==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
自民党文教部会の提言「これからの国立大学の在り方について」 自民党文教部会の提言「これからの国立大学の在り方について」へのコメント
1330 「自民党文教部会の提言「これからの国立大学の在り方について」」について

自民党文教部会 文教制度調査会 教育改革実施本部 高等教育研究グループの「提言 これからの国立大学の在り方について(案)」全文が昨夜 he-forum に流れましたので
http://133.50.152.161/dgh/00324-bunkyoubukai-an.html
に転載しました。
---目次---------------------------------
はじめに
1.今後の高等教育政策の在り方
2 国立大学の運営の見直し
3 国立大学の組織編成の見直し
4 国立大学の独立行政法人化
5 高等教育・学術研究への公的投資の拡充
6 今後引き続き検討が必要な重要課題
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<はじめに>、の中で、3つの方向
(1)国際競争力を高め、世界最高水準の教育研究を実現する
(2)大学の個性化・多様化を進める
(3)教育機能の重視
を謳い、今後とるべき高等教育政策の3つの方針
(A)競争的な環境を整備する
(B)諸規制の緩和を推進する
(C)国公私立大学を通じて高等教育、学術研究に対する公的投資を拡充する
を掲げています。 

1331 <提案>について(1):行革本部の目的は堅持されている 「提言 これからの国立大学の在り方について(案)」 <1.今後の高等教育政策の在り方>では、 「護送船団方式からの脱却」「責任ある運営体制の確立」「学長選考の見直し」 「教授会の運営の見直し」「社会に開かれた運営の実現」「任期制の積極的な 導入」「大学の運営に配慮した規制の緩和」を主張し、最後に次で締めくくっ ています。 >国立大学といえども、より大きな自由とより重い運営責任の下、教育研究 >の業績に対する評価を基礎に、より競争的な環境の中で運営されるべきであり、その >結果によっては、選別と淘汰も避けられない。
1332 <提案>について(2):行革本部の目的は堅持されている 「その結果によっては選別と淘汰も避けられない」。これが、行革本部にとっ ては国立大学独立行政法人化の唯一の目的ですので、この一文がある以上、文 部省は行革本部から何も肝心なことを得ることができなかた、ということを国 立大学関係者は認識するべきです。 名前が国立大学法人になって「行政」という言葉がなくなったから良いではな いかというような、幼稚園の子にも侮蔑されるようなことは避けて頂きたいも のです。今度こそ本当に多くの人達から見放されるでしょう、大学に関心はな くても大学が愚かなことをすればすぐ気付くものです。
1338 <提言>について(3)関係者は警戒感と不信感をさらに強めた >この問題が「大学改革」ではなく「行政改革」の議論の中から提起 >されたことに、関係者は強い警戒感と不信感を隠さない。 この提言全体を読んで、関係者は警戒感と不信感をさらに強めたというべきであろう。 > わが国の大学の国際的な評価については様々な見方があるが、教育、研究とも必ず > しも十分に満足できる状況とは言いがたい。 欧米の大学が「教育、研究が十分に満足できる状況」にあるとでも言うのだろ うか。どういう根拠で。
1339 <提言>について(4)序列のついた多様化 >あらゆる分野のグローバル化が進む中で、大学も国際的な競争を明確に意識し、 >世界最高水準の教育研究を目指すべきである。 「世界最高水準の教育研究」とは何のことでしょうか。教育研究の評価など物 差し次第であることは自明でしょう。たとえば、アメリカの大学の世界最高水 準な点として誰も文句のないのは、英語で教育研究が完璧にできていることで すね。しかし、アメリカでは第二外国語がほとんど誰もできないという点では 世界最低水準の非国際的環境と言うこともできます。 >個性化、多様化は、序列意識の解消にもつながる ということはこれまでの教育制度変更では起こらなかった。多様化は、いつも 序列のついた多様化にしかならかった。今度はそうでないとは誰も思わない。
