通信ログ
Subject: 大学と人権・自由・平和・憲法
Date: Thu, 19 Jun 2003

国公立大学通信抄 2003.06.19(木)
全文:http://ac-net.org/kd/03/619.html

--[kd 03-06-19 目次]--------------------------------------------
[1] 木村浩則『「つながり」の教育』序文(三省堂、6月10日発行)
[2] 「天下の悪法=国立大学法人法案廃案のためにさらに行動を拡げよう」	
 [2-1]【国会関係送付先資料】
 [2-2]【マスコミ関係送付先資料】
[3] 工学系教官からのお便り紹介(匿名希望)
[4] 6/18 河北新報社説「国立大法人化/新生への気概掲げてこそ」
[5] 大岡聡氏サイト日々雑感より
 [5-1] 6/18「国立大学法人法案」
 [5-2] 6/03 「横浜市立大学問題」
[6] 6/07 横浜市大を考える市民の会サイト:「市民の夕べ」ダイジェスト版
[7] 6/18 共同通信:国立大相手に訴訟も 外国人学校の受験資格で 
[8] 放送と人権等権利に関する委員会機構 決定 2003.3.30
 [8-1]メディアの危機を訴ったえる市民ネットワーク メキキ・ネットの声明
 [8-2]2001.3.16 衆議院総務委員会 質疑
[9] 浅野健一ゼミ
 [9-1] 5/14 「読売新聞は進歩的な新聞だったーー社論の大転換に説明責任」
 [9-2] 2003.3.10「NHK やらせ爆弾漁」講談社が控訴手続き
[10] [reform 4809] 豊島耕一「NHK 海老沢「続投」阻止を」
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横浜市大を考える市民の会が主催した6/6の「市民の夕べ」で井上ひさし氏
が「市民の問題を、大学が全て考えなくてはいけない。人権・自由・平和・憲
法の問題も全て。」と語られたことが伝えられています[7]。内閣府の総合科
学技術会議と文科省を通し、産業界が大学セクタ全体に、法的・財政的制度改
変や身分変更等、あらゆる手段を駆使して強制しようとしている「国と企業の
受託研究所」という役割は、市井の人々が大学に期待しているものとは全く異
質のものであることを鮮明に意識させてくれる言葉です。

いまは人権・自由・平和・憲法のために戦っている大学人は、国公私を問わず、
います。メディアが「情報産業」に変身し、人権・自由・平和・憲法を守るこ
とを主な使命とする存在であることをやめてしまった現在[8][9]、そういう方々
の活動は、日本社会の最後の砦の一つとなっているのではないでしょうか。

メディアの「変身」は、少数の幹部によるトップダウンな経営体制が原因と推
測される場合があります。読売新聞については社の世論「社論」と紙面との乖
離が1982年に突然始まったことが指摘されています[9-1]。また、NHK
会長の「続投」[10]が予想されているようですが、ETV2001番組改変事
件についての国会証言[8-2] (01.3.16) と、「放送と人権等権利に関する委員
会機構」決定[8](03.3.30) とは両立しそうもありませんので、国会偽証罪も
成立する可能性があります。「人権・自由・平和・憲法」には無関心な方が今
後もNHKに大きな影響力を持ちつづけることは公共放送機関としてのNHK
の使命がさらに衰退していくのではないかと一視聴者として危惧します。なお、
NHK経営委員会には大学セクタから4名が参加しています[10]。

			  □ □ □ □ □ □

河北新報の社説[4]で「何にもまして重要なのは、「文科省支配」に対抗する
大学間の連携だと思える」と述べていますが、そのような連携が出きるのであ
れば、4年前に一部の旧帝大系学長・副学長等の密談により独法化を半ば容認
してしまうようなことなど起らなかった、ということを認識して欲しいもので
す。(編集人)
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[1] 木村浩則『「つながり」の教育』序文(三省堂、6月10日発行)
http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/tunagari_no_kyoiku.html
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 1,680(1,600)円 四六 224頁 4-385-32196-5 

「ゆとり教育」「父性復権」「子どもの荒れ」「若者の自立」などのさまざま
な現象・局面から、現代の学校・家族がかかえる病理を分析。「教育危機=人
間危機」の克服の道すじを、つながりの創造のなかから展望する。
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●はじめに

