最初に複雑系の数理的研究が直面している諸問題について述べ、どういうことが数 学に要求されるのかについて考え、その要求の一部にではあるが答えると思われる高 次元圏論の紹介を行う。文献等は資料を参照していた だきたい。 「複雑系研究」の進展は従来の自然科学の延長線上には望めないと思われるが、そ の理由の一つは内部観測の様相が捨象できないことにある。この様相は、研究行為自 身が研究内容と不可分であるという様相であるが、「それは自明な様相だ、だからこ そ、それを分離しえた科学の諸成果ははかり知れない意義がある」というのが現在の 自然科学の立場であろう。しかし、複雑系研究の場では、生命の理解には内部観測を 捨象し得ないという認識は広がりつつある。内部観測を捨象しないという決意は、学 問的にはこれまでになかったような性質の厄介な問題をもたらすが、この問題こそが 生命理解の困難の核心であると考えられなくもない。 数学の形式は一見すると内部観測とはおよそ相容れないものと思われる。実際、数 学的表現が与えられるものこそ客観性の目印とさえ考えられている。ところが、実際 の数学的議論を見るとき、数学的対象はいつも同型を除いてしか定まっていない、と いう重要な様相が浮かんでくる。ふつうは単なるインフォーマルな注意として述べら れるこの様相は、数学の隠れたある重要な本性を示唆する。同型を除いてしかモノが 定まらない、という主張を徹底することから、最近急速に発展している高次元圏論を 考えざるを得なくなるが、この高次元圏論が明るみにだすこと−−数学には解消でき ない不定性が根底にあるということ−−は<内部観測を捨象しない数理>へ自然につ ながっていると思われる。