1340 <提言>について(5)大学評価などできないのです >大学の有する教育機能を一層重視し、その強化を図るべきである。 それであれば独立行政法人化はかなりまずい方法ということができる。 >教育、研究、大学運営をめぐる競争的な環境の中でこそ、 教育、研究、運営、どれが優先させるつもりなのか。競争的環境での判定者は 誰か。提案では、文部科学省と総務省ではないか。大学のような多様な側面を 持つ大学を競争させるときは、人を競争させるのと全く同じであり、もの差し 次第で勝ち負けは逆転する。 入学志願者数・国家試験合格者数のような表面的なもので大学の価値を測れる のか。2つの大学のどちらが、学生の知育に成功しているか、そんなことは問 うこと自身無意味であろう。
1341 <提言>について(6)「大学の個性」と設置形態の多様性は関係ない >大学の個性は磨かれ、国際的水準の大学も育まれる。 「大学の個性」の多寡は設置形態の同一性とは関係のない問題だ。 人間の個性は、同じヒトとい種の中で生じている、ヒト科という画一的な種で は個性が磨かれないから、規制緩和しヒトを頭脳ヒトと手足ヒトという2種に 改造すれば、個性あふれることになり、全哺乳類的水準の人も育まれるだろう、 という幼稚な論理です。 単純ではありえない問題について「競争的な環境の中でこそ、大学の個性は磨 かれ、国際的水準の大学も育まれる。」などという空虚な常套句を並べる提言 が「精力的に研究を進めてきた(たったの4週間です)成果」などと大言する ところが理解できない。
1342 <提言>について(7)プロクルステの冷酷さ >適切な評価に基づく健全な競争は、大学の発展にとって不可欠な要素である。 異存はないが、かつてLadyElite さんがMsg 817 で言ったように研究教育のド 素人の総務省が、大学の発展に資する健全な競争を促すような環境を着想でき るとは思えない。経営が上手くいけば民営化を勧め、上手くいかなければ廃校 する。プロクルステスの冷酷さを阻止できるとは思えない。 >方針の第2:「諸規制の緩和を推進する」 「私立大学については、...学科の新設、改廃は、基本的に大学の主体的な 判断に委ねる」とあるので、国立大学はこの点については主体的には判断でき ない、ということが暗に主張されている。
1343 <提言>について(8)「自由と運営責任」と「競争的環境」の関係 >高等教育、学術研究の充実は、本来、国の責務である。 この理念は誰も反対していない。問題は、その充実の仕方である。なぜ独立行 政法人化でなければならないのか、提言全体を見ても何も説得力のある根拠が 見えてこない。単に、行革本部の強い意向だけが浮き彫りになるだけだ。 > 国立大学といえども、より大きな自由とより重い運営責任の下、教育研究 > の業績に対する評価を基礎に、より競争的な環境の中で運営されるべきだ この主張は、「国立大学といえども、より大きな自由とより重い運営責任の下、 運営されるべきだ」という当然の主張が、その実現のための一つの方法でしか ない「より競争的な環境の中で」と共に述べられていて、それを分離して認識 していないことが露呈されている。
1344 <提言>について(9)2つの競争 > その結果によっては、選別と淘汰も避けられない。 大学に競争させるということ自身が馬鹿げたことなのだが、競争させるにして も独立行政法人化は馬鹿げた競争しかもたらさない。以前 Illyria という人 とこのトピで議論したことがあったが(cf. Msg 565,589-591)、オリンピッ クでの競技のような加点主義の競争ならまだしも、命を賭けたローマ闘技場で の闘技など、言語同断なのです。命がけになれば権謀術数に走る、良心に欠け る少数の人が力を持ち、旧ソ連のアカデミズムに近い惨状に到る危険性があま りに大きい。 競争にはいろいろな種類のものがあり、独立行政法人化が実現するのはローマ 闘技場の競技に近いものであり、それは大学を損なう競争だ、という程度の認 識は、持って頂きたいものです。
1345 提言>について(10)地雷平原でーフォーマンス >学長が、様々な場面でリーダーシップを発揮しうる権限と体制を確立すべき >運営の自由度を高め、学長の権限を拡大すべき と言いながら、5年毎に不明瞭な基準で大学の改廃を審査する。地雷平原でパー フォーマンスを、と言われているようだとある学長は言っています。このよう な体制で、どうやって学長は個性ある大学を構想すればいいのか、私は一教員 としてもその苦悩がわかるように思います。 良いと思ってやった大胆な変革が、却って大学を廃校に追いやるかも知れない と思えば、責任感のある学長であれば、総務省の顔色を伺いながら、他の大学 の様子を見ながら、右顧左眄して安全なことをやるしかない。 大学が個性を出す意欲を根本から殺ぐ環境、それが独立行政法人大学制度です。