 われわれは、二一世紀という新世紀のとば口に立っている。この「新世紀」
という言葉は、希望に満ちた時代のイメージを喚起させる。思えば、子どもの
頃、私が想像していた二一世紀とは高度の科学文明に支えられたバラ色の未来
社会であった。しかしながら、現実の「新世紀」の始まりを飾ったのは、九月
一一日、ニューヨークで起こったあの出来事であった。そしてその後に続く
「新しい戦争」は、悲しみと憎悪、絶望と不安、恐怖と危機意識を、世界の人々
の心に強く刻印した。暴力と憎悪の連鎖は、アフガニスタンからパレスチナに
飛び火し、さらにイラクへと際限なく拡大し続けている。

 この日本も、危機と不安の時代を抜け出すことのできないまま新しい世紀を
迎え、いまだ暗闇の未来の前に立ち尽くしている。多くの国民は、「改革」と
いう政府のスローガンに一縷の望みを託そうとしているかにみえるが、その先
にバラ色の未来があるなどとは誰も信じていない。悲観主義と無力感が社会に
浸透し、その結果、消費意欲は減退し、景気は低迷を続けている。他方で、憲
法・教育基本法の「改正」、有事法制や個人情報保護法の制定といった「きな
臭い」動きに対しては、無関心、傍観者的態度がますます蔓延しているように
思える。おそらく日本社会の本当の危機は、経済や暮らしの悪化それ自体では
ない。それらが人々にもたらす悲観主義、無力感、無関心が、危機を危機たら
しめている。

 世界の危機あるいは日本社会の危機がこのように深刻化している下では、教
育の危機について語ることに何か気後れさえ感じてしまう。しかしそれでも私
は、「教育の危機」の背景を探り、克服のための見通しを多少なりとも明らか
にすることを、本書全体の主要課題としたいと思う。なぜなら「教育の危機」
は、そのまま「人間の危機」につらなるものであって、その克服こそが、二一
世紀の日本と世界に賭けられていると考えるからである。

 本書は六つの章から構成され、それぞれは独立したテーマの下に書かれてい
る。第一章では、文部科学省の「ゆとり教育」に対する原理的な批判を試みた。
最近「ゆとり教育」批判は一種のブームとさえなっているが、そのほとんどは
学力問題の視点からの批判である。ここでは教育現場にゆとりを実現するとい
う課題をより原理的に考察した。第二章ならびに第三章は、現代の「家族」
「教師」の抱える困難を、親や教師の中に潜在する教育的な「とらわれ」ある
いは「強迫」という観点から問題化しようとしたものである。第四章では、子
どもに対する社会のまなざしというものをテーマにした。強権的な社会のまな
ざしが強まる昨今、それに代わる社会的なまなざしと保護の原理を探求するこ
とを試みた。第五章では、現代の若者における自立の困難の背景とその克服の
道すじを、いくつかの現代若者論を素材としながら明らかにしようとした。第
六章は、危機にある教育を回復させる試みを〈つながり〉というキーワードの
下に理論化しようとしたものである。

 以上のように各章はそれぞれ独立したテーマと内容をもっているが、そこに
はある一貫したモチーフが存在する。それは、「とらわれからの解放」と「つ
ながりの創造」という二つのキーワードに集約することができる。前者は主に
第二章と第三章で扱われ、後者は第一章、第四章〜第六章の内容に関連してい
る。本論に入る前に、この二つのキーワードの内実とそれらについての私なり
の問題意識を紹介しておこう。

〈とらわれの教育〉からの解放

 近代社会はわれわれに自由をもたらしたと言われ、また近代教育の目的は子
どもを自由な市民へと形成することだと言われる。だが現在の教育と社会のあ
りようをみるとき、近代の社会と教育が本当の意味で人間に自由をもたらした
かどうかは疑わしい。たしかに諸個人は、国家や共同体という「全体」による
支配や束縛から脱却したかにみえる。また代議制民主主義を建て前とする国家、
自由な市場を前提とする経済の下で、われわれは一見自由を謳歌しているかの
ように振る舞っている。しかし現実には、支配や束縛は解体されたのではなく、
細分化され偏在化されたにすぎない。巨大な支配のシステムは形を失ったが、
微細な支配の網の目がわれわれをとらえて離さない。支配の力は、家族と学校
という二つの装置を媒介にして、諸個人の内面に奥深く浸透し、自由な自己を
束縛し抑圧する。

