通信ログ
国公立大学通信 2003年5月2日(金)

--[kd 03-05-02 目次]-----------------------------------------------------
[1] 衆議院文部科学委員会4/23議事録
[2] 衆議院文部科学委員会4/23:赤池参考人 
[3] 鬼界氏と編集人の往復書簡
 [3-1] From:鬼界氏 4.26「何が本当の問題かー赤池教授意見陳述に寄せて」
 [3-2] From:編集人 4.26 Re:
 [3-3] From:鬼界氏 4.26 Re:
[4] 緊急出版:国立大学はどうなる――国立大学法人法を徹底批判する――
[5] 北海道新聞社説4/30:国立大学法人*経営優先だけでは困る
[6] 東京新聞社説4/21:国立大法人化 基礎研究を怠らないで
----------------------------------------------------------------------


--[レファレンダム 2003.5.1.23:00]-------------------------------------
  賛成   41(教官  27,事務官 3,技官 1,非常勤職員 2,院生 8,学生 0)
  反対 1533(教官1323,事務官36,技官76,非常勤職員14,院生53,学生31)
  投票所:http://ac-net.org/rfr
----------------------------------------------------------------------

--[意見広告賛同者からの意見のページより]------------------------------
              http://grape.c.u-tokyo.ac.jp/~hachisu/houjinka/iken.html

「私は国立大学の法人化という手法に反対ではありません。大学が抱えている
問題も自分なりに理解しているつもりです。現在の形の「大学の自治」にも責
められる点があり、やり方次第では法人化も有効な改革法と考えています。し
かし、今回の法案に示された、「こんな法人化」は、それとは似て非なるもの
です。これでは役人が利権だけを保持しつつ責任を放棄するという、過去に幾
度となく行われた制度いじりに過ぎません。改革になっていないのみならず、
過去の制度いじりの際にも経験したことですが、法案作成者の思惑すら超えた
深刻な結果をもたらす危険があります。私はこの法案に反対します。また、と
りわけ「大学関係者」でない人々に、この法案と、その危険性とに注目して頂
きたいと思います。大学の現状に対する批判と、それに便乗したかのような今
回の立法の動きとは、分けて考えなければなりません。」

意見広告への申し込み:http://grape.c.u-tokyo.ac.jp/~hachisu/houjinka/
----------------------------------------------------------------------

----------------------------------------------------------------------
[1] 衆議院文部科学委員会4/23議事録
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009615620030423010.htm
----------------------------------------------------------------------
[2] 衆議院文部科学委員会4/23:赤池参考人 

「東京工業大学で学際大学院といいますか、生命理工学研究科で教授をやらせて
いただいています赤池です。

 同時に、昨年三月まで二年間は、信州大学大学院医学研究科臓器移植細胞工学
医科学専攻の教授も併任させていただきまして、いろいろとこの学際領域におけ
る学問の重要性、運営の重要性を痛感した者として、本日は、少しく時間をいた
だいて、お話ししたいと思います。一部分は時間の短縮のため書き置いた原稿を
読ませていただき、大事なところはまた一部お話で申し上げたいと思います。

 私は、過去二十五年にわたり、医学、生物学、特に工学の高分子科学の領域の
学際領域におきまして、分子科学あるいは分子生物学という共通性の高いサイエ
ンスをいわば共通言語として、悪戦苦闘しながら、新しい学問分野に確立すべく
努力してきた一介の研究者であります。新しい学問の分野の開拓、今日本が一番
必要なそういう独創性の高い科学技術や質の高さを評価することが、あるいは評
価されることがいかに難しいかということを実例を挙げながら申し上げて、ぜひ、
こういう評価評価の、教職員が疲弊するような評価漬けの、研究がチャレンジン
グに取り組めないような新しい法案をぜひ御一考いただきたい、こういうふうに
考えて、本日述べさせていただきます。

 私、最近でこそ人工臓器、再生医療、遺伝子治療等々のいわば花形の、バブル
化したような領域の基礎をなす分野として私の領域は、一部分ではありますがご
ざいますが、しかしながら、私が三十数年前、この領域の一番出発点に、東京女
子医科大学に工学部からドクターが終わってから入っていって悪戦苦闘したころ
の十数年の前半期は、本当に学問として認知されず、おまえは何をやっているん
だ、おまえの学者生命はおしまいだという、私、東大なんですが、東大の当時伝
統的な応用科学の分野の先生方からあるいは先輩から言われながら、一部の先生
に応援を受けながら、データを積み重ねながら新しい領域をつくってきた、そう
いうつもりであります。その後、幾つかの大学を転々といたしましたが、その都
度、余り評価されない中を、いつかはこういう領域が重要であろうと思いながら、
一部分の先輩教授あるいは学生の期待、励ましを支えにやってきたわけでありま
す。

