井上 芳郎
大学院医学研究科脳科学専攻分子解剖学分野
研究科長・医学部長
http://www.med.hokudai.ac.jp/~anat-1w/staff/inoyoshi.html
本学デ−タベ−ス
■I. 国立大学の独立行政法人化について
【I-1】 国立大学の独立行政法人化問題は、国立大学の将来を規定する極めて重要
な問題です。本来、設置形態のあり方は大学が自ら考えて自ら追究していくべきと思
われますが、現在の状況は必ずしもそのようになっていないようです。この点に関し
て、どのようにお考えでしょうか。
◇国立大学は歴史的に国家発展のための官からの要請による人材の育成がまず一義に
あり、第二次大戦前は旧帝国大学を設立し、必要に応じて学部を増設し、戦後は、さ
らに加えて旧制高校や専門学校を統合して新制大学を設立して、人材を養成してきま
した。
◇一方では、大学の設置者が大学設立の理念を元に企画し、それに賛同する教育研究
に強い関心を抱くヒトが参画して、理念の実現、学問の自主・独立を確保する努力の
中で成立してきた歴史の古い私立大学があります。
◇法人化問題で、国立大学側から国立大学が今まで果たしてきた役割と存在の重要性
が主張されています。国立大学の教職員の努力により、結果的には学問・文化の発展、
人材の養成に寄与してきたことは確かです。しかし、これは私立大学でも同じで、国
立大学だけ特有のものではありません。
◇ただ、国の発展のための人材養成のためと言う国の事業ということで、国立大学に
おいては低額な授業料であるが故に、優秀な学生を集めてることが出来ました。また、
このことによって、自分の研究に没頭できる環境を維持し、経常的に校費が配当され
研究のレベルを維持することが出来、その結果、独自性の極めて高い業績をあげてき
た数多くの教官がいたことは確かです。
◇また、国は教官の行う教育研究の自主独立という仕組みを少なくとも戦後は、法律
によって身分を守り、保証してきたと思います。しかし、これが逆に、教官が何も工
夫しない教育をしても、啓発的な研究をしなくても、入学者の資質に依存したある一
定水準の卒業生を出していたことも事実と思います。
◇このように大学構成員の質が多様であるなかで、総合大学としての教育・研究につ
いての理念があるのか(単に学問の自主独立といっただけでなく)、教官集団が過去
の良くも悪くも積み重ねてきた実績を厳しく評価しない状況では構成員に利する設置
の仕組みに流れるのではないか、自ら痛みの伴う改善策に取り組めるのか、などを考
えますと、大学人自らが今までの国立大学を新しい設置形態に変更することが可能で
あるか否か、現時点では疑問に感じるところがあります。
◇大学における教育・研究の自由・自主・独立の原則は、現在では社会的通念として
確かなものになっています。教育研究の面で我が国で主導的な役割を果たしている私
立総合大学においても、教職員の教育研究における自主・独立が損なわれたという話
は余り聞きません。
◇法人化問題で主張されている、教官の教育研究の自主・独立を第一義とする設置体
制も重要ですが、北海道大学の教育の理念を確立して、その理念の成就のために自ら
一人ずつ大学人としてどのような教育・研究を展開して行くか、を主張し、実践し、
公に評価を受けていく姿勢こそが新しい国立大学の形態を生み出すもとになると思い
ます。
【I-2】 独立行政法人化の諸問題についてのお考えを是非お聞かせ下さい。大学改
革にとっての大学法人化の得失、国立大学協会・北大が各々取るべき方針、 最終的
な決断の方法、等々を含めてお答え下さい。
◇国大協、文部科学省も云っているように、独立行政法人通則法のもとで、しっかり
とした法人化大学をつくることは、教育研究の運営上、大学側にとっても、行政側に
とっても不可能です。
◇国立大学は、将来においても、国費に支えられなければ成り立たない大学であり、
また、現在の日本の人文・社会科学、自然科学、科学技術等の分野で牽引車的役割を
果たしている以上、特例法(仮称)のもとで法人組織になっても、従来の国立大学の
形態を大きく逸脱することは考え難い。法人化による損得を大きな問題として取り上
げることは余り意味が無いと思います。
◇国立大学として従来通りの形態を維持するとしたら、国大協が中心になり、各国立
大学において、大学人自ら、教育活動、研究活動、社会貢献の状況を全て明らかにし
て、国立大学全体として組織を現状と将来を見据えた形に再編成して、場合によって
は、私立大学と役割分担するなどして規模を縮小することも視野にいれた考え方を提
案して、国民に存続を訴える必要があろうかと思います。国大協の99国立大学が護
送船団方式で存続を計る方針では、これからの国立大学の存続意義は見えてこないと
感じています。
◇国立大学として存続するにしても、法人化されるにしても、【I-1】で述べたよう
に、大学構成員が、大学が如何にあるべきか常に考え教育研究に積極的に挑戦してい
く姿勢が肝要であると考えます。
◇国立大学を法人化するしないは国民が決定することであり、国会の決定に従うしか
ないでしょう。ただ、大学における高度な学問(基礎応用を含めて)の重要性は、特
に資源の少ない日本においては、一般社会の常識になっているので、大学における我々
の活動状況が今以上に公開される方向に向かうにせよ、学長、評議会、教授会などの
仕組みについて常軌を逸した変更はないと考えています。
■II. 大学の現状について
【II-1】 現在、日本の大学が直面している問題の核心はどこにあると思われますか?
