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    <title>Academia e-Network Project</title>
    <link>http://ac-net.org/index.php</link>
    <description></description>
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      <title>Academia e-Network Project</title>
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    <item>
 <title><![CDATA[AcNet Letter 編集人への手紙：著作権延長反対運動展開に向けて]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=72</link>
<description><![CDATA[Date: Mon, 17 Jan 2005 21:14:47 +0900<br />
From:「著作権法改正要望のパブリックコメントを追跡する」サイト<a href="http://publiccomment.seesaa.net/">http://publiccomment.seesaa.net/</a>作成者より<br />
<br />
<blockquote>本日（17日）、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会は「著作権法に係る今後の検討課題」16項目を決定しました。共同通信社の報道では「私的録音補償金制度の見直し」が中心であるかのように伝えられていますが、これは「おとり」であって文化庁が「本命」と位置付けているのは10月に行った一般からの意見募集では賛成意見がほぼ皆無であったにも関わらず検討課題素案に残された「著作権保護期間の延長」であることは確実です。一応、本日決定された検討課題では「必ずしも法改正を行うことが必要であるとの判断にまで及んでいるものではない」との但し書きが冒頭に在るものの、昨今の吉川晃・著作権課課長による講演での発言や2003年1月の「ミッキーマウス延命法」合憲判決を受けて強まる一方のアメリカ政府による外圧、そして文化庁から大量の天下りを受け入れている日本音楽著作権協会（JASRAC）を中心とする音楽業界の強い要望の存在と言った周辺事情を考える限り、文化庁が今後ますます「強行突破」の姿勢を強めることは疑うべくもありません。<br />
<br />
<p>もし、現実に著作権延長が強行された場合、青空文庫や国立国会図書館近代アーカイブ・プロジェクトと言った保護期間を満了し、公有に帰した著作物の新たな利用形態はその芽を積まれ、それは著作権法第1条に謳われる「文化の発展に寄与」する目的に反することにもなりかねません。著作権法第1条に謳われる「文化の発展」が特定産業の既得権益を「延命」させ続けることに矮小化されて良いはずは無いのです。2003年1月に米国でE.Eldredが「ミッキーマウス延命法」訴訟において敗れ去った後、アメリカ政府はますます各国への外圧を強めています。2004年初頭にはオーストラリアがこのこれに屈して著作権保護期間を延長、<a href="http://gutenberg.net.au/">Project Gutenberg of Australia</a>は文字通り「ハリウッドに蹴散らされる」形で最低でも今後20年間の大幅な活動規模縮小を強いられることとなりました。<br />
<a href="http://www.theage.com.au/articles/2004/02/10/1076388365432.html?oneclick=true">Libraries caught in copyright changes（The Age・2004.2.11）</a><br />
<br />
<p>2002年7月14日放送のNHKスペシャル「変革の世紀・第3集“知”は誰のものか」に出演してから日本でも知名度が上昇しているL.Lessigスタンフォード大学教授は近著である『FREE CULTURE』（山形浩生/守岡桜・訳、翔泳社）を始め、特定産業界が「文化の発展」を大義名分に掲げてゴリ押しする著作権延長が如何に有害無益であるかを力説し、支持者も世界的に増加しているもののその主張が一国の著作権政策に積極的に採り入れられるまでには至っておりません（むしろ、ますます全世界規模で「逆行」の傾向を強める一方です）。<br />
<a href="http://www.seshop.com/detail.asp?pid=5214">『FREE CULTURE』（翔泳社）</a><br />
Lessig「2002年オライリー・オープンソースコンベンション基調講演」（<a href="http://ittousai.org/lessig/lessig_free_culture_japanese_1.1.swf">FLASHムービー・日本語字幕付き</a>）<br />
<br />
<p>この他『NBL』（商事法務）2003年1月1月号掲載「創造を育むコモンズ」（白石忠志・訳）など参照。<br />
<br />