 そういう経験からいたしますと、今日本が一番必要とされている、そういう新
しい、世界に冠たる独創的な領域で勝負をして、英知を、あるいは情報を発信し
なくてはいけない我が国の置かれている状況のもとで、今回出てきた法案は、余
りにも文部科学省サイドの管理や締めつけが行われ、一部に危惧される、独善的
な学長の突出を認めてしまうというような状況の中で、私の半生守り抜かれてき
ました学問の自由のよさ、あるいは大学の自治、いずれも憲法や教育基本法に保
障されているわけでありますが、こういう世界が一気に侵されていくのではない
か。

 実は私は、一九六九年、そこの鳩山さんと全く同一世代でございますが、いわ
ゆる学園紛争のころ数年間は、大学へ行っていても研究はやらずに、新しい社会
改革の一翼を何とかと、学生なりの気持ちで怒りをぶつけていたわけで、その後
は三十年余り、ひたすら新しい領域をつくろうということで沈潜しておりました
が、このたび、このような法案を見るにつけ、いろいろな先生方が非常に、まじ
めに考えれば考えるほど許せない法案であるというふうなことを聞くにつけて、
一肌脱がなくてはいけない、これで立ち上がらなければ男ではない、人間ではな
い、こういうふうな気持ちにもなって、本日登壇し、二十一世紀の個性と英知輝
く日本の大学づくり、私自身が、石先生の一橋大学でも十年間、学生の好評に博
して、東京工業大学と一橋大学の、いわゆる四大学構想以前に走っているような
プログラムをずっとフェース・ツー・フェースでやってきまして、二百人以上の
学生諸君の支持を受けてきた立場からいたしますと、十分我が国の大学の、もち
ろん改革するべき点は、先ほどございましたようにいっぱいあるんですが、大学
の学問の自由さ、ある程度の自治、こういうふうなことを保ちながら、情報発信
の基地、英知を磨く場として大学を生かすべきだ、こういう立場を持っています。

 さて、本日、限られた時間でありまして、私は評価の問題に話のフォーカスを
当てて、いかに評価型が、このような法案の前提になる評価型では危険で、我が
国が二流国、三流国になってしまうような大学運営になるんじゃないか、こうい
う心配をする立場で申し上げたいと思います。

 皆さん、最近のいい例を見ていただくとわかるんですが、田中耕一さんの名前
を、ノーベル化学賞のいわば下馬評として御存じだった方はいらっしゃいますで
しょうか。私も日本化学会に所属し、大変好奇心が旺盛で、いろいろな分野とか
け合わせをしたいと思っていながら、全く存じ上げませんでした。

 田中耕一氏は、東北大学の電気工学科を出られて、島津製作所に入られて、た
またま、いわば禄をはむ一環として、その中で、独創的な生体分子、生化学領域
における化学の分析機器、TOFMSというものの一番根本をなす手法を発見、
発明というよりは発見された方でありますが、私の身近な、多分、日本化学会長
もいずれの化学会の幹部の人も、この人の名前をその受賞決定時には存じ上げな
かったと思われます。異分野から入ってきて、このように突出したお仕事をなさ
れる方をしばしば我々は見失うわけであります。

 それから、我が東工大の恥をさらすようでありますが、同じく、三年前にノー
ベル化学賞をとられました白川英樹先生、この方も、お会いになった方はわかり
ますように、実に目立たない謙虚な研究者で、晴耕雨読が受賞の直前の、引退後
のプランだったと言われるような生き方をモットーとされておりますが、何と東
工大の助手時代に、もうノーベル賞の受賞内容である、ポリアセチレンが電気を
通す、プラスチックは絶縁体であるという常識を、エレクトロニクスと高分子合
成化学という彼の得意わざとをかけ合わす中から見つけてきたわけであります。
これも不覚にも我が東工大のいかなる教官も、多少の応援はした人もいると聞い
ておりますが、結局プロモーションには全くつながらなかったわけでありまして、
石もて追われるかのように筑波へ去られていったというわけであります。鳩山さ
んもそうかもしれませんが、東工大を助手のまま去られたわけであります。

