学生による授業評価の平均値は後期に高くなる

新潟大学教養教育実施委員  渡辺 勇一(理学部)

  The average point of student evaluation of teaching tends to
  become higher in the second than in the first term.

Yuichi G. WATANABE (Faculty of Science)

要約

   外部評価の資料をまとめる作業をしている中で、新潟大学の自然科学、および人文科学の教養講義科目の評価平均点が、前期より後期に上昇していることに気がついた。一体他の大学でもこのような傾向にあるのか、もしこの傾向が確認されたとしたら、その原因は何なのかが問題になる。
   この論文では、全国7つの国立大学の授業評価データについて、上記の問題を分析してみた。その結果後期に平均点が上昇する傾向は7大学のうち、6大学について認められた。
   何故このように後期の評価が上昇するかについて、1)高校時代の授業と大きく異なる大学初年度の授業に対して、学生は前期よりも後期には慣れて寛容になる、2)後期には出席率が低下するために、学生は厳しい判定をしなくなる、3)授業の途中で去る学生が多いために、アンケート回収率そのものが悪くなり、授業に熱心な学生の回答が多くなる。という三つの点があげられる。
   この論文で示した様な前後期の評価点の差が存在する場合、学生による授業評価の結果を教員評価などに「機械的に」適用することは危険である。


    In the course of analysis of the results of student' evaluation of teaching in Niigata University, I noticed that the classes of natural science and humanities are more highly evaluated in the second than in the first term. This fact urged the author to inquire if there is a similalr trend in other universities. In this article, the data of student's evaluation from 7 national universities were analyzed. As expected, the above mentioned trend was seen in 6 of 7 universities irrespective of the field of subjects.

   The reason that the classes tend to receive better evaluation in the second term is discussed in relation to 1) an increased student's tolerance to classes that are quite different from those of high schools, 2) an augmented rate of absenteeism of students, and 3) a lowered collection rate of questionnaires.    In view of the different quality of students as shown in this article, care must be taken in comparing the data of student evaluation between the first and second terms.

Key Words:Student evaluation of teaching, Comparison of results of questionnaire, A term-related lenient tendency


 多くの大学で、学生による授業評価が導入され、その報告書が互いに交換されている。現在の時点では、それを直接教員の評価に結びつけている大学は極めて少ないが、次第に評価結果がどの教員の科目であるか特定できるようになりつつあるので、たとい待遇に結びつかなくても教員にとっては相当の圧力がはたらくことになる。

 さて筆者は縁あって大学評価機構による「教養教育」についての評価作業を担当することになったのであるが、この作業の過程で本学で行っている授業評価のデータを解析した際に、興味在る「現象」に遭遇した。その現象とは、自然科学系の教養科目について、後期の評価点が高いということである。この「現象」が、他の科目、また他の大学において当てはまるか否かを検証し、もしどこの大学でも成立するとなればる、学生の評価を種々の作業に利用する際には、極めて重要な問題となる。

 本論文で利用したデータは、前期・後期を分割して記録している、以下の大学の報告書によるものである。年号は、アンケート実施の年で、報告書発行の年ではない。二年にわたるものは、後期→前期の順になっているが、資料が引き続いて送付されていないので、やむを得ず、これをもって前期と後期の比較に用いた。

     
新潟大学(2001) 山形大学(2000)
弘前大学(1999)  名古屋大学 (1998)
徳島大学(1996-1997) 群馬大学(1994)
鹿児島大学(1993-1994)

  1)既に後期の評価結果が高いことを認識している二報告文書。

 上記の7大学のうち、前期に対して後期に行われた学生による評価の上昇を明確に認識しているのが、群馬大ならびに山形大学の評価報告書である。群馬大の方は、この後期の学生評価の上昇の原因について、「学生が後期には自発的に予習するようになったからであろう」と簡単に推論している。しかし、どこの大学でも共通する事であるが、後期には学生の出席率が低下する傾向があるし、またアンケートの回収率も著しく低下している事実から、学生の意識の高まりをもって、後期の高評価傾向の理由とすることはできないように思われる。

