Subject: [kd 03-02-19] 行政法人化で壊滅する独創的研究 Date: Wed, 19 Feb 2003 国公立大学通信 2003.02.19(水) --[kd 03-02-19 目次]-------------------------------------------- [1] 永田親義「独創を阻むもの」第七章 日本になぜ独創的研究が少ないか [2] 豊島耕一「教授会に戦争反対のメッセージを提案」 [3] 北大数学教官からのコメント(再):文部省省議「敗因の分析」 [4] 「市大を考える市民の会」通信(第1号)2003.02.18 目次 [5] 田中宇の国際ニュース解説2/17「立ち上がるヨーロッパ 」 ----------------------------------------------------------------- 各位 文部省省議「敗因の分析」への編集人のコメントに対する若手の同僚からのコ メントに加筆していただいたものを掲載します[3]。「敗戦必至」とわかって いる学者が開戦を止めようがなかった状況と比べれば、行政法人化によって大 学の機能が破壊されるとわかっている多くの学者が「法人化は止めようがない」 などと言うことは許されるのでしょうか。戦前は命がけであったのに対し今の ところは、せいぜい時流に取り残されるか、勲章を逃す程度のことではないで しょうか。ましてや「富んだ大学」に居て安泰な方々が法人化に沈黙するする のは、どういうことなのでしょうか。 大学院重点化の頃に出版された永田氏の本[1]は、行政法人化で日本の独創的 研究が壊滅することを予言していると言えます。「役に立つ研究」が役に立っ た例がないことーーこのことは、現在の科学技術政策の致命的で根本的な誤謬 を端的に示すものです。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 反核運動ために長年活動されている豊島さんが、教授会で戦争反対のメッセー ジを提案し、議題となったそうです[2]。決議には到らなかったそうですが、 議題として取り上るということは、教授会が機能していることを示すもので驚 かされました。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 横浜市立大学の矢吹晋教授が編集発行人となった「市大を考える市民の会」通 信(第1号)2003.02.18 が発刊されました[4]。市民・在学生・卒業生43名の 意見が掲載されています。大学と市民との間の新しいタイプの連携パイプとな ることが予想されます。 (編集人) ---------------------------------------------------------------------- [1]永田親義「独創を阻むもの」第七章 日本になぜ独創的研究が少ないか 地人書館 1994、ISBN 4-8052-0477-X http://www.chijinshokan.co.jp/Books/ISBN4-8052-0477-X.htm ---------------------------------------------------------------------- (抜粋) p105 「日本に独創的な研究が少ない理由の一つは、日本の社会ではいわゆる「役に 立つ研究」が奨励され、一見役に立ちそうにない基礎研究に対する理解がなく、 これを冷遇することにある。 近代科学が輸入された明治以降、政府が学問をすべて殖産興業のための手段 と見なしたことに見られるように、わが国では学問、研究は国家発展のために なすべきであって、個人の興味のおもむくまま自由にやるようなものではない という考えが、政、官、財界だけでなく、広く国民の間にも浸透している。こ のような考えのもとに科学が導入され、それが国家主義的政策の中で発展した ために、わが国の科学研究の多くは、本来あるべき姿と明らかに異なる道をた どって歩んできたのである。・・・ 科学研究費申請に際しては、取り上げたテーマがいかに役立つ研究であるかを 書かないかぎりなかなか研究費はもらえず、そうなると背に腹は代えられない というので、研究費をもらうために研究者の意識もおのずと役に立つ研究へと シフトしていくことになる。こうして、鎖国による遅れを取り戻して富国強兵 を軸に近代国家へ生まれ変わるために行なわれた明治以降の国による研究への 投資が、今度は世界の中の経済大国へと高度成長していくための投資という形 で研究費の配分がなされることになり、研究者は否応なしに国家目的に沿った 研究体制の中に組み込まれることになった。 