 人間というのは、どのように光り輝くかということは他人がなかなか推しはか
れない、推しはかるように努力すべきではありますが、推しはかれないという面
がございます。したがって、そういう可能性の中から、我が国の人文科学から社
会科学、さらには自然科学、テクノロジーというのが結構、確かに組織立っては
余り強いという部分はないとか、あるいは知的財産の確立、特許という点では、
アメリカ等を筆頭とするアグレッシブな国々には負けそうである、負けていると
一部に言われていますが、そういう種を育てるような環境として、我が国の大学
制度というのは、改革すべきではあっても、その本質において間違っていたとは
思えない側面がたくさんあります。

 私自身も、将来、運がよければ私の代か次の代ぐらいにはノーベル賞がとれる
んじゃないかと。高分子化学の領域を、全く、生物化学や医学の領域の間を突く
というような仕事で、それを励みにやっていて、そして大学の学問は自由だとい
うことで、多くの先輩諸氏に、あるいは学生に応援されて生きてきた、こういう
わけであります。

 ついでに言わせていただきますと、福井謙一先生ですら、物理学が本当は得意
であって、そしてある先輩のというか、お父さんの御友人の京大教授に少年のこ
ろ相談に行ったら、物理が好きなら、これからは化学をやりなさいということを
言われて、入った結果、量子力学という物理の最前線の仕事を化学反応を理解す
るのに使うということで大成功をおさめ、しかしながら、初期はやはり、何をやっ
ているんだ、邪道であると言われたようにも聞いておるわけであります。

 かくのごとしに、日本をリードするような幾つかの研究、これは多分社会科学
や人文科学も当てはまると思いますが、将来、日本の代表的な顔になるべき研究
は、こういう日々の中から生まれる。文部科学省が管理して、評価を決めて、六
年間の中期目標をまず立ててやる。おたくが立ててきたものを踏まえてではある
けれども立ててやる。そして計画も立てなさい、それを評価してやる。これを軽々
しくやりますと、やはり国を滅ぼすもとになる、戦える武器をどんどんつぶして
いく可能性があるんだということを、ぜひ英明な皆さん方には御承知いただきた
い、そういうふうに思うわけであります。

 評価ということがいかに難しいか、そして評価の目ききということを育てる作
業は今後もますます重要であることは論をまちません。とりわけ異分野を越えて
スーパースター的に、評価、目ききをするということは大変重要であるわけです
が、残念ながらまだ不十分な現状にあって、このような法案で、一気にお上が民
を取り仕切るというような発想はぜひ捨てていただきたい、こんなふうに思いま
す。

 そのことは、この中期目標や中期計画の、許認可等でもう既に、私、こういう
場が与えられるということで、国会の衆議院の本会議の議事録を読ませていただ
きました。民主党の山口壯さんという議員の方が非常に的確に包括的にお話しに
なっているので、賛成派の自民党の先生方ももう一遍見ていただいて、ぜひ、あ
あこういう問題点があるのかと、改革は必要であるけれども今この路線でいった
ら危険であるということを確認していただきたいと思います。

 この点は、学長選挙についても同じことだ、こんなふうに思います。サダム・
フセインとは言いませんが、今のシステムでこのまま強引なケースを想定します
と、いろいろシミュレーションしてみたんですが、場合によるとお手盛りの人事
が進められ、社会的にコンセンサスがあるとはいえ、相当強引な方が強引な路線
で突っ走り、そしてあげくの果てに、戦前の大学のように、良心的な研究者や意
見を述べる人を追放するなんということになることを、少しだけですが私は恐れ
ています。

 議論は今ようやく沸騰しつつあるし、これから丁寧にじっくりと作戦を立てれ
ば、英知あふれた個性輝く大学として、日本が誇れり、そして世界に尊敬される
ような大学づくりは、今ようやく大学の先生方も危機感に目覚めた。そういう意
味では、このたび文部科学省がかたき役をとっていただいたと理解すると、大変
問題の多いたたき台を出していただいて、大学の先生をある点では、気づいてい
た人は私も含めて一生懸命それなりにいろいろな可能性を、対産業、対市民、対
予備校、対高校、対一橋大学、文科系理科系を超えてやらせていただいておりま
す。こういう仲間は少しではありますが徐々にふえているわけでありますから、
ぜひこういう機会に討論を深め、審議を深めて、非常に建設的な新しい大学案に
バージョンアップしていただければと思います。

