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調査研究協力者会議等
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2000/10 議事録
国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議 (組織業務委員会(第4回)議事要旨)

組織業務委員会(第4回)議事要旨 完成版
国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議「組織業務委員会(第4回)」議事要旨
 
1 日 時 平成12年10月3日(火)10:00〜12:40
 
2 場 所 東海大学校友会館「富士の間」
 
3 出席者 
(委 員)阿部博之(主査)、阿部充夫(副主査)、石井紫郎、石川水穂、板橋一太、浦部法穂、北原保雄、小早川光郎、田中愼一郎、長崎暢子、廣中平祐、馬渡尚憲、蝋山昌一、渡辺正太郎(副主査)の各委員
(関係者)住吉昭信、町田篤彦、山崎稀嗣、吉原經太郎の各関係者
(文部省)工藤高等教育局長、清水高等教育局審議官、井上学術国際局審議官、合田大学課長、杉野大学改革推進室長 他
 
4 議 事
(1)開 会
 
(2)主査から、第3回議事要旨(案)の取扱いについて説明があり、10月10日(火)までに意見があれば事務局まで連絡の上、修正し、文部省のホームページで公開することとされた。
 
(3)事務局から、資料について説明があり、以下のような意見交換が行われた。
印は委員及び関係者の発言、◇は事務局の発言
 
[A4-1] 昨年9月7日に国立大学協会第1常置委員会から出された「国立大学と独立行政法人化問題について(中間報告)」は、国立大学の独立行政法人化にともなう通則法の適用に関し極めて否定的であることを全体の基調としつつも、仮に独立行政法人化を考える場合の個別事項について意見を述べているものである。また、この中間報告は、13ヶ月前に出されたものであり、国立大学協会としても、このような考え方で良いのかどうかを見直す予定である。
 
◇[A4-2] 平成11年の国立学校設置法の改正により各国立大学に設置された運営諮問会議は、国立学校設置法上、「学長の諮問に応じ審議し、及び学長に対して助言又は勧告を行う」と規定されており、さらに、その委員は、「当該国立大学の職員以外の者で大学に関し広くかつ高い識見を有するもののうちから、学長の申し出を受けて文部大臣が任命する」と規定されている。したがって、運営諮問会議は、単なる学長の諮問機関ではなく、学長に対する勧告権を持つ外部性を有する機関であると言える。具体的には、学長は、運営諮問会議の委員にはなれず、運営諮問会議の長が学長の要請がなくても会議を召集でき、場合によっては、学長に対し大学の運営に関して勧告を行うことができる組織である。
また、今回の国立学校設置法の改正により、評議会と教授会の審議事項を明確化し、教授会は、学部などの各組織における教育課程、学生の身分に関する事項等を審議する機関、評議会は、全学的な運営に関する事項を審議する機関と位置付けたものである。
 
[A4-3] 3点伺うが、1点目は、日本以外のアメリカ、イギリス、フランス、ドイツの大学は、全て法人格を持っていると理解して良いか、2点目は、法人の長の名称は、法律上全て理事長とされたのか、3点目は、先行の独立行政法人のその他の役員は、全て常勤なのか。
 
◇[A4-4]1点目については、アメリカでは大学理事会、イギリスではカウンシルに法人格が与えられ、フランス及びドイツでは、大学そのものが法人格を持っていると聞いている。
2点目については、科学博物館については館長、研究所については所長という名称が、各個別法上規定されている。
3点目については、個別法上、常勤、非常勤の別なく数の上限が設定されており、その中で常勤、非常勤をどう設置するかは、各法人の事情に合わせて決定していくことになる。
 
[A4-5] 法人の長を必ずしも理事長という名称にしない前例があることを考えると、国立大学の独立行政法人化に際し、その長の名称を学長とすることも可能であると考える。
 