 このような自己規範化について、「反教育」を唱える人々は、それが大人に
よる子どもの「教育」によって生じるものだとし、「教育」の廃棄によってこ
そ個人の真の自由が実現されると考える。だが、この見解は二つの点で疑わし
い。一つは、はたして教育と規範化は同一視しうるのかという疑問であり、も
う一つは、「教育」の廃棄によって子どもを脱規範化することで、本当に自由
は実現されるのかという疑問である。

 まず第一の疑問について考えてみよう。教育という営みを、かりに大人から
子どもへの一方的な働きかけとしてのみとらえるならば、たしかに教育と規範
化は同じものなのかもしれない。しかし、現実の教育はけっして一方的な行為
ではなく、相互的あるいは応答的なダイナミズムの下に成り立つものである。
むしろ問題はそうであるにもかかわらず従来の教育論・教育学が、大人から子
どもへの一方的な働きかけを「教育」とみなそうとしてきたことにある。批判
されなければならないのは、「教育」という営みを、成熟した大人から未成熟
な子どもへの一方向的な行為、あるいは「〜すべし」という当為的な働きかけ
としてとらえるようなタイプの教育観である。それは規範主義的教育観とも呼
ぶことができるが、このような教育観が、親や教師を縛り、彼らをして「とら
われの教育」に駆り立てているのである。

 ここで「とらわれ」とは、人があることがらをあまりに規範的にとらえてし
まい、その結果、現実感覚が失われてしまうことを意味する。本書では、親や
教師における教育への「とらわれ」を、「家族強迫」(第二章)あるいは「教
師の権威」(第三章)という言葉で表わしている。この「とらわれ」から親や
教師自身が解放されることは、病理的とも言える今日の学校と教育の状況を回
復へと導く上で決定的に重要であるように思われる。なぜなら教育への「とら
われ」、言い換えれば教育の規範主義化は、教育的関係の土台にある、ありの
ままの大人と子どもの関係性を見失わせてしまうからである。学校現場では、
服装や髪型といった外見的、形式的な指導にとらわれればとらわれるほど、子
どもたちの教師不信、人間不信が増幅される。親が育児書や心理学書にとらわ
れて子どもを育てようとすればするほど、ありのままの子どもの現実や思いが
無視、抑圧され、子どもは心を閉ざすようになる。規範的で、一元的な教育言
説が、教師を、親を、そして子どもをそれぞれに拘束し、互いのコミュニケー
ションを遮断し、いらだちとストレスを増幅させている。

 今日の大人に求められるのは、この〈とらわれ〉の教育からいったん自由に
なってみることである。教師であるとか、親であるとかいう権威の鎧を脱いで
目の前の子どもに向き合ってみることである。そのことを本書においてまず提
起したいと考えている。しかし単なる心がけ論では、問題は解決しない。さら
に検討しなければならないのは、なぜ大人は「とらわれ」の教育に陥ってしま
うのか、という問題である。それを解く手がかりとして、本書では、人間の
「孤立化」をあげているが、詳細については本論に委ねたい。

 さて残された第二の疑問に議論を移そう。それは、「教育」を廃棄し、子ど
もを脱規範化すれば、自由は実現されるのか、という問いであった。これも答
えは否である。束縛から解放された後の脱規範的状態は、自由と言うよりも、
混沌と呼ぶのがふさわしい。しかもその混沌は人間のめざすべき理想とは到底
なりえない。混沌は人間を孤独にし、不安にするからである。エーリッヒ・フ
ロムが『自由からの逃走』で指摘したように、人間は自由がもたらす孤独と不
安に耐えられなければ、むしろ積極的に自由を放棄する存在なのである。その
ような人間の孤独と不安に対する処方箋が、次に示す「つながりの創造」とい
うキーワードである。

つながりの創造

 現代が教育あるいは人間にとって危機の時代であるとするなら、その危機を
つくりだしている根本の要因は何だろうか。それは、現代を生きる人間におけ
る〈つながり〉あるいは〈つながり〉の感覚の喪失、そしてその人間の危機を
誤った仕方で克服しようとする企てであると私は考える。そもそも人間は、次
のような二つの〈つながり〉の感覚の中で生きていると言うことができる。