 一方、山形大学の報告書は以下の様に述べている。

  「前期から後期への評価の上昇は、どういう理由が考えられるであろうか。最初に考えられるのが学生の評価が単純に前期より甘くなったということである。だが、おそらくそうしたことは無いであろう(中略)。
 次に上昇した理由を、前期よりも後期の方が回答率が低下したことに求めることができるかも知れない。というのは、授業に残った学生はそうでない学生よりもその授業へのコミットが強いと考えられるからである。前期から後期への評価の上昇はここに挙げた以外にも、様々な要因が絡み合っているであろうが、教師が前期のアンケート結果を見て、各自の努力という要因もかなりあるのでかろうか」

 こちらの分析は相当深いものがある。ただ筆者の身辺の教員を見ていて、アンケート結果から自分の授業の改善をするような人間は少ないと思われるし、そのような奇特な教員は、アンケート結果などと無関係に授業改善に取り組むタイプの人間であろう。

 分析に対する異論は後回しにして、以上二つの大学で個々に認められている現象がどの程度他の大学で当てはまるかを検分してゆく必要を強く感ずる。

 データを読みとる際に留意すべきことは、大学が異なれば、アンケートの問い方や、学生の回答項目選択様式(回答選択肢が少ない大学では、肯定・否定・不明のわずか三者択一、多くは本学で平成7年頃に行われていたものと同様な5者択一、また少数であるが「解らない」という項目を加えて6者択一もある)などが異なるという問題がある。また、設問の全項目を比較することは労力が厖大になり、必要性も薄いので教員の授業技術、結果の満足度に関わる項目を選択してある。

a)新潟大学

 まず本学の2001年に実施されたアンケート結果の前後期の差を図1に示した。縦軸はアンケート集計に示されている回答のうち、a(当てはまる)と、b(やや当てはまる)という肯定的な答えの%を合計した数値が後期に上昇した値である。

 また棒グラフ上方に示してある項目の略語は以下の様になっている。

 グラフから明らかな様に、自然科学系科目では全ての項目が後期に上昇している。人文科学系科目については、熱意のみが後期に下降しているが、ほとんどの項目は後期に高くなっている。前述したように、この後期の上昇傾向は社会系科目には当てはまらない。

b)山形大学

 

 科目の分類は下のグラフ(図2)に示した4系統となっている。また回答項目の数値化は、5点(はい)、4点(まあそうである)、3点(どちらとも言えない)、2点(余りそうとは言えない)、1点(いいえ)の様に行われていることが、多少他の大学と異なる。

    図2 山形大学 前後期比較

 この大学もほぼ全ての科目において、「意欲」「教授法」「話し方」「板書」「教科書・資料の使い方」が後期に高くなっている。後期にやや低下しているのは、人文系についての「話し方」だけである。 なお山形大学では、ここに示した以外の科目全てが後期に上昇する傾向が認められる。

c)弘前大学

   理工・農学系の教養科目と、人文系の科目の二つを比較する。縦軸は、新大の場合と同様に、回答項目@強く思う、Aそう思う、の二項目の%を合計した数値の後期の上昇分である。

     図3 弘前大学 前後期比較

 理工系・人文系の双方とも、「教員の声」「板書」「資料の用い方」「理解しやすいか」「教員の熱意」「説明の仕方」の評価の全項目が後期に高い。

d)名古屋大学

 まず、図4にグラフを示す。

     図4 名古屋大学 前後期比較

 名古屋大学の場合は、++、+、0、−、−−、という5択に加えて、わからない、無回答の項目があるが、答えを保留している学生の数は極めて少ない。この大学も、やはり後期に学生の評価が上昇する傾向が認められる。

 棒グラフ上の「意欲」は、学生が授業に対して意欲的に取り組んだかを示している。自然系科目で、この項目の回答が後期に顕著に高くなっている。

 全体的には、人文系科目の上昇が目立つ。

e)徳島大学

 この大学の回答項目は、「はい」「いいえ」「どちらでもない」「無回答」と、やや変わった傾向のものである。実際のデータを見てみると、「いいえ」を選択するよりは「どちらでもない」を選択している場合が目に付く。例えば、自然系のある科目における「授業に熱意が見られた」の設問に対する回答の比率は以下の様である。