[A4-6] ドイツの大学は、行政機関の1つであると同時に法人格も持っているが、日本の国立大学は、通常、二者択一に考えられている。
 
[A4-7] 現行の国立大学の組織運営体制に関する性格や権限等は、それぞれどの法律のどこに規定されているのか伺いたい。
また、現在、国立学校設置法で規定されている事項、例えば、教授会や運営諮問会議などについては、国立大学の独立行政法人化により、形式上、国立大学が国立ではなくなることを意味すると考え、別の法律によって規定するのか、あるいは、同法の名称を若干変更するなどして、独立行政法人化後の国立大学についても、同法が適用されるような技術上の工夫を行うのかなど、独立行政法人化にともなう法整備について、文部省はどのように考えているのか伺いたい。
仮に、独立行政法人化にともなう様々な変化に対応し、それを法律上どのように規定するか考える際に、現行の法律をなるべく利用するという考え方と、形式上違う物になるのだから別の法律で新たに規定するという考え方があるが、その両者には実質的にかなりの違いが出てくる可能性もある。
さらに、国立大学協会の「国立大学と独立行政法人化問題について(中間報告)」(平成11年9月7日)の中で、「学長は、重要事項について審議機関等の意見を聞きつつ、最終的には自らの判断と責任で運営にあたる」とあるが、これは、現行の国立大学の学長と評議会との通常の関係とは異なるように思える。現行の国立大学においては、評議会の意志決定が必要なものだけを評議会で審議し、評議会の決定と別のことを学長が行うことは想定していないと思うが、国立大学協会は、現行の評議会と学長との関係を変えようと考えているのか、それもと現状を認識した上でそれを継承していくことを考えているのか伺いたい。
 
◇[A4-8] 例えば、運営諮問会議、評議会、教授会は、国立学校設置法で規定され、学長、副学長、学部長は、学校教育法で規定されている。また、国公私立大学を通じた一般的な教授会については、学校教育法でも規定されている。
仮に独立行政法人化した場合の法整備については、事務的には、現行とは別の法体系をつくること、つまり、現行の国立学校設置法とは別の法律として、独立行政法人通則法に基づく個別法又は特例法の中で、組織運営を位置付けるべきではないかと考えている。
現在の国立大学についても、大学一般については学校教育法、他方、組織については国立学校設置法の位置付けという2つの法律の規定を前提に成り立っている。これが、仮に独立行政法人化された場合には、やはり大学一般については学校教育法、他方、組織については独立行政法人通則法を踏まえた法律である個別法又は特例法の位置付けという2つの法律の規定が前提になると考えている。
ただし、これをもって直ちに国立大学が国立ではなくなるかという点については、学校教育法の体系の中で、引き続き、国が独立行政法人化後の国立大学の設置者であると位置付けることができるかどうかという解釈にかかっていると考えており、国立学校設置法とは別の法体系で組織を位置付けたとしても、直ちに国立大学が国立でなくなることにはならないと考えている。
 
[A4-9] 国立大学協会の「国立大学と独立行政法人化問題について(中間報告)」(平成11年9月7日)の中での学長と評議会との関係の考え方について、1つ目は、法人の長は学長であるという大学と法人を一体と考えるという観点から、評議会を最高審議機関として位置付けたものであること、2つ目は、本中間報告は、平成10年10月の大学審議会答申とそれに基づく法改正を踏まえるという観点から検討されており、学長については、そのリーダーシップの必要性から少し強い表現になっているということである。
 
[A4-10] 国立大学協会は、従来の法令の規定、各国立大学における長い歴史の中の慣習的なルール、平成10年10月の大学審議会答申とそれに基づく法律の改正などを全て踏まえた上で、この中間報告をまとめたものであり、国立大学協会として、新たな制度の法的な変革を主張しているものではない。
したがって、「学長は、重要事項について審議機関等の意見を聞きつつ、最終的には自らの判断と責任で運営にあたる」というのは、法的な権限設定ではなく大学運営の姿勢の問題を言っているに留まると理解している。
 
