阿部 和厚(あべ かずひろ)

医学研究科
http://www.med.hokudai.ac.jp/~anat-3w/private/abe.html
http://www.med.hokudai.ac.jp/~anat-3w/staff.html
(2001.1.22 一部訂正)

■I. 国立大学の独立行政法人化について

【I-1】 国立大学の独立行政法人化問題は、国立大学の将来を規定する極めて重要 な問題です。本来、設置形態のあり方は大学が自ら考えて自ら追究していくべきと思 われますが、現在の状況は必ずしもそのようになっていないようです。この点に関し て、どのようにお考えでしょうか。 国立大学の独立行政法人化は、政府の行政的、財政的理由を前提に、国家公務員数の 削減など、大学本来の存在目的とはおよそかけ離れたところから構想され、しかも大 学の設置形態とは全く相いれない構想そのままの独立行政法人通則法のもとに現実に 移されようとしたことに驚かされます。そして日本の100年の計をたてるとき、大 学の役割の本質を根本におくことなしに、日本の大学全体を、文部大臣を長とする企 業のごとくとらえたことは遺憾です。幸いなことに、これらの構想に全国の大学がこ ぞって反対し、国立大学協会、文部省などが問題の本質を的確にとらえ、大学の言い 分を入れていく方向で調整法、特例法などに関わる内容が検討されています。この中 で、北大の「独立行政法人化に関する検討ワーキンググループ」による検討と働きか けは全国的に高く評価されていることを知っています。大学は自ら考え、設置形態を 考えていかなければならないことは当然です。北大の英知、全国の大学の英知を結集 して対応していかねばなりません。困難な選択がせまられるはずです。各大学は、学 問の自由、大学の自治を明確に踏まえてそれぞれの大学の役割をしっかり認識して、 社会的に責任のある行動をとる必要があると考えます。 【I-2】 独立行政法人化の諸問題についてのお考えを是非お聞かせ下さい。大学改 革にとっての大学法人化の得失、国立大学協会・北大が各々取るべき方針、 最終的 な決断の方法、等々を含めてお答え下さい。 大学改革と独立行政法人化とを別に考えたい。 この10年あまりの間、日本の大学には、革命的といえる大学改革が進行しています。 大学改革の必要な理由としては、社会構造の変化、情報社会化、社会との連携の必要 性、学生の質の変化など、多くが指摘されています。これは世界的な動きであり、こ の時代の動きに適合した対応は北大にとっても必須であり、それなりの対応をしてき ています。内発的な動きですが、社会の変化に影響され、社会的な期待に応え、説明 できる改革が必要と思います。説明は具体的である必要があります。具体的であるた めには、北大が北大らしく発展するために、どうするのかを早急に検討したい。ここ から、日本の大学がどのような方針をとるかも明瞭になってくるはずです。つぎに、 これらの理念目標を教育、研究、社会貢献において具体化するにはどうするか、早急 に方針をたてる必要があります。もちろん大学のあるべき姿はこの前提となっていま す。ついでこの目標を具体化するための機能的組織が検討されるでしょう。この機能 的組織では、北大の持つそれぞれの分野で最高の人材を起用することになるでしょう。 意思決定には、構成員の合意が重要です。意思決定にはまず、北大のもてる英知を結 集することが必要です。しかも、柔軟で迅速な決定と行動が求められるでしょう。こ れらには、情報の透明性が必須です。大学でいま何が起こっているか常にみえている 必要があります。また、各構成員はそれぞれの位置づけと役割を明確に認識して、そ れぞれの役割に能力を発揮していけるはずです。

