==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
目 次
1.1990年代中盤からの「改革政治」
1990年代以降、改革というシンボルが掲げられ、ある種の政治改革が行われ てきた。1990年代前半、私は改革を信じていた。だが現実の政治は、学者が考 えるようなものではなく、パワーゲームのなかで進行した。 1990年代中盤以降、行政改革が叫ばれるようになり、「改革政治」が出現し た。改革政治とは、まじめに問題解決に取り組むのではなく、改革というスロ ーガンを唱えることによって権力の維持を図るという政治手法を意味する。改 革政治の特徴は次のとおりである。 ①金融ビッグバンや行政改革のようにシンボルが先行した。 ②改革に反対する者は守旧派だというイメージをつくり、改革対守旧とい う図式をつくり上げて反対を封じ込めた。 ③政治改革(=選挙制度改革)、行政改革というように制度を変えること によって、政治や行政のなかみが良くなるという信仰を植えつけた。 しかし1990年代後半からの政治改革は、選挙制度だけはかえたが、改革になっ ていない。例えば昨日(1月26日*)の国会の模様は無内容な制度いじりであり、 お粗末きわまりない。 (注* 自自公3党は1月26日、衆議院の比例定数20削減法案を衆院政 治倫理・公職選挙法特別委員会で野党欠席のまま採決した。そ して講演会当日の27日には、同じく自自公3党だけで衆院 本会 議で採決した。) いま改革の連鎖が行われている。一つの改革が中途半端に終わると、改革のせ り上げが行われる。もうひと声、もうひと声、という具合である。選挙制度をい じってもだめだったのだが、選挙制度自体について本格的な再検討をするわけで はなく、今度は中央省庁の改編を実行するという。改革の対象がどんどんエスカ レートしていく。行政改革の不毛さを噛みしめていない。中途半端改革の連鎖で ある。そして最後は憲法改正が提起される。(今国会から衆参両院に)憲法調査 会が設置されたのは、そういう事情に基づいている。この一連の状態は、政党の 統治能力が喪失されたことと表裏一体である。介護保健問題など国民生活にとっ て深刻な問題はたくさんあるのに、ややこしい問題はほったらかしておいて、と にかく改革論議だけである。誠にばかばかしい。政治学の限界は、このようなメ カニズムは説明できるが、ではどうすれば良いのかについて名案のないことであ る。2.大学改革の政治的決定過程
独立行政法人化問題は降ってわいたものである。経済界から、日本の大学はこ れで良いのかという声はあったが、教育の問題は主に初等・中等レベルのことで あり、大学問題としてはせいぜい入試のあり方が議論されていただけだった。教 育問題のなかで大学問題はそれほど重要ではなかったのである。日本の政策決定 過程のなかで大学問題などはどうでもよい問題であり、大学問題はある種の空白 状態だった。 今回の大学改革は、行政改革における公務員削減という外発的な動機からスタ ートした。それが、橋本行革のとき公務員の10%削減、小淵内閣(自自公)にな ってさらに20%、そして25%削減となり、とんでもない数字が出てきた。これは せり上げの典型であり、ある種のパフォーマンスである。この25%公務員削減の ためには大がかりな部門を国の機関からはずさなければならない。これが最大の 原因となって、国立大学を独法化問題に乗せることとなった。政治のビジョンや 哲学などはどこにもない。ただ単に橋本行革、自自公行革のとばっちりが大学に 来たのである。 なぜわが国の行政改革において独立行政法人が注目されたのか。イギリスのエ ージェンシーを手本にしたといわれているので、イギリスの事例をみておきたい。 イギリスでは、役所仕事を市民が監督するということがうまくいかなくなってい た。役所が一般納税者のことなど考えなくなっていた。そのような事態のなかで、 一般納税者に対するサービスの改善のために法的しばりをゆるめる措置、つまり 伝統的行政機関のしばりをなくす措置を考えることになって、エージェンシー化 が導入された。このエージェンシー化がある程度、イギリス社会のあり方に適合 する形で進められた。 イギリスのエージェンシー化でうまくいった分野は次の3つである。 ①免許、パスポートなどの公証の分野 日本の場合、パスポートの発行は機関委任事務で行われているが、イギリ スでは国の直営だった。 ②社会保険事務所など社会保障に関する対人的サービス分野 この分野がエージェンシー化されたことによって、一般市民の不満や要望 がうまく処理され、政策にフィードバックされるようになった。 ③国の資材の調達分野 ここは既得権の巣窟だったが、透明性を確保するべきだという声が国民の なかに強くあって、エージェンシー化されて以降、国民の声が実現するよ うになっている。 