通信ログ
Subject: [kd 03-03-15] 東大総長の警告
Date: Sun, 16 Mar 2003
国公立大学通信 2003.3.15(土)
--[kd 03-03-15 目次]--------------------------------------------
[1] 佐々木 毅(東京大学総長)「国立大学法人化雑感」の紹介
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各位
文藝春秋4月号巻頭随想に掲載された佐々木毅氏の文書を紹介します。現在の
日本の政治的行政的状況では夢物語でしかない「制度環境」なしには国立大学
法人制度は大学本来の機能をほぼ必ず停止させる、ということが淡々と説明さ
れています。責任ある立場におられるためか、静かな口調で語られていますが、
迫力ある文書であり、東京大学長が、このことを世に警告した意義は大きい思
います。それは同時に、法人化で「得」をするが潰れる懸念はないと思われて
いる大手大学に見られる、楽観的で無関心な大半の教官と、法人化を利用せん
と活気付いている一部の「アクティブ」教官への警告にもなっています。
(編集人)
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[1] 佐々木 毅(東京大学総長)「国立大学法人化雑感」の紹介
文藝春秋2003年4月号p78−80
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#()内は編集人のコメント。
「国立大学の法人化はいよいよ今国会に法案が提出される
ことによって広範な議論の俎上に上ることになった。国立
大学の関係者はこの法案について長い間にわたって意見交
換してきた。そこでは、今後学外者の持つ発言権が大きく
なるとか、学長の権限が強すぎるようになるとかが専ら議
論されてきた。しかし、今後は大学を取り囲む外部の制度
環境と政策環境(財政赤字に代表される)に目を向ける必
要がある。この制度環境のデザインが拙劣であれば、大学
運営の自主性が高まったなどという掛け声が声高に聞かれ
ようとも実態は画餅に等しいことになろう。実際、その恐
れは少なからず存在している。」
#(最初に、国家公務員組織を「独立の」法人とすることは、官庁によるコン
トロールを強化するための常套手段であることが指摘されています。)
「それまで国家公務員組織の一部であったものを独立行政
法人に編成替えするという大きな流れの中で、国立大学の
法人化が論議されてきたことは周知の事実である。最近、
このようにして誕生した先行法人群について役員の俸給が
高過ぎるだとか、天下りが目に余るだとかの批判が寄せら
れている。これはこうした法人の誕生に専ら効率化を期待
した向きの反応であろうが、この仕組みの本質は各官庁が
自らの組織の一部を外側にくくり出し、厳しくコントロー
ルする「独立の」法人を沢山作ったということにある。
「独立の」法人である以上、今まで公務員組織の一環であっ
た時代よりも厳しい精査と評価が加えられ、各官庁の影響
力がますます強くなっても何ら不思議はない。」
#(次に、国立大学協会のこれまでの努力に一応の敬意を表して「国立大学法
人法という独立の法律が誕生することになり、大学の自主性を尊重する工夫が
さまざまに盛り込まれることになった。」と述べていますが、「独立の法律」
という言葉には、「独立」なのは通則法と異る法律ができただけだけ、という
皮肉さえ感じられます。)
「国立大学がこうした枠組みを直接適用されることに反対
し、大学らしい「独立の」法人を目指したことは当然のこ
とであった。そうした経緯を経て、今回は国立大学法人法
という独立の法律が誕生することになり、大学の自主性を
尊重する工夫がさまざまに盛り込まれることになった。し
かしながら、先に述べた独立行政法人との共通性、独立行
政法人通則法の「準用」は相当程度残されている。従って、
前者の側面だけに目を奪われることなく、特に、この仕組
みが元々官僚制の影響力を決して弱めるものではないこと
には充分に留意する必要がある。」
#(次は、天下りの増加の問題性は社会が十分認識していることを指摘し、む
