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第10回BKC月曜会「BKCにおける教養教育の現状と課題」要約
学士課程教育の再構築 ー 教養教育の立場からの提案(1)吉田 真
学士課程教育の再構築 ー 教養教育の立場からの提案(1)
吉田 真

●「教養」の重要性

「大学の教育は出世に関係するか」という面白い報告1)を職員の方から紹介していただいた。それによると,所得を決めているのは「現在の知識能力と読書量」であって,「大学卒業時の知識能力と読書量」ではない。大学教育は無駄であるという証明に見えるが実はそうではなく,前者と後者には強い正の相関がある。つまり,「大学卒業時の知識能力と読書量」が「現在の知識能力と読書量」を左右しており,間接的に所得に反映しているのだ。考えてみれば,自分の現在は過去の積み上げで決まっているのだから,当然の結果ともいえる。

さらに面白いことに,所得や役職を決めているのは「現在の専門の知識能力」ではなく,「現在の専門外(教養系)の知識能力」だという。そしてこれらは,「大学卒業時の専門の知識能力」および「大学卒業時の専門外(教養系)の知識能力」とそれぞれ強く相関している。また,「現在の専門の知識能力」と「大学卒業時の専門外(教養系)の知識能力」,「現在の専門外(教養系)の知識能力」と「大学卒業時の専門の知識能力」の間にも正の相関がある。これは,東大の研究者などが三つの大学の工学部卒業生数千人から集めたアンケート分析の結果であり,統計的に検証されたものである。専門と教養,現在と過去がこのように複雑に関連していることは,僕にとって衝撃的な発見であった。

「大学卒業時の専門外(教養系)の知識能力」の形成には,大学で受けた教養教育だけではなく,クラブ活動やアルバイトで得たもの,いろんなジャンルの読書など,さまざまなものが寄与していると思われる。

1)矢野眞和・濱中淳子.2006.「大学の教育は出世に関係するか」カレッジマネジメント138:34-38.

●教養教育の新しい波

1)大綱化と文科省の立場

周知のように,大学設置基準の大綱化(1991)以来,多くの大学で専門重視・大学院重視の傾向が強まり,教養部廃止や一般教育・教養教育の縮小が相次いだ。これに対して,大学審や中教審はその後,繰り返して教養教育の重視を提言している。

1998年の大学審答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について-競争的環境の中で個性が輝く大学」では,「学部教育の再構築」の一環として「教養教育の重視および教養教育と専門教育の有機的連携の確保」が謳われた。

また,2000年の大学審答申「グローバル化時代に求められる高等教育のあり方について」では,「(1)グローバル化時代に求められる教養を重視した教育の改善充実」のなかで,「高い倫理性と責任感を持って判断し行動できる能力」が必要だと指摘されている。

さらに2002年の中教審答申「新しい時代における教養教育のあり方」では,新しい時代に求められる教養とは,知的な側面のみならず,「規範意識と倫理性」「完成と美意識」「主体的に行動する力」「バランス感覚」「体力や精神力」を含めた総体的なものであり,若者がその成長段階に応じて自分の生きる座標軸=行動の規準を支える価値観を与えるものであるとした。

2)各大学の動向

<旧国立大学>

教養部を廃止ないしは改組する国立大学が多い中で,東京大学は,教養学部を維持し,21世紀の学部教育の基礎を4年間を通したリベラル・アーツにおき,世界的なリーダーを養成するという東京大学憲章の下にユニークな教養教育を実施してきた。東京大学では,教養教育が2003年度の特色GP に採択された。テーマは「教養教育と大学院先端研究との総合的連携の促進」である。それは前期課程教育(1・2回生対象の旧教養課程)に大学院先端研究の成果を反映させる試みである。この試みにおいては,教養教育が「専門教育を包み込む包括的な教育課程であり,学生の全人格的な発達と,生涯にわたる知的な創造力の開花を促すものでなければならない」という東京大学の理念の発展として,研究を教育に生かすという先進性が高く評価されている。

京都大学は教養部を廃止し,1992年に総合人間学部を設立した。一般教育科目は「全学共通科目」として再出発することとなった。これにともなって各学部が,専門教育のみならず教養教育についても「4年(6年)一貫教育」のなかで責任を持つこととなった。「全学共通科目」の実施責任部局である総合人間学部の過重負担を避けるために,全学でこのカリキュラムを支え予算権を持つ「高等教育研究開発推進機構」が2003年度に設立されており,総合人間学部以外の学部の専門教員が多数,教養教育科目を担当している。

北海道大学は,リベラルアーツを中心に外国語科目・情報科目などを含むコアカリキュラムを普段に点検しながら向上させていく全学的なシステムを構築し,2003年度特色GP「進化するコアカリキュラム?北海道大学の教養教育とそのシステム」を獲得している。