[A4-11] 文部省としては、大学と法人を一体として考えた場合に、その大学の設置者は誰だと考えているのか伺いたい。
仮に、国であると考えるならば、国立学校設置法をそのまま残すという法的形式も論理的には十分考えられるが、独立行政法人通則法に基づく個別法の中に、組織に関して規定していくことを考えているとすると、果して法システムの上で、そのようなことが出来るのかどうか、つまり、個別法で規定できる事項は、基本的には、通則法で個別法によって定めることが規定されている事項に限られているものだと思われ、それ以外の事項を、個別法で規定することができるのかどうか疑問である。
したがって、現在ある国立学校設置法などをばらして個別法で規定していくというある種の不経済さ、危うさなどを考えると、国立学校設置法などを残す方向で検討するという選択肢も考えておいて良いのではないか。
 
◇[A4-12] 国立大学を独立行政法人化した場合の大学の設置者が誰であるかという点は、非常に重要な検討課題であると考えている。
また、国立大学が国立として存続する必要性については、各委員においても依存はないと思うが、それを学校教育法上、どのように考えていくかといったことは、本調査検討会議における検討を踏まえつつ、今後検討して参りたいと考えている。
さらに、法令の形式については、独立行政法人通則法との調整を個別法で行うのか、別の法律によって行うのか、個別法は各大学ごとに設定するのか、一括して規定した上で細目を定め、各独立行政法人の名称等を規定するのか、現行の国立学校設置法で最低限法律として残すべき事項については、その一括して規定した法律の中に残すかなど、様々な形式が考えられるが、通則法になじまない、大学の特性に配慮すべき事項について、どのようにまとめていくかということについては、本調査検討会議における検討を踏まえながら慎重に検討して参りたい。
なお、先行独立行政法人の個別法を見ると、必ずしも通則法で個別法によって定めることが規定されている事項のみを定めているものではなく、通則法に定めのない特例的な規定も定めており、その点から考えると通則法との調整を必要とする事項について、個別法で規定できる可能性もあるのではないかと考えられる。
 
[A4-13] 国立大学の組織を考える場合には、大学を活性化させるという観点から望ましい組織とは、どのようなものであるかという理想型の検討が必要である。例えば、国立大学という組織において、専門的な経営者というものを必要であると考えるのか、学長は学長職としての専門性を持った者の就任が必要であるかなどの検討が必要であり、国立大学には、大学というビジネスや組織を運営するための専門的な職業人としての職員が配置される必要があると考える。
現在の国立大学の学長や職員は、大学の経営や運営といった専門的な訓練を受けていないといった点では素人であり、この点をどのように考えていくのか。やはり、大学は特殊なのだから教官から選出された者が経営者、つまり学長になれば良いと考えるのかなど、基本的な大学の組織の在り方を考える場合には、その組織における人というものを考える論点を明確にする必要がある。
これからの社会の中での国立大学を考えた場合、色々問題がある点をどう変えていくかをもう少し正面から議論し、どのような組織の在り方が良いのかを考えるべきであり、その議論なしに、はじめから、理事長や学長、理事、監事についてどんなに議論しても、国立大学を良くすることにはつながらないと思う。
 
[A4-14] 日本においても、ここ数年前からコーポレート・ガバナンスについて議論が行われてきているが、それらの議論から、会社は誰のものかということについて端的に言うと、やはり今の株式制度の下では、会社は株主のものであると言わざるを得ないことになる。
しかし、会社を良くするためには従業員が一生懸命働くことも必要であり、取引先との関係も良好でないと効率のある会社にはならず、当然のこととして消費者にも愛されなくては会社そのものは生き残れない。
このような観点から、国立大学の独立行政法人化の検討に当たっても、国立大学は、誰のものかという根本議論が当然行われるべきである。
 