 以上です。(拍手)」
----------------------------------------------------------------------

----------------------------------------------------------------------
[3] 読者と編集人の往復書簡
http://ac-net.org/kd/03/426-kikai-tjst.html
----------------------------------------------------------------------
[3-1] From:鬼界氏 4.26「何が本当の問題かー赤池教授意見陳述に寄せて」

「配信していただいた東工大赤池教授の参考人意見陳述のビデオを拝聴しまし
た。辻下さんのおっしゃるように良い意味での大学人・学者の心が伝わる意義
深い発言だと思いました。同時にそこには赤池教授自身が結論として引き出さ
れた以上の含蓄があり、日本の大学の現状の問題の核心をついたものでもある
と考えるので、その点について私見を述べたいと思います。

赤池教授の陳述の骨子は、(1)研究面における大学の最重要の社会的機能は
新しい創造的分野・学問の創出である、(2)法案が規定する評価システムは
そうした機能を阻害するものであり、大学にとっては有害である、ということ
です。

(1)に関して赤池陳述は、大学の研究面での機能が長期的で社会や産業の直
接の有用性や必要から相対的に独立したものであるという点については社会的
合意がすでに存在する、ということを示しているように思います。学者のみな
らず、官僚であれ財界であれ、大学に何を求めるかと言えば、長期的で内在的
価値に基づいた独創的な研究であり、短期的で実用的な成果は様々な独立法人
研究所や各企業内研究所(田中耕一氏のノーベル賞受賞はその実力を大学に見
せつけました)に求めるのではないでしょうか。研究面に関する限り、大学に
日本社会が何を求めるかについて関係者の意見の相違はそれほど大きくないと
思います。とすれば大学に関する法案や政策を巡って「財界主導である」とか
「官僚主導である」とか「人民に奉仕する」いう形で批判したり支持したりす
るのは、大学固有の問題をより一般的な政治問題や社会問題の一部にしてしま
うことであり、真の問題の所在をぼやけさせると言う意味で許されないことで
す。すべては社会が求める大学固有の知的機能を促進するのか、阻害するのか
という観点から評価されるべきです。そうした観点から、現在提出されている
法案のみならず、現行の国立大学制度や各大学におけるその運営実態も厳しく
吟味されるべきです。

他方(2)において赤池教授が示されたのは、こうした大学固有の知的機能と
いう観点からすると法案に盛り込まれている評価システムは、(長期的ではな
く)短期的であり、(新たな可能性ではなく)現在の有用性に基づくものであ
り、(未来の可能性でなく)現在までの成果に基づくものであり、あるべき大
学には有害だということです。私はこの点について全面的に賛成であり、法案
はこの点で根本的に修正されるか廃案にされるべきだと考えます。

ただし私がここで述べたいのは、この赤池教授の陳述を国立大学の現実に適用
するなら、より重要な問題が浮かび上がってくるということです。赤池教授は、
ご自身、田中耕一氏、白川英樹氏、の例を挙げて、独創的な研究と研究者をそ
の草創期に成果に基づいて正当に評価することがほぼ不可能であることを説得
的に示されました。同時にそこで示されたのは、現行の日本の国立大学が過去
これら三氏に(将来の可能性に基づいた)正当な評価を与えることができず、
その結果三氏がとても苦労をされたと言うことです。そして現在も多数の未来
の「赤池」、「白川」、「田中」が全国の国立大学で同じような苦労をしてい
るのではないでしょうか。
 ここで決定的な問題は、「赤池」、「白川」、「田中」という成果が果たし
て日本の国立大学が生み出したものなのか、それとも本来はその何倍もの「赤
池」、「白川」、「田中」が存在していたのに国立大学制度がその芽を摘み取
り、かろうじて残ったのがこの三氏なのか、ということです。言い換えるなら、
三氏の苦労が仕方のないもなのか、本来あるべきでないものか、ということで
す。私は後者だと思います。「悪戦苦闘」、「石もて追われる」、「少数の理
解者」といった赤池教授の言葉にもそうした感情がにじみ出ているように感じ
ました。この点現在の国立大学には大学として根本的な問題があると思います。