◇初等・中等教育と高等教育の連携が巧くいっていないことが問題点である。私は昭
和34年に大学に入学したが、我々の年代の受けた教育の意識で現在の大学教育を行
うことも問題を大きくしている。
◇初等・中等教育に対する我々の関心の低さ(文部省の施策に振り回されている)が
大学教育に重大な影響を与えつつある。
◇教育予算の低さ。
◇少子時代になれば国立大学といえども、教育面においては規模の縮小、学生獲得競
争に巻き込まれるであろう。国立大学が全てミニ東大を目指すことに意味があるのか。
国立大学間の競争より国立大学の個性化、種別化、協同化が必要であろう(云うに易
し、行うに難しであるが)。
【II-2】 市場原理・競争と効率化の導入、大学評価・学位授与機構による評価をど
うお考えですか。これらは大学の活性化に有効だと考えられますか。
◇市場原理・競争と効率化が馴染む分野と馴染まない分野があることをはっきりする
ことが重要です。何を対象にして市場原理・競争を行うのかが明確でないまま議論さ
れているような気がします。
◇特殊な、基礎的な分野の教育研究を、市場原理から排除することは出来ません。し
かし、大学で研究する以上、その研究に基づいた教育は必ず学生に還元しなければな
りません。特殊な分野に傑出した研究成果をあげた教官中にも、学生の教育に対する
視点、時には一般教養教育の分野における「専門家による非専門教育」の視点が希薄
であった人がいたことが、昨今の国立大学批判(象牙の塔のような用語がまかり通る)
を招く1つの要素を作ったと思います。
◇大学評価・学位授与機構による評価は、その結果を容認するしないは別にしても、
我々の教育研究生活を別な角度から見て貰うことは重要と考えます。もし、その時、
自分の気がつかないところを指摘されれば活性化に有用となります。
◇また、良い研究、良い学生教育を行っている大学には国立公立私立を問わず重点的
に資金が投入される仕組みが重要でしょう。
【II-3】 大学のあるべき未来像を語って下さい。
◇教官が蓄積している研究から得た成果を基に、学生を全人的に教育して、安定した
社会を作れる人材を育成出来るシステムを持つ高等教育機関。
◇自己中心的な考えの少ない、お互いに痛みがわかる、そして研究教育能力の高い大
学人の集団としての高等教育機関。
■III. 北大の諸問題について
【III-1】 現在、北大が直面している問題の核心はどこにあると思われますか。
◇【II-3】の未来像とは逆の面を多くもった大学の気がします。
◇北大の歴史を見ると、必要に応じて学部を増設していったため、学部(部局)寄せ
集めの大学になってしまった。部局とは何か、教官組織と教育組織の関係など、今ま
での部局単位の考え方から一歩出た考え方が必要です。丹保総長が常々主張されてお
られるように、我々は総合大学とは何かを考える必要があります。
◇20年以上北大に勤務しましたが教官集団と学生集団の一体化が見られないことに
ついては、寂しく感じています。体育館、プール、課外活動施設その他もう少し学生
を大切にした施設(教職員も利用できる)を整備する必要があると考えます。
◇研究業績については、国立私立を問わず教官としての共通の義務ですのでこのアン
ケートでも触れませんでした。
【III-2 合意形成システムについて】
学長のリーダーシップ強化が法的に決まり、北大では総長室が新設される予定と
聞いてますが、北大における合意形成や意思決定方法に関する考えをお聞かせ下さい。
例えば、教授以外の教員や職員、学生の大学運営参加に関しては> どのようにお考え
でしょうか。
◇教授以外の教員や職員、学生から意見を聴取する仕組みを整備する必要があると考
えています。しかし、国立大学の法規の上で教授に責任がある以上最終的には評議会、
部局長会議、教授会で意志を決定することになります。教授会を解体して、助手を含
めた教官の選挙による運営を試みた例も経験していますが、責任の所在が不明ゆえ、
完全に失敗しています。
◇新しい大学の形態を考えるとき、総長、評議員、部局長の選考方法や教授をはじめ
とする教官人事の方法について議論を深める必要があるでしょう。