名古屋大学は教養部を廃止し、従来の一般教育に代えて各学部に共通する基礎教育および教養教育を全学共通教育とし、基礎教育および教養教育から学部専門教育に亘る四年一貫教育体制を採用し,高度な専門性と豊かな人間性のかん養を目的とする新たな教育を実施している。そして,教養教育の重点大学にふさわしい全学教育組織として教養教育院を2001年に設置し,教養教育の重点大学にふさわしい全学教育のより一層の充実・発展をめざして、全学教育の企画、立案、実施、評価等、その管理運営面でのヘッドクォーターとしての活動を行っている。ここでは,基礎教育・教養教育が、教育の内容と実施の両面において、特定の部局や教員集団ではなく、大学全体として責任を負うシステムで行われている。

<全人教育を目指す私立大学>

いくつかの私大では,大学設置基準大綱化より前から教養を重視した教育を進めてきた。

50年余りの歴史を持つ国際基督教大学は教養学部のみからなる単科大学であるが,「神と人とに奉仕する」人材の育成を基本理念とし,少人数クラスを通して「平和」、「学術基礎」、「日英バイリンガリズム」に重きをおく「全人教育」を行うことによって、世界に羽ばたく「個」の確立を目指すリベラル・アーツ教育を実践している。この大学が1学年600名強の学生数で世界的著名人を多数輩出しているエネルギーの源は,長い歴史を持つ「本格的リベラル・アーツ型」教育にあると言われている。この大学は,2004年度特色GP「責任ある地球市民を育むリベラル・アーツ」を獲得した。審査委員会から,「他大学に対してもモデルになる先駆的な取り組み」と高く評価されている。

上智大学も、キリスト教精神にもとづいた人間形成をめざしており,比較文化学部(2006年度から国際教養学部に改組)は2004年度特色GPで「日本と世界を結ぶ国際教養教育の先駆的取り組み」を獲得している。この学部ではカリキュラムのすべてを英語で行い,基礎教養教育と複合的専門教育を統合し,国際日本研究教育などの世界発信を目指している。国際基督教大学,上智大学と同様にミッション系である立教大学も,キリスト教の信仰に裏付けられた全人教育を当初から志向している。

立教大学は1994年に,全学の教養教育に責任を持つ「全学共通カリキュラム運営センター」を設立し,1997年より「全学共通カリキュラム」を実施して大きな成果をあげている。数年にわたる全学の議論のなかで立教大学は,「本学の学士課程教育の目標は『教養のある専門人の育成』ではなく『専門性のある教養人の育成』である」とした。「全学共通カリキュラム」はこのような議論のなかで作り上げられたものであり,多数の専門教員が新たに教養教育科目の担当者となり,『専門性のある教養人の育成』をめざして新しいリベラル・アーツを展開する野心的な取組みである。 立教大学は「『立教科目』?建学の精神から学ぶ科目展開」というテーマで2005年度の特色GPを獲得している。「立教科目」とは、立教大学の建学の精神が問いかける「人間としての基本的なあり方」を考え、学び、行動へと学生を誘う科目群であり,倫理性、社会性、人間性を培う「宗教」「都市」「大学」「人権」の4つのテーマを設定し,「生命倫理とキリスト教」「立教大学の歴史」「池袋の歴史」「人権思想の根源」など26科目を開講している。

● 専門重視から教養重視へ

大綱化以降に専門重視・大学院重視政策に転換した大手私大でも,21世紀に入ってからは教養回帰の動きが顕著である。ここでは,本学の教学展開にとって参考になると思われる慶応大学・早稲田大学・同志社大学の動向に触れる。

慶応大学は2002年に教養研究センターを設立し,リベラル・アーツに関するさまざまな研究を行っている。このセンターの目的は,

1)時代と社会の変化に対応できる教養および教養教育にかかわる総合的な研究を企画・立案・組織し、主体的な研究活動を展開する,2)教養および教養教育にかかわる研究を募集し、その推進をサポートする,3)研究成果を広く社会に発信し、教養や教養教育について積極的な提言を行う,4)研究活動全般に対する評価を受けることで、研究活動の質の向上・改善を行うことであるという。