[A4-15] 仮に、国立大学が独立行政法人化された場合、国から独立行政法人に交付される運営費交付金は、国の予算で賄われることから、当然、国、つまり国民のものという考え方の下で国立大学が運営されることになる。しかし、国、国民のものではあるが、独立行政法人という独立性のある法人格を持つという観点から、もう一歩踏み込んで考える必要がある。
例えば、これまでの日本の会社は、全て社内の人で構成される取締役会によって運営されてきたことから、運営している人たちだけのことを考えた運営が行われてしまい、結果として会社の閉鎖性などの問題が生じてきた。この点については、ここ数年の議論の中で、外部の者を取締役として入れるべきであるとか、将来は内部の取締役と外部の取締役を半々にすべきであるなどの意見が出てきている。
また、十分な審議を行うためには、やはり10人以内のニミマムな取締役会にしなければならないなどの意見も出ている。
さらに、今までは、内輪の取締役会で内輪の中から社長を選んでいたが、近年、社長に関しては、その企業にとって最適で優秀な人材をどう見つけるかということが重要で、それがコーポレート・ガバナンスの根幹であると考えられてきている。その場合、もちろん内部からの昇格、社外からの外国人を招へいなどそれぞれの特色によって様々あって良いが、今までの取締役会では、このようなことがが起こり得なかったという点において、これからのグローバルで民主化された会社運営のためには、やはりその長をどのように選ぶのかが最大の問題として認識されるようになり、その会社にとって良いことは、たとえ当初の会社運営の目的から大きくずれていくような場合であっても勇敢に変えることができる権限を社長に持たせるようにしないと日本の企業は成り立たないと考えられてきている。
 
[A4-16] 日本の企業の目指す方向は、やはりアングロサクソン・スタンダードであり、アメリカ、イギリス型であるマネージメントとガバナンスを上手に重ね合わせて外部の者を入れる方法と、ドイツで行われている監査役会を株主と経営者と従業員の1/3づつで構成し、会社組織運営に関する監査を行う方法などがある。
この点から、日本の国立大学における学長と評議会の関係について考えると、評議会はガバナンスを行い、学長がマネージメントを行うとした場合、評議会の意に反したことを学長が何でも行えることは問題であり、この点は明確にしておく必要がある。
また、運営諮問会議については、マネージメントの当事者である学長が構成員に含まれていないことから、ただ聞いておけば良いという可能性、つまり骨抜きになる可能性が高いのではないかと考えられるので、評議会と学長の関係、運営諮問会議にどの程度の権限を与えるのかについて十分検討する必要がある。
現在、日本の会社もそれぞれ模索している段階であり、まだ外部の取締役を積極的に入れている会社は少ない状況である。しかし、それではこれからの株式市場では尊敬されない会社になるかもしれず、アメリカでは外部取締役を2名以上入れていない会社は、透明性がないということから上場を拒否されている。
したがって、国立大学の独立行政法人化の検討に当たっては、組織についての様々なルールについて十分に検討する必要があると考えられ、その検討が、学長はどのような人が最適であり、どのように選ぶべきかという議論にもつながっていくのではないかと考える。
 
[A4-17] 組織の在り方を考える場合に、通則法をどう修正したら良いかという方向から議論を行っても、良い結論は出てこないと考えられ、やはり、現在の国立大学の組織が抱えている様々な問題を解決するためには、どのようにしたら良いかという方向から議論を行っていく必要がある。
今の国立大学の組織は、組織として体をなしておらず、これは学長についても言えることであるが、例えば、学部長や研究科長は、無限責任、無権限というような存在であり何もできないが、最終的な責任だけは負うことになっている。
また、学生に対する厚生補導や留学生に対する対応の問題は、例えば、アメリカの大学では、教授ではなくこれらに関する専門の博士の学位を取得した者がその責任者として各学部などに配置されている。一方、日本の国立大学の場合は、これらに関する専門的な知識を持たない各学部の教授が持ち回りで行っているという体制であり、これでは学生に対するきちんとした対応はできない。さらに、日本の国立大学の場合は、いわゆるキャンパスポリスという組織もないなど、組織として体をなしていない点が数多くある。
これらの問題点を洗い出し、本当にあるべき大学の姿というものから考えていかないと組織の在り方は見えてこないと考える。
なお、学長については、その適任者をどう選ぶかという問題もあるが、他方で、学長は大学の代表、最高責任者であることから、それぞれの分野の専門家を配置するなど、学長の補佐体制についても考えていく必要がある。外部の者を入れるということは非常に重要なことではあるが、外部の者なら誰でも良いということではなく、それぞれの分野についての専門家をきちんと大学の組織の中に位置付けていくという視点が重要である。
 
