==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
竹田保正氏が毎日新聞に送付した通信を、趣旨を変えない範囲で公開用に一部編集された ものです。承諾を得て掲載します。

竹田保正氏から毎日新聞論説担部署への通信

2002.8.21

Date: Thu, 22 Aug 2002 08:43:03 +0900
To: ronsetsu@mbx.mainichi.co.jp
From: Yasumasa Takeda 
Subject: 19日の社説にコメント.


毎日新聞 論説担当部署 御中            2002年8月21日


(前略) 今回の私の通信には、やや過激な表現がありますが、意を決して、貴部署にこれ
を送付します。

 最初、この8月19日の社説を読んだとき、「国立大学が文部科学省管轄で「独立行政
法人化」されて、一見自由裁量の余地が増えるかに見えるが、実際は”間接的”に官僚統
制される懸念が大きい! 国立大学人がこれに抵抗し、国民主権の立場で自主、独立を勝
ち取るために、奮闘して欲しい。 地球環境問題など多くの問題が噴出する21世紀に、
大学が教育、研究面で果たす役割が大きい、、 」 という意味かと、善意に解釈しまし
た。

 しかしこの社説にたいする国立大学におられる知人の批判は、以下のように厳しいもの
でした。
 「社説の傍観者的姿勢は濃厚ですね。それどころか、大学の努力次第では「ドクホウ的」
が良い語感を持つようになる可能性もある、などというのは、政府の立場を代弁をしてい
るとも言えます。
 「だが、もう引きかえせない」というのも、民主主義を擁護する立場にあるジャーナリ
ズムには許されない国会無視の暴言と思います。」

 この批判は確かにもっともだと思います。高等教育と学術の府である大学に不可欠な学
問の自由、研究の自由を圧迫し、阻害する恐れのある国立大学の独立行政法人化は、政府、
官公庁が主導の”大学改造”であって、現場の大学人と高等教育の未来に関心をもつ国民
のコンセンサスを得ているとは言いがたい。
 この点について、過日、私は貴紙の論説担当部署にメールを送り、「なぜ新聞やマスコ
ミが、国民にこの問題の重要性を徹底的に知らせ、関心を高めるようにしないのか?」と
訴えました。
「国立大学は、いろいろ批判を受けていながら、ぬるま湯につかっていて、改革を怠って
いる。上から有無を言わせず、大なたを振るわないと変わらない、、、」といった、政府
や行政に都合の良い一方的な論調の記事を流してはこなかったか?
 私は長年、毎日新聞の読者であり、過日の通信にも書きましたように、国立大学の独立
行政法人化の問題に関して、掲載されたいくつかの社説をもちろん、それなりに評価して
いますが。

 しかし、戦後の文部省の長期的展望のない、誤った教育政策は、現場で苦闘している教
育者を縛りつけたり、管理を強めることばかりで、他方、1980年ころから学習指導要
領の改変のたび毎に初等、中等教育の内容がどんどん薄められ、著しい学力低下を引き起
こしています。
 これが、当然現下の大学生の基礎学力の著しい低下、教養の欠如、精神年齢の低下を引
き起こしているわけです。 ここのところは、岩波新書の最新刊 戸瀬信之、西村和雄著
「大学生の学力を診断する」に、調査結果にもとづいて鋭く分析されています。
 腹立たしいことは、国立大学の初年度納付金が、1985年の38万円から1997年
の74万円まで、ほぼ直線的に上昇していることです。国立大学の学生たちが受ける教育
サービス、教育環境、施設などが、授業料の値上げに相当して改善されていないにもかか
わらずであります。