ではどうすれば未来の成果につながるように現在の可能性を育成する組織へと
国立大学を変身させられるのでしょうか、どうすれば何十、何百の「赤池」、
「白川」、「田中」を生み出せるのでしょうか。その答えは、いったいどんな
状況であれば三氏の過去の不要の苦労が軽減されたのだろうか、について考え
るとき明らかとなります。そうした状況とは唯一つであり、三氏の研究者とし
ての資質とテーマの将来性を評価し、次のような言葉を掛けられる「上司」が
存在するということです:「短期的な結果にとらわれず、自分が本当に重要だ
と考えるテーマについて腰をすえて、広い視野にたって納得の行くまで徹底的
に研究しなさい。時間と必要最小限の研究施設は私が保証しましょう。しかし
研究の質について妥協があったり、研究への情熱が衰えたなら、あなたは去ら
なければなりません。」

  ここでの「上司」とは学部長、学科長、研究科長、といった人々です。こ
れらの各研究分野の現場責任者が若手研究者にこうした言葉を掛けられるため
には、今度は彼らの上司すなわち研究担当副学長や学長が彼らに対して同じ言
葉を掛け、しかるべき権限と責任を彼らに委譲し、同時に必要な時間とお金と
人を確保する必要があります。そして学長や副学長が大学の研究者に対してそ
うしたことができるためには、彼らは(A)学問・研究という「生き物」の生
理と学者・研究者という人種のエートスを自らの学者体験を通じて知り尽くし
ている、(B)大学という複雑な組織の運営と資源の内部配分に関してプロ
フェッショナルなノウハウを持っている、(C)役所、財界、市民社会、といっ
た外部世界との交渉を通じ必要な資源を確保するプロフェッショナルなノウハ
ウを持っている、という条件を満たさなければなりません。これは大学という
巨大で複雑な知的組織を運営するために必須の専門的な知識です。これに加え
て学長には高等教育という複雑なプロセスに関する深い実践的かつ理論的な知
識が必要です。こうした学長が存在していなかったため、赤池、白川、田中三
氏は大きな苦労をされたのです。それはそうした人材が存在していなかったか
らです。

 一言で言えば日本の大学の根本問題は大学の本来的運営に必要なこうした高
度に専門的な知識を持った人材が存在しないということなのです。極言すれば
現実の日本の国立大学は学者の代表と官僚が奇妙に相互依存しながら儀礼化さ
れた日々のルーティンを無意味にこなしているだけだけです。どんなに制度を
いじっても、それを運用し、求められている成果を出す人材が存在しないため、
日本の大学改革論議は(現下の法案を含め)何の成果も生まないのです。どう
してそうした人材が存在しないかといえば、そうした人材を育成するプロセス
を作ってこなかったからです。そうした人材は自然発生的に生まれません。学
者としての豊富な経験と実績を積み、しかも大学の専門的な運営に情熱を持つ
人(現行の制度で言えば学部長になるころの人)に対して大学運営の様々な側
面に関する実践的かつ理論的な知識を組織的に与えるような制度がどうしても
必要です。裁判官を育てるために司法修習制度があるのに、大学の最高責任運
営者の養成制度がないのは奇妙なことではありませんか。政治家、官僚、国大
協の皆さん、考えてみてください。人材なしに制度をいじると、誰も望まない
無意味な儀礼化された書類の生産と予算の消化が自己増殖するのは目に見えて
います。

 こうした制度の立ち上げと具体的な成果がでるまでには少し時間がかかりま
す。従って短期的に見れば国立大学にとっての最大の課題は、とりあえず現行
制度下で(あるいは新法の下で)どのような学長を次期選挙で各大学が選ぶか
です。その際すべての大学人は、学長は大学人の代表でもなければ、高名な学
者の名誉職でもなく、裁判官や巨大企業の最高責任者にも匹敵する高度に専門
的な仕事であることを忘れずに、責任ある選択をすべきです。より具体的には
最低限第三者機関により候補者の公開討論会のようなものが開かれるべきであ
り、その際候補者は一般的な理念ではなく(それは誰が言っても同じ奇麗事で
す)、各大学の現状のどこが問題なのか、4年間の任期中にそれをどのような
優先順位でどのような方策で解決するのかを明確に示すべきです。さらに考え
られるのは大学の内外から大学運営のプロとして適切な候補者を広く探し出す
ことでしょう。」
----------------------------------------------------------------------
[3-2] From:編集人 4.26「Re:何が本当の問題かー赤池教授意見陳述に寄せて」