 一つは、過去・現在・未来の時間的な〈つながり〉の感覚である。われわれ
は、将来への希望と見通しがあってはじめて現在を豊かに生きることができる。
だが相次ぐ企業倒産とリストラによる失業不安、職場における不安定雇用の増
加と成果主義・業績主義の導入、社会保障の切り捨ては、われわれからこの
〈つながり〉の感覚を奪い、将来への不安をつくりだしている。村上龍は小説
『希望の国のエクソダス』の中で、主人公の中学生をして「この国には何でも
ある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と言わしめ
たが、それは現代の子どもたちの心情にきわめてリアルに響くに違いない。

 もう一つは、他者との〈つながり〉の感覚である。われわれは、地域や学校
でのさまざまな人間的〈つながり〉を通じて自己形成していく。しかし、地域
社会の崩壊、家族の孤立化、学校や職場での競争主義、消費文化の浸透が、人
と人との〈つながり〉を断ち切り、われわれをバラバラの「欲望し消費する個
人」へと変えていく。親や子どもは自らを孤独な教育サービスの消費者と位置
づけるようになり、その結果、早期教育や学校選択の自由化が積極的に支持さ
れるようになる。

 現代社会のこうした〈つながり〉の感覚の危機は、人間の危機そのものにほ
かならない。それをまず体現しているのが、現代の子どもたちと教育の現場で
ある。少年犯罪は第四のピークを迎え、とりわけ「よい子」の凶悪犯罪が人々
を驚かせている。学校では、校内暴力や学級崩壊が増え続け、不登校は一三万
人を超えた。また「いま現在が楽しければよい」という子どもたちの時間感覚
は、「学びからの逃走」と言われる教育(学力)問題を生み出している。さら
に一〇〇万人とも言われる若者のひきこもり、急増する児童虐待と家庭内暴力、
心病む教師たちの問題も深刻である。これら教育の危機の背景に、人間の危機
としての〈つながり〉の感覚の喪失があるということを本書の中で示したい。

 危機の第二の背景は、こうした〈つながり〉の感覚の喪失によって引き起こ
されていると考えられる教育の諸問題を、政府や文部科学省が、まったく誤っ
た復古的な仕方で解決しようとしていることである。彼らが進めようとしてい
るのは、学校教育を自由化・市場化の波に投げ入れることで、この〈つながり〉
を寸断すると同時に、その寸断された個人を、戦前のように国家という共同体
と民族の伝統という物語(ヒストリー)の中に回収することである。その具体
的なあらわれは、日の丸・君が代の強制、「奉仕活動」の義務化、道徳教育の
強化、歴史教科書の「修正」、そして教育基本法「改正」の動きなどにみるこ
とができる。これらは、「戦後民主主義が子どもをダメにした」という俗論、
強いリーダーや「誇り高き国家」を待望するファシズム的気分と重なって、社
会の中にしだいに浸透しつつある。この流れは、私の職場である大学において
も例外ではなく、現在計画されている国立大学の「法人化」は、個々の大学を
「競争原理」の渦中に投げ入れながらも、大学の教育・研究へのいっそう露骨
な国家介入を可能にする。しかし、こうした危機克服の企ては、危機を災いに
変えるものにほかならない。なぜなら、現代の学校や家族が抱える病理は、
〈つながり〉の喪失それ自体によってだけでなく、この誤った克服の試みとの
矛盾によって引き起こされているからである。

 いま求められるのは、国家共同体や伝統への回帰ではなく、新たな〈つなが
り〉の時空を創造すること、すなわち子どもを含む市民の「参加」と「共同」
を通じて、新たな関係の網の目を編みだしていくことである。しかも、その
〈つながり〉は、人間の画一化に反対し、互いのかけがえのなさと多様性を承
認しあう場でなければならない。このような新たな〈つながり〉のモデルを、
萌芽的ではあっても構想することが本書の、とりわけ第六章におけるテーマで
ある。

 以上が「教育の危機」とも呼びうる事態に関する私なりの理解と問題意識で
ある。以下の各章における議論において、それらが十分説得的に明示されえた
かどうかは、読者諸氏の判断に委ねるほかない。」
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[2] 「天下の悪法=国立大学法人法案廃案のためにさらに行動を拡げよう」	
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天下の悪法=国立大学法人法案廃案のためにさらに行動を拡げよう