■II. 大学の現状について

【II-1】 現在、日本の大学が直面している問題の核心はどこにあると思われますか?  社会構造の異なる欧米の例をそのまま輸入はできませんが、日本の大学では時代の 変化に対応した大学改革の動きは立ち後れていると思います。北大が日本の一地方の 大学ではなく、いまや世界の一大学としての役割を果たしていくことが必要です。マー チン・トローの予測のように、教育面からみると世界の大学はエリート教育か ら、マス教育、ユニバーサル教育へと変化し、エリートの感覚では、教育も破綻をき たし、結局は大学が破綻をするということになるでしょう。研究でも同様です。学問 の根本である個の創造性を重視すると同時に、大学がシステムとして生産的であるこ とも求められていると思います。  日本の大学改革では国際競争力ということが強調されています。しかし、国際競争 が世界的であることではないと考えています。大学改革では、この点だけが強調され すぎています。国際性には、日本にとって日本らしいこと、日本人らしいこと、北大 にとって北大らしいこと、そして人が人らしいこと、これなしに世界に伍しての発言 力は弱いと思います。技術の面、経済競争の原理のみではなく、文化、人間性を踏ま えることこそ重要と考えるからです。また、日本の大学改革は、いつも官制色が強い ことも問題と思います。内発的に時代を先取りした動きができないものかといつも思っ ています。 【II-2】 市場原理・競争と効率化の導入、大学評価・学位授与機構による評価をど うお考えですか。これらは大学の活性化に有効だと考えられますか。 いまや、大学の社会的責任、資源投入、いわば大学に対する期待に応えることの責任 を強く認識しなければならない時代に入ったと受け止めています。大学のあらゆる活 動に説明責任も求められています。評価はいまや必須の要素であり、大学の活性化に 有効と考えます。私の経験を述べますと、平成4年に点検評価委員会に入って、1) 評価には具体的目標が表現され、評価基準が明確であること、2)教育に関して教育 業績の評価、3)その基準に合意をもつための研修が必要であると感じました。それ なりの戦略的努力をしてきて、研修(FD)が実現したのは、平成10年で6年かか り、教育業績評価(教育業績の開示)は、平成12年で8年かかっています。 これらは、もっと早い対応が求められるとしても、研究となるともっと長いスタンス が必要になるものも多いとみなされます国立大学にも、私立大学にあるように市場原 理・競争と効率化ということは否応なしに入ってくると予想されますが、国家の計を 担うという視点なしの競争の場に国立大学を置くことは、日本の将来を危うくすると みなします。 【II-3】 大学のあるべき未来像を語って下さい。 大学の個性化は時代の要請と考えます。大学間の競争ということは、個性化の競争と 考えます。情報社会において、しかも人員を整理していこうというこの時代には、同 じような国立大学はいらないことになりかねません。これからの大学は、個性、特徴 を明確にして、互いに連携、協調して総体として機能していく国家的体制が必要かと 考えます。しかし、これも国家的、政府による統制は問題です。各大学は自らの発想 で個性化をはかるとともに、相互協力を大学が主体となって進めていくべきでしょう。 日本のあちこちに、個性の異なる大学があり、そこで力を発揮していくことが共存に むすびつくと考えます。大学内で学部を越え、研究科をこえた協調がすすむとともに、 大学間で同様の協調がすすむこと、これにより日本全体から見ると、効率的、効果的 研究、教育が進行すればと思います。ドイツの大学システムに似ることになります。