<p>そして、日本では最近になって[AcNet Letter 227]【17】でも紹介された横山久芳・学習院大学助教授による「著作権の保護期間延長立法と表現の自由に関する一考察――アメリカのCTEA 憲法訴訟を素材として」（学習院大学法学会雑誌 39(2) p.19-97 20040300）が発表されるなど、2003年に映画著作物に関してのみ法人著作権を「公表後50年」から「70年」に延長した際には大した議論が巻き起こらなかった状況とは異なり、Lessigが訴える著作権延長の有害無益性を多角的に検証する試みが始められようとしています。それ故、文化庁は本格的な議論が進み著作権延長に（とりわけ、学術・教育分野に関しては全くと言っていいほど）メリットが無いことが証明されるよりも前に「強行突破」する姿勢を強めているのであり、文化審議会著作権分科会が最終答申を出すまでの今後1年間、様々な立場の者が手を携えて大々的かつ積極的な反対運動を展開して行く覚悟が必要であると考えます。<br />
<br />
<p>とりわけ、緊急に求められるのは以下の3点です。<br />
<br />
<p>*A4判3枚・11ポイント前後の大活字による著作権延長の有害無益性を説明する資料の作成<br />
【参考】<a href="http://d.hatena.ne.jp/OguraHideo/20050106">小倉秀夫弁護士「パワーポイント部隊の創設」</a><br />
<br />
<p>*国会への延長反対請願署名提出<br />
【参考】昨年、いわゆる「レコード輸入権」反対署名は2ヶ月弱で59050名分が集まり、衆議院に提出された（紹介議員17名/受理件数33057名。審査未了）<br />
<a href="http://www.shugiin.go.jp/itdb_seigan.nsf/html/seigan/1592940.htm">http://www.shugiin.go.jp/itdb_seigan.nsf/html/seigan/1592940.htm</a><br />
<br />
<p>*学識経験者の連名による延長反対声明の公表<br />
【参考】<a href="http://www.asahi.com/money/topics/TKY200409200093.html">独禁法改正案に学者ら賛同声明（朝日新聞・2004.9.20）</a><br />
<br />
<p>いずれも、現時点での拙案でありこれ以外にも案が有れば以下の掲示板やメールなどで提案していただければ幸いです。<br />
<br />
<p><a href="http://jbbs.livedoor.jp/study/5142/">「著作権法改正要望のパブリックコメントを追跡する」掲示板</a><br />
<br />
<p>※メールアドレスはサイト（<a href="http://publiccomment.seesaa.net/">http://publiccomment.seesaa.net/</a>）に掲載しています。</blockquote><br />
]]></description>
 <category>AcNetLetter</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=72</comments>
 <pubDate>Tue, 18 Jan 2005 22:16:47 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[「危険な状況を作る」ことの責任]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=71</link>
<description><![CDATA[すでに旧聞に属することだが、ブログ「素晴しき世界」が閉鎖された（<a href="http://ac-net.org/rss/item/28338">28338</a>）。管理者が、コメントへの反論の際に、コメント者のip address を掲載したため、2ch などの匿名コミュニティを激昂させたことが主因と推測される。共感する発言が多いブログだっただけに、個人情報の取り扱いのミスによって、どのような脅迫があったか定かではないが、閉鎖せざるを得ないと管理者が判断するまでに到ったことは残念である。<br />
<br />
上のミスは膨大なコメントへの対応に忙殺される中で発生したようにも見える。大多数の社会人は、コメント欄に丁寧に対応する時間的余裕がないのだから、コメント欄を閉じてブログを使う、という様式も検討してはどうだろうか。ブログの使いかたに固定観念は不要である。<br />
<br />
ところで、「素晴しき世界」の閉鎖直前のエントリー（<a href="http://ac-net.org/rss/item/28208">28208</a>）に関連して思うことがある。スマトラ地震の邦人被災者とイラクで邦人人質の「自己責任」は、多くの違いはあるものの、政府の救出責任という点では違いはない、という趣旨の指摘であった。この指摘は妥当であると思う。しかし、そのエントリーに対しコメントが殺到したわけである。どの違いを強調し、どの類似点に着目するか、それは論者の価値観や、議論のテーマに依存することであるので水かけ論となりやすい。それだけでなく、このことを論じること自身が、もっと重要な問題を隠蔽することにもなる、と思うので、ここでは議論はしない。<br />