  はい(45%)、いいえ(17%)、どちらでもない(38%)

 また、質問し易い雰囲気であったか」という設問に対して、「どちらでもない」という回答をした率が極めて高く、ある科目では80%を占める傾向を見せる。回答項目の立て方に問題があるように筆者に は思われる。

    図5 徳島大学 前後期比較

 上記の事情があるためかどうか不明であるが、徳島大学に関する限り、図5に示した様に、後期に評価が上昇する傾向は明らかではない。

      

f)群馬大学

     図6 群馬大学 前後期比較

 残念ながら群馬大の評価のまとめデータの中には、直接の数値がしめされておらず、回答全項目で(後期−前期)比率差を示した棒グラフがあるだけであったので、グラフから数値を読みとり、後期の上昇分を計算し図6に示した。

 群馬大学では、出席を問う項目を除いて、全ての項目で後期が上昇しているが、ここではそのうちのいくつかを示すのみにする。また群馬大の分析は詳細で、学年・学部別のデータが載せられているが、これについては、後で触れることにする。

g)鹿児島大学

 図6に鹿児島大のデータを示す。大まかな傾向は、他の大学と同様である。

 回答項目が、思う・思わない、解らない、の3項目という特徴がある。また、比較している学生が、後期→前期と、異なる年度にまたがっている。

 鹿児島大の場合は、自然系科目が板書の一項目を除いて、他は後期に評価が上昇している。他方人文系科学科目は、声の聞き取り易さのみが後期に上昇しないという傾向があった。

 

    図7 鹿児島大学 前後期比較


●評価平均の上がり方

 以上見てきたのは、個別の評点を無視して、科目全体の平均点であった。平均が上昇する場合、全体に平行移動しているのか、低い値だけが高くなったのか、その他にも色々な場合が考えられ、前後期の個別の科目の評点の分布を、どうしても作成しなくてはいけない。この作業は、個別の数値が示されている新潟大学のアンケート結果からしかできない。

 労力の点から、全ての科目、全てのアンケート項目について分布グラフを描くことはできないので、代表的なものを以下に示す。

 

    図7 個別の科目の評価点分布 <自然科学科目の場合>

 図7に見事に現れているように、前期では評価点の低い領域に相当数の科目が分布し、後期では逆に値の高い領域に、科目が移動する。

 次に人文系科目の個別の評点を、図8に示すことにする。

 

        図8 個別の科目の評価点分布 <人文科学科目の場合>

 科目数がやや少ないが、自然科学と同様に、前期では低値側に左寄り、後期では高値側に右寄りに棒 なお数値データをここでは省くが、値そのものの範囲(特に高得点)は、前期と後期では同様な領域に存在した。この事から、前期では内容の悪い授業が極度に低く評価されるが、この厳しさが後期で軽減することが解る。学生に好評な授業は、前期に行われた場合でも、それなりの点を得るが、高い評価を受ける科目数は後期に多くなる。後期に評価点が上がると言っても、前期の高得点の範囲を大幅に越えるような評価を受けることはない。

●データからの議論

1)学生の「質」の前・後期での差異

  アンケートを取る鉄則は、偏りのない集団から取ることであり、また前期と後期の様に異なる時期にアンケートを取って比較する時には、母集団にある特定の変化が生じていない事が重要である。

その1)アンケート回収率の低下傾向

 冒頭に述べた様に、山形大学の報告書では、後期の回収率の低下について触れているが、他の大学ではどう変化しているのだろうか。次表に示す

(前期→後期の回収率)

弘前大学
    人文 53.4→38.0%、 理工学 50.4→40.1%、 農学 65.0→54.5%

山形大学
    人文 67.6→48.1%、 社会66.5→48.5%、 生命 73.5→56.3%

名古屋大学
    文系51.2→35.4%、 理系 60.2→55.1%

新潟大学
    人文 73.4→74.6%、 社会 62.5→68.1%、自然 71.7→73.8%

徳島大学
    人文 86.5→84.7%、自然 83.1→80.5%

 (鹿児島大と、群馬大はデータ表記なし)