    2003年6月18日 独立行政法人反対首都圏ネットワーク事務局

 憲法と国会法に照らして国立大学法人法案は廃案にすべき

 17日の衆議院本会議で、与党は、野党の強い反対を押し切って40日間の
会期延長を強行議決した。しかし、憲法は議会における民主主義を保証するも
のとして会期制の基本を定め、それを受けて国会法は第10条から第14条に
おいて会期に関する具体的規定を行っている。そして、国会法第68条は「会
期内に議決に至らなかった案件は、後会に継続しない」として会期の不継続を
明記している。すなわち、会期内で議決に至らない法案は、審議を通じて深刻
な問題点が明らかになったことを意味するとして、廃案にするというのが、憲
法と国会法の原則なのである。

 この会期制の原則に照らせば、まず第1に、会期末ぎりぎりになって提出さ
れたイラク特措法案・テロ特措法案を理由に会期を延長することは容認できる
ものではない。第2に、本来の会期が終了する18日段階で成立していない国
立大学法人法案などは、すべて審議未了による廃案とすべきものである。


 再開委員会会場を多数の傍聴者で埋め尽くそう

 上記のように国会法の原則からすれば、国立大学法人法案は審議未了として
廃案にすべきである。しかし、政府・文科省は、会期延長を奇貨として法案の
早期強行成立を図ってくることは必至である。与野党を問わず、すべての参議
院議員、なかでも文教科学委員に法案の根本的問題点を理解していただくため
に、引き続き要請行動を強化することが必要である。参議院文教科学委員会の
審議が再開される事態になった場合には、委員会会場を多数の傍聴者で埋め尽
くそう。事態は流動的であるが、当面、6月24日(火)を集中的な国会要請
行動日として提起したい。


 反対の声を、もっと大きく、もっと広く、もっと早く

 6月16日の国会内緊急集会にあらわれているように、法案反対の声は、今、
急速に拡がっている。しかし、「天下の悪法」の廃案を確実にするためにはい
まいっそうの世論の喚起が求められる。個人で、グループで、組織で、機関で、
多様な形態・形式をもって反対の声をあげ、それらを、国会へ、マスコミへ、
ファックスで、メールで届けていただきたい。そして、その「声」の内容を首
都圏ネットワーク事務局(syutoken@net.email.ne.jp)に直ちにお送りいただ
ければ幸いである。当事務局で集約し、刻々とホームページに掲載して全国に
配信したいと考えている。


[2-1]【国会関係送付先資料】

○参議院議員リスト
http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/gyouhou/znet/kokkai/sangiin-giin.exl

○参議院文教科学委員リスト:しばしば変更になりますので、以下のサイトで
確認下さい。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho3.htm

参議院文教科学委員会名簿

議 員 名      党 派  選挙区  文科委  会 館  会館TEL      FAX
大野 つや子    自 保  岐 阜  委員長  242     3508-8242       5512-2242
仲道  俊哉    自 保  大 分  理 事  429     3508-8429       5512-2429
橋本  聖子    自 保  比 例  理 事  302     3508-8302       5512-2302
佐藤  泰介    民 主  愛 知  理 事  411     3508-8411       5512-2411
山本  香苗    公 明  比 例  理 事  319     3508-8319       5512-2319
林   紀子    共 産  比 例  理 事  342     3508-8342       3508-8342
有馬  朗人    自 保  比 例  委 員  223     3508-8223       5512-2223
有村  治子    自 保  比 例  委 員  229     3508-8229       5512-2229
大仁田  厚    自 保  比 例  委 員  706     3508-8706       5512-2706
扇   千景    自 保  比 例  委 員  436     3508-8436       3592-0407
北岡  秀二    自 保  徳 島  委 員  236     3508-8236       5512-2236
後藤  博子    自 保  大 分  委 員  538     3508-8538       5512-2538
中曽根 弘文    自 保  群 馬  委 員  630     3508-8630       3592-2424
岩本   司    民 主  福 岡  委 員  231     3508-8231       5512-2231
江本  孟紀    民 主  比 例  委 員  740     3508-8740       3580-1116
神本 美恵子    民 主  比 例  委 員  421     3508-8421       3508-0010
山根  隆治    民 主  埼 玉  委 員  707     3508-8707       5512-2707
草川  昭三    公 明  比 例  委 員  202     3508-8202       5512-5400
畑野  君枝    共 産  神奈川  委 員  629     5512-2629       3508-8629
西岡  武夫    国 連  比 例  委 員  542     3508-8542       5512-2542
山本  正和    国 連  比 例  委 員  216     3508-8216       3502-8853

