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毎日新聞 2007年11月13日 中部朝刊
赤福:偽装検証 「意見すると首飛ぶ」 ワンマン前会長、チェック機能なく

三重県伊勢市の和菓子メーカー「赤福」(浜田典保社長)の偽装発 覚から1カ月。創業300年を迎えた老舗による不正は消費者に大 きな衝撃を与え、この間、堰(せき)を切ったように全国各地で食 品偽装や不適正表示が明るみに出た。なぜ赤福は信頼を裏切る行為 に手を染めたのか。元社員らの証言を基に検証した。

【飯田和樹、山口知、高木香奈、岡大介】

「そんなこと、知らんでええ」

40代の元赤福営業社員は、入社間もないころ会社の先輩から言われた言葉を覚えている。

売れ残りが出れば、午後4時までに本社に持ち帰るのはなぜか。製 造工程のない名古屋営業所に冷凍庫や日付を押すスタンプがあるのはなぜか。理由を尋ねると先輩ははぐらかした。が、2人になると「実は......」と回収した商品を再包装(まき直し)して出荷していることを話してくれた。

不信は募ったが「世の中こんなものか」と胸に納めた。良心との葛 藤(かっとう)から逃れるには何も考えない方がいい、と与えられた仕事をこなし、やがて職場を去った。

赤福は創業以来、浜田家が社業を継ぐ。現社長の典保氏(45)は 11代目。株式上場もしておらず、老舗の看板に閉ざされて内実はうかがい知れない。知ったとしても、人口十数万人の伊勢市を代表する企業である赤福の内幕を口にすることは容易でなかった。

既に退職した元幹部はこう話す。「みんな(前会長の浜田)益嗣 (ますたね)さんに意見すると首が飛ぶと思っていた」。益嗣氏は伊勢神宮前に「おかげ横丁」を作り、地元経済を活性化させた功労者でもある。その存在は絶対的なものになっていた。

5年ほど前、伊勢市内で開かれた社員大会で、当時社長だった益嗣 氏は従業員約200人を前にクギを刺した。「自分の方針に従わない者は去ってもらう」。幹部はイエスマンで固められていた--。同じく赤福を去った40代の製造部門の元社員は振り返る。

もっとも、商品の製造販売の行程は細分化され、誰もが偽装の全体 像を知っていたわけではなかったようだ。大半の社員は赤福に誇りを感じ、拡大路線を走る益嗣氏の経営手腕に信頼を寄せていた。商品への愛着から「社員は日常的に自分でお金を出して赤福餅を買っていた」という別の元社員の話もある。

だが雪印、ミートホープ、不二家と次々と明らかになる食品偽装に、 赤福の実情を知る関係者が県や農林水産省への告発を始めた。そして今年1月、赤福は不二家が不正を公表した直後、売れ残り品を使った「むきあん」の製造販売をやめ、農水省が偽装を公表するとのれんを守ろうとウソを重ねて醜態をさらした。

「日本一の企業を目指そう」。前会長はワンマンで鳴らす一方、こ う言って社員の士気を鼓舞していたという。内向きな経営組織はチェック機能もなく、消費者と社員を欺きながら野心だけを膨らませていった。

◇「まき直し」2度しないルール--早くさばくため印字

偽装なしには経営が成り立たなくなっていた赤福だが、衛生上の歯 止めともいえる独自のルールはあった。「2度まき直しをしない」がそれだ。

まき直しには売れ残り品の包装紙をそのまま替えるケースと、いっ たん冷凍した上で行うケースがある。「まき直した商品を再び冷凍庫に入れないようチェックする係もあり、配送係が間違って持ち込むと自腹で買い取らせるルールさえあった」(元社員)という。

2度のまき直しを避け、できるだけ早くさばくために導入したのが 包装紙に印字する「・」「-」の記号だ。赤福の営業マンは店頭で自ら商品を積む(赤福タワーと呼ばれた)のが常だったが、それもどの段階の商品かを記号で確認し、まき直し分を上にして早く売るための手段だった。表示方法を定めた日本農林規格(JAS)法や消費期限を規定した食品衛生法を無視した安全基準でしかなかった。

一方、赤福は店頭での販売状況を把握するため、専用の携帯端末を 小売店に渡し1時間ごとに在庫数を入力してもらう仕組みも確立させている。情報は担当営業マンに伝わり、手持ちがなければ他店や工場から補充分を持ってくるなど、その熱心さは店で評判だった。「売れる日は担当者が数え切れないほど来た」と三重県・鳥羽水族館内の売店員は言う。

だが、浜田前会長が厳命した「売れ残りを出さない」と、販路が拡 大してもなお「製造当日の餅しか売らない」という建前は、しょせん並立しえなかった。「可能」にしたのが、本社中央コントロール室が統括する「極めて巧妙」(三重県の担当者)なまき直しや先付けの不正システムだった。

◇三重県、4回調査 一度も偽装を見抜けず

赤福の偽装発覚は8月15日、名古屋市中区の東海農政局「食品表 示110番」に入った一本の電話が端緒だった。赤福と言えば誰もが知る有名ブランド。冷解凍によるまき直しなど、偽装手口を具体的に明かす内容に、同局から連絡を受けた農水省はただちに赤福餅を購入。科学的分析を行ったうえで9月19日、赤福の製造工場がある三重県、大阪市、名古屋市と合同調査に入った。

110番は雪印事件などをきっかけに02年2月、各農政局や農政 事務所に設置された。電話、ファクス、手紙、電子メールなど情報提供は年々増え、内容も詳細で具体的になってきている。こうした下地が赤福の偽装解明へとつながった。

対照的なのが、三重県の動きだった。農水省より1年早い06年8 月と今年1月、まき直しや先付けに関する通報を得て本社工場で聞き取り調査をしながら、否定されると「問題なし」の結論を出していた。

農水省との合同調査を含め県は4回の調査をし、すべてで偽装を見 破れなかったことになる。「300年もの歴史のある店がそんなこと(偽装)をするはずがないという思いがあった」と担当職員は言う。結果としておざなりな調査に終始したと言わざるを得ない。

農水省と県との意思疎通も希薄だった。むしろ発覚当初、県は農水 省の動きに疑念を示し、赤福擁護の姿勢すらみせていた。農水省の所管はJAS法、県は食品衛生法。監視へのアプローチの違いが壁となり、赤福の偽装発覚を遅らせたとも言える。食品行政には国と自治体の連携が不可欠なことも浮き彫りにした。

◇想定外だった言葉--横澤・亜細亜大教授

◇前会長「経営は欲である」

老舗企業の研究で知られ、赤福の浜田益嗣前会長にインタビューし た経験のある横澤利昌・亜細亜大学経営学部教授に、赤福がなぜつまずいたか聞いた。

6月、前会長に経営の要諦(ようてい)を尋ねると「欲である」と 答えた。確かに必要なことだろうが、老舗企業の経営者でそう答える人は珍しい。想定していない答えだったので驚いた。

老舗といっても、常に本業が安泰なわけではない。絶えまなく革新 することが求められる。前会長が「4人の孫のために四つの商売を作りたい。テレビ関係の仕事を仕掛けている」と話していたのが印象に残っている。赤福ブランドを確立したと考え、伝統に甘え、多角化・拡大路線に走りすぎたのだと思う。

同族経営の長所として、先代までの経験を自分の経験として教訓に できることがある。前会長にも(先代が)類似品に悩まされながら赤福ブランドを守ってきた教訓があったはずなのに、成功体験に自信を持ちすぎた。いさめる人もいなかったのだろう。創業家がワンマンになると、意見を言える部下がいなくなるのも老舗の陥りがちな面だ。