一時金カットと学生の学力向上
川口新総長に期待すること

内山 昭
経済学部 教授

川口新総長は就任以来「学生の学力向上が最優先、最重点課題」と繰り返 し強調しています。すでに何人かの教職員の方から、「立命館は学生にどのよ うな学力をつけるのか」「学力向上のために何が必要か」ということについて 建設的意見や注文が出されて います。私たちは、総長の呼びかけに熱意を持っ て応えるべきですが、これを実現するためには、「足下を客観的かつ厳格に見 つめること」が何よりも重要であると同時に、これまで理事会や学園トップが 悪しき意味で「教職員の足下を見てきたこと」を反省する必要があります。言 い換えると以下に述べるように、2つの障害を事前に除去しなければならない ということです。

1.「見てはならない足下」  

悪しき「足下を見る」とは、「足下に付け込む」=「相手の弱みに付け込 んで、利用する。人間の善意を逆手に取る、足蹴にする。」の意です。2005、 06年と理事会は一ヶ月ボーナスカット(実質5.5%の賃金引下げ)を強行し、合 理的理由、納得できる理由をなんら示さないまま教職員や組合の要求を無視し 続けています。明らかにこれは教職員のモチベーションに悪影響を与えてきま したが、同時に私たちの仕事は大学における教育研究であり、以前と変わらな い熱意で、これに取り組み、諸困難の解決、克服に立ち向かってきました。賃 金を不当に大幅に切り下げられたからといって、私たちは教育研究をおろそか にしていないのであり、またそうすることはできないのです。

2005 年のクリスマスに、ある職員の方がボーナスカットに怒って、「倒れ る寸前まで私たちは仕事をしているのに、理事会の方々はこれを知らないのだ ろうか」といったことが忘れられません。その言葉は今も耳の底に重く残って います。立命館の経営者は、人件費が安く済み、労働効率(=教育研究の質量) が同じであるなら、「こんなすばらしいことはない」とでも考えているのでしょ うか。

教育活動は経済学的にサービスの一種であり、大学が学生にサービスを売っ ていることも一面の真実です。しかし大学などの教育機関は非営利組織であり、 営利企業の場合と本質的な点で異なります。教育が生きた人間を日々対象とし、 人間の成長を助ける仕事、サービスであるからです。熱意や意欲が低下すれば 教育の質や効果に即座に悪影響を与えてしまい、教職員自身の「心や姿勢」も 貧しくならざるをえない。それゆえに、ほとんどの教職員は、賃金切り下げの 撤回を要求しつつも、理事会のひどい仕打ちに耐えながらこれまでと変わらず 熱心に教育研究に取り組んできたのです。その様子から賃下げしても教育研究 に支障がないとみなして、一時金カット政策は大成功だった、などと考えてい るとすれば言語道断です。そうだとすれば悪しき意味で「足下を見る、足下に 付け込む」態度だと批判されても、総長はじめ常任理事の皆さんは返す言葉に 窮するのではないでしょうか。一時金カットの撤回を最優先の学園課題とすべ きであろう。

2.足下を見る  

総長が年頭所感や記者会見などで「学生の学力向上を最優先したい」と述べ たとき、私たちの脳裏にまず浮かんだのは、どのような政策を考えておられる のか、ということでした。立命館大学には大量の学生が在学し、教員一人当り 学生数は49.1人と「日本の大学トップ100」(『週刊東洋経済』06年10月14日号) において最悪の数字として記載されています。ちなみに同志社大41.9人、関学 大43.5人、早稲田大にいたっては30.3 人です(同上)。私の属する経済系の学 部についていいますと、教員一人当り学生数が改善されている他大学では小集 団教育のクラスが30人以下、ゼミナールの規模が15人以下になっているのに対 して、立命では小集団教育のクラスが40人、ゼミナールが25人規模となってい ます。この現状で、教育の質つまりこれ以上の学力向上を成し遂げるためには、 基本的に2つの方法しかありません。1つは「一定数の教職員を増員する」方 法、もう1つは、「教職員の働きが少ないから、もっと働け、もっと働け」と 精神主義に頼る方法です。後者、つまり「働く時間を増やせ、持ちコマを増や せ」という政策を選択する場合、高等教育は高度な知的活動ですから、「質の 低い、密度の低い」教育時間を増やすだけになってしまう。

したがって総長や学部長などが冷厳に「足下を見る、直視する」というこ とであれば、必然的に教職員増員に取り組まざるを得ないと思う。現状のまま の教職員資源でも改善の余地が全くないわけではないが、それはごく限られて いることもたしかです。かけ足をしながらの教育では、学生にこれ以上の学力 を身につけさせることは無理です。一人でも多くの学生の学力をこれまでにも 増して向上させるためには、*「教職員が落ち着いて教育に取り組む」*ことなく して不可能です。したがって教員一人当りの学生数がきわめて多い中で、この 困難な課題に立ち向かうおうとすれば、教職員を増員させることが不可欠です。