これらの分野について、立案と実行の分離を旨とするエージェンシー化が導入 され、それなりにうまく回転しているのを、自民党行革本部のある政治家が視察 して、「これはいい!」ということになった。日本でも独立行政法人を実施する とすれば、イギリスと同じ分野でやるのが良いだろう。大学は独立行政法人には なじまない。 イギリスの大学はエージェンシー化されていないが、ただし大学間の競争(資 金集めを含む)は厳しくなっている。サッチャー政権以来、社会のあらゆる分野 で競争が重視されるようになり、大学にも持ち込まれている。その後、労働党政 権になっても競争重視、業績重視の傾向は保守党政権時代と変わっていない。 日本の政治家は、大学をどうするかという話には全く関心がないし、大学の現 状を知らない。民主党は大学の民営化を言っているが、詰めた議論ではなく、あ る種のイメージに迎合していると言わなければならない。ある種のイメージとは、 競争や評価があれば大学の研究は良くなる、あるいは小さな政府のもとで民営化 すれば大学は良くなるという、単純なイメージである。このような議論は理論的 根拠は全然ないのだが、しかし現実的にはあなどりがたい。 (「独立行政法人化問題を考える北大ネットワーク」から流されてくるニュー スによると、)とある学生は独法化に賛成する理由として、独法化すれば講義が 良くなると言っている。つまりこの学生は現状に不満を持っているということだ が、その不満から、独法化すれば事態が良くなるだろうと幻想を持つのだ。いま 日本の社会は、昔ほど大学のことを尊敬していない。むしろ、国際的競争に負け ているなど、大学に対してネガティブなイメージを持っている。そして、独法化 すれば何か良いことがあるだろうと思っている。独法化すると何が問題なのか、 みんな知らないのだ。 では大学をどうすればよいか、については特段の知恵はない。しかしここ数年 の不毛な大学改革を振り返ると、改革というシンボルはもはや土俵際に来ている。 かといって、国民は大学を特権だとみているわけで、この特権論を打ち破るのは かなり難しい。従って、自分たちの軸足を決めて反撃する、あるいは自分の自己 主張をすることが大切ではないか。そのために必要なこととして、次の2つを挙 げておきたい。 ①大学において点検を行い、アカウンタビリティーを果たすこと。 ②大学内部である種の相互チェックを行うこと。3.新しい動向−市民社会の成長
1990年代を非常にネガティブに総括したが、最後に少し明るい話をしたい。一 つは(吉野川の可動堰建設計画に関する)徳島市の住民投票(1月23日)の結果 であり、もう一つは(東北電力の原発建設問題を争点とする)新潟県巻町の町長 選挙(1月16日)の結果である。特に前者は、革命的な事態であるとさえいえる。 これらの結果をみると、市民社会は確実に育っていると思う。これら二つの運動 がなぜうまくいったのか、それは政策の間違いがわかりやすいという背景に、市 民運動がうまくかみ合ったからである。 この二つの結果から得られる教訓は、独法化は大学を破壊するということを市 民に訴えて市民の共感を得ることが必要で、そのための努力を払うべきだ、とい うことだ。大学の側から大学の現状を市民社会に訴えることだ。いろんな場で声 をあげてゆけば、市民社会が大学を必要と思うようになるだろう。そうなれば、 独法化をめぐる事態はどうにかなるのではないか。いずれにしてもあと1−2年 が大きな勝負どころだろう。<付>質疑応答のなかで印象的だったやりとり
(質問)大学改革が矢継ぎ早に行われている。一度、改革をして数年たつと、も う次の改革だ。わざとつぼをはずした改革をして、次の改革を行う。しかしこん な事態は何10年も続かないだろう。 (山口)たしかにここ10年間、世の中のどこでも改革が続いた。そして最後に出 てきたのが、憲法改正のための(衆参両院における)憲法調査会の結成だ。この 憲法調査会の議論が5年ぐらいは続くのではないか。橋本内閣は6大改革を標榜 して、確かにその実現に向けた使命感を持っていたが、問題の建て方が出来てい なかった。そのため、現実を再構築する知恵がなく、橋本内閣、小渕内閣ともに 次から次へと改革を連続している。 <以下、他の質問への回答> (山口)改革のせり上げで、公務員削減が10%→20%→25%となった。公務員を 減らすことが善だという風潮がある。朝日新聞でさえそう考えている。他のマス コミも皆、そうだ。民間と公務員を比較して公務員をより少なくするべきという ステレオタイプ的な議論は、これからも続くだろう。だが、役所内から内部批判 が出てくれば、イメージは変わっていくと思う。 (山口)(大学に対する評価の問題に関連して)総務庁に対しては、評価システ ムに関する議論をしていく意味はあるだろう。