遠山敦子文部科学大臣殿・国立大学医学部附属病院病院長会議殿  

平成14年5月10日

要 望 書 
(文部科学省主導による国立大学医学部附属病院長会議『提言』の撤回要請文)

                            日本輸血学会評議員会決議
                           日本輸血学会会長 十字猛夫
                                      
 今回、国立大学医学部附属病院長会議において、臨床検査部、薬剤部、放射線部、輸血部などの中央診療部門に専任教官を置かないことを盛り込んだ所謂合理化案が提言されたと聞き、驚きのあまり言葉を失った次第である。
欧米ならびにアジアの諸国において、輸血部を含めた臨床検査部門は、直接患者さんに接して診療にあたる内科、外科、産婦人科などの診療部門と同様、診療の科学的基礎を担う重要な診療部門として古くから位置付けられて、充実した組織として発展してきた。
診療部門が縦割りに専門細分化されていく近代的医療において、中央部門はその専門性を活かし、各診療科を横断的に掌握、総合する役割を担っている。特別な研鑽を積んだ深い専門知識を有する専任医師を中央診療部に置いて管理運営に当たらせなければ、日々刻々進歩する医学、医療にマッチした診療は実践できないという考え方が世界的コンセンサスである。また、中央診療部門での診療内容や最新の課題について、実習を含めて、医学生、研修医、臨床検査技師などのコメディカルスタッフならびにその学生に正しく教育できるのは、このような専任医師をおいて他にはない。先進各国の大学病院においては、内科、外科、産婦人科などの診療科とならんで、中央診療部の専門医師を育てるために、医学部卒業後の専門教育コース(大学院)をもち、それぞれの分野の専門医師を育成している。
 我国においては、いわゆる輸血梅毒事件後の1949年に東京大学医学部附属病院に院内措置として輸血部が設置されたが、中央検査部が設置されたのは1950年代であり、欧米やアジアの先進国に比べても極めて遅れた状況が続いてきた。それをこの領域の先輩諸先生の血のにじむような努力によりやっと遅れを取り返すことができるようになったところである。
 そして、診療、教育とならんで、大学病院の果たすべき課題は、日々の診療に内在する問題を積極的に解くための研究である。わが国の輸血の専門家による発見としてはB型肝炎ウイルス(HBV)研究の端緒となったオーストラリア(Au)抗原陽性血液の輸血による肝炎発症の確認、分娩血収集によるHLA検査体制の確立と東アジアに特異的なHLA抗原の発見、血小板特異抗原・抗体の検査法の開発と血小板特異抗原 (HPA-4a,4b)の発見等がある。また、輸血後移植片対宿主病(輸血後GVHD)の免疫学的背景の解明と分子生物学的方法による鑑別診断法を世界に先駆けて確立した。さらには、予防法としての輸血用血液の放射線照射の普及広報などにより、我国で毎年数十例発症していた死亡率100%に近い輸血後GVHDの症例をゼロとすることに貢献した。このような業績、活動は輸血部の専任教官の存在なしには全く不可能な事柄である。大学医学部の他の診療部門において研究が診療の質の向上に欠かせないのと全く同じ理由で、中央診療部門にも現場から提起される課題を専任医師により研究活動を行うことができる機能を必要とすることは自明である。
翻って、診療面では「血液製剤の使用適正化ガイドライン」と「輸血療法の適正化に関するガイドライン」の作成および改訂版作成、「血液製剤の保管管理マニュアル」の作成、「自己血輸血採血及び保管管理マニュアル」の作成など、安全で適正な輸血療法を実現するための厚生労働省による各種指針の策定に、輸血専門医師が積極的に協力し、多大の貢献をしてきた。さらに、日本輸血学会独自のガイドラインとして、「輸血によるGVHD予防のための血液に対する放射線照射ガイドライン」の作成と改訂版作成、「同種末梢血幹細胞移植のための健常人からの末梢血幹細胞の動員・採取に関するガイドライン」の作成、「自己血輸血ガイドライン」の改訂案作成、「医療機関内における治療を目的とした血液とその成分の採取・処理及び使用に関する指針」の作成など、種々の指針を提示してきた。 
 また、輸血に関する教科書の執筆は勿論、輸血検査の向上・精度管理、輸血業務の24時間体制の確立、安全で適正な輸血の実践、特に貯血式自己血輸血の普及・適応拡大、白血球除去フィルターの有効性の検討、造血幹細胞の採取・保存・処理、細胞治療の実践など、輸血の専門家が輸血療法のレベルアップのために努力を傾注してきた。日本輸血学会では専門家の必要性を認識し、平成3年に輸血認定医制度を、平成7年には認定輸血検査技師制度を発足させて、知識、技術の向上をはかってきた。各医療機関に於ける輸血実施体制の向上を目的とした「輸血に関するI&A」も広く行われるようになってきた。
 一昨年、日本輸血学会は全国777病院を対象に匿名で過去5年間に経験した型違え輸血の実情アンケート調査を行い、悲惨な実態を明らかにした。そして、具体的改善策として、標準的な輸血実施方法を「輸血手順書」として提示するとともに、医師、看護婦、臨床検査技師の卒前卒後の輸血教育を充実すること、また、すべての病院に輸血療法委員会を設置して、あらゆる輸血事故を未然に防ぐ危機管理体制を確立することを改めて提案してきた。そして、全国国立大学附属病院輸血部会議は輸血部門を充実するよう数十年来文部科学省に訴え、漸く全国の国立大学附属病院になお不充分な人員配置ではあるが輸血部が設置されたばかりである。しかるに今回の提言は、医療の求めに応じて数十年かけて営々と築き上げてきたものを一挙に破壊する暴挙に等しいと言わなければならない。また、医療事故防止のためのリスクマネジメントが求められている時、『提言』は国民の要望に逆行するものである。
国立大学は我国の高等教育と先端的研究の根幹的機関として、我国の文化、学術の発展に中枢的役割を果たさなければならない。さらに、同医学部および医学部附属病院には、医療のレベルアップをはかる牽引車としての使命がある。その意味で、国立大学医学部附属病院の中央診療部門の本来果たすべき役割は極めて重要である。今回の合理化案が今後、公私立大学病院さらには一般病院にも波及し、我国の医療全体が大混乱に陥ることも危惧される。以上のように、将来の国民の医療の本質にもかかわるこのような重大な事柄にもかかわらず、欧米先進国の現状を無視し、十分な議論を尽くさぬまま、唐突に合理化案と言うべき提言がなされたことは、我国の医学・医療の健全な発展を心から望む者にとって、決して承服できないことである。
本合理化案を強力に推進・指導された医学教育課をはじめとする文部科学省ならびに国立大学医学部附属病院長会議に本『提言』を白紙撤回することを要望するとともに、国民医療に関する重大問題として国民的な論議が尽くされることを期待する次第である。 

支援の手紙:国際輸血学会長 P.V. ホランド博士から支援の手紙を頂きました。

国立大学附属病院長会議常置委員会の報告書は千葉大学附属病院ホームページに掲載されています。

こちら