北海道新聞2002/05/13 <潮流 風・論説委員室から>「青木隆直 いま厭戦をと元兵士」  「厭(えん)戦庶民の会」という、ちょっぴり変わっ た名の付いた市民グループが神奈川県にある。  正確には「戦争屋にだまされない厭戦庶民の会」。二 〇〇〇年暮れに横浜市内で設立総会を開いた。  「二度と戦争を起こしてはならない。戦争放棄をうたっ た憲法第九条を守り、戦争は絶対に嫌だと声を上げる人 の輪を作ろう。戦争なんか、したくてもできない国にし てしまおう」  簡単に言えばこれが会の趣旨だ。賛同できればだれで も会員になれる。会費は原則無料。資金援助したい人は 年二千円払えばいい。  会員は二十代から八十代にかけての会社員、主婦、自 営業者、学生、元兵士と幅広い。神奈川県を中心にすで に二千人を超えた。  代表を務めるのが、札幌生まれで旧海軍兵学校最後の 特攻隊員、信太(しだ)正道さん(75)。  戦後は海上保安庁や航空自衛隊を経て一九六三年から 八六年まで日本航空の国際線機長だった。いま九条を守 る運動を続けている。  信太さんが「厭戦」を語り始めたのは、強まる改憲論 や周辺事態法、有事法制など最近の流れに強い危機感を 抱いたからだ。  「ユウジホウセイ?」。テレビの街頭インタビューを 見ているとこんな反応が珍しくない。「暮らしや人権に かかわる問題なのに国民の間に驚くほど緊迫感がない」 と信太さん。  「不審船だ、テロだという状況で『備えあれば憂いな し』なんていわれると思わずうなずいてしまう。でもこ の時代に一体、どこの国が日本に攻めてくるというので すか」  信太さんの脳裏に「お国のために」と教え込まれたあ の時代がよみがえる。  「特攻隊に指名され立派な内容の遺書まで書かされた。 小泉さんは特攻隊は国のために命をささげてくれたと言 うが、本当は国に命を奪われたんです。もうだまされて はいけない」  「厭戦気分」ってどんな状態なんだろう。信太さんは、 多くの日本人が打ちひしがれていた終戦直後を思い出せ ばいいと言う。  「二度と戦争は嫌とみんな思った。九条を見て多くの 人が当たり前と思った」  空自パイロットとして米国で戦闘機の操縦訓練も受け た。米国の防波堤になってくれと言われた。  戦中からずっと「戦う側」に身を置き、軍隊の本質が 「自らの権益優先」だと身にしみてわかった。  戦争をする側にとって一番困るのは士気喪失、厭戦気 分とも学んだ。  「改憲、有事法制というソフト、軍隊や武器というハー ドがあっても、戦うという国民のスピリットがなければ 戦争はできない。そのスピリットをくずしてしまおうと いうことです」  会員になっても義務などない。それぞれがやれること をやる。講演会や学習会への参加、新聞や雑誌への寄稿、 デモ、国会陳情…。  信太さん自身、戦争の語り部として全国の学校や地域、 市民団体に呼ばれ、平和の尊さを訴えている。  二〇二五年までに国民の二割に厭戦気分を広げるのが 目標だ。「ドン・キホーテと笑われそうですが、マジな んです」と信太さん。  無料会員の名前は公表しない。今後は会員数も伏せる。 「実態がわからなきゃ上の人たちの目には不気味に映る でしょ」と。  問い合わせは逗子市小坪一ノ二九ノ二、信太さん。