[A4-18] これからは、学長のリーダーシップが非常に重要であり、一部の国立大学では既に設けられているシステムではあるが、評議会に学長のリコール権を与え、学長が大学にとって不利益なことを行った場合にはリコールするシステムにすれば良いと考える。
また、自由民主党の「提言 これからの国立大学の在り方について」(平成12年5月11日)や文部省の「国立大学の独立行政法人化の検討の方向」(平成11年9月20日)の中で、経営担当副学長の配置など経営面に関する指摘や記述があるが、独立行政法人化に際し、最初から経営担当の配置について言われると、その先にあるものが何か見えるように感じる。
 
[A4-19] 企業の場合、社長が取締役会に行いたいことを提出するわけで、大学の場合も、学長が、大学において行いたいことを評議会に提出し、評議会がOKかNOかを判断するというようなシステムが必要であり、これが、これからの取締役会の在り方であり、国立大学で言うところの評議会の在り方であると考える。会社でいえば社長が、大学でいえば学長が最高責任者であり、評議会は何も意見を言う必要がないというのが一番良いことで、大学運営が良好に行われているということになる。
また、組織上、学長は、評議会の横に位置付けられるのではなく上に位置付けられるべきである。さらに、評議会の規模は10人位が適当で、当面、評議会には外部の者を入れないで、運営諮問会議で外部の力を利用するという案もあるのではないかと考える。
これは、何も国立大学の運営組織を会社と同じにするということではないが、これまでの日本の会社は、社長が一番偉く取締役会は社長を制御できない状況であったため、90年代の不祥事や暴走につながったという経緯がある。これを踏まえ、国立大学の運営組織は会社とは違うが、学長が運営立案、計画、改革案を評議会に提出し、学長などの立案者も評議会のメンバーに入りながら、違う視点で審議がされるというのが、特に独自性を出していく場合に必要なガバナンスなのではないかなと考える。
 
[A4-20] 事務組織の検討に際し重要な点は、独立行政法人化後の政府と国立大学の関係がどのようにシンプルになるかということである。つまり、現在でも、人事、会計、施設などの事務に膨大な人手をかけているが、その根幹は、結局、大蔵省や総務庁との関係からであり、その関係をどれ位簡単なものにできるのかということである。具体的には、独立行政法人通則法上の中期計画、年度計画、評価に関する業務や、概算要求に関する業務について、現在の官庁手続きと違う大学に負担をかけないシステムを構築する必要があるということである。
また、現在、国立大学の事務職員の採用は、国家公務員一般の例と同様に、統一試験に合格し名簿に掲載された者の中から採用しているが、独立行政法人化すれば、この点は比較的自由になりそうに見える。しかし、国家公務員型である特定独立行政法人化した場合は、国家公務員法上の採用に関する規定が独立行政法人通則法では適用除外と規定されていないので、結局、統一試験を受けた者からしか採用できないことになる。
もちろん、各大学が自由に採用できるようにした方が良いのかどうかは、十分検討する必要があると思うが、例えば、原則は名簿掲載者から採用することとしても、自主的、自律的な運営という観点からすると例外措置があっても良いのではないかと考える。
さらに、現在の国立大学の事務職員は、国家公務員であるから、各大学にまたがる全国規模での広域人事を行い、その中で様々な大学で経験を積み、競争しながら昇進していくというシステムになっているが、何らかの形でその広域人事を引き続き行うことも考える必要がある。
しかし、国立大学協会の「国立大学と独立行政法人化問題について(中間報告)」(平成11年9月7日)では、「各大学ごとに法人化するとした場合、各大学の自主自律を基本としつつ必要な連携を確保するために、大学間の連合組織が必要となる」、「それは、現在の国大協に類する役割を担うほか、例えば事務職員人事の一元的運用の業務を行う」とあるが、果たして、このような任意団体で事務職員の人事の一元的運用をうまく行っていけるのか疑問を感じる。
加えて、国立大学が独立行政法人化された場合、事務職員の給与や勤務条件に関する国家公務員法の規定は、独立行政法人通則法上、適用除外されることになっており、先般制定された「国営企業及び特定独立行政法人の労働関係に関する法律」では、労働組合法が適用されることとなっているため、独立行政法人の職員団体は国家公務員法の職員団体ではなく、労働組合として取り扱われ、その結果、給与や勤務条件は、団体交渉や団体協約締結の対象事項になる。
したがって、国立大学を独立行政法人化した場合、国立大学対し自動的にこれらの規定が適用されることになることが適切であるかどうか検討する必要がある。確かに、独立行政法人化によって、各国立大学が給与や勤務条件を自由に決定できることになるが、例えば、給与支給基準の制定や公表というような一定の制約があるとすれば、その中に何か統一的な方針を示すなどの制約を加えるといったことについても検討する必要がある。
 
