかないと、私も当時、政務次官としてこの答申について、普通は中教審の答申が出ますときに、大体役所の方からはそれを代表する方が出られて、政治の分野から具体的にこの点はこういうふうに答申があってしかるべきではないかという意見を申し上げるという例は少なかったのでございますけれども、何点か私はあえて意見を申し上げまして、最終答申に入れていただいた部分もございます。
 その紹介は省略いたしますけれども、そういう経緯でございますから、本来ならば大学の管理運営の在り方について、今まででもやろうと思えばできた。それを放置してきた。それがこの状況になって、この際、独立行政法人の中で、若干の独自性を保つことができれば大きな波に乗った方がいいと判断されたとすれば、ちょっと間違っているのではないかという感じを私は持っております。
 第一、個々の大学のそれぞれの判断と申しましても、それはもちろん今までも大切にしてきているわけでございますけれども、これは中曽根総理のときに私、命じられまして、当時、日本の教育改革についての原案を作れという命を受けまして、原案を作って提出したという経緯もあるのでございますけれども、そのときは文部省の当時の幹部の皆さん方とも十分相談をして、その上で、これならばやるんだということで総理に提言を申し上げ、原案を提出したという経緯がございますけれども、その中の一つに、高等教育機関の改革というものもございました。しかし、もっと大きな枠としては、六三三四の学制改革というものがどうしても必要だという大枠があって、その中で大学をどう位置付けるかと。
 それともう一つは、それは中曽根総理には当時申し上げませんでしたけれども、私はかねてから、昭和五十一年でございましたか、公式にこれは当時の政権政党の文教の責任者という立場で取りまとめた中で、学術地図というものを作るべきだと、それを作る。
 当時、文部省は事務方もお持ちでなかったんです。どの地域、どのブロックにどういう学問分野の定員があるのか、そういうものも全くないままに許認可といいましょうか、大学の定数等がそれぞれの要求に従って付けられていったという経緯がありまして、私はこれはよくないなと思っていたものですから、学術地図というものを策定して、その下で大学の設置認可を国公私立を通じて行うべきだということを私は提案したんでございますけれども、残念ながら今日までそういうことにはなっておりませんけれども、その学術地図、そういうこととの関係の中で、独立行政法人化した大学が、県単位と私は決して申しませんけれども、少なくとも日本全国を十幾つかのブロックに分けて、その中である程度のそれぞれの学問分野が、各県ではなくてブロックごとには少なくとも均等に存在するというようなことがあって、そういう下敷きがあって初めてそれぞれの大学のいろんな計画というものが進められるのじゃないかというふうに思っていたわけですけれども、そういうことについては、今回の案とはどういう関係を持って、これから考えるということでしょうか。
○政府参考人(工藤智規君) 西岡先生、私もそのときまだ年端のいかないころでございましたけれども、西岡先生の御提言のいわゆるマップということについては、まだ耳にこびりついているところでございます。
 ただ、先生の御趣旨とは違うかもしれませんけれども、国公私を通じた高等教育の適切な配置について、ある程度ブロックごとに、それぞれのブロックの収容定員、そこの国公私の配置状況、しかもそれは分野ごとにどういう状況になっておるかということを含めて、長期的な高等教育の整備計画というのがスタートしたのがたしか昭和五十一年ころからだと思います。先生の御趣旨とは違うかもしれませんけれども、そういう御提言も受けながら長期的な高等教育計画を定めてきたところでございます。
 今度の法人化といいますのは、今のことと直接どうこうするわけではございませんけれども、先ほどのサンスクリット云々という話も含めて、日本全体を見回して大学の教育研究機能の凸凹、あるいは緊急に対応する必要性等々を常日ごろどこかで御議論いただき、それを各法人にフィードバックするときに、中期目標の設定でございますとか、あるいは評価でございますとか、予算措置でございますとか、そういうプロセスを通じて各法人にフィードバックしながらお考えいただくようなことをしなきゃいけないのではないかという御議論はこの委員会でもございまして、それが、グランドデザインなどをしっかり学識経験者等で審議すべきであるということが御提言されてございます。