そこで、現実的な目標として、*教職員を少なくとも3年間で10%増員する* ことを提案したいと考えます。

加えて非正規雇用(任期制教員、非常勤講師、契約職員など)の教職員の 給与・待遇条件が他の私大と比べても劣悪です。この思いきった改善(単価の 引き上げや社会保険への加入など)に取り組むべきです。私は非正規雇用の全 面廃止を主張するものではありませんが、この改善は教育の質、学生の学力引 き上げに直結すると確信します。重要な意義を持つこれらの措置を講じるには 一定の財源が必要ですが、合わせて一時金カットの撤回を行ったとしても、以 下に述べるように財務的に十分実現可能です。「学生の学力向上を最優先した い」ということであれば、最初のステップとして、ぜひ検討をお願いしたい。

3.2つの障害の除去は必要にして可能です 

10%の増員目標について少し説明します。立命館大学の教員数は約910名(912 名、助手、客員教授を除く、2005年事業報告書)、職員数は約770人(専任453 人、契約318人、同) ですから、3年間に専任教員91名、職員77名、両者併せ て168 名を拡充するという目標です。教員一人当りの平均人件費を800万円(間 接費を含む)としても7.3億円、職員の場合700万円として5.4 億円、計12.7億 円が新たに人件費として必要になりますが、立命館学園の現在の財務状態から 見て、実現にそれほどの困難はありません。

なぜ困難でないか。上に述べたように立命館の現状は学生あたりの教員数 が他の大学と比べても少なく、人件費比率はきわめて低い状態です。理事会の 説明(07 年1月26 業協での若林財務理事発言)では、2005年度の狭義の人件費 (246.9億円、決算)は資産の臨時増加(守山市からの現物寄付41億円) を控除した帰属収入の38.2% ( 一時金カット7億円がなかったとしても39.3%) です。これは、学生数1.5 万人を超える大手私大の平均49.9% (低いグループ の平均、1月26日の業協についての組合ニュースによる、私大平均は51.3%) よ り約12% 少ない数字です。一時金カットがなかった場合で11%近くも少ない。

なお、アウトソーシング(派遣職員、契約職員の一部など)の人件費は物 件費に含まれ帰属支出の9.6%を占める(07 年1月26 業協での若林財務理事発 言.なお他大学は約5% )。したがって、物件費に計上されている人件費も加え た広義の人件費は約48%で あり決して小さくないと理事会は説明していますが、 学生数1.5 万人を超える大手私大の広義の人件費比率の平均約54%より、やはり 6% ( 立命館財政では約39億円 )、一時金 カットがなかったとしても5%( 立命 館財政では約32億円)は少ないのです。もしも、上の目標を実現するために必要 な約13億円(帰属収入の2.0%)を加え、さらに一時金カットを撤回 しても、狭義 の人件費は約41.3%で前述の大手私大平均より8%以上も低く、広義の人件 費も 約51%で大手私大平均よりなお3%低いのです。一時金カットの撤回をした上で上 の 目標を達成することは数値的に十分に可能です。

2004年度でも、ボーナスカットがないこと、アウトソーシングの人件費が大き い点を考慮しても、目標達成後の狭義の人件費比率は私立大学における最低準 でしかありません(同志社大学47.9 %、京都産業大学47%)。以上のように、 *一時金カットの撤回とともに専任教職員の10 %増員は必要にして可能*です。川 口総長はじめ常任理事の皆さん、リーダーシップを発揮され、上記2点につい て英断するときではありませんか。                                  (注)数値の理解を助けるために、簡単な表を付します。

<参考表> 教職員を10%増員したときの人件費率の変化

[2005年の場合]

立命館大学 大手私大1平均 差異
狭義の人件費比率 約38%2 約50%3 −12%
同上(10%増員かつ一時金カット撤回時) 約41% 同上 −9%
広義の人件費比率4 約48% 約54% −6%
同上(10%増員かつ一時金カット撤回時) 約51% 同上 −3%

[2004年の場合]

立命館大学 大手私大1平均 差異
狭義の人件費比率 約44% 約50% −6%
同上(10%増員時) 約46% 同 上 −4%

1. 学生数1.5万人以上

2. 2005年の狭義の人件費比率は、臨時の現物寄付を控除した帰属収入に対す る割合。

3. 大手私大平均は人件費比率の低いグループの平均(2007年1月26日の業協に ついての組合ニュースによる)。

4. 広義の人件費比率の数値は、1月26日の業務協議会における若 林常務理事の説明にもとづく。