[A4-21] 国立大学が法人格を持つことは、自主性、自律性の拡大だけではなく、大学の管理運営上の自己責任を大幅に拡大するものであり、国立大学にとって役に立つ面も持っていると考える。
大学の管理運営上の自己責任が拡大することは、学長の選考が非常に重要となることを意味し、学長を選考する場合には、学長の資質や管理運営能力などについて、厳しく学内の人達が審査し、十分慎重に考えていくことになる。その意味では、法人化自体が、良い学長を選ぶステップになり得ると考える。
また、国立大学は数年前まで学長を中心とする執行体制はほとんどなかったが、現在は、副学長の配置が進むなど執行体制が整備されてきている。この点については、組織上の問題として、さらに学長へのサポート体制を強化する観点からの検討が必要である。
例えば、法人の役員組織を学長を中心とした執行役員組織的な性格にし、審議機関である評議会と連携するなどの組織面での工夫も、学長をどのように選ぶかということと共に検討する必要がある。
 
[A4-22] 事務を簡素化するという点は、是非そうしなくてならないが、独立行政法人化した場合、果してその保証があるのか、むしろ増える可能性も非常にあるのではないかと思う。
また、私立大学の事務組織の規模、例えば、対教員比、対学生比などについて是非教えていただきたい。国立大学が、国立であるが故に大変大きな事務組織を抱えざるを得ないという点を考えておく必要がある。
また、事務職員の広域的人事交流について、地方の規模の小さい国立大学が、何とか個性を伸ばすためには、ロイヤリティーのある事務職員が、ある程度大学に定着しているということが非常に重要である。個性の輝く大学にするためには、事務職員の力が非常に大きいと思うが、現行の一元的・広域的な事務職員の人事は、そういう点ではマイナスになっている可能性が多分にあるような印象を持っている。
さらに、組合との団体交渉の問題は、まさに経営の問題であり、例えば、経営担当の副学長が、単に財務関係だけを担当するのではなく、このような点もきちんと対応するといったことも非常に重要である。
 
