個人情報保護法案の諸問題
北海道新聞朝刊2002/05/24

心神喪失者医療観察法案/「再犯の恐れ」予測可能か?/見解二分のまま審議へ/ 受け入れ病院や人材 体制にも課題  「心神喪失者医療観察法案」の審議が来週にも、衆院で始まる。殺人など重大な 事件を起こした精神障害者の扱いを医師と裁判官が合議で決めるものだが、入退院 の基準となる「再犯の恐れ」の見極めをめぐり、精神科医らの意見は真っ二つに分 かれたままだ。高度な精神医療を提供する施設をどう整備するのかなど、体制面の 課題を指摘する声も多い。  日本弁護士連合会の呼び掛けで法案に反対する集会がこのほど、東京都千代田区 の日比谷公会堂で開かれた。患者支援団体の男性は「公益を守るために精神障害者 を隔離する法案だ」、障害者の男性は「自分で医療を決定できるようなシステムこ そ必要だ」と声を張り上げた。 ●法務省「ベストの制度」  法案は、入退院などの決定に司法が関与するのが最大のポイント。法務省は一九 七○年代から八○年代にかけ、裁判所が入院治療を命じる「保安処分」の導入を検 討したが、人権侵害を招くとの批判を浴びて見送った経緯がある。  刑事局幹部は「過去の教訓を踏まえ、司法と医療、福祉の関係者が一緒に取り組 んでいく仕組みをつくった。現状で考えられるベストの制度だ」と語る。  だが、最も困難な役割は精神科医に委ねられた。「医学的な再犯の恐れは医師に 判断してもらうことになる。裁判官は精神鑑定を基礎に対象者の生活環境などを考 慮し、医師らと合議して処遇の当否を判断する」(最高裁関係者)。 ●「保安」優先の懸念  この問題で、医療現場の見解は真っ二つに割れている。日本精神神経学会など六 団体は四月下旬、法案の見直しを求める見解を発表。平田豊明医師(全国自治体病 院協議会)は「今の医学に再犯を予測する力はない」と言い切る。同協議会精神病 院特別部会顧問を務める伊藤哲寛医師(札幌)も「治療ではなく保安が優先され、 診断がゆがめられるケースも出てくる。先進国に比べ水準の低い医療体制の改善が 法案より先」と訴える。  一方、日本医師会と民間の精神病院が加盟する日本精神科病院協会は法案への支 持を表明。同協会の仙波恒雄会長は「再犯の予測はある程度可能。これまで精神科 だけに押し付けられてきた役割を司法と分担できる」と正反対の意見だ。  厚生労働省は高度な精神医療を提供する入院医療機関として全国の国公立病院を 指定する方針だが、当初は二カ所にとどまる見通し。担当者は「法案が通らなけれ ば実際の作業には入れないが、専門家をどう集めるのかなど課題は多い」と打ち明 ける。  自治体や保健所などと連携して患者の通院治療や社会復帰を支える「扇の要」と もいうべき精神保健観察官も百−二百人が必要と言われるが、「人材の確保は手探 り」(法務省保護局)という状況だ。同省の労組関係者は「明確な見通しもないま ま、経験のない仕事にどうやって取り組むのか。現場は大きな不安のなかで法案の 行方を見守っている」という。 ●法案のポイント  対象、申し立て 重大犯罪(殺人、放火、強盗、強姦(ごうかん)、強制わいせ つ、傷害致死など)を犯し、心神喪失または心神耗弱で不起訴になった人や無罪と 認められた人など。治療をしなくても精神障害が原因で再び罪を犯す恐れがない場 合を除き、検察官が審判を申し立てる。  決定機関 申し立てを受けた地方裁判所の裁判官と精神科医一人ずつが、対象者 の入院、通院の必要性を判断する。その基準は「再犯の恐れの有無」で、裁判官と 医師の意見が一致しなくてはならない。決定に不服があれば本人、検察官などは高 裁に抗告できる。  入・通院 再犯の恐れがあると判断された精神障害者は指定の医療機関に入・通 院する。医療機関は再犯の恐れがないと判断した場合、裁判所に退院の許可を申し 立てる。入院の継続は裁判所が六カ月ごとに決定。通院は最長五年。ここでも高裁 に抗告できる。