==>Chu 空間と複雑系数理
学術振興会科学研究費補助金 萌芽研究
左右脳協働機構のチュー空間による数理的解明
申請書より
研究目的
[萌芽で申請する理由]
人の脳における左右脳の役割の違いは知られているが、その統合のされかたは、
右頭頂葉損傷で生じる半空間無視の症状に見られるように謎に包まれている。
これまでにその統合に関する数理的解明は試みられたことはなく、チュー空間
が応用されることは初めての試みである。従って、適用法自身に多様な選択肢
があり、試行錯誤を多く要する研究であるため、萌芽研究として申請したい。
[研究の背景]
チュー空間論は次のような枠組みである:例えば、経験集合と概念集合の間に
関係が与えられるとき、経験空間と概念空間各々に自然な構造が生じ、しかも
その構造がガロア接続と呼ばれる対応で同型となる。これにより、経験の組織
化と言語の組織化とは同時に生じ、経験の変動も言語の変動も互いに相手に影
響を与える、という様相が組み込まれた数理的枠組となっている。これは、脳
における左右脳の役割の違いとその相互作用の重要性を象徴する数学的構造と
なっており、これを通して、左右脳が協力して構成する世界像のありかたをを
理解できるという洞察を得た。
[研究目的]
当研究計画の目的は、チュー空間(Formal concept analysisの分野では
context とも呼ばれている) と呼ばれる数学的構造を用いて、左右脳の共働
の仕方について論じる新しい数理的表現形式を見いだすことを目的とする。
[何をどこまで明らかにしようとするか]
この枠組みを用いて、脳を媒介とした、感覚的情報と言語的情報の関係の様相
を、計算機実験を行い調べ理論的に分析したい:
- 言語を固定し、感覚的情報を変更したときに生じる、世界観=概念体系の変動.\par
とくに、感覚的情報が大幅に失われながら、言語的構造がほとんど損な
われないばあいに世界観=概念体系がどのように変形するか、を調べること。
- 感覚的情報を固定し、言語を変更したときに生じる、世界観=概念体系の変動
- 感覚的情報も言語も固定しても、その間の関係が動くときに生じる、世界観=概念体系の変動
[研究計画の学術的な特色・独創的な点]
これまで、脳の研究は、脳の機構を神経回路網のような大規模な力学系として記述する一方、脳の機能の方は日常的な言語で記述され、その両者を結ぶものは、インフォーマルな議論しかなかった。チュー空間の枠組みは、その両者を含む2元論的な枠組みとなっており、これまでのインフォーマルな議論を詳細に展開するものとなる点に革新性がある。
[予測される結果と意義]
チュー空間による議論は、これまで不可解であった、左右脳の種々の不可解な関係に光明を投げ掛けることが予測される。次の3項目はそれぞれ次に応用できることが予測される。
- 脳損傷で起きる症状(半空間無視や盲視など)の説明、特に空間構造の変化が言語的には
認識されない状況などの説明。
- 言語障害から生じる感覚の変化。
- 薬物などで生じる一過的な世界観の変容。
この研究計画の成果は、これまで概念的な分析しかできなかった多くの現象について、
新しい分析の方法を提供する可能性があり、その意義は大きいと思われる。
[国内外の関連する諸研究内の位置付け]
チュー空間 は、種々の文脈で色々な研究者がその重要性を指摘している。特に、Stanford 大学の計算機科学部は、チュー空間 を並列計算論の基盤となる枠組みとしてプロジェクトの中心的なテーマとして設定している。また、ドイツでは、Formal concept analysis と呼んで、新しい実用的な枠組みとして研究している。しかし、Chu 空間を脳の理解に適用する試みは、この研究計画が初めてである。