森永卓郎「リストラと能力主義」講談社現代新書 1489 ISBN 4-06-149489-9 |
p 51「なぜ、サラリーマンが会社の命令に何でも従い、文字通り「死ぬまで働いてしまうのか。なぜ家族との生活を犠牲にしてまで滅私奉公してしまうのか。そこには単純な社会主義体制以上の巧妙な仕掛けが存在しているのである。
日本型過当競争の仕掛け日本的雇用慣行がサラリーマン社会に激しい競争を持ち込むことに成功した要因は、大きく分けて3つあると考えられる。 第一は、「小さな格差」である。よく、能力主義の導入によって評価にメリハ リをつければ労働者のインセンティブが高まるといわれる。たしかに高い評価 を、受けた労勘者のインセンティブは高まるが、低い許価を受けた労働著は逆 にやる気を失ってしまう。全員のインセンテイブを高めようと思ったら、いつ でも逆転できると思わせる小さな格差をつけるほうがはるかに有効なのだ。 しかもこの小さな格差が有効に機能するように、日本的雇用慣行では「遅い選 抜」が行われている。 アメリカでは、出世コースをひた走るファーストトラツク(急行列車)と呼ばれるエリート社員と、出世コースにのらない一般従業員が、入社の時点か入社後数年間に、明確に区別される。だから、アメリカの一般従業員は、ボードメンバーに駆け上がろうなどという妄想を持たずに、普通に働くのだ。一方、日本の場合は、新入社員はみな社長になれる可能性を持っている。少なくとも建て前上はそうなっている。だから、全員が上を貝指してひた走る。しかも、評価で明確な白黒をつけないまま勤続を重ねていくから、その状態が中高年まで続いていくのである。... 競争を激化させる第二の仕掛けは、身近なライバルの設定である。競争は、明確なライバルが身近にいるほど激しくなる。...この身近なライバルの設定が、日本の企業では同期という存在なのだ。海外では新卒一括採用、一斉配置ということはほとんど行われない。中途採用も多いし、たいていは通年採用である。なぜ日本企業が新卒一括採用にこだわるのかと言えば、そこに競争集団を作るためなのである。... 競争を激化させる第三の仕掛けは、賃金とポストと面白い仕事のセット販売である。労働に何を求めるかは、本来個人ごとに異なっている。高い収入を得たい人も、仕事のなかで自己実現をしたい人も、昇進して権力をふるいたい人もいるのである。 生命保険文化センターが行った「就労意識に関する調査」(1994年2月)で、サラリーマシの魅力として回答者が挙げたもの(3つまでの複数回答)は、多い順に (1)安定した収入(79.7%) (2)計画的な生活が可能(40.1%) (3)いろいろな人間関係ができること(38.9%) (4)組織として大きな仕事ができること(37.7%) となっており、「役職者になって部下を持てること」と回答した人はわずか2.2%となっている。つまり、権力欲を持っている人は、もともとはそれほど多くないのだ。ところが、日本的雇用慣行のなかでは、たとえば昇進はしたくないが高い給料が欲しいとか、給料は安くていいから、自分の好きな仕事だけを続けたいという要求は通らないのである。年功序列制だから高い給与をもらおうと恩ったら昇進しなけれぱならないし、面白い仕事をしたかったら昇進して下働きから脱却し、権力を握ることによって仕事の自由度を上げなければならない。だから、本来個々人ごとに異なっていた働くことの目的が、昇進を目指すことに集約され、そのことが会社人間を大量生産することにつながっていくのだ。」 |