◇意志決定に関与するためには、大学に対する自己責任と、時によっては、自らの痛
みを覚悟する自覚も必要があります。
◇ネットワークによる意見聴取などは簡単かもしれません。私は教授以外の教官、学
生のネットを通じての要望について出来るものは実施してきました。
【III-3 情報公開について】
本年4月から情報公開法が施行されますが、学長裁量経費を含む大学財政や運営の
透明性をどのように確保されるお考えですか。
◇運営の透明性といっても、財源に関しては現在校費はすべて部局に配当されており、
大学全体を対象とした財源は総長裁量経費しかありません。この財源は総長の見識を
もって運用するべきものとされているので、透明にすべきものは今のところは、「学
内共通経費」が適切に使用されているか否か、くらいしかありません。
◇これらは全て部局長会議、評議会の審議の過程で説明ができる。また、大学全体の
事業自体も、財源が今のところ無いから、概算要求に向けた議論だけである。これは
部局長会議等で明らかにされており、不透明であるとは感じていない。
◇議事録など公開されていきますので運営の透明度は高まると思います。
◇現在の運営の仕方では透明性を持たせるとしたら、概算要求事項が大学内での意見
を集約したものであるかどうかが問題である。
【III-4 教員の身分制度】
教員の身分制度、特に助手の実態をどのようにお考えですか。また、教員に対す
る任期制導入についてはどのようなお考えをお持ちですか。
◇助手は出来ればポスドクを経験した(少なくとも博士課程を修了した)、自ら研究
し、教育研究指導できる教官と位置付ける必要がある。医学研究科では概ねその扱い
になっている。
◇雑用係として助手を任用してはならない。
◇再任制度をつけるにしても、全教官の任期制導入に賛成であるが、人事の流動性を
確保するためには国大協で一斉に取り組む必要がある。
【III-5 北大の改革について 】
北大における全学教育、学部一貫教育、重点化された大学院の教育をどう評価さ
れてますか。また、大学院重点化に伴い大量に増加した大学院生が、各々の研究分野
での定職を得難くなっている現状について、どのようにお考えですか。
◇総合大学としての観点から、全学教育は現在のところシステムとしては評価すべき
ところがある。これを学生のためによい方向に運用するには全ての教官が「専門家に
よる非専門教育」という教養教育の原点を持つ必要を感じる。
◇学部専門教育、大学院教育においても部局間の垣根を越えた柔軟ななカリキュラム
設計ができる体制を作りつつあることは評価できる。しかし、ここでも教官の教育に
対する視点が重要な課題になっている。我々は国立大学は高水準な研究成果を期待さ
れているとはいえ、教育機関であることを明確に意識すべきである。
◇大学院修了者については、受け入れ社会の問題もあるが、逆に大学院にしか進学で
きない学生を学部教育で作ってはいないか、大学院では社会の要請に応えられない応
用の利かない専門特化した教育・研究しかしていないか、検討すべき点もあると考え
ます。
【III-6. 北大の未来像について】
先日出された未来戦略検討WGの教育・研究に関する答申は、北大の在り方を論じ
たもので、今後学内で十分に議論される必要があります。WGの答申をどのように評価
されているのか、今後のあるべき北大の教育・研究像と関連づけてお答え下さい。
◇総論的には大学のあるべき方向性を示していると考える。
◇国の財政問題もあり、財源を含めて論議はさらに継続して行うことになると考える。
■IV. 今回の総長候補者選挙に当って、全学に向けて訴
えられたいこと等がおありでしたら、お書き下さい。
◇総長候補者選挙では辞退していますので、特に、そのための意見はありません。4
年間医学部長・医学研究科長として部局及び大学の運営にかかわってきた立場上、今
回のアンケートに回答しました。もし、総長候補者のみ掲載するのであれば除外して
下さい。
◇ただ、総長候補者選挙につきましては、一次投票後辞退をしないのであれば、情報
を提供する意味で作った1日の猶予の期間で、整備されたネットワークを利用して、
自らの言葉で、全教職員に大学の運営方針を述べる必要があると考えます。
以上