<br />
ここで触れておきたいのは、別の論点である。それは、政治目的の邦人人質事件が生じるような状況をもたらしたことに関する日本政府の政策責任、という視座からの論点である。この視座から見ると、スマトラ地震の発生に対しては日本政府は責任がないのは自明であるが、邦人に対する政治テロが発生する状況が持続していることについては、日本政府には明確な重い責任がある。<br />
<br />
イラクへの自衛隊派遣は、米国のイラク「侵攻」の大義が既にゆらぎはじめている時期に、世論が割れたまま強行された。ある政策を、国民の十分な支持が得られないまま決定・強行した場合には、その政策の帰結に対し政策決定者の責任は極めて重いものとなる。<br />
<br />
イラクへの自衛隊派遣は、日米関係を最優先する従来の政策の一環として、その政策により中東の国々から敵視されるという全く新しい事態の発生の危険性は余り重視せずに決定されたと推測される。しかし、その危険性が現実的なものであることが、４月の人質事件で明らかになりはじめ、そして、10 月31 日に、日本人であるという理由だけで香田さんが殺害されたことによって決定的になった。イラクへの自衛隊派遣政策が予期していなかった重大な帰結をもたらすことが判明した以上、その帰結に対する責任を明確にする必要があった。少くとも、自衛隊派遣の是非を再検討することが必要であった。しかし、重大な帰結が判明した後であるにもかかわらず、世論の反対を押しきってイラクへの自衛隊派遣政策の継続を政府は決定した。<br />
<br />
危険な状況を日本人に持続的にもたらす政策を、国民の支持なしに開始し継続している政府の責任問題に比べれば、危険なところへ行って命を失った者の「自己責任」に関する膨大で詳細な言説は、意図の有無とは関係なく、真の問題を隠蔽する煙幕として機能しているように見える。]]></description>
 <category>iik</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=71</comments>
 <pubDate>Fri, 14 Jan 2005 01:59:51 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[[AcNet Letter 224] 「ボランティアに頼る元国立大学」]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=70</link>
<description><![CDATA[[AcNet Letter 224] 「ボランティアに頼る元国立大学」<br />
<a href="http://ac-net.org/letter/04/12/26-224.php">Academia e-Network Letter No 224 (2004.12.26 Sun)</a><br />
<blockquote>目次<br />
【1】石田 雄 著「日本の政治と言葉 下」「平和」と「国家」 抜粋<br />
  東京大学出版会 ISBN 4-13-033046-2, 1989 初版<br />
【2】理系白書ブログ: 雑感 2004.12.20　＃（科学技術基本計画考）<br />
【3】Blog: Dr. BLUE > University   2004.12.25<br />
   ボランティアに頼る元国立大学<br />
【4】立川反戦ビラ事件無罪判決を支持する法学者声明<br />
　【4-1】立川反戦ビラ事件判決　全文<br />
　【4-2】Yahoo News Headline （毎日新聞）12月24日20時33分更新<br />
　　　＜イラク派遣反対ビラ＞無罪判決不服、東京地検支部が控訴<br />
　【4-3】レポレロ氏からのおたより紹介 04.12.21(Tue.) 寺西判事補の著書「愉快な裁判官」の紹介<br />
　【4-4】毎日新聞 12月25日：＜住居侵入容疑＞共産党のビラ配り逮捕　東京・葛飾<br />
【5】TUP 速報　430号　失われたファルージャ<br />
【6】編集後記：教育系大学からのお便り、東北大学の学長選挙廃止、他</blockquote><br />
【1】「くに」とは何かーー「国家」観と「国民」観ーー序章より<br />
<br />
 p157 『権力機構としての「国家」は、強制組織としての人間の作為によってつくり出されたものであり、したがって個人がえらび、あるいは変えられることができるものである。これに対して、共同生活体としての「国民」は、自然的に生成発展したものであり、個人が生れながらに所属するものである。<br />
<br />
「国家」と「国民」がこのような形で明確に区別され、その違いが意識されているときには、「国家」の意味は限定され、それに期待される機能も特定される。（中略）<br />
<br />
これに反して、「国家」と「国民」とが混淆されると、「国家」は人為的な機構ではなくなり自然的所与と考えられるから、選択や改革の余地がなくなる。それだけではなく、「国家」の意味や機能の限定性がなくなり、国家権力が私的領域に介入することを許す傾向が生れる。』<br />
<hr><br />