[A4-23] 設置者の問題は、学校教育法上の設置者管理主義、設置者負担主義に帰着する問題であり、国立大学を独立行政法人化した場合に、設置者管理としては、国の管理が相当程度及ぶことは間違いなく、法人が管理を行うことになるのも間違いないと思う。設置者負担としては、国費が相当程度交付され、自己収入も相当あることを考えると、国又は法人のどちらかに整理しきれない、両方にまたがっている問題であると思う。
例えば、放送大学のように、その運営費は8割以上国費で賄われ、理事長は文部大臣が任命するが、学校教育法上の設置者は放送大学学園であり国ではないというような整理もある。このような整理を国立大学の独立行政法人化に際しても行うことも考えられるが、その場合には、何らかの形で国立大学であることを社会に対し明らかにしておくことが必要である。
また、理事や監事といった役員構成については、法律上規定する必要はないと思うが、外部の者を入れることについては本委員会で議論する必要がある。
例えば、先行独立行政法人では、監事を2名としており、恐らく、一人は内部から一人は外部から選出するのではないかと思われるが、国立大学の場合には、どのようにしたら良いかということも検討する必要があるということである。
現在の国立大学に置かれている運営諮問会議は、勧告権を持ってはいるが、勧告権というのは弱いものであり、最終的に何かを決定し得る権限ではない。その意味からも、理事の構成や権限、法人の代表権を学長だけが持つのか、他の理事にも持たせるのかなどについても検討が必要である。
さらに、事務職員の人事の全国的な調整という点であるが、調整が必要なのは人事だけではないと考える。例えば、財源や施設の問題など様々な調整を必要とする問題があり、個々の小さな法人が独立して設立された場合、大学で何か大きな仕事を行おうとしても財源もすぐには措置できない。現在、このようなことに対応するため、国立学校財務センターが設置されており、例えば、人事の面等も含めて国立学校財務センター的な組織を設置し、そこで調整するということを考えても良いのではないかと思う。
国立大学協会は、全体の運営や方針について高いレベルで議論を行う団体であり、そこで事務職員人事の全国的な調整を行うことは到底無理である。
したがって、全国的な調整を行う必要があるのであれば、財務、施設等の問題までを含めた事柄を担当するセンターを設置し、そこで調整するということを考えても良いのではないか。
 
[A4-24] 国立か公立か私立かという点については、例えば、美術館の場合、国立か公立かという意識はするが、それは国立であれば立派なものをお金をかけて集めているであろうという程度でしかない。つまり、美術館が国立、公立、私立であるかではなく、その内容や学芸員のレベルが重要なのであり、国立であるかどうかということは見る側にとってはほとんど関係ないことである。
また、事務職員の人事についても、中央集権的に同じレベルに全部あわせるというのでは、国立大学の前途はなく、独立行政法人化するからには、個性の輝く大学を作るために、大学が自ら良い人を集められるという発想に変える必要がある。
したがって、良い人を集めるためには、国が定めた人事体系や登用の年代などについても、ある程度、大学の自主的な運用が行われることによって、初めて人材を集めて良い大学ができるという観点から、前向きに取り組む必要がある。
そうすると、誰を登用するか、どのような給料体系で行うかなどのマネジメント能力が非常に重要となり、その面でも学長を中心とした良いブレーンが必要である。ある意味では、民間のコンサルタントで優秀な人のアドバイスを受けるといったような取り組みが行われることによって、個性のある国立大学ができ上がるのではないか。
国立か私立かという考えは、日本においては国立の方がネームバリューが非常に高く、学費も安いということはあるかもしれないが、能力、教育、研究業績を高めるといったことに対するマネジメントが、独立行政法人の方が国に縛られずやり易くなるという体制を作っていくという観点が重要である。
 
[A4-25] 90年代の傾向として、民間会社では社長の専横が問題であったが、国立大学では学長が十分なリーダーシップを発揮できないということが問題であった。つまり、民間会社と大学での問題点は逆であったと言え、国立大学については、学長にさらに強い権限、リーダーシップを与える方向を検討すべきである。
学長は、評議会の決定に対し、時には拒否権を持つくらいの強い権限を持っても良いのではないか。学長は、失敗を恐れずに、例えば、優秀な研究グループのスカウト等を行うべきである。
また、評議会でリコールできる国立大学もあるようだが、内部からのリコールよりも、外部の者で構成されている運営諮問会議にもう少し強い権限をもたせるべきではないか。
 
[A4-26] 日本の国立大学は、これまで女性をほとんど採用してこなかったので、独立行政法人化に際しては、義務化するか、努力目標にするかは検討する必要があるが、役員などの執行部や運営諮問会議等に女性を一定数入れるようにすべきである。例えば、10年後には執行部における女性の比率を30%にするという努力目標を課すことなども考えられるのではないか。
 