「赤池教授の発言を基に、独立行政法人化問題の構造をみごとに整理された文
章にたいへん感銘を受けました。前回のご返事の内容も重要なもので、紹介し
たいと思っておりましたが、今回のお便りを通信で紹介したいと思います。

なお、わたくし自身の認識と少し異なる部分がありましたので書かせていただ
きます。それは

「ここで決定的な問題は、「赤池」、「白川」、「田中」という成果が果たし
て日本の国立大学が生み出したものなのか、それとも本来はその何倍もの「赤
池」、「白川」、「田中」が存在していたのに国立大学制度がその芽を摘み取
り、かろうじて残ったのがこの三氏なのか、ということです。言い換えるなら、
三氏の苦労が仕方のないもなのか、本来あるべきでないものか、ということで
す。私は後者だと思います。」

という点です。派手ではないにしても国立大学は<「赤池」、「白川」、「田
中」>を無数に実際には産み出している、という可能性の方が高いとわたしは
思います。有珠山の噴火の際の岡田北大教授の活躍も、種類は違いますが、国
立大学が機能していることを示す例ではないかと思います。赤池教授を励まし
た人たちがいた、ということは、どの分野でもあることで、何をしているかよ
くわからなくても、変ったことに情熱を持って取り組んでいる人たちに、周囲
はたとえ積極的に支援しないとしても、それなりにサポートすることはあるよ
うに思います。

そういう人たちが活動を続けられたのは、教育公務員特例法による身分保障が
あって過度な生き残り競争に曝されなかったからだと思いますし、また積極的
支援がなくてもやっていけたのは、白川博士も主張しているように、ある程度
の経常経費があって好きな研究ができる制度があったからではないでしょうか。

こういった国立大学制度の基本メカニズムを今回なくすと、数百名の「目効き」
の運営者を養成できたとしても、多様な学問全体の「認知的複雑度」は大学運
営の認知的複雑度をはるかに越えているため、有能な運営者であってもかなり
の割合で<赤池、白川、田中>を誤解し大学から追放することになるでしょう。

「不要な苦労」をなくせ、ということよりは、逆境でも蹈んばれる制度的保障
が重要だ、ということが、赤池教授のメッセージであったと思いますし、また
「目効き」というものについては、かなりネガティブな論調であったと思いま
す。

人事は公募とすること、アカウンタビリティを徹底すること、等で、国立大学
制度は十分機能するものだと思っています。

米国に居るような大学運営のプロが育つには、日本社会における価値観の画一
性や使命感の貧困などの壁が厚いと思いますが、米国の大学運営について多く
の知見を持つ鬼界さんのご意見は、独立行政法人化後はきわめて重要なものと
なると感じます。」
----------------------------------------------------------------------
[3-3] From:鬼界氏 4.26「Re:何が本当の問題かー赤池教授意見陳述に寄せて」

「辻下さんのご意見に触発されて次のような感想を抱きました。国立大学のあ
り方を巡る今後の討議の過程で思い出していただければ幸いです。

1.戦後50年間続いてきた現行の国立大学制度の、実質的な功罪について現
場の切実な意見を募る形で徹底的な再検証が必要ではないでしょうか。この制
度のこのおかげで今日の私がある、という人の経験談、制度のこうした側面に
より私は今切実に困っているという若手研究者の声、等、我々が今聞くべきこ
とは実に多くあるように感じました。いずれにしろこの制度に抜本的な改変が
今必要なことに異論はないと思います。それは戦後日本社会の総決算であり、
21世紀の日本社会の青写真の根本となるものでしょう。そうしたプランを立
てる上で、現在行われている議論はあまりにも観念的で、形式的に過ぎるよう
に思いました。過去半世紀の日本の研究者の熱い思いや、悔しい思いや、貴重
な体験のすべてを汲みつくすことによって初めて、そうした青写真は現実的力
を持つものとして浮かび上がってくると思います。我々は急がなくてはならな
いと思いますが、これは明らかに100年に一度できるかどうかという作業な
ので、過去を最大限生かすような形で進められたら、と思います。そういう意
味では、田中耕一氏や白川博士などの生の声もぜひ聞きたいと思います。彼ら
の意見の反映されていない大学改革案などナンセンスでしょう。