編集後記：【1】で紹介した石田氏の著書によれば、日米開戦のわずか6年前までは論壇では国家主義批判が盛んであったそうである。しかし、巷間のナショナリズムの昂揚が論壇にも影響を与え、「国民協同体」論が展開されて、国家の権力性への批判的視点が失われた後に、「（高度）国防国家論」に移行して国民の自由は国家のために否定され、最後に「兵営国家」に至ったという。現在とは異なる種々の政治的・法的・社会的背景があるとはいえ、比較的に言論が自由であった状況から、わずか数年で挙国一致体制が実現されている。<br />
<br />
今年は、国家の政策の犠牲となって若い国民が殺され、普通とは違う生き方をしている国民だか仕方がない、と、世論がそれを了承した。「非国民」という言葉を使った政治家が政治的生命を失うこともなく容認された。戦争に反対して静かにデモをしたり情報提供のビラをまいたりする、というような平穏な行動において、人々が逮捕され家宅捜索され、時には3ヶ月近く拘禁されるリンチが公然と続いている【4-4】が、大手メディアは問題にもしない。<br />
<br />
「挙国一致」への流れが、もはや紛れることなく顕在化した年であった。イラク戦争批判をする者に「非国民」という言葉を投げつける論者が大手新聞に多数登場する日もそう遠くはない。戦前と同様に、大学関係者の大半が、もはや万事休す、と、沈黙し、自分の研究の世界に閉じこもる時が来たのであろうか。<br />
<br />
その中で、法学者123名の声明【4】は朗報であった。種々の面で力付けられた人も多い。理工医系の研究者は、挙国一致の雰囲気がこのまま濃厚になっていけば、財政誘導を通して種々の形で軍事研究に巻きこまれていく。日々没頭する研究の喜びが、世界の別の地域の人々の日常生活を命もろとも効率よく消滅させること【5】に直結する時代が近づいている。戦慄すべきことではなかろうか。<br />
]]></description>
 <category>AcNetLetter</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=70</comments>
 <pubDate>Sun, 26 Dec 2004 16:26:35 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[[AcNet Letter 223] 「自由」のさまざまな意味ーその歴史的変化ー]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=69</link>
<description><![CDATA[<a href="http://letter.ac-net.org/04/12/24-223.php ">http://letter.ac-net.org/04/12/24-223.php</a><br />
【1】石田 雄著『日本の政治と言葉「自由」と「福祉」、前編：「自由」のさまざまな意味ーーその歴史的変化ーー　【2】北東北国立３大学連携推進会議声明  平成１６年１２月１８日 、      「国立大学授業料の値上げについて再考を」 　【3】都立大学の危機FAQ 緊急情報より　【3-1】2004年12月23日：＃（露呈した英語授業外注の問題点）　【3-2】2004年12月22日：『任用・給与制度に関する12月20日の　【4】（投稿）2004年12月      1・10集会へのご賛同のお願い      学校に自由の風を！ネットワーク  　【5】（時事通信 12月22日7時1分)  ＯＤＡの浄水装置が完成＝ユーフラテス川に第１号−サマワ郊外で竣工式<br />
<blockquote>【1】への編集人註：「学問の自由」を、研究者が好き勝手なことをすること、としか日本では理解されないのは、「自由」を「好き勝手にすること」と理解する日本の伝統による、と、この本を読んで理解できたような気がする。高次の価値や秩序に従うときに、低次の秩序からの解放が必要である。学問の必然性に従うためには、権力の直接的支配や財政誘導による支配から解放されていなければならない。それが「学問の自由」だが、その意義は日本社会では理解されたことはないし、大学界でもすでに理解されなくなっている。<br />
<br />
一方、ファシズムや国家至上主義は、低位の欲望の支配から人を解放する、わかりやすい「高次の価値」の外見を伴って出現する。日本社会における「市民的自由」の思想の欠如がこの本で繰り返し指摘されている。人の多様性を認めることを中心的価値とする「市民的自由」の概念が日本社会に根づけば、国家至上主義が持つ禁欲主義的「魅力」に社会全体が引きこまれることへの歯止めとなるのであろう、もう間に合わないと懸念するが。ファシズムや国家至上主義が、最初は、多くの人にーー学者も含めーー魅力的でもあったという事実と、その理由を思いだすことは、多少は意味がある。</blockquote><br />
]]></description>
 <category>AcNetLetter</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=69</comments>
 <pubDate>Fri, 24 Dec 2004 08:49:13 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[[AcNet Letter 221] 平和の両義性]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=68</link>