このような状況の中では、多くの研究者は研究のテーマを取り上げる場合、 みずからの学問的興味よりも研究費をもらいやすいテーマを優先させるように なる。こうして、研究費をなるべくたくさんもらい、それをいわゆる「役に立 つ研究」のために消費するプロセスをもって研究と思い込んで得々とする研究 者が数多く出現することになる。・・・ その結果、一つの研究室を主宰する教授や研究所の部長などは、自分の研究 をする余裕がまったくなくなり、もっぱら研究費の獲得のために奔走するほか なくなる。こうして、憂うべきことではあるが、現在、わが国では研究室でみ ずから研究に専念し、あるいは指導するよりも、外に出てたくさんの研究費を 稼いでくる者の方が、頼もしいボスとして研究室員から有難がられ、あるいは、 外部から見ても学者として高く評価されるという風潮すら生まれているのであ る。 ・・・大多数の研究者が学問の本質をわきまえ、みずからの学問的良心に従っ て基礎研究をテーマに取り上げて研究費の申請をすれば、当局といえどもそれ を無視して、いわゆる「役に立つ研究」に重点的に研究費を配分することはで きないに違いない。しかし、現実はそうではなく、研究者の多くは、研究費が 「役に立つ研究」に多く配分されるとなると、みずからの学問的良心を曲げて もその動きに乗って研究費を獲得しようとする。つまり、バスに乗り遅れまい として大勢に順応するというのが日本の研究者の習性と言ってよい。はなはだ しきに至っては、手段を講じて当局にツテを求め、 文部省がこう考えている とか、厚生省、科学技術庁はこんな方向を目指しているといった情報をさぐり 出し、なるべく早くその方向にみずからの研究体制を合わせていこうとする者 も出てくる。大学や研究所の研究室は一般に少人数の研究員から成っており、 よく小企業にたとえられるが、研究に対する哲学も独創性もないままみずから の研究を体制に順応させてなるべく多くの研究費をもらうことに狂奔する研究 指導者は、企業哲学もなく、ただひたすら儲けることだけに熱中する企業人と 何ら変るところがない。」 p116 「「役に立つ研究」との関係でいま日本の科学に一種の危機的状況が生まれつ つあることを指摘しておく必要がある。それは、科学研究費のような公的助成 金が「役に立つ研究」偏重になる傾向と並行して、産学協同という形で民間の 研究費が大学や国立研究所に流れ込み、大学などが民間の下請け的研究をする 方向の大きく傾いていることである。 わが国の場合、自然科学部門の研究費の総額は10兆円近くに及ぶと言われ ているが、その八割以上が民間のものであ、公的助成金は二割に満たないのが 現状である。いきおい、大学や国立研究所では豊富は民間の研究費に依存する ようになる。とくに1983年に産学協同研究の制度が確立したのをきっかけにこ の動きは急速に広がり、1991年度には国立大学、国立研究所が企業と進めてい る産学協同研究は千件を超え、企業から受け入れた研究者は1300人余りに及ん でいるという。これは制度ができた1983年当時の20倍になると言われるが、こ れらの数が現在ではもっと増大していることは確かである。 産学協同そのものを筆者は頭から否定するものではない。アメリカなどでも 産学協同は行なわれており、それなりの成果をあげている。問題は産学協同の あり方であり、その内容である。研究費をもらう代償として大学や国立研究所 の研究者が企業のために「役に立つ研究」を下請け的にやるようになることが 問題なのである。これは単なる杞憂ではなく、事態はかなり深刻である。・・」 p121 「以上、いわゆる「役に立つ研究」について論じてきたが、税金を使って研究 する以上、納税者である国民のために役立つ研究をするのは当然である、とい う意見があるだろうし、実際研究者の中にもそのような意見を述べる人たちも いる。しかし、これがいかに無意味な議論かは、役に立つ研究という判定を一 体誰がどのようにして下すかというとを考えてみればよくわかる。たとえば、 現在すでに使われている製品の一部を改良してより性能の良いものを作ろうと いうような研究は、すぐに役に立つ研究に違いない。しかし、この種のものは 基礎研究ではなく応用・開発研究であって、いまここで取り上げる問題ではな い。 ・・・「役に立つ研究」とみずから宣言し、他の人たちもそのように信じた 類の研究が、ある時間経過したあと、本当に役に立ったという例は歴史上はも ちろん、私たちの身近でもほとんどないのである。・・・」 「基礎研究に対して「役に立つ研究」を求めるのは、むしろ本当は役に立たな い研究を求めることに等しいのである。・・・」 p127 「・・・量子生物学者として世界的に著名なフランスのブルマン夫妻が 日本に訪れたとき・・・日本とフランスの科学者を比べてどこが一番違うと思 うか率直な意見を聞いてみた。筆者のこの問いに対する彼の答えは、日本の研 究者は他の人と離れて独り違ったことを研究するのを恐れ、他の人たちと同じ 研究をすると安心しているように見えるが、フランスではこれと逆で、他の人 と同じことをするのを極端に嫌う、というものであった。」 p129 「みんながやっている研究とは、誰かの発見を基礎にすでにたくさんの 人たちがそこで研究をしている、いわゆるエスタブリッシュされた研究分野と いうことである。このような分野にはたくさんのお手本があり、方法論も確立 されているので、それに従ってやれば間違いなく何らかの結果を得ることがで きる点でも安心できるし、失敗の心配がない。しかも日本では研究費の配分は このようなエスタブリッシュされた分野に最も多く配分されるため、寄らば大 樹の陰式に、そこで研究していれば何とか研究費がもらえるというので、研究 者は競ってこのようなところに集るのである。しかし、そこではブレークスルー をもたらすような独創的研究を新たに展開する余地はあまり残されていないの も事実である。・・・」 ---------------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------------- [2] 豊島耕一「教授会に戦争反対のメッセージを提案」 ---------------------------------------------------------------------- 「佐賀大学の豊島です. 私が所属する理工学部教授会の本日03年2月18日の会議に,次のような提案を 致しました.審議に付されましたが,残念ながら採択にはなりませんでした. しかし,だめだから無駄ということではなく,議論し考えてもらうだけでも有 意義だったと思っています. ---------決議案--------- 提案者 豊島耕一 他1名 次のようなメッセージを総理大臣と外務大臣に送る. アメリカがイラクに対して計画している戦争は明らかに先制攻撃であり,国際法に 合致するものとはとうてい考えられない.戦争は科学技術の悪用の最大・最悪のも のであり,その研究に携わるものの社会的責任を自覚する立場から,私たちは貴下 が戦争の防止のためにに最大限の努力をされるよう要請する. 根拠1 ユネスコ高等教育世界宣言(98年)第二条(b)項 「高等教育機関」は「ある種の学術的権威を行使することによって、倫理 的、文化的および社会的問題について完全に独立に、そしてその責任を十分 に自覚して発言する機会を与えられ」るべきである. http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/UniversityIssues/AGENDA21.htm 根拠2 日本学術会議「戦争のための科学に従わない声明」,1950年 http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/UniversityIssues/scjd1950.html ---------------------------------------------------------------------- ------------------------------------------------------------ [3] 北海道大学大学理学研究科数学専攻教官からのコメント(再) 文部省省議「敗因の分析」に関するコメント ------------------------------------------------------------ 「[kd 03-02-05] 1945年9月3日文部省省議「敗因の分析」に関してコメントが あります。 > 学徒動員局長の「科学者の戦争協力不足」という批判。科学者達は実質的に > 戦争協力を拒否していた可能性はないのかとも推測しました、が、何かご存 > 知の方が居れば教えてください。 「科学者達」とくくるのは無理があると思います。動員されていたのは事実で しょうが、基本的な工業力が不足していたわけですから、研究段階を出ること がなかったということでしょう。 まともな「科学者」なら敗戦は自明として、その後につながるような「軍事と みせかけの」研究をしていた可能性もあります。「きけわだつみのこえ」に代 表される出陣学徒を育てた大学人が無批判に戦争協力をしていたとはとても思 えません。 > 有光局長自身は「科学ガ功利的ニノミ扱ハレタリ」と述べています。また、 > 官房文書課長兼考査課長の「合理性ノ教育、個人完成ノ点ガ昭和16年国民学 > 校以来失ハレタリ。」も意外です。一部の官僚は、敗因の分析だけでなく開 > 戦自身への反省にまで踏み込んで発言したのではないか、と推測されました。 これも意外ではありません。「敗戦必至」を知りながら開戦したわけですから、 当時 のエリートである高級官僚が戦時を通じてこのような意見を持っていて もある意味では当然です。戦中に発言すれば恐らく治安維持法を悪用して逮捕 されたでしょうが。 なお、猪瀬直樹著「昭和16年夏の敗戦」は、当時の総力戦研究所という機関を 題材にしたものですが、既に昭和16年夏の研究でも「敗戦必至」という結論が 出ていたと書かれています。 NHK出版 太平洋戦争 日本の敗因 3 「電子兵器カミカゼを制す」には、基礎研 究は部分的に欧米を凌ぎながらも指導部に「合理性」がないばかりに実用に至 らなかったレーダーをはじめとする電子機器の開発顛末が記述されています。 今の国立大学の情況に照らしても興味深いものです。 > なお、8月15日の午後には、東京帝国大学は学部長会議を開き軍事研究の中 > 止を申し合せたそうですが、時局への対応の素早さは見事です。 (編集人) 時局への対応というべきか、圧迫されてきたものがようやく解放されたという ことでしょう。「素早い対応」ではなくて、待ち望んでいた自由がやってきた のです。当時の大学人にしてみれば当たり前の対応ではなかったのでしょうか。 8/15の段階は未だ治安維持法が有効でしたから、これらの発言がどこまで公に されたのかはわかりませんが。」 ----------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------------- [4] 「市大を考える市民の会」通信(第1号)2003.02.18 目次 http://www2.big.or.jp/~yabuki/doc03/news0218.pdf ---------------------------------------------------------------------- [1] あり方懇「答申案」公表 [2] 3月8日緊急シンポジウム繰り上げ開催の提案 [3] 2月8日「緊急シンポジウム−市大の将来を考える」に寄せられた文書発言 (Part 1.) 編集発行人 矢吹晋 ---------------------------------------------------------------------- ---------------------------------------------------------------------- [5] 田中宇の国際ニュース解説2/17「立ち上がるヨーロッパ 」 http://tanakanews.com/d0217EUUS.htm ---------------------------------------------------------------------- 「・・・ ▼日本人が独仏に学ぶべき点 こうした西欧の動きは、日本人にとって特に大きな意味がある。第二次大戦 の敗戦から半世紀、ドイツはアメリカからの「独立」を果たし、かつてのライ バルであるフランスとの和合も進め、国際的にも一目置かれるようになった。 それに対して日本はどうだろうか。 アジアでは朝鮮半島の分断も解決されていないので、ヨーロッパとは戦後の 歴史的展開に違いがあっても、それ自体は問題ではない。 私が特に懸念するのは、アメリカからの「独立」問題よりも、伝統的なライ バルである中国や韓国との間に、日本は政府としても人々としても、新しい関 係をあまり模索していないことだ。それどころか、逆に昨今は「反中国・反朝 鮮」の論調が国内に広がり、アジアとの関係強化ができない分、今後もアメリ カに頼らざるを得ない状況が生み出されている。 世界のどこの民族でも、大体近くの民族とは長年のライバルで、仲があまり 良くない。だが、そういう近隣どうしの敵対意識を乗り越えて、ドイツとフラ ンスは和合して自分たちを強化しようとしている。一方日本では最近「日本を 愛するからこそ反中国・反朝鮮なのだ」という主張が見られるが、独仏の例と 比較すると、私には逆に、反中国・反朝鮮をことさらに主張する人は、実は日 本を愛してなどおらず、日本が中途半端な状態でかまわない、と思っているの ではないか、と見えてしまう。」 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