2.私達日本の大学人は今徹底的にわがままで贅沢になるべきではないでしょ
うか。世界中のあらゆる大学制度の長所をすべて取り入れ、研究者のパラダイ
スを作る意気込みで新たな大学像を早急に策定すべきではないでしょうか。今
まで日本の研究者がそれほど幸せでなかったからと言って、今後幸せになるこ
とを遠慮する必要はないと思います。その際唯一留意すべきは、研究者側のモ
ラルハザードが決して生じてはいけないということだけです。その条件さえ守
られれば、研究者が自分が大切と思う研究に没頭できる幸福な大学の存在こそ
が、日本社会の未来の幸福の条件だと胸を張って言えるのではないでしょうか。

「世界の学者がうらやむ日本の大学を」がスローガンとなるのではないでしょ
うか。」
----------------------------------------------------------------------

----------------------------------------------------------------------
[4] 緊急出版:国立大学はどうなる――国立大学法人法を徹底批判する――
東京大学職員組合・独立行政法人反対首都圏ネットワーク 編
----------------------------------------------------------------------
A5判ブックレット  5月中旬発売 定価840円(本体800円+税)
ISBN4―7634―0402―4  C0036 Y800E

国立大学法人法の驚くべき内容
近代日本の大学はじまって以来の根本的改変
大学はどこへ行く

●大学の自主性・自立性が強まるなど幻想だ!
●学長の権限の異常な強化
●経営協議会(学外者2分の1)による外からの大学支配の強化
●中期目標・中期計画・業績評価を通じての、文部科学省による国家統制の強化
●大学自治の完全否定            
●授業料の高騰=教育の機会均等は根底から崩壊   
●非公務員化による教職員の身分の不安定化
●企業化する大学。大学が債券発行?
●大学の基礎研究・人文科学の衰退。大学は、「産官学総力戦」の一環? 
●地方大学の統廃合は一層進む。
●公立大学、私立大学はどうなる?

[目次]
はじめに――全大学人、国民に訴える    【東京大学職員組合執行委員長 小林正彦】
  I 驚くべき国立大学法人法の内容――法案の分析	【東京大学 田端博邦】
 II Q&A 国立大学法人法で大学はどうなる	【千葉大学 小沢弘明】
III 遠山プランと「産官学総力戦」	【千葉大学 小沢弘明】
 IV 国立大学の理念	【東京大学 小林正彦】
  V 国立大学法人法――地方大学からの批判	【教育学者 秋山 徹】
 VI 公立大学はどうなる――横浜市立大学は公立大学民営化の「横浜モデル」か 
     【横浜市立大学 永岑三千輝】
VII 教育基本法「改正」と国立大学の独立行政法人化    【新潟大学 世取山洋介】
VIII いま、なぜ大学法人化が出てきたか	【一橋大学 渡辺 治】
あとがき
資料編 資料1 国立大学法人法案(抜粋)/資料2 国立大学法人法等の施行
に伴う関係法律の整備等に関する法律案/資料3 教育公務員特例法/資料4
独立行政法人通則法
----------------------------------------------------------------------

----------------------------------------------------------------------
[5] 北海道新聞社説4/30:国立大学法人*経営優先だけでは困る
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/backnumber.php3?&d=20030430&j=0032&k=200304302823
----------------------------------------------------------------------