1346 <提言>について(11)戸水事件・柳澤事件の遺産を死守すべきとき >慣習的に全学選挙によって選考で行われている状況は、速やかに改善されるべきである。 >教授会運営の見直しが必要である。 国が決める制度と違い、大学の自治は戸水事件・柳澤事件で戦前の大学人が成 算のない命がけの戦いを通して勝ちえたものです。それ以来87年、その自治 権を奪い戻すことは国の悲願だったともいえるでしょう。 大学にかつて存在した本当のエリートが残してくれた遺産は、絶えず守らなけ れば蒸発してしまうはかない遺産であることを忘れ、それを当然のもののよう に考え胡座をかいてきた大学人の責任は大きい。 しかし、国がこの自治権を大学から奪い返すことを座視し、日本の知的環境・ 政治的環境が87年前の未開時代に戻ることを看過するならば、大学人の盲目 性とエゴイズムが日本を滅ぼす道を開いたものとして、<日本国興亡史>の終 章近くに特筆されるに違いない。
1347 <提言>について(12)任期制だけ入れても仕方がない >競争的環境の整備の一環として、教員に対する任期制の導入が必要である。 米の研究者が指摘(Msg 1299)したように「研究者としての上下の支配関係が ないことが前提。つまり、助手はアメリカなどのAssistant Profのように完全 に独立研究者でなくてはならない。講座のようなものがあるときこの制度はな じまない」のであり、一人のボスが人海戦術で行うような(<科学技術立国> を支える多くの)分野では、若い研究者の使い捨てが起こるだけである。今話 題になっている告発サイト http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/5828/index.html などを見ると問題は深刻と思われる。任期制が入れば、このような状況が増殖 することに歯止めがなくなるだろう。
1348 <提言>について(13)大学院重点化の是非を吟味すべきときに何という無責任な提案!(上) >様々なタイプの国立大学が併存するような姿に変えていくべきである。 大崎仁「大学改革1945−1999」を見ればわかるが、戦前の多様性を持っ た高等教育制度を一旦今のように画一化してしまった以上、そこには戻れない ないことは自明だ。 ---- >「大学院の一層の重点化」 このようなことを提言の核に置くことは、高等教育研究グループの勉強不足を露呈するものだ。 90年代に多くの国立大学が大学院重点化したが、その制度変更の是非の評価 がそろそろできる時期になり、問題点の指摘が多く出始めているのに、その分 析する作業をしていない。 (つづく)
1349 <提言>について(14)何という無責任な提案!(中) 例えば、約10万字の大作「東大の経営に関する懇談会最終報告」(1999.10.19) http://www.u-tokyo.ac.jp/report/report1/ では、大学院重点化の意義についてはわずか200字しか述べていのに対し、 問題点の方には少なくとも3千字以上の言葉を直接に費やしているし、間接的 には遥かに多くのことが、重点化に伴う問題点の解消の方法に割かれている。 これを高等教育研究グループは読んでいるのだろうか。
1350 <提言>について(15)何という無責任な提案!(下) 特に「時間の劣化」という言葉は、大学院化した旧帝大系の教員の感じている 気持ちを見事に表現していると思う。しかし、一方では、大学院重点化した大 学の予算増加のツケを払わされた多くの大学の財政的惨状は、良心ある官僚で あれば正視に耐えないものであろう。 このような状況を踏まえないで、「大学院の一層の重点化」とは何と無責任な ことを提案しているのか、と多くの大学人の思うところである。
1351 <提言>について(16)地方国立大学の第三セクター化の間接的明 >大学の自主性を尊重しつつ、積極的に再編統合を推進すべきである。 文部省の指導に従わないで大学が自主性を優先しようとして成功したこと例が 今まであるのだろうか。 ----- >地方国立大学が果たすべき役割や機能は、その設置形態の如何にかかわりなく、 >今後、一層維持強化される必要がある。 「設置形態の如何にかかわりなく」という言葉が入っているのは、第三セクター 化を明確に意識しているということである。 ----- >例えば、基礎研究など、社会的需要は乏しいが貴重な教育研究分野において果た >し。てきた役割、機能についても、一層強化すべきであることは、言うまでもない。 私の分野が喜ぶような提言であるが、独立行政法人制度の中で具体的にどうす れば実現できると思っておられるのか御聞きしたいものだ。言うのは簡単だ。