内藤  正光    民 主  比 例          424     3508-8424       5512-2424
鈴木   寛    民 主  東 京          635     3508-8635       5512-2635
櫻井   充    民 主  宮 城          324     3508-8324       5512-2324


○衆議院議員リスト
http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/gyouhou/znet/kokkai/shugiin-giin.exl

[2-2]【マスコミ関係送付先資料】

○朝日新聞
朝日新聞社や記事へのご意見、ご要望は kouhou@asahi.com(広報部)(朝日
新聞の紙面は地域によって異なりますので、メールには、お名前、ご住所をお
書き下さい)朝日新聞の「声」欄へのメールでの投稿は、東京本社:
tokyo-koe@asahi.comまで

○読売新聞
皆様からのご意見、ご要望は、すべて webmaster@yomiuri.co.jp で承って
おります。寄せられたご意見、ご要望は、内容に応じて本社内の当該部局へ転
送いたします。読者欄「気流」:文頭に職業、氏名、年齢、住所、郵便番号。
FAXは03-3217-8229 電子メールは tousho@yomiuri.com

○毎日新聞
毎日新聞本紙記事についてのご意見・ご感想・お問い合わせ
simen@mbx.mainichi.co.jp 事件事故の通報、情報提供、写真の提供などの窓
口 jikenjiko@mbx.mainichi.co.jp 読者欄「みんなの広場」受付 
http://www.mainichi.co.jp/annuncio/hiroba/index.html

○日本経済新聞
ご意見・ご感想 webmaster@nikkei.co.jp

○産経新聞
オピニオン面 http://www.sankei.co.jp/pr/tel.html

○東京新聞
発言欄 http://www.tokyo-np.co.jp/dokusha/

○共同通信
ご意見、情報、問い合わせは feedback@kyodo.co.jp まで。 
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[3] 工学系教官からのお便り紹介(匿名希望)
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「工学系では、「国立大学法人化」は少しおかしいのではないかという反対者
は、”隠れキリシタン”みたいなもので、公には言いにくい状況にあります。
よって、申し訳ありませんが、”匿名扱い”でお願いします。

私は、基本的には民間との金になる共同研究(利潤追求、雇用創出)も大事だ
が、どうなるかわからい基礎研究の方が、より大学の役割だと当然考えてます。
基礎研究80 %、企業研究20%ぐらいの比率が望ましい、、、。基礎研究と
企業研究、そして教育と研究のバランスが大事だと思う。民間で10年働いた
経験を持つ私にもそう思います。野心的な民間出身の大学人は、民間との金に
なる共同研究は100%みたいですけど、、、。多分、この人たちは企業に研
究する余裕(場所)がなくなってしまって、研究場所を大学に求めた人たちで
す。大学での教育・研究という両輪の1つである”教育”が分かっていない人
たちです。

私の両親は裕福とはとても言えませんでした。国立大学の存在と日本育英会奨
学金のお陰で、大学に行けたと思っています。一般家庭では教育費が今でも高
いと感じているし、国立大学という「自由競争にもとずく国民への機会均等で
安価な高等教育」がなくなれば、大変だと感じています。**みたいな”お坊っ
ちゃん”は慶応大でいいのでしょうが、国民のほとんどはそうではない。」
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[4] 6/18 河北新報社説「国立大法人化/新生への気概掲げてこそ」
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「国立大関係者の法人化反対論に触れる機会が、めっきり増えた。共感よりも
落胆させられる点が多いというのが、その論法に少し耳を澄ませてみた後の感
慨である。

関連法案は既に衆院で可決され、来春の移行日程が差し迫っている。ここへく
るまで地域でなぜ、法人化反対の動きが広がりを持てなかったか。国立大関係
者はまずそこを顧みる必要がある。

文部科学省による不当な干渉、統制を招く恐れがあるのは確かだ。しかし、国
立大側が知恵を絞るべきは、その排除の手だてではないか。法人化そのものへ
の反発と混同しているようにみえる。