 弘前、山形、名古屋の3大学では、前期に比較して後期に著しい回収率の低下が認められる。これに対して、新潟大と徳島大学では差が余りない。名古屋大学の場合、授業でアンケートを配布して、回答後その場で回収せずに、事務室の回収ボックスで集めているが、このような場合は、その授業を熱心な学生でなければ、わざわざ回収箱に入れないという傾向になる事は誰にも予想できる。その他の場合でも、アンケートは授業の最終回に近く行われることが常であるから、そこまでに講義に極端に意欲の低い学生は去っていってしまっている事になる。

  その2)後期に見られる出席率低下傾向

 大学初年度の前期は、長かった受験勉強が終わり、いよいよ大学の授業が始まるという、大きな「期待感」が学生にはあり、出席率が後期よりは良好であることが予想される。実際にアンケートの回答から得られる学生の出席率はどうであろうか。

  問:「この授業にどのくらい出席しましたか」に対して「皆出席(または欠席0ム1)」を選んだ率が、前期から後期にどう変わるかを、以下に示してみよう。山形大学の場合は点数化された数値となっている。

 

   山形大学の場合には大きな低下が見られないが、この数値だけを見て、低下しないと判断することは誤りとなる。何故なら、回収率についてのデータを共に読み合わせると解るように、出席を放棄してアンケートそのものを提出しない「出席率の極めて悪い」学生のデータが欠落しているからである。ここに現れたのは、飽くまでも最後まで授業に出て、アンケートに「回答した学生」についての出席データである。

●推測される前期から後期への学生の変化

 以上のデータを通して見てきたように、授業評価のアンケートの対象となる学生の質そのものが、ここで調べられた多くの大学で変わってきていると結論される。

 時には6者択一にも及ぶアンケートの答えの、どれをマークするかに際しては、相当「心理的な要因」が作用する。好感をもった教員に対する評価は、設問内容を深く吟味することなく、おしなべて高い評点が与えられる傾向が強く見られるのが一例である。
 今回分析したデータを元に、少し評価に向かう学生(特に初年度学生)の心理にまで立ち入って分析してみよう。

 前期では、初めての大学の講義に対して、大きな期待があり、出席態度も良く、アンケート調査時に教室を去ってしまっている学生は後期に比べると比較的少ない。また前期の講義では、大学の教員達の板書の仕方、また授業時間の長さ、話しの進め方、および授業内容など、どれも高校の受けた授業とは大きなギャップがあり、出席を真面目にした前期の学生たちの評価は厳しい。

 また余り出席が良好でない学生も一応諦めずに評価に参加するが、それらの学生の評価は高いものとはならないであろう。

 他方、後期になると学生が授業を評価する態度はいくつかの点で寛容さが増してくる。その一つは半期に渡って受けた講義を通した「慣れ」である。高校の教師とは大いに異なる板書にも、前期程の違和感はなくなっている。また授業そのものへの期待感が薄くなり、欠席もデータで示した様に多くなり、このことが教員評価に寛容にならざるを得ない。欠席が増えるだけでなく、教室を去る学生が多いことが回収率の低さから伺える。

 群馬大学では、学年別の評価結果データを示しているが、ここから見える事は、初年度学生が予想通り厳しい評価をしていることが解る。逆に4年生になると、大変その評価は甘くなる。これは大学の授業に慣れたという事もあろうけれど、卒業を前に最後の単位を取ってゆく学生の態度として、最大の鷹揚度が発揮される事は大いにあり得るであろう。


 まとめ:以上見てきたように、大学の授業評価において、前期と後期の学生の質には相当の差が存在し、評価結果に顕著にこの差が反映している事実がある。従って、この違いを無視して単純に評価データを比較する事には大きな問題があると言えよう。しかしだからと言って、前期に教養科目を教える教員が単純に不利ということが証明されたわけではない事を強調して稿を終えたい。 

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