早稲田大学は,「大学院強化が進む中で再びリベラル・アーツに力を入れる必要が出てきた」としてさまざまな教養教育改革を行い,2003年度には特色GP 「実践的知の確立を目指す現代型教養教育?総合大学からの試み」を獲得した。早稲田大学は,実践的で時代性を備えた新しい教養教育を推進するために,オープン教育センターを2000年に設立し,この大学の強みである規模の大きさや学問分野の幅広さ,豊富な人材を生かした教育を積極的に推進するとともに,従来の教育の枠を超える斬新でユニークな取組みを展開している。「講義科目」「Tutorial English科目」「テーマカレッジ演習科目」「文系学生対象の自然科学科目」「インターンシップ科目」「保健体育科目」の6分野2900科目におよぶオープン科目が,早稲田の学生たちだけではなく,他大学の学生や高校生などにも開放されている。また,他学部の科目を積極的に受講できるよう,学部を超えて関心が高いと考えられる科目や,特徴ある科目などもオープン科目として開講されている。オープン科目の枠組みと履修スタイルの開放性,学生4 人までの超小集団英語教育(Tutorial English),20人までの学部横断ゼミの集合体(テー マカレッジ),多くの論客を講師に招いての「大隈塾」などは,GP の選考において高く評価されている。

早稲田大学はさらに2004年に「国際教養学部」を設立した。「どんな時代や状況でも役立つ能力を」「異文化との共存をめざす多文化主義」「専門分野に特化しない学部」を謳ったこの学部は日本語と英語を共通言語とし,ダブル・メジャー制で,留学生を3割以上確保し,おもに英語を使った対話型少人数教育で「教養」を徹底して教えるという。原則として1年間の海外学習を義務付け,日本語・英語以外の外国語も履修させる。身につけるべき「教養」とは,ここでは,1)自然・人文・社会系の基本的な知識をかなり広い分野で修得し,2)環境破壊,南北問題,エネルギー危機など現代的な課題についての先端的な学問に触れ,学際的な問題として考えることとされている。ICUなどが行なってきた,キリスト教文化に根ざしたリベラル・アーツではなく,東洋やイスラムなど欧米以外の「知」も重視する「異文化との共存をめざす多文化主義」が目標であるという。専門教育よりも教養教育を重視するリベラル・アーツの新しい試みとして注目される。

上述したように,関東では早くから教養教育を重視する私大が多かった。これに対して,関西では大学コンソーシアム京都が大学を超えて科目を履修できる単位互換制度などユニークな取り組みを行っており,各大学のおもに教養科目が拠出されているが,大学単位で見れば,京都を含め関西では教養教育を重視する私大は少なかった。しかし同志社大学は,2006年度より全学共通科目として新たにプロジェクト科目を導入する。その目的は,「従来の教室での座学中心の授業形態とは異なった実践型・参加型の学習機会を重視したプロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)を基本とする」新たな科目群を開設し,「地域社会や企業の方々を講師として招き,地域社会と企業がもつ『教育力』を大学の正規の教育課程の中に導入することによって,学生に生きた智恵や技術を学ばせるとともに,『現場に学ぶ』視点を育み,実践的な問題発見・解決能力など,いわば学生の総合的な人間力を養成すること」にあるという。そのために,プロジェクト科目のテーマを学内外に公募し,専任教員・企業・NPOなどが応募した187件の中から目的にふさわしいものを26件選定している。テーマは,京都の文化と暮ら し・伝統芸術・芸能に関するもの,起業・マーケティング・経営などの実践的ノウハウに関するもの,各種の地域活性化策に関するもの,福祉政策と実践に関するもの,食と環境に関するもの,物づくり・新商品開発などに関するものなど,さまざまである。

同志社大学では,産学連携教育が大規模に推進されており,2005年度現代GPに「人材交流による産学連携教育-プロジェクト主義教育による人材育成「プロデュース・テクノロジー」の創成」が採択されている。プロジェクト科目の開講はその一環であり,学生参加型のオン・キャンパス産学連携教育であるという。同志社大学の取り組みについては,教養教育としての評価は分かれるかもしれないが,従来になかったユニークで野心的な取り組みと捉えることができる。関西の大手私大の教養教育に一石を投じた試みともいえよう。

このように,とくにここ数年,教養教育重視の教学展開を図る大学は急増しており,本学でも,学士課程教育の重要な構成部分として教養教育をしっかりと位置づけ,近い将来にGPを獲得できるような,学生にとっても魅力的な展開を図る必要性を改めて強調しなければならない。

● 2004改革から2008改革へ

本学では,2年にわたる全学討議を受けて,2004年から教養教育の新たなプログラム「総合学術科目」がスタートした。しかし,専任率の低下傾向が続き,新たにできた教養教育センターや教養教育委員会がうまく機能しないなど,当初の目論見が十分に達成できない状況が続いている。 

私はいま本学の教養教育センター長を務めているが,このような状況に危機感を持ち,2004年改革の精神は受け継ぎつつ,専門教育,教養教育,基礎教育をどのような関係で捉えて,新たな学生課程教育を構築するかを,この数年考えてきた。

最近になって教学対策会議の諮問委員会として教養教育改革検討委員会が作られ,つい先日その答申が出された。各学部やセンターでの論議が始まったばかりであるので,その詳細は割愛させていただき,論議が進んだ時点で改めて皆さんに紹介したい(続く)。