「本当に自立した大学に生まれ変わることができるのだろうか。いま国会で審議
が本格化している国立大学法人法案のことである。

 今国会で成立すれば、北大など全国の国立大は来年四月から、国の組織から切
り離され、八十九の独立した法人になる。

 ねらい通りに「個性豊かで魅力ある国立大」(遠山敦子文科相)になるのなら
賛成だ。いまの大学に改革が必要とする考えに異論はないからだ。

 だが、自主性は十分に尊重されているだろうか。この法案を読むと随所に不安
を感じる。

 まず、指摘したいのは、大学に対する国の統制を排除できるかどうかだ。

 各大学は教育や研究、運営について自己責任で六年間の中期計画をつくる。そ
れを認可するのは文科省だ。

 中期計画は文科省に設置される評価委員会が達成度を評価し、その結果によっ
て各大学へ予算が配分される。

 評価の仕方に明確な基準があるわけではない。文科省が都合のいいように評価
委を動かし、これまで以上に予算配分が不透明になるようでは困る。

 公正で説得力のある評価の仕組みをつくることだ。評価委も文科省から完全に
独立した組織にすべきである。

 経営力強化のために学長の権限が拡大されるが、ここにも問題がある。

 教育・研究のほか人事など経営全般について学長と、学長を議長とする役員会
が最終決定権を握る。民間企業のようなトップダウン経営が目標だ。

 とはいえ学長が独走し、ワンマン経営になっては元も子もない。

 それを防ぐために意思決定の過程や財務内容を情報公開してガラス張りにする
ことが必要だ。

 役員会や経営協議会に参加する学外者には、経済界だけでなく市民団体の代表
などを加えてはどうだろうか。

 法人化によって大学運営の自由度は増す。例えば民間企業から研究委託を受け、
特許権収入を自由に使える。長期借入金や大学債の発行も可能だ。

 だからといって各大学が一斉に経営優先の方向に走っていいはずがない。

 事業化につながる研究ばかりが重視され、地味な基礎研究やカネを稼ぐことが
できない人文、社会科学などの分野が隅に押しやられることがあってはならない。

 東大や京大のような研究実績が豊富で施設も整っている大学と地方の単科大学
との格差が広がる心配もある。

 評価の際には地方の大学が地域の教育、文化、産業の基盤を支えてきたことも
考慮すべきではないか。

 これらの問題の中には運用を工夫することで解決できるものもある。そうでな
い場合は法案を修正することも必要であろう。

 与野党ともスケジュールにとらわれずに十分論議を尽くしてもらいたい。」
----------------------------------------------------------------------


----------------------------------------------------------------------
[6] 東京新聞社説4/21:国立大法人化 基礎研究を怠らないで
http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/web040501toukyu.html
----------------------------------------------------------------------

「国立大学法人化法案が国会で審議中だ。法人への移行は、民間の発想を取り
入れ、経営体制の確立を図るのが狙いだ。利益を追って産学連携に走るあまり、
基礎研究が疎(おろそ)かにされてはならない。

 国立大学はこれまで、国の行政機関の一部として、比較的安い均一の授業料
で、教育の機会を国民に均等に提供してきた。採算にこだわることなく、遠い
先を見据えた基礎的な研究にも打ち込めた。それが国立の利点の一つでもあっ
た。

 しかし、来年春から法人に移行すると、学外有識者を含めた経営協議会の設
置が義務づけられ、民間企業の発想を取り入れた経営体制の構築が求められる。
これまでのように「採算は度外視」とは言っていられなくなる。

 国立大学の多くが最近、産学連携に走り出したのはこのためだ。一例を挙げ
よう。旧帝大の一つ、北海道大学は東京・品川駅前の新高輪プリンスホテルの
一室に東京事務所を開設した。北大の東京での活動拠点と位置づけ、学生の就
職活動を行うほか、産学連携先を見つけるため企業の関係者を集めて研究内容
の説明会を催す、という。

 産業を活性化させる、という意味でも産学連携はいいことだが、問題は産学
連携の優先によって肝心の基礎研究がなおざりにされないか、ということだ。

 昨年のノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊東京大学名誉教授も、本紙主催
の座談会で国立大学の法人化に触れ「採算に結びつかない基礎科学が冷や飯を
食うのは目に見えている」「お金にはならないが、基礎科学をサポートしてい
く、ということを国がはっきり形に表してほしい」と訴えている。

 基礎科学の研究の大切さは、あらためて説くまでもない。先ごろ公表された
ヒトゲノム(全遺伝情報)の完全解読は、将来、医学や薬品の分野で人類に多
大な利益をもたらす、とされている。現代社会に電気を供給している原子力発
電は、核分裂の基礎的な研究があってのことだ。

 基礎科学の研究を私立大学や産業界に求めるには限度がある。研究そのもの
に時間がかかり、必ずしも利益を生むとは限らないからだ。

 産学連携ばかりに目がいき基礎的な研究がおろそかになると、科学技術立国
日本の将来は危うい。法人へ移行後も、ここはやはり、蓄積のある国立大学の
力量に負うところが大きい。そのためにも国は、基礎研究への揺るぎないサポー
ト体制をとるべきだ。」

----------------------------------------------------------------------
編集発行人:辻下 徹 tjst@ac-net.org
国公立大学通信ログ:http://ac-net.org/kd
----------------------------------------------------------------------