■III. 北大の諸問題について

【III-1】 現在、北大が直面している問題の核心はどこにあると思われますか。 日本の大学が抱える共通の問題は別にします。北大は、言語文化部など一部をのぞ いて大学院重点化が完了しました。しかし、大学院の内容は重点化にふさわしい内容 にまだなっていません。重点化大学院を実質化することが求められています。ここに は多く問題があります。 大学院の教育体制では、学部での学士課程教育、大学院での修士課程教育、そして 博士課程教育のそれぞれのゴールとその教育方法(方略)との関係を明確に整理する 必要があります。大学院は教育体制であるといっても、研究体制と同体です。重点化 した大講座制が実質的に機能するように早急に検討することが必要でしょう。また、 大学院には様々な新しい形態も検討されます。とくに文系の大学院のあり方、新しい 大学院、ロースクール、ビジネススクールなども大きな課題です。大学運営に目を転 じると、北大は、時代の変化に対応して様々な改革の動きがあり、さまざまな検討が 活発に行われています。しかしながら、これらが大学としての盛り上がりに欠けるき らいがあります。これは、多くの大学を訪問してみて、大きな大学に共通の問題であ ることがわかります。中規模大学では学長、副学長、そしてそれぞれの役割を演じて いる要職の教員を中心にまとまりの雰囲気があります。中規模大学、小規模大学では、 大学で何がおこっているかが各構成員に伝わりやすいこと、そして、それぞれの人の 動き、役割がみえやすいことがあるためと思われます。北大の中で起きていること、 大学運営、教育、研究が適宜みえていく情報の共有が必要であると思います。とくに 大学運営は透明である必要があります。 【III-2 合意形成システムについて】 学長のリーダーシップ強化が法的に決まり、北大では総長室が新設される予定と 聞いてますが、北大における合意形成や意思決定方法に関する考えをお聞かせ下さい。 例えば、教授以外の教員や職員、学生の大学運営参加に関しては> どのようにお考え でしょうか。  機構が複雑化し、課題が多様化し、柔軟で迅速な対応が求められるこれからの大学 では、学長を頂点とするピラミッドの強化では対応できません。できるだけ現場と直 結した階層の浅い機能的組織の並列的集合が必要となると考えます。各機能体の横の 連携が迅速に容易にできる機構も必要でしょう。各機能体はそこでの意思決定も可能 とすることになるでしょう。また、様々な変化に対応できる流動的機能体も重視され るでしょう。ここでは機能主義、能力主義が重視されます。各構成員も機能体の現場 で能力を発揮することになります。様々な場面で、肩書きよりは能力によって人材が 起用されるでしょう。また、機能中心であれば、教員のみならず、職員が重要な仕事 をする場面も出てきますし、機能体によっては学生の参加もありえます。ここで重要 なことは、これらの運営の透明性、情報の迅速な流通、組織の階層に関係しない水平 的な情報の流れ、各構成員に常に情報がとどくことです。各構成員は、全体のなかで どんな役割を担っているかを常に把握していることにより、機能的活性化が生まれる と考えます。ここでは、誰が何をしているかがわかる透明性は当然となります。 【III-3 情報公開について】 本年4月から情報公開法が施行されますが、学長裁量経費を含む大学財政や運営の 透明性をどのように確保されるお考えですか。 これは上記の内部への情報の透明性の確保を前提とします。これにより各構成員の共 通の理解がえられる中で運営されます。また、学長裁量経費を含む大学の財政のふり 分けは、北大としての方向づけの他に、公正な競争でも行われるでしょう。たとえば、 完全にブラインドでの審査もありえます。そして、総長経費による事業や成果につい ては、学内での発表会も必要でしょう。こうして、学内の雰囲気をもりたててい一方、 様々な情報があります。とくに、大学の機能の中心からみると、教育と研究に関わる 情報発信および広報活動はとくに重要です。北大が北大らしいことが、社会に受け入 れられなければ、北大らしいということはないのと同じです。よい学生の獲得、政府 や社会からの様々な予算の獲得のためには、専門分野の閉じられた社会のみならず、 一般社会へ理解される形での発信(情報公開)が重要です。北大は、全国の大学のな かでも、情報(IT)は先進的と評価されています。新しい情報時代をむかえて、北大 の情報の力を、放送講座の実績もいれて、発展できると考えます。