==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
2000.5.27

国公立大学のみなさんへ

辻下 徹


  • 2000.5.28付け
  • 2000.5.27

  • 国立大学に勤務されるかたへ

    5月26日の文部省の説明の内容は、昨年9月20日の説明からの実質的進展はありませんでした。今年の初頭には文部省としての方向付けを行い「平成12年度のできるだけ早い時期までには、講ずべき特例措置等の具体的な方向について結論を得たい」としていたスケジュールが崩れたことが明らかになりました。文部省と言えども国立大学側の協力なしには、独立行政法人化の具体的作業を一歩も進めることができないことが明らかになったのです。

    昨年10月に、国立大学の独立行政法人化の実現を回避することは国立大学に勤務するものの歴史的義務ではないか、という私見を述べましたが、8ヶ月間経緯を見守って来て、その思いは一層強まっています。国立大学自身が望み協力しない限り国立大学の独立行政法人化は実現し得ないのです。文部省の圧力で仕方無く独立行政法人化したのだというような言い逃れの余地は全くない、と言うことができます。

    この8ヶ月の間に、国立大学内外から多数の危惧の声が上がると共に、専門家によって独立行政法人制度の多角的な分析が進みました。その結果は独立行政法人制度が国立大学には適合し得ないことを詳細に示しています。独立行政法人化が国立大学の構成員の総意などではないことが今や確認済みであるだけでなく、独立行政法人化が学術研究・高等教育の場に穿つ大穴は、有能な実務家が運用で埋めることができるような生易しいものではなく、国立大学を学術研究・高等教育の場から国策研究国策教育の場へと変貌させてしまうことが論証されているのです。

    大学内部で力を持つ実務家層は独立行政法人化の是非を理念的に論ずることはもはや無意味だとして議論に参加せず、実務的立場から独立行政法人化の準備を進めています。この8ヶ月の事態の推移が証明した「独立行政法人化は不可避ではない」ということを正視しないで、独立行政法人化を前提として走り始めている実務家層の盲目な活動にストップをかけること、それが、今緊急にすべきことだと思います。それには、独立行政法人化を白紙に戻すよう各大学で学長が意思表明するよう働きかけなければなりません。

    4月から施行された改正国立学校設置法によれば、最高意思決定機関であった評議会は、審議機関に格下げとなり学長の判断を拘束する権限はなくなりましたが、今回のような現制度の廃止を決意するような重大事については、評議会が学内の総意を示すことが決定的に重要です。言うまでもなく、学長は総合的見地に基づいて、評議会の意見とは異なる決断を下すことが許されていますが、決断の責任は学長個人が負うことになります。大学で実際に教育研究に携っているものの大多数は独立行政法人化に加担はしたくないはずです。それを無視して学長が独立行政法人化を決断するならば、それは大学の総意に反して行ったことであるため、後で独立行政法人化を覆す余地が多少とも残ります。そのことを明確にしておくためにも、評議会で「独立行政法人化を白紙に」することを学長に提言することが重要です。

    以上のことは「緊急性」ゆえに、この1〜2週間、最優先されるべきことです。しかし、長期的に真に重要なことは、国公私大学が文部省からまず精神的に独立し、また種々の威勢の良い見掛けのよいアドバイスや批判に惑わされることなく、政・財・官からの「学の独立」の実現に向けて地道な気の長い活動を開始することだと思います。どれほど理想主義的・非現実的に聞こえようと、それが大学にとって、己が使命をより良く果たすためには、一番現実的で確実な道であると私は信じています。

    昨日文部省は国大の独立行政法人化について説明をしました。公立大学についても同様の法人化を検討することも初めて表明されました。

    「法人化の内容は今は何も具体的には約束できませんが、ともかく法人化することを決めて一緒に内容を埋めませんか」という内容です。このような誘いが効力を持ち得るのは、深い信頼関係が存在するか、力関係に大きな差がある場合のいずれかです。前者ではないことは明らかなので、後者を意識しての指手であったと思われます。実際に、事前工作として、国大協が協力しない場合には個別に大学を法人化を進めるという方針を表明して大学を動揺させようとしていますが、そのことについては昨日の説明では触れていません。

    独法化で大学がよくなるなどと本気で考えている者は大学関係者には居ません。当事者の意向を無視して事を進めれば文部省も吉野川可動堰における建設省の態度と同じことになりますが、そこまでする強さは文部省にはないため、国立大学協会の協力が絶対に必要なのだと思われます。

    学長の方々の一部は大学経営者としての責任の余り、大学運営は学問と教育のためにあるという自明な原点を見失っておられるように感じます。運営の自由を得るために、学問と教育の自由を手放すのは主客転倒なことに気付いて頂きたいと思います。

    一部の大学が焼け太りを狙って先駆けするというのならば、その大学自身の浅慮というだけで済みます。しかし国立大学協会が独法化の作業に協力することは、独法化を大学全体自身が望んだことになります。これは決してとってはならない選択肢です。独法後に、独法大学の致命的欠陥を認識しても自業自得であり文部省や政府には何の責任もないことになるでしょう。

    昨年9月以来、独立行政法人制度は諸分野の専門家によって多角的に吟味されてきました。その吟味の全体は、通則法の骨組みを保ったままでは、どのような調整を行おうと、独立行政法人大学は、運営だけでなく研究教育活動自身が国によって多重に支配され、大学と言えるようなものではあり得ない、ということを明確に証しています。文部省の「何とかなるでしょう」は既に論破されているのです。

    政治に関心があろうとなかろうと、今大学に居る者の義務があります。大学は学問と教育の場であることを失念している大学幹部が居れば、原点に戻って考えるよう働きかけることです。