1353 提言>について(17)1カで結論−−余りに杜撰(上) >より競争的な環境に置くためには、国立大学に国から独立した法人格を与えること >の意義は大きい。 高等教育研究グループは、前有馬文部大臣の9月20日国立大学学長会議でのあいさつ http://www.asahi-net.or.jp:80/‾bh5t-ssk/net/netmonbu990920.html も読んでいないのではないか。 有馬前文相:「今後、国立大学が、さらに自主性・自律性を高め、自己責任を 社会に対して全うするためには、国家行政組織の一部ではなく、自ら権利・義 務の主体となって、できる限り自らの椎限と責任において大学運営に当たるこ とが望ましく、その意味で、国立大学に独立した法人格を持たせることが適当 である」競争とは何の関係もない内容である。
1354 提言>について(18)1カ月で結−−余りに杜撰(下) そもそも「競争させるために法人化が好ましい」などというのは論理的にもお かしい。国立大学のままでも、競争させようとすればいくらでもできるでしょ う。問題の構造が余りよくわかっていないのではないか。 このように多くの錯綜した側面のある広く深い問題について、一カ月で整合性 のある提言ができるとは、失礼ながらとても思えない。一カ月では誰がやって も無理であろう。結局は、文部省の案を繰り返すだけに終わっているではない か。あまりに杜撰な態度ではないか。
1335 提言>について(19)前代未聞の大学自身の任期制」 > 他方、独立行政法人通則法をそのまま国立大学に適用することは、不可能である。 >なぜなら、大臣が大学に目標を指示したり、学長を直接任命し、解任するような制度 >は、諸外国にも例が無く、国と大学との関係としても不適切である。 というのは事の軽重がわかっていないのであり、本来 tjst > 他方、独立行政法人通則法をそのまま国立大学に適用することは、不可能である。 tjst >なぜなら、総務省であれ何であれ政府が大学を5年毎に改廃審査をするような制度は tjst >(アジアの軍事政権ではありそうだが)前代未聞であり、大学の正常な活動を不可能 tjst >にするから、不適切である。 という点が肝心なのです。 >「独立行政法人」という名称も、大学にふさわしくなく、特に「行政」の文字 >には強い違和感を禁じ得ない。 そんなことはどうでもいいのです。
1356 提言>について(20)大学人の懐策(上) >独立行政法人制度の下で、通則法の基本的枠組みを踏まえつつ、 行革本部の意思は微動だにしませんね。「通則法の基本的枠組」の根本は5年毎の改廃審査です。 ---- >相当程度の特例を加えた特例法を定めて、これにより移行するなどの方法を検討すべきである。 要するに9月20日の文部省の方針通りやりなさい、ということですね。9月 の時点では行革本部はそれすら認める様子がなかったこと http://133.50.152.161/dgh/99921-komon.html を思えば進歩したとは言えます。
1357 提言>について(21)大学人の懐策(下) 意図的ではなかったとしても、大学人に9月20日の方針がやっと実現したと 思わせて、受け入れさせる芝居を打ったと同じ効果が生じるかも知れない。 しかし、大学でアンケートなどをすると9月20日の文部省の方針がすべて実 現しても反対という意見が圧倒的に多いので、意味がないのですよ。通則法の 根幹を変えずに大学人を懐柔するなどという姑息なことを考えるのは止めたほ うがいいと思います。また、大学人も懐柔されるようなことは思いと留まるべ きでしょう。
1358 提言>について(22)「第三者評機関」も独立行政法人ですよ > ・学長人事は大学の主体性を尊重した手続きとする。 > ・教育研究の目標や計画は、各大学の意向を十分尊重して定める。 「十分尊重し検討したが適切ではなかった」という一言で大学の意向は無視できます。 > ・教育研究の評価は専門の第三者評価機関の評価を尊重する。 「第三者評価機関」と言っても、独立行政法人大学評価機構であり、所轄する文部科学省とどれだけ独立して いるかわからない。(cf. 在米の方のコメントMsg:1298) > ・「国立大学法人」など大学にふさわしい適切な名称とする。 どうでもいいこと。これで何か変わったと思う大学人が多かったら国立大学が空洞化していることを自ら証明 するようなものだ。国立大学の廃止論が一気に加速するだろう。
1359 提言>について(23)大学に企業計原則とは愚の骨頂(上) > ・評議会、教授会、運営諮問会議を基本組織として位置付ける。 「基本組織としての評議会、教授会、運営諮問会議の各々の権限を明確にし、 教授会の行きすぎた権限に掣肘を加える」と、正確に表現してほしい。前述の 1913年柳澤事件の(国にとっての)「禍根」を清算しよう部省の意思です ね。 ------------- > ・企業会計原則を適用する場合には、大学の特性を十分踏まえる。 企業会計原則を採用すること自身、理由がわからない。一説によれば、国際会 計基準に箔を付けたいという人達の思惑が働いたと聞く。
