朝日新聞 2007年5月31日 朝刊
労働運動の停滞がいわれてから久しい。組織率は年々低下を続けている(20 06年12月時点で18・2%)。正社員中心の企業内組合が、非正規社員の 増加に対応できなかったからである。非正規社員は全雇用者の33・2%(0 6年)に上っている。労働運動再生のカギの一つは非正規社員の組織化にある。
この課題の解決策は、それほど難しいことではない。(1)職場の働く者は毎 日気持ちよく仕事をしたいのだ。仲間の間に格差などはないほうがよい。そん な感情を誰もが大事にすること。(2)非正規社員を組織化しなければ正社員 の労働条件も低下していく。この「原則」を正社員が自覚すること。(3)職 場内の格差はやがて勤労意欲の低下を招き、いずれは生産性の低下にもつなが る。それを経営者側も自覚すること。
好例がある。路面電車やバスを運行している広島電鉄(広島市)も現在、契約 社員および契約社員から登用された正社員が電車・バス運転手の約2割、車掌 の約7割を占めている。運転手や車掌らが組織する労働組合(私鉄中国地方労 働組合広島電鉄支部)は「このままでは組織労働者の方が少数派になる」と危 機感を抱き、契約社員の組織化に取り組んでいる。
まず5年前の契約社員制度の導入に際して、全員を組合員とするユニオンショッ プ協定を結んだ。組合員としての権利・義務はほぼ平等である。採用3年後の 契約社員は希望者全員が正社員に登用されている。さらに毎年、契約社員の賃 上げに成功してきた。今春闘でも一時金の前年実績(2カ月分プラス10万円) に上積み(正社員のベア相当分)を獲得した。
そして昨年の秋闘、ついに「正社員・契約社員の賃金体系と労働条件の統一を 目指す」ことで労使が合意した。それは全契約社員の正社員化と契約社員制度 そのものの廃止につながると予想される。
これらは最近の組合運動のなかでは突出した成果だろう。同労組の役員は「労 働条件は必ず低い水準に並んでいく。契約社員が多数になれば、労働条件は契 約社員の方にそろえられる。契約社員の組織化は正社員にとっても死活問題な のだ」と語る。上記(2)の「原則」に忠実に従っているに過ぎない、という ことだ。
経営側が柔軟に対応しているのは、この労組が利用者・労・使それぞれの利益 の共存を目指す伝統をもつからだ。約40年前、他の都市と同様、大赤字の路 面電車が廃業の危機に陥った。この時、労組は自発的に「働き度を高める運動」 (終電時刻の延長や運転本数の増加など)を行ってサービス向上に努め、数年 後には黒字転換を実現した。こうして市民の足としてのチンチン電車は残り、 職場と雇用も守られた。
バス営業自由化など最近の規制緩和に直面しても、労組は変形労働時間制導 入による労働強化や退職金減額などの痛みを受け入れた。大赤字のバス部門の 分社化を避け職場と雇用を確保するためだ。その結果、バス部門は黒字に転換 し、同社は今年、過去最高益を記録した。
「70年間は草一本生えない」といわれた惨状からみごとに復興したヒロシマ。 そこで芽生えている新しい動きを、日本の労働運動はしっかりと受け止めるこ とができるだろうか。
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かわにしひろすけ 早稲田大教授〈労働社会学〉 42年生まれ。千葉大名誉 教授。98年から現職。「電産の興亡」などの著書がある。