[A4-27] 大学人が大学運営に関して全て統括的に行うという発想は、一種のフィクションであり、何らかのプロフェッショナルな人間を配置しなければ責任ある大学運営はできないのではないか。
学長、副学長に良い人をといったようなパーソナリティーの問題ではなく、組織全体の在り方として、例えば、既存の評議会がマネジメントと教育研究の全ての意志決定を行い、その役割を果たせるかどうか疑問である。
また、現在の運営諮問会議と評議会との関係は、評議会が非常に強い意志決定権を持っていると思うが、果たしてそれで大学運営を良好に行っていけるのか不安である。
 
[A4-28] 大学における教育と研究を一番担っているのは教官であると思うが、現実的には、教官には大学におけるそれ以外の業務が膨大にあり、全く研究ができないのが現状である。教官は、主に教育と研究を行うために雇われていると思うが、現状がそうなっていないというのは、組織が硬直化し、制度疲労を起こしていると思わざるを得ない。
したがって、評議会と教授会が直結する形に改めるなど、さらに機動的に動けるようにする必要があり、教授会で検討すべき事項も、本当に教育研究に直結した事柄に整理し、人的な資源を有効に活用できるように大学の組織を変えていかなければならないと思う。
1つ伺いたいが、近年の副学長の設置が、個々の教官の教育研究以外の業務の軽減につながってきているのか伺いたい。
 
[A4-29] 事務組織については、確かに予算の要求などの問題や優秀な人材がある程度交流する必要があることも理解できるが、事務組織がロイヤリティーを持つためには、単に一元化という考え方からでは達成できないと考える。
現在の事務職員の広域的な人事交流では、大学における事務職員の専門性が生まれず、事務職員は、文部省との交渉が主な仕事になっている。例えば、英語を使う仕事やコンピュータを使う仕事など、少しでも専門性のある仕事は、事務職員は非常に下手であると言わざるを得ない。そういう点を独立行政法人化に際して改革する必要があるのではないか。
 
[A4-30] 独立行政法人化に際しては、経営の観点が非常に重要になるとの視点からの発言が多いが、独立行政法人通則法では経営という観点は少しもないと思う。
独立行政法人通則法第2条では、独立行政法人の定義として「国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から、確実に実施されることが必要な事務及び事業であって、国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののうち、民間の主体にゆだねた場合には必ずしも実施されないおそれがあるもの又は一の主体に独占して行わせることが必要であるものを効率的かつ効果的に行わせることを目的として、この法律及び個別法の定めるところにより設立される法人をいう」とあり、これは、普通の経営や経営的合理化というものとは基本的に違う原理が背景にあることを示していると思う。
独立行政法人化は、自律化や事務の簡素化に役立つものではなく、この制度が狙っていることは、行政の中の実施部門のアウトソーシングで、それを如何に安上がりにして行くかということである。その基本的な方針は、主務省が決めるものであって、各独立行政法人に対する経営という観点は、独立行政法人通則法の基本的な理念としてはないと考える。
また、本委員会の今後の進め方についてであるが、例えば、独立行政法人通則法を前提とした国立大学というのは、国立大学であるのかどうか、少なくとも国立大学であるということをきちんと標榜すべきものであるのかどうかなど1つ1つの課題について議論を積み重ねていく必要があり、そのためにはワーキンググループや小委員会を立ち上げて、そこでその作業を行った上で、本委員会で議論いただくといったような進め方を行わないと、本委員会で行うべきことが期限内にできないのではないかと考える。
 
[A4-31] 少なくとももう少し本委員会としてフリートーキングを行いながら進めたいと考えているが、その後、ワーキンググループを立ち上げ、そこでたたき台を作成してもらい、全体で議論いただくことも、ぜひ行っていきたい。
 
[A4-32] 独立行政法人通則法では、各独立行政法人は、実施したことに対して評価を受けることになっており、したがって、各独立行政法人は、経営的な感覚を持たざるをえないのではないかと考える。
また、国立大学を独立行政法人化すれば、自主性、自律性が求められることになることから、必然的に経営的な観点は考えざるをえないと思う。経営という観点をぬきにして考えても、自主性、自律立性が発揮できるような組織がいかににあるべきかという観点で議論をすることが重要である。
 
5 次回の日程
次回は、11月8日(水)に開催することとなった。
 
 
                                    以 上