「たかが文科省」の意気込みが、あまり感じ取れないのは寂しい。人事権や財
源配分を握られてしまうという「されど文科省が」の不安が前面に出すぎてい
ないか。

国の直轄からそれぞれに独立した後、どう連携すれば文科省の過剰介入を阻止
できるか。その課題への取り組みと併せて、自己改革の決意、新生への気概を
示してほしい。

参院に審議を移した法案が成立すれば、来年4月、89の国立大学法人が生ま
れ、約12万人の教職員は非公務員になる。

行政改革の一環として論議が始まったことへの不満が、今でも大学側には根強
いようだ。しかし、学内の事務組織肥大への批判も含めて、国の組織として検
証対象に織り込まれたのは当然の流れだ。

非公務員化すると自由な研究活動が阻害されるという論拠は、よく分からない。
私立大や民間研究機関が視野に入っていないとしか思えない。

「大学の自主的、自律的な運営の尊重、基礎研究への配慮を求める」。衆院文
科委が先月、法案を可決した際、付帯決議には、こんな文言が盛り込まれた。

中期目標(6年)の策定や、その達成度合いの評価に文科省が関与し、それが
国の交付金配分に反映されてしまうからだ。

付帯決議はもちろん、立法府による文科省に対する戒めである。しかし何にも
まして重要なのは、「文科省支配」に対抗する大学間の連携だと思える。

目標の設定、業績評価のほか文科省からの人事配置を含めて、批判の視点を共
有し、大学側から今後、文科省に対して要求すべきことを精査しておきたい。

独立した法人同士で、「競合と協力」が併せ進む。そんな新たな協調体制の構
築に向けて、準備を急いでほしい。

経済的な利潤に直結しない「基礎研究への配慮」を最終的に保証するのは結局、
社会の理解である。有用性の有無、すぐに役立つかどうかだけが研究の価値で
はないことを、どう語り掛けていくか。ここでも、それぞれの分野の研究者が、
大学を超えて知恵を寄せ合う姿勢が不可欠だ。

自ら選び取った学問、研究対象の社会的な意義をきちんと説く。その能力は教
育者としても要請されている。「象牙の塔」を仰ぎ見ていたかつての時代と違っ
て、社会はきちんと耳を傾ける。そう信じてほしい。」

2003年06月17日火曜日
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[5] 大岡聡氏サイト日々雑感より

http://homepage2.nifty.com/ohoka/


[5-1] 6/18「国立大学法人法案」
http://homepage2.nifty.com/ohoka/a-news/index.html

[5-2] 6/03 「横浜市立大学問題」
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[6] 6/07 横浜市大を考える市民の会サイト:「市民の夕べ」ダイジェスト版
http://www8.big.or.jp/~y-shimin/houkoku/030607.html
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「井上ひさし氏講演「都市の中の大学」

 イタリアはボローニャでの大学発祥の流れに準え、都市にとっての大学の存
在意義、「大学は市民の財産である」という話をユーモアを交えお話し下さい
ました。

 「市民の問題を、大学が全て考えなくてはいけない。人権・自由・平和・憲
法の問題も全て。市民が本来考えるべきことを代わって考えているからこそ、
都市にある大学が市民の誇りになっていく」

(中略)

 講演が始まるまでには、1F・2Fともほぼ満席に! 約460名のご来場
です。スタッフ人数とあわせ、開港記念会館の定員一杯となりました。本当に
ありがとうございます!

 休憩時間中、なんと井上ひさし氏が再度壇前に立たれ、マイクを持って熱弁!
 「横浜市大は、日本に先駆けて公立の演劇学校を作るべき」「『金がかかる
 から大学は要らない』 誰が言ってるんですか、そんな事?ダメですよ」 
 風邪気味の体調をおして熱く語って下さった井上さんに感謝します!

(略)
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[7] 6/18 共同通信:国立大相手に訴訟も 外国人学校の受験資格で 
http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/web030618kyoudou-2.html
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「朝鮮学校など外国人学校の卒業生が大学受験資格を無条件で得られない問題
で、資格認定を求めて国立大との交渉を始めた弁護士有志らが十八日、東京都
内で記者会見し「結果次第では各大学の法的な責任追及も辞さない」と述べ、
訴訟も視野に入れていることを明らかにした。
 弁護士約百七十人でつくる「外国人学校・民族学校の問題を考える弁護士有
志の会」は、十七日に一橋大、十八日に東大をそれぞれ訪問。朝鮮学校在学生
の代理人として入学資格認定書の交付を申請し、七月末までの対応を求めた。
今後、全国で十―十五の国立大に対し同様の申請をする。
 既に全国で約半数の公立大や私立大が独自に受験資格を認めていあるが、国立
大は文部科学省の方針に従い、門戸を開放していない。
 同会共同代表の新美隆弁護士は「理性の府である大学が対応を改め、時代遅
れの文科省が否定されるような動きにしたい」と説明。
 東大に申請書を出した師岡康子弁護士は「これは子どもに対する文科省のい
じめ。受験生から具体的に相談を受けており、大学の出方次第で裁判にする」
と語った。(了)
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[8] 放送と人権等権利に関する委員会機構 決定 2003.3.30
      http://www.bro.gr.jp/kettei/k020-nhk.html
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「・・・