<description><![CDATA[Academia e-Network Letter No 221 (2004.12.18 Sat)<br />
 <a href="http://letter.ac-net.org/04/12/18-221.php">http://letter.ac-net.org/04/12/18-221.php</a><br />
<blockquote>『「平和のための戦争」という「平和」の意味の一方の極についての意識が明確である場合には、他方の極としての絶対非戦の平和主義の必要性も明確となりやすいが、前者が弱まった結果、国家権力ーーまさしく正当化された組織的暴力の独占体ーーに対する緊張感を持った平和主義を必要とするという意識も弱まってきたということである。』（石田 雄 【1】）</blockquote><br />
<blockquote>目次<br />
【1】 石田 雄 著「日本の政治と言葉 」<br />
    「平和」の両義性ーー意味論的変化ーー  抜書<br />
     東京大学出版会 ISBN 4-13-033046-2, 1989 初版<br />
<br />
【2】緊急情報: 2004年12月15日 <br />
   授業料が危ない!―学生納付金標準額値上げ方針撤回の運動を<br />
   国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局<br />
<br />
　【2-1】山陰中央新聞（12/16）<br />
       授業料標準額値上げで再考求める声明<br />
<br />
【3】意見広告の会ニュース No 227(2004.12.18) <br />
     「埼玉教育委員」問題特集<br />
<br />
【4】綿井健陽 Web Journal<br />
      １２月１６日＝自衛隊を応援する人たちへ<br />
<br />
【5】正々堂々blog<br />
       安保理決議の法的拘束力 ( 2004.12.10 )<br />
<br />
【6】メディアの辺境地帯<br />
       反戦ビラ入れで無罪判決</blockquote><br />
]]></description>
 <category>AcNetLetter</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=68</comments>
 <pubDate>Sat, 18 Dec 2004 11:15:43 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[政府と大手メディアによる、未必の故意による殺人]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=67</link>
<description><![CDATA[<blockquote>未必の故意「実害の発生を積極的に希望ないしは意図するものではないが、自分の行為により結果として実害が発生してもかまわないという行為者の心理状態。」（新辞林）</blockquote>自衛隊延長が本日閣議決定するという。メディアもそれを支持している。しかし、世論の2/3は反対している。なぜならば、近い将来、自衛隊員に犠牲者が出ることはほぼ確実と皆予測しているからである。<br />
<br />
イラク戦争がベトナム化し、NGO の人々までイラクで敵意を感じるようになり、香田さんが日本人というだけで殺され、自衛隊基地にロケット弾が打ちこまれ、イラクのレジスタンス指導者の一人が明確に自衛隊を占領軍の一部と認識して撤退を要求している状況をみれば、このまま自衛隊がイラクに留まれば、自衛隊員の犠牲者が出ることは不可避と日本人のほぼ全員が予感しているに違いない。もちろん、政府も自民党も大手メディアも、詳しい情報を知っている以上、その事態の到来を予測しているはずである。そういう認識の上でイラク派遣延長を決めることは未必の故意による殺人行為と何も違わない。<br />
<br />
これは戦前に日本を支配していた「国益のために国民の犠牲はやむをえない」という精神が公式に復活することを意味する。国民の命を守ることが国益の原点であるーーそれが１５年戦争後の日本の国是である。自分の国民の命ですら粗末にするような国は、他の国の人々の命など何とも思わないことは誰でもわかることであり、そのような国が国際的に信用されるはずはない。<br />
<br />
まだ遅くはない。自民党、公明党の中で良識か良心のある議員の方々は、自衛隊派遣延長を再検討して未必の故意による自衛隊員殺害にストップをかけてほしい。それによって、日本の国益と国際的信用を守っていただきた。]]></description>
 <category>iik</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=67</comments>
 <pubDate>Thu, 09 Dec 2004 08:08:26 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[イラク意見広告のトラックバック用ページ]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=66</link>