 現在までのところ、関係の審議会でそういうことは御議論いただいているのでございますが、今までの形でいいのか、これを契機に新しい仕組みを考えるのかというのは今後の検討事項でございますけれども、少なくとも、法人化に伴いまして各大学の自主性が、自律性が極めて拡大するのに伴う日本列島全体での均衡ある発展といいましょうかバランスといいましょうか、そういうことへの目配りの大切さというのは私どもも心得てといいますか、問題意識を大きく持っているところでございます。
○西岡武夫君 私が心配しておりますのは、その問題意識を持っておられるだけでは困るわけで、意識ではなくてきちっとしたシステムとして、組織、文部科学省としてその方針を明確に打ち出していただきたいということなんです。
 大臣、いかがでしょう。
○国務大臣(遠山敦子君) 組織として打ち出す、ここは私は、議論を相当整理してまいりませんと明確に今なかなか答えにくい点が多々あったと思います。
 四六答申の意義につきましては、私は、当時政務次官でおられました西岡委員のお話というのは正にそうであるのだろうと、これはもう承りまして、学ばせていただきました。
 四六答申以降の日本の大学状況というのは大変大きな変化をしております。進学率も急激に大きくなりまして、そして、当初は計画的に整備してきた国立大学あるいは私立大学の整備の在り方につきましても、ある時点を経てもう本当に日本の大学というのは大衆化してしまったという歴史がございます。
 そんな中で大きな問題は、やはり質をどう高めていくかということが二十世紀の最後の辺りの大きな論点であったと思います。そのことを踏まえて大学審議会が設けられ、そして一九九〇年代に各種の大学改革の手が打たれてまいったわけでございますが、そこにおいて、大学設置基準の大綱化という、かつてなかった、正に四六答申のときにそういうこともやったらよかったと言われたようなことも含めたような大改革もしたわけでございますが、なかなか、国立大学も含めましていろんな努力はされておりますけれども、その改革の実りというのは必ずしも十分でないわけでございます。
 そんなようなことも背景にしながら、本格的に大学を改革をしていくということの必要性が私は二十世紀よりは今の時点において大変大きくクローズアップされてまいっていると思います。その意味で、もちろん文部科学省としても最大限、全体の大学の知の拠点をあるいは教育の拠点というものをどのように充実していくかということを常に念頭に置きながら、しかしそれぞれの大学の、現にある大学の自主的な、自律的な努力というものを促しながら、大きな目的に向かって今歩み出すときではないかと思っているわけでございます。
 私は、この報告書の中で書かれております法人制度の枠組みを単純に当てはめるといった消極的な発想ではなくて、様々な面での規制が大幅に緩和されて大学が自らの発想の下に活性化をしていく、そのために最大限に今回の制度改革をやっていこうという、このことは非常に大事だと思っているわけでございます。
 問題は、それでは、様々なメリットがあるということの下にこの報告書出ているわけでございますが、御指摘をいただいた、例えば学問分野でどうしても国として守っていくようなものについてこれをどういうふうに担保していくかというようなことについて、あるいは幾つかの担保しなくてはならない課題を一つずつ私はもちろん文部科学省としてもこれから十分に考えて、制度化に向けてその部分が十分に解決されていくような方向で新たな構想の実現化に向けてやっていかなくてはならない。その意味で努力しろというお励ましと聞いて、そのことについては努力をしたいと思います。
○西岡武夫君 もう時間が参りましたから終わりますが、最後に、大学の評価の問題とかいろいろ議論がありますけれども、私はかねてから、学士院というものを今の状況にしておくのはよくない、学士院を大幅に改組して、そして本格的に学士院を機能させるべきではないかと。そうすれば、大学の客観的な評価というようなことができる機関になり得るのではないかと思っておりますが、学士院はどういうふうに今後なるんでしょうか、それだけ最後にお尋ねします。
○政府参考人(遠藤昭雄君) 突然のお尋ねですので準備はしておりませんが、今、学術会議が今後の在り方について総合科学技術会議で議論をいたしております。それとの関係で、学士院をどうするかということも我々としては関心を持って対応していきたいというふうに思っております。
○西岡武夫君 終わります。