4. 結論と措置

本件シリーズ「戦争をどう裁くか」は、戦争を歴史的、多角的に検証し将来へ
繋げようとする意図のもとにNHKが企画・放映したものと認められるが、以
下の点で問題があったと考える。

申立人がNHKから出演依頼を受けてコメンテーターとして出演した第2回
「問われる戦時性暴力」は、「女性法廷」を中心に据えた「裁きと和解」を主
題とする番組であった。申立人は「裁き」による責任の明確化の上で「和解」
が初めて可能性を持つという立場から論評したが、NHKは申立人に断りなく、
「女性法廷」の意義について申立人が重要とした「裁き」による責任の明確化
の発言部分を全て削除した。このような編集を行う場合には、コメンテーター
である申立人に対して、その旨を説明し、了解を得る努力をすべきであった。
また、NHKは編集過程で、「女性法廷」に対し本質的な批判を述べている秦
氏のインタビューVTRを挿入したことを、申立人に伝えなかったが、コメン
テーターである申立人へ事前に説明して、意見を求めるべきであった。

なお、NHKは当番組の制作責任者であるから、申立人への説明を制作委託会
社のプロデューサーに任せたとしても、結局は説明をしなかったのであるから、
そのことについて責任を免れるものではない。本件は、NHKが申立人への説
明や了解を経ないまま編集を行ったため、前記のとおりコメンテーターとして
の申立人の人格権に対する配慮を欠き、放送倫理に違反する結果を招くことに
なった。

本委員会は、放送局が編集を行う場合には、コメンテーターの発言の重要かつ
本質的な部分は十分尊重すべきであると考える。NHKは、本決定の趣旨を少
数意見を含め放送するとともに、出演者の権利と放送倫理に一層配慮するよう
要望する。・・・」
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[8-1]メディアの危機を訴ったえる市民ネットワーク メキキ・ネットの声明
 http://www.jca.apc.org/mekiki/vol_ex6.htm )
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[8-2]2001.3.16 衆議院総務委員会 質疑
http://ac-net.org/dgh/01/316-shu-soumu.txt

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[9] 浅野健一ゼミ
      http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/
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[9-1] 5/14 「読売新聞は進歩的な新聞だったーー社論の大転換に説明責任」
      http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2003/arekore.html
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[9-2] 2003.3.10「NHK やらせ爆弾漁」講談社が控訴手続き
  http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2002/koudansyakouso.html
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[10] [reform 4809] 豊島耕一「NHK 海老沢「続投」阻止を」
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"YOMIURI ON-LINE / 経済 2003/6/3/03:16" によると,「慣例では交代時期に
当たる」が,「NHKは2日、7月末で任期満了を迎える海老沢勝二会長(6
9)を再任する人事を固めた」とのことです.相変わらず「続投」などという
言葉をメディアは飽きもせず使っていますが,それはともかく,NHKを,特
にそのニュース番組をどうしようもない「大本営発表」に変えてしまった責任
者の再任は,視聴者として容認できません.

会長は7月の経営委員会の互選で決まりますので,まだ間に合います.経営委
員への働きかけをやりましょう.そのメンバーリストは次にあります.

http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/keiei-iin/index.html

経営委員12名中次の3名が大学関係者です.(敬称略)
宮 崎   満   松山大学経済学部教授
堀 部 政 男   中央大学法学部教授
小 林   緑   国立音楽大学教授
佐々木 涼 子   東京女子大学文理学部教授
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編集発行人:辻下 徹 tjst@ac-net.org
国公立大学通信ログ:http://ac-net.org/kd
登録・停止方法:http://ac-net.org/kd/a.html
転載・転送歓迎。ただし URL "http://ac-net.org/kd" を併記してください。
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