<description><![CDATA[Academia e-Network Project の一環として、<a href="http://ac-net.org/iik/">イラク意見広告の会のウェブサイト</a>の運営に協力しています。すでに、多くのブログからこの意見広告運動へ強力なご協力を頂いています。紹介等のページからのトラックバックを是非お願いいたします。]]></description>
 <category>iik</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=66</comments>
 <pubDate>Sun, 05 Dec 2004 23:49:54 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[誰も望んでいない道を誰もが歩むことになるときが近づいている]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=65</link>
<description><![CDATA[香田さんが殺された。イラクで何が起きているか命の危険を冒してまで自分自身で確認しようとした香田さんが殺された。自分自身の無関心と戦うためにはイラク行きどうしても必要だと思いつめたように私には思える。<br />
<br />
香田さんがわたしたちに残していったものは、日本が直面している歴史的岐路を正面から見据え、勇気ある冷静な選択をする機会である。おそらくは最後の機会である。<br />
<br />
イラクの青年ライードさんは<a href="http://raedinthejapaneselang.blogspot.com/2004_10_24_raedinthejapaneselang_archive.html#109906874041312730">日本人への公開書簡</a>の中で、自衛隊のイラク駐留の役割は、イラクに対する米国の戦争に「国際的」という隠れ蓑を与えることに尽きる、と指摘している。イラク戦争の開戦の根拠が間違いだったことを米国自身が明かにし、イラクにおける自衛隊の人道支援の内実がイラクの人々にも国際的にも明かになり、また、世論の2/3がイラク駐留延長に反対している中で、自衛隊のイラク駐留延長の準備が当然のように始められている。日本の主権が不完全であることを端的に示す状況がここにある。1952年に日本の主権が国際法的に回復してすでに半世紀を経過したが、いまなお主権は完全には回復しておらず、特に軍事面では主権は全く回復していないことを、これほど明確に示すものはないだろう。<br />
<br />
よく知っているマスメディアがほとんど触れず、多くの人が気付いていても見てみぬふりをしている、日本の半主権状況は、わたしたちの誰もが望んでいない道をわたしたちに歩ませようとしている。間違いであることを誰でも気付いている選択を思い留まらせる機会を、香田さんは私たちに与えてくれたのである。<br />
<br />
]]></description>
 <category>Memos</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=65</comments>
 <pubDate>Sun, 31 Oct 2004 12:57:00 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[香田証生さんを、そして日本を、救うためのメッセージ集]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=64</link>
<description><![CDATA[<a href="">Academia e-Network Poll プロジェクト</a>の一環として、これまでと同形式の意見表明の場<a href="http://ac-net.org/appeal/8">http://ac-net.org/appeal/8</a>を用意しました、同胞の香田証生さんを救いたいというわたくしたち国民の思いが結集して解決の道が開かれんことを、そして同時に、日本という国が救われる道が開かれんことを祈りつつ。<br />
<hr>不具合がかなりありました。修正しました。(10.31/ 03:52)]]></description>
 <category>Memos</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=64</comments>
 <pubDate>Sun, 31 Oct 2004 01:15:00 +0000</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[自衛隊派遣の是非を国を挙げて議論する時ーー香田さんの命がけのアピールを受けて]]></title>
 <link>http://ac-net.org/index.php?itemid=62</link>