1360 提言>について(24)大学に企業計原則とは愚の骨頂(下) 最近決まった独立行政法人会計基準 http://www0.kantei.go.jp/jp/account/dai12/houkoku2.html を作った委員会の委員の説明会の要約を転載したものが次にある。 http://133.50.152.161/dgh/00323-kaikei.html また、省令レベルに肝心な問題が先送りされることを指摘した次も見よ。 http://133.50.152.161/dgh/99c29-kaikei.html >・特別会計の借入金の返済や長期的な施設整備を円滑に進める仕組みを設ける。 大学側の推進派の方々の主な動機だから、これを言わなければ大学が呑むはずはない。
1361 提言>について(25)「第3の方針」はどうやら空約束 >・法人化が公的投資の削減に結びつくものでないことを踏まえ、運営費交付金を十 >分確保するとともに、産学連携等を通じた自助努力等により内部的な蓄積が円滑に進 >むことなどにより、多様な教育研究を保障する。 「法人化が 公的投資の削減に結びつかない」とは、大学に対する何と貧弱な インセンティブであることか。「国公私立大学を通じて高等教育、学術研究に 対する公的投資を拡充する」と「今後の高等教育政策の在り方」の「第3の方 針」として大見えを切ったのがこれだったのか、と皆呆然とします。 こんなものでも大学は呑むだろうというほど、大学は政治的存在として見下さ れている、ということだろう。実際に政治的に弱い存在だから仕方ない。しか し、政治的存在としての強弱の視点でしか大学を見ないという事によって、今 の政府は政権を担当するには余りに貧弱な見識しか持っていないことを国民の 前に暴露しているようなものとも言える。 それはそうとして、そもそも、税制改革等の具体的提言にまで踏み込まずに、 「国公私立大学を通じて高等教育、学術研究に対する公的投資を拡充する」な とど言っても、誰も空約束としか思いませんよ。
1362 提言>について(26)評価できる言:基盤的経費の確保 >できるだけ早く独立行政法人化が実現するよう準備を進めるべき 「できるだけ早く」しなければいけない理由として、行革本部の政治的都合以外は思いつかない。 ------ >「競争的経費の拡充と基盤的経費の確保」である。 > 教育研究の長期的な展望や基礎的な教育研究分野に配慮して、基礎的経費を十分 > に確保することが必要 提言の中で高等教育研究グループ独自のものとして評価できます。しかし、残念ながら、他の項目でその意義 が生きそうにもない。
1363 提言>について(27)「評価」をりに安易に考えている > 厳正かつ客観的な評価 のためには、評価過程での議論の公表と、評価結果へのクレームを付けられる こと、そして、評価委員の評価の仕方を監視する複数のNGOへの情報開示な どが不可欠である。 --------- >とりわけ、教育研究に極めて高い成果を上げる私立大学に対しては、 >国としても、国公私立の枠組みのとらわれない積極的な支援を行うべきである。 これも、「教育研究に極めて高い成果を上げる」などをどうやって測るのか想 像すらできない。人気投票でもするのだろうか。結局、所轄省の権限が増すだ けであろう。天下りを拒否した私学は「積極的支援」を望むべくもないことは 明らか。 経営費の定率(たとえば半額)の公費支援をするのが私学の発想を本当に自由 するために効果的な方法であろう。競争は、公募型研究費で十分のはずだ。
1365 提言>について(28)税制改革までみ込んだ提案を >大学の教育研究に対する善意の寄付金等が、各界各層から円滑に >寄せられるよう、税制の見直しを進めるべきである。 重要な提言と思います。独立行政法人化と無関係に是非実現して頂きたい。それだけでなく、ガソリン税が道路 工事にしか使えないと同じように、教育用にしか使えないような税金を設計して欲しい。
1366 提言>について(29終)どうか使の重さを自覚して下さい>高等教育究グループ殿 高等教育研究グループのみなさま、どういう経緯であれ、日本の未来を左右す る重要課題を担当するという重い使命を担ったのですから、提言のようなもの で文部省案を大学に飲ませる芝居をする、というというような詰まらない役割 に甘んじないでください。 使命の大きさを自覚されて、日本の未来を考えた提言をして下さいますよう、将来の人達と共に心から御願い します。