 いったい、日本の大学、とりわけ国立大学、さらに大学院まで含めて高等教育全体が、
今どういう状態になっているか、文部科学省はじめ、行政とマスコミは本当に判っている
のしょうか? 
 文部科学省は、この惨憺たる現実を白日の下にさらされると、省庁の存在自体が危うく
なるので、おおい隠しているように見える。ただ行政改革の名のもとに、学校教育の最上
位にある国立大学(それが擁する多くのすぐれた学者、良識ある教育者が、貧困なる研究、
教育条件のもとにありながら、苦闘して日本の学術を支えてきた)を「行政法人化」して
管理、統制してしまえば勝ちというような、反動的な政治の構図でなければよいのですが。
 そして、「科学技術基本計画」のもと、産業界の技術開発に総動員する体制を確立するこ
と、、。

 なんだか第二次世界大戦(日本では正義の戦争で、大東亜戦争といっていた)のとき、
政府が帝国大学や、国立の理工系専門学校を軍事技術の開発、軍事教育に動員したのと、
同じような路線を歩まされんとしているのではないだろうか? 「トップ30大学、、」、
「21世紀COE重点大学、、」のキャッチフレーズで予算をてこにして、国立大学を
「科学技術」に動員することを狙っているのではないのか? 

 どうも、これが本質のように思われます。去年あたりから、「遠山プラン」が出て以後、
何か文部科学省の打ち出す政策は、予算と評価が前面に出て露骨で、異常であります。他
方で、国会に有事法制法案、個人情報保護法案が提出され、現政権の身上である「構造改
革」は、本質的に官公庁が主導で、官僚による官僚のための改革の色彩が濃厚ですね。 

 いくら、大学人が新聞社やマスコミに、教育、研究の現場の困難な状況や、そこから発
する真摯な意見を提出しても、ある程度マスコミも「体制化」されている、国に管理、統
制されているとしたら、、どうなるのでしょうか?
 前の戦争中からある「記者クラブ」などを通じて、日本の新聞もそのように、省庁にコ
ントロールされているんだという、マスコミには厳しい意見もあります。
 あのウオルフレンの痛烈な本「人間を幸福にしない日本というシステム」を出された毎
日新聞社が、「、、ひとり孤塁をまもる、しかし我々はさびしくない、背後には日本の学
術を支える大学人、心ある教育者が支持しているから、、」という、気概をもってあらゆ
る不正と戦っていただきたいと思います。

 19日の「毎日」社説が書いているように、国立大学の独立行政法人化はいまや、”後
戻りのできない既定の路線”なのでしょうか? デカルトの「方法叙説」や「省察」の懐
疑的精神でこれを問います。
 納税者である国民の立場からみて、いまこのような改造をすることの法的根拠、合法性
があるのか?という疑問を不問にしています。 あるいはほとんど問題の重要性を国民に
知らせずに、既成事実をどんどん作っています。この社説が書いているように、すでに文
部科学省は各大学の事務当局を通じて、この準備作業を強権的に進行させているのです。
 
 ここで、ふたたび問題になるのは、上記のように国立大学の学部、大学院の教育状況で
あります。。
上記の岩波新書の「大学生の学力を診断する」という本や、私が昨年出版した本「内なる
大学改革ー理系大学人の発言」が指摘、批判している大変危機的な、いまや大学が”内部
崩壊”しているといってもよいような、欧米の大学とまったく比較にならない荒廃した状
況があります。
 大学のインフラストラクチャーの貧困、教育、研究をサポートする熟練した人員の不足、
定員を充足させるために、(不本意ながら)受け入れている大学院生が研究室にあふれてい
る。多くの国立大学人が訴えているように、研究、教育をおこなうに必要な施設、スペー
スが決定的に不足している。
 このような現実を不問にして、いまや「大学の崩壊」ともいえる状況を招来した行政の
責任を不問にして、一方的に国立大学の教官に事務的作業の負担を増やし、精神的にスト
レスをかける世界に前例のない組織改革(改造)を強行しようとしているのであります。 
このような誤った政策を推進する省庁を法的に厳しく告発すべきであります。
 21世紀の高等教育をどうするかは、まず歴代の政府、文部省のおこなってきた誤った
教育行政が、断罪されてから後のことでありましょう。 

 私立大学理工系で教鞭をとる一読者より。    竹田 保正