<description><![CDATA[香田さんは「旅行者」としてイラクに行った、ということを聞き、4月の人質事件とは違った印象を最初持った。しかし、その後、家族がクリスチャンであったこと、高校時代に成績が良かった敢て通信高校に移ったこと、働きながら自分で世界を見ようとしたこと、イラク入りの危険性は十分承知の上であったこと等、の断片的情報から、違う印象を持つようになった。<br />
<br />
<a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041027-00000159-mai-soci">毎日新聞10/27</a><br />
<blockquote>「・・・真澄さん（父親）は「幼いころから、心の優しい面を持っていたので、苦しんでいるイラクの人たちの状況を自分の目で見て、将来を考えようとしたのではないか」と推し量った。<p><br />
 　また、犯人グループに対して「（証生さんは）自衛隊のイラク駐留や、米国の政策を積極的に支持したのではない。青年らしい同情心やある種の正義感を持って、イラクの人々の苦しみに目を向けようとしていた。証生を解放してくださるように、心からお願い申し上げます」と訴えた。</blockquote><br />
<a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041028-00000021-nnp-kyu">西日本新聞10/28</a><br />
<blockquote>香田さんは地元の中学を卒業後、東海大第五高（福岡県宗像市）に進学。当時の担任平田恒敏教諭（５４）などによると、香田さんはまじめで誠実な人柄だった。<p><br />
　生活態度や成績もよく、学校行事にもクラスメートと仲良く取り組んでいた。一時はボクシングにも夢中で「走って学校から帰宅することもあった」（高校時代の友人）という。<p><br />
　二年の半ばころ「通信制の学校で自分の力を試したい」と語り、同高から通信制高校「ＮＨＫ学園」に転入。卒業後は福岡市東区の福岡建設専門学校・建築科夜間コースで二年間、建設関係の技術を学んだ。<br />
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　二〇〇一年八月から一年二カ月間は、友人の紹介で直方市の塗装会社「徳永塗装工業所」で働いた。同社長の徳永宏二さん（４８）は「口数は少なかったが素直な子だった。ひとり旅が好きだったようだ」と話す。仕事を終えた後は英会話やパソコン教室、スポーツジムにも通っていた。香田さんが退社を申し出たとき、徳永さんは引き留めようとしたが「いろいろと新しいことに挑戦したがっていた」ため、断念したという。</blockquote><br />
<a href="http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2004/hostages/">【バグダッド２７日共同】</a><blockquote>「香田さんは「イラクで何が起きているか知りたい」と語り、忠告を振り切って二十日夕、イラクに向けバスで出発した。イラクに一週間滞在し、バグダッドやサマワに行きたいと話していたという。」</blockquote><br />
<a href="http://www1.jca.apc.org/aml/200410/41570.html">Alternative mailing list</a><blockquote>「香田さんのお父さんはクリスチャンで、私達市民運動の集まりによくこられる牧師さんがよく知っておられるようです。・・・北九州のわたしたちの仲間うちでは、本人にしかわからないことではあるが、やはりイラクの戦争の実態を自分の目で見て日本に伝えたかったのではないかと話されております。・・・」（写真の会「パトローネ」編集部  岩崎　裕次）</blockquote><br />
ほぼ確実に殺されるか人質になるとわかってのイラク入りである以上、決死のイラク入りではなかったか。イラク戦争の泥沼に日本が巻きこまれていくことを自分の命を捨てても防ごうという思いがあるのではないか。ビデオで感じられたある種の覚悟から、そういう可能性を強く感じる。<br><br />
4月の邦人人質事件のときも、人質救出のために自衛隊を撤退することはありえない、という議論はあった。それには一理ある。しかし、それが「ためにする議論」でしかなかったことは、4月に人質が救出された後には、自衛隊撤退の是非について国内で議論が戦われることは全くなかったことで証明されているのである。今回も同じように「ためにする議論」でしかない。<br><br />
香田さんが命を捨てて訴えようとしている自衛隊の撤退問題。人質救出のためとしてではなく、世論の7割が反対している自衛隊派遣延長の是非も含めて、少くとも大手メディアは正面から取り上げて議論すべきではなかろうか。人質問題が解決した後に、そのこと議論するはずはない以上、今こそ、それを議論すべきときではないだろうか。]]></description>
 <category>Memos</category>
<comments>http://ac-net.org/index.php?itemid=62</comments>
 <pubDate>Thu, 28 Oct 2004 22:12:31 +0000</pubDate>
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