2001.1.13
IDEー現代の高等教育 2001年1月号巻頭言より

「グロ−バル化」より

天城勲(IDE会長)


「3.咋年6月末,大学審議会から「グローバル化時代に求められる高等教育の在 り方について」の審議の概要」が公表された〈本誌判行時には正式答申)。概要 はすでに公表されているのでここでは深くは立ち入らないが,大学審では概要作成 の意図と要点について,次のように述べている。

 社会,経済,文化のグローバル化が急速に進展し国際的な流動性が高まって おり,とくにケルン・サミット(1999年6月)やG8教育大臣会合(2000年4月) において,生涯学習や,学生・教員の国際交流,教育における情報通信技術の 活用が指摘されている。このようななかで大学は世界に開かれた機関として一 層その役割を果たすことが期待されていると述べている。このことは,この 「概要」が既存の特定の国際機関や国内の団体・機関の意見や提言ではなく, 先進諸国のトップレベルの会合において21世紀に向けて教育のグローバル化と その役割に強い期待が寄せられたことを受けたもので,大学審は現在進行中の 大学改革に対して「更なる改革の必要性」を訴えている。そしてグローバル化 時代において大学が目指すべき方向として,国際的な通用性・共通性の向上と 国際競争カの強化を図るため,次の五つの視点を掲げている。

(1)グローバル時代を担う人材の質の向上に向けた教育の質の充実
(2)科学技術の革新と社会・経済の変化に対応した高度で多様な教育研究の展開
(3)情報通信技術の活用
(4)学生・孝教員の国際的流動性の向上
(5)最先端の教育研究の推進に向けた大学の組織運営体制の改善と財政基盤の確保

これらの視点は大学審のこれまでの答申や報告においても指摘されており, 一部はすでに実施の過程にあるもので,とくにコメントするまでもない。ただ, 次の点に疑問をふくめて注目したい。それは「高等教育制度の国際的な整合性 を図り,教育研究のグローバル化を推進するとともに国際競争力を高め…世界 のあらゆる分野で活躍し得る能力を持った人材養成に貢献していく」云々のく だりである。また随所に「国際的な協調性,共通性の向上と国際競争力の強化」 に言及していることである。「グローバル化」という言葉は,世界が社会的に 縮小すること,あるいは一つの全体としての世界という意識が増大することで ある。これに対して「国際化」という言葉は,一定の基準をみたして国際社会 に仲間入りするとか自国の他国への影響力を高めることを意味し,国際関係に おける国(主権国家・国民国家)の意識が前提となっている。さらにグローバ ル化は地球規模の空間的広がりを意味していて,国際化におけるような国の意 識はないのではなかろうか。しかし近頃は両者はその点についての意識があま りなく用いられ,混用されているように思われる。そして大学審の「概要」に いう大学は,他国の大学と通用性・共通性の向上を図ることという提言には国 の意識がこめられている。

他方,近年グローバルスタンダードという概念がしばしば使われる。とく に専門職業人(プロフェッショナル)の養成コースでは,教育内容・水準にお いて国際的に通用する基準が求められている。国際社会において適用する人材 養成を図るためには国際基準をクリアし,外国の大学の教育力との競争に打ち 勝つ必要があると主張する大学人もいる。企業人は産業のグローバル化が進む 中で,世界各地の情報をいち早く手に入れなければ,激しい競争に生き残れな いという。また先進諸国では国際競争に勝ち抜くため科学技術立国を国是とし, 大学の研究教育の強化を図っている。グローバル化を目指す国際覇権競争とい う何とも奇妙な言葉と動きが起きている。

大学設置基準が大綱化されて以来,大学の個性化が主張され,大学に競争 原理が必要と説かれた。「競争的環境のなかで個性輝く大学」とは永らく規制 に練られていた大学を解放し主体的発展を促すスロ−ガンとして,一時,注目 された。そもそも大学は何を目指して競争するのか。競争の成果とは何である のか。大学の競争を促すために市場原理の導入が必要と主張する者は多い。組 織体として大学の経営管理の合理化は必要である。しかし,このことと大学の 研究教育の競争力とどのように関連づけるのか。「共通性・共用性を向上し, 競争力を発展させる」と説く大学審の「概要」を一読しての素直な感想であり, 疑問である。今後,グロ−バル化という言葉はもっと頻繁に用いられるであろ うが, よくよく考える必要があろう。」