また、すでに述べ ましたように、大学運営でも情報は重要な役割をはたすことになるでしょう。 【III-4 教員の身分制度】 教員の身分制度、特に助手の実態をどのようにお考えですか。また、教員に対す る任期制導入についてはどのようなお考えをお持ちですか。 学位をもち、教育も担当し、研究チームのリーダーを行っている助手も少なくありま せん。しかし、北大全体からみると、助手といっても、実体は様々です。同一には論 じられません。ここでは、教員の総合評価が正しく行われることが必要であり、これ により待遇改善に結びつくと考えます。 米国で任期制が一般的であるといっても、日本の社会的現状では、任期制導入には慎 重を期する必要があると考えています。点検評価委員会で行っている研究、教育、管 理運営、社会貢献を入れた総合評価は、まだ、データの開示程度です。これは、各分 野の特徴を踏まえて、大学にとってどれだけ役に立つかの基準をいれると、任期制の 判定に耐える評価が可能でしょう。しかし、まだ、各大学の個性化が明確でない現状 では、社会的に問題が多いとみなされます。 【III-5 北大の改革について 】 北大における全学教育、学部一貫教育、重点化された大学院の教育をどう評価さ れてますか。また、大学院重点化に伴い大量に増加した大学院生が、各々の研究分野 での定職を得難くなっている現状について、どのようにお考えですか。  入学してから進路をきめるという教養部を廃止して、入学時から学部をきめる学部 一貫教育を選んだことは、いろいろな矛盾を含んでの選択でした。いまここで、あれ は間違いだったと批判してもはじまりません。現在は、この体制の中でさらに問題点 を改善していくことが必要と考えます。一方、大学院重点化も同様の問題を抱えてい ます。日本の現状で教員数の増加のないまま、それまでと同様の教育を要求される学 部教育の学生数に加えて、さらに多くの 大学院生の教育を担当することになりました。大学院教育では、マス教育よりは、個々 に対応する教育が求められます。教育負担の増大にかかわらず、教員の増加はありま せん。ここに大きな矛盾があります。北大では、学部教育、大学院教育の質、効率を あげ、真に実力のある卒業生をだすことを考えます。また、人数の多いことで、研究 の効率、能率、質を上げたい。これが、よい大学院教育にも結びつくと考えま 【III-6. 北大の未来像について】 先日出された未来戦略検討WGの教育・研究に関する答申は、北大の在り方を論じ たもので、今後学内で十分に議論される必要があります。WGの答申をどのように評価 されているのか、今後のあるべき北大の教育・研究像と関連づけてお答え下さい。  大きな方向づけとしては、評価します。とくに総長補佐体制の整備は現実的であり、 整備はある程度評価します。一方、わたくしは以下のように考えます。  まず、北大の理念目標を確認します。北大の建学の精神である「フロンティア精神」 「国際性」「全人教育」、関連して「実学」、そして、北大が北海道にある意味を考 えると「地域性」は無視できません。しかし、「フロンティア精神」をのぞいて他は、 現在の多くの大学に共通の理念といえます。すなわち、北大の北大らしさは、Boys, Be Ambitious! をめぐる「フロンティア精神」ということになります。この「フロ ンティア精神」を目標に具体的に何をするかが問題です。  北大は日本の大学では類を見ないスケールの大きな総合大学性があります。この裏 づけは「全人教育」をささえる文系の科目が重視されます。北大の教養教育の「コア カリキュラム」は文系学部に大きく依存し、文系学部は北大の「全人教育」の担い手 となります。また理系学部の多い北大では、理学も教育面、研究面で全体をささえる ものです。  北大が北海道にあることの意味、地域にあることの意味、「実学」などを考慮する と、北海道全体への大学解放、地域と大学との連携も重視されます。たとえば、情報 ネットワークにより、地域と大学をむすぶことで、地域が求める教育、学問への要求、 たとえば、地域での酪農への関わりなどは教育、研究レベルでの実際的連携へ結びつ きます。まだまだ多くの教育上の戦略が考えられます。

■IV. 今回の総長候補者選挙に当って、全学に向けて訴 えられたいこと等がおありでしたら、お書き下さい。

この10年来北大にも、大学改革が進行して、様々な努力がなされてきました。そし て独立行政法人化という嵐が待ち受けています。新しい世紀を迎え、また、新たに発 展するために、北大の英知を結集し、一致協力して、勇気ある前進をすることが必要 と思います。