しろ、国立大学法人制度で、大学には研究と教育のためのエネルギーがなくな
る恐れを強調すべきである、としています。格段の運営費交付金の投下が予想
される東京大学ですら、その恐れがあるのであれば、他の国立大学は一体どう
なるのでしょうか。)
「そういうと五百余りの役員ポストが誕生する今度の国立
大学法人化は天下りポストの大量生産になるのではないか
といった議論になり易い。このことは世上の議論に委ねた
いが、心配なのは、今度の仕組みが膨大な新たな規制の網
を大学にかけ、この制度環境への応対に国立大学法人が膨
大なエネルギーを消費し、本来の研究教育の更なる前進に
向かう余力を大学が失うことになるのではないかという点
である。」
#(以下は、国立大学法人制度正当化に使われるマジカルな「厳格な大学評価」
の陥穽を指摘しています。夢のような兵器が間も無く開発される予定なので、
開戦しよう、というに近い話しであることを指摘しているとも言えます。)
「例えば、国立大学法人制度においては大学の評価が重要
になる。この評価一つ考えてみても、評価をするのは教授
たちであり、評価をされるのも教授たちである。それは膨
大なエネルギーを双方に要求することになり、研究や教育
の力を削ぐ可能性を常に念頭におかなければならない。世
間が厳格で細密な評価でなければ満足しないということに
なれば、ここで使われるエネルギーはますます増加する。
挙句の果てに、国立大学の改革と向上のための法人化がそ
の疲弊と憔悴をもたらすようなことになりかねない。」
#(また、官僚制の統治下におかれる国立大学法人制度では、役所の権限が限
りなく増殖し大学を窒息させることを予想しています。)
「日本の官僚制が国立大学法人をどう扱うのか今のところ
はっきりしない。しかし、官僚制には常に物事を細かくコ
ントロールし、そういう競争をする組織的性癖があること
をわれわれは充分に知っている。そして規制のための規制
が横行し、権限の増殖が次々に生ずる傾向があることも周
知の事実である。そして世論なるものがしばしばその後押
しをすることも珍しくない。かくして「角を矯めて牛を殺
す」ことになる。」
#(最後に、この4年間の国立大学協会の対応を批判し、「第二幕をどのよう
に闘うか」という風に結んでいます。しかし学長レベルでは終ってしまったの
かもしれませんが、国立大学社会全体としては第一幕はまだ終っていません。
力量において相当の格差のある役者ーー大学を自らの利益のために利用しよう
という意図しかない役者ーーを相手の闘いにおいて「自ら周到な注意と強烈な
闘争心を必要」という指摘がありますが、その「闘争力」は、6万人の国立大
学教官一人一人が、学長にすべてを任せず、「仕方がない」という被統治者習
性を捨て、現場において直面している諸問題と関係づけて日本の大学システム
の進むべき方向を考え始めるところからしか生まれないのではないでしょう
か。)
「新たに誕生する国立大学法人がこうした自滅と憔悴のメ
カニズムにはまり込まないためには自ら周到な注意と強烈
な闘争心を必要とするのみならず、外部の制度環境の慎重
な設計がどうしても必要である。この外部の条件整備が整
わなければ、折角の内部の工夫も生きてこない。これまで
国立大学関係者は内部の制度にばかり目を向けてきたが、
これは制度環境を仕切る人々にとっては「思う壺」であっ
たようにも見える。その意味では役者の力量には相当な格
差があるが、国立大学法人としても今回のことを貴重な糧
として第二幕をどのように闘うか、国立大学法人をよりよ
いものにしていくために、どのようにして多くの国民の理
解を得るかなど、勉強すべき課題は山積している。」
#(夢のような「制度環境」ーー現在の日本の政治的行政的状況では有り得な
い「制度環境」−−なしには国立大学法人制度は大学の本来の機能を停止させ
ることを国民に周知さえすれば良い、という戦略は、政治思想史の研究者なら
ではの優れたものを感じます。国立大学と社会との種々のインターフェースに
おいて国立大学構成員が、この制度の素顔を社